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9話 あの日の誤解の終結
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『あの日』は夏の近い暖かな陽気に包まれていた。将来、弟王子としてヴェヴェルを支えるアランは父王から課せられた執務を片付けると部屋の外に待機している近衛兵に声をかけた。
「エルは?」
「ご婚約者様はヴェヴェル第一王子殿下と先に第一庭園へ向かわれると伝言を頼まれました。大切なご用件があるとも仰っておられました」
元々エルヴィラが登城するとは聞いていたが、今朝になって急に課せられた常の倍もある執務を捌くのに苦労して待たせてしまっていた。尊敬する人の良い兄王子とはいえど、恋しい婚約者のエスコートをしたと思うと腹が立ったが表情には出さずに兵に労いの言葉をかけてアランは第一庭園へ向かった。
そこに悪夢があるだなんて知らずに。
驚かせてやろうと忍び足で兵も連れずにアランは薔薇の咲き誇る庭園で二人を探していた。案外簡単に見つかったふたりは東屋に居て、見通しの良過ぎるその場所へどうすれば見つからずに行けるかと考えていたアランの耳に信じられない言葉が飛び込んだ。
「─────わたくし、お慕いしておりますの」
聞こえたのは鈴を転がすような可憐で、何よりも愛おしいエルヴィラの声だった。妖精姫と称えられる繊細で麗しいかんばせにはうっすらと赤みがさしていて、恥じらっていることがひと目でわかる。それを目を細めながら嬉しそうに聞くのは、アランの敬愛するヴェヴェル。
「その言葉をエルヴィラから聞けるなんて俺も嬉しいな、今日という日を祝日にしても良いくらい」
「まあ、大袈裟ですこと。…大丈夫だと思います?」
「気にすることなんか無いよ。寧ろ、アランも喜ぶと思うよ」
(エルが、兄上と結ばれることを僕が喜ぶ…? )
「エル、兄上…」
呆然としながらも薔薇の茂みから姿を現したアランにエルヴィラは驚いたような表情をしていたが、ヴェヴェルはまるで分かっていたとでも言うように余裕たっぷりの何時もの笑みを浮かべる。それが、腹立たしく感じられたのは初めてだった。
「おや、早かったな。父上に執務を倍にして頂くよう頼んだのに。それじゃ、お邪魔な俺は帰るかな」
嵐のような衝撃を与えて去っていくヴェヴェルを止めて、問い詰めるべきなのだろうがアランはエルヴィラから目が逸らせなかった。相変わらずエルヴィラの頬には赤みが残っていて、物言いたそうに身を捩っている。
「あの、わたくし…お慕いして「──想うことは許す、だがそれ以上は決して許さない」
言葉半ばに遮られ、拒絶の言葉を吐かれたエルヴィラは悲しそうな、悲壮な表情を浮かべるがアランにはそれを気にかける心の余裕は無かった。
それから、アランは決心したのだ。
兄王子を慕うエルヴィラを解放してやれない代わりに、成婚まではある程度自由にさせてやろうと。
──────────
「エルが、僕のことが好き…?」
へなへなと床に座り込んでアランはぽつりとそう呟いた。
「…そうです、ずっとそう言っていますのに」
今更ながらに慕っていると連呼していた事実が恥ずかしくなってそっぽを向くエルヴィラにアランは体が浮くような感覚を覚えた。それが、どうしようもない喜びと愛しいと想う気持ちからくるものなのだとアランは知っていた。
「本当に…すまなかった。直接確認もせずに、どれだけエルを傷付けたか…でも、でも嬉しいんだ。とても」
突如としてこれまでの言動に対するどうしようもない後悔と罪悪感が湧き上がるが、それ以上にアランの頭は喜びでいっぱいだった。目頭が熱くなり、鼻が痛む。兄に向けられていたとばかり思っていた気持ちがずっと自分に向けられていたのだと、それがどうしようもないほど嬉しかった。
「あっ、アル様…?!」
殆ど堪えることもなくアランはぼろぼろと王家を象徴する蒼の瞳から涙を零した。それは止まる気配を見せずに次々に流れていく。エルヴィラは久方ぶりに見る婚約者の涙に慌て、ドレスの隠しから自ら薔薇の刺繍を施したハンカチーフを取り出すと戸惑いながらもぎこちなく涙の流れるアランの頬にあてる。先ほどまでとはまるで逆の立場だ。
「ごめんね、止まらなくて。嬉しくて、泣いてるだけなんだ…僕は情けないな」
「…いいえ」
いつの間にか、何時もの突き放すような、他人に接する際の口調も消え失せてエルヴィラに毎日愛を伝えていた———一年前のような話し方に戻っていた。
