【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

文字の大きさ
20 / 35

20話 茶会のその後

しおりを挟む
「お母様、私…ふさわしい振る舞いができましたか?」

予定されていた時刻よりもかなり早く切り上げられたお茶会、招待客を見送って本邸に戻る道すがらティアルーナは不安に震える声でドーラに問うていた。

「ええ、もちろんよ。この上なく、成功したと言っていいわ」

「でも、皆様あまりお喋りをしてくださらなくって…やっぱり、私とではあまりお話されたくなかったのではありませんか?」

なんでもないように言って、ティアルーナの顔を見たドーラは目を見開いた。何時も笑顔を欠かさず、嬉しそうに微笑むのが常の娘が不安に瞳を揺らしていたからだ。それに比例するように彼女の言葉も弱々しい、自信に欠けたものになっていた。

「何を言っているの、どのご令嬢も貴方の笑顔に驚いていただけよ。先程も、失礼を詫びて次こそは是非お話をと言っていたでしょう?」

ドーラはゆっくりとティアルーナの背中を撫で付けながら娘の不安を否定するが、ティアルーナの表情は晴れないまま。

「でも…心配なのです」

安心したと微笑んだ後令嬢らはかちりと時が止まってしまったかのように動かなくなってしまい、落ち着いた後もティアルーナの言葉に答える言葉は口ごもっていて、話は弾んだとはとても言えなかった。事実は、令嬢らはあまりの驚きと意味もわからずに上がる心拍数に挙動がおかしくなってしまっていただけなのだが、ティアルーナはなにかおかしなことを言ってしまったのではと不安が拭えずにいた。

「大丈夫、次は疲れるほどお話すると思うわ」

その言葉に頷いて気持ちを前に持ち直そうとしたティアルーナは一瞬、本邸へ向かう歩を止めた。

「…ッ、?」

「ティアルーナ、どうしかしたの?」

ルードルフと共に観劇に向かった際と同様の頭痛が彼女を襲ったのだが、ほんとうに一瞬のことで短い間隔で度重なっていなければ勘違いかと思ってしまうほどの出来事だった。不思議に思って考え込むティアルーナにドーラが心配そうに声をかける。

「あ、いいえ…緊張が落ち着いたら、力が抜けてしまって」

「まあまあ。疲れてしまったのね、早く屋敷に入りましょう」

へらりと砕けた笑みを浮かべる娘の様子に安心したドーラはティアルーナの手を引いて本邸へ足を踏み入れる。

(? …この前から、なんだか時々頭痛がする。お医者様は記憶が戻る予兆なのかもしれないと仰っていたけど、でも何も…思い出せないのに)

ただ1人、ティアルーナだけが首を傾げながら。

────────

公爵一家が普段から集まる談話室にドーラが入室すると、既に息子のロイスと夫のアルフがソファに腰を下ろしてチェスを行っていた。入室したのが妹と思ったロイスがチェスを放り出し、嬉しそうに表情を輝かせて振り返るとその様子を見たドーラが笑った。

「母上、ルーナは?」

「疲れてしまったようで、もう休んでいるわ」

若干拗ねた様子の息子の問に答えたドーラの言葉にロイスが眉を顰めると、アルフもぴたりと手を止めて持っていたポーンを机に置く。

「あの子は体調もまだ回復したばかりなのだ。社交界復帰も急ぐことは無い…それに、あまり望んでいないようなら無理にしなくとも構わない」

「ですが、ティアルーナもいずれ次の婚約者を決めなければいけないでしょう? 私も急ぐ必要は感じておりませんが、あの子に悪評が立つのもいけませんわ」

娘に甘い発言をする夫に呆れた視線を送り、発言を窘めるドーラにしかし、アルフは引き下がることなく続ける。

「…婚約者も、あの子が望む相手がいないのであれば必要ない。ずっと公爵家にいれば良いし、公爵領に居れば余計な噂も