些細と言えるかもしれないが、エルヴィラにはその変化が嬉しくてたまらなかった。
「だいすきです、アル」
「僕も、僕もずっと———永遠に、エルだけを愛してる」
「エルは?」
「ご婚約者様はヴェヴェル第一王子殿下と先に第一庭園へ向かわれると伝言を頼まれました。大切なご用件があるとも仰っておられました」
元々エルヴィラが登城するとは聞いていたが、今朝になって急に課せられた常の倍もある執務を捌くのに苦労して待たせてしまっていた。尊敬する人の良い兄王子とはいえど、恋しい婚約者のエスコートをしたと思うと腹が立ったが表情には出さずに兵に労いの言葉をかけてアランは第一庭園へ向かった。
そこに悪夢があるだなんて知らずに。
驚かせてやろうと忍び足で兵も連れずにアランは薔薇の咲き誇る庭園で二人を探していた。案外簡単に見つかったふたりは東屋に居て、見通しの良過ぎるその場所へどうすれば見つからずに行けるかと考えていたアランの耳に信じられない言葉が飛び込んだ。
「─────わたくし、お慕いしておりますの」
聞こえたのは鈴を転がすような可憐で、何よりも愛おしいエルヴィラの声だった。妖精姫と称えられる繊細で麗しいかんばせにはうっすらと赤みがさしていて、恥じらっていることがひと目でわかる。それを目を細めながら嬉しそうに聞くのは、アランの敬愛するヴェヴェル。
「その言葉をエルヴィラから聞けるなんて俺も嬉しいな、今日という日を祝日にしても良いくらい」
「まあ、大袈裟ですこと。…大丈夫だと思います?」
「気にすることなんか無いよ。寧ろ、アランも喜ぶと思うよ」
(エルが、兄上と結ばれることを僕が喜ぶ…? )
「エル、兄上…」
呆然としながらも薔薇の茂みから姿を現したアランにエルヴィラは驚いたような表情をしていたが、ヴェヴェルはまるで分かっていたとでも言うように余裕たっぷりの何時もの笑みを浮かべる。それが、腹立たしく感じられたのは初めてだった。
「おや、早かったな。父上に執務を倍にして頂くよう頼んだのに。それじゃ、お邪魔な俺は帰るかな」
嵐のような衝撃を与えて去っていくヴェヴェルを止めて、問い詰めるべきなのだろうがアランはエルヴィラから目が逸らせなかった。相変わらずエルヴィラの頬には赤みが残っていて、物言いたそうに身を捩っている。
「あの、わたくし…お慕いして「──想うことは許す、だがそれ以上は決して許さない」
言葉半ばに遮られ、拒絶の言葉を吐かれたエルヴィラは悲しそうな、悲壮な表情を浮かべるがアランにはそれを気にかける心の余裕は無かった。
それから、アランは決心したのだ。
兄王子を慕うエルヴィラを解放してやれない代わりに、成婚まではある程度自由にさせてやろうと。
──────────
「エルが、僕のことが好き…?」
へなへなと床に座り込んでアランはぽつりとそう呟いた。
「…そうです、ずっとそう言っていますのに」
今更ながらに慕っていると連呼していた事実が恥ずかしくなってそっぽを向くエルヴィラにアランは体が浮くような感覚を覚えた。それが、どうしようもない喜びと愛しいと想う気持ちからくるものなのだとアランは知っていた。
「本当に…すまなかった。直接確認もせずに、どれだけエルを傷付けたか…でも、でも嬉しいんだ。とても」
突如としてこれまでの言動に対するどうしようもない後悔と罪悪感が湧き上がるが、それ以上にアランの頭は喜びでいっぱいだった。目頭が熱くなり、鼻が痛む。兄に向けられていたとばかり思っていた気持ちがずっと自分に向けられていたのだと、それがどうしようもないほど嬉しかった。
「あっ、アル様…?!」
殆ど堪えることもなくアランはぼろぼろと王家を象徴する蒼の瞳から涙を零した。それは止まる気配を見せずに次々に流れていく。エルヴィラは久方ぶりに見る婚約者の涙に慌て、ドレスの隠しから自ら薔薇の刺繍を施したハンカチーフを取り出すと戸惑いながらもぎこちなく涙の流れるアランの頬にあてる。先ほどまでとはまるで逆の立場だ。
「ごめんね、止まらなくて。嬉しくて、泣いてるだけなんだ…僕は情けないな」
「…いいえ」
いつの間にか、何時もの突き放すような、他人に接する際の口調も消え失せてエルヴィラに毎日愛を伝えていた———一年前のような話し方に戻っていた。
些細と言えるかもしれないが、エルヴィラにはその変化が嬉しくてたまらなかった。
「だいすきです、アル」
「僕も、僕もずっと———永遠に、エルだけを愛してる」
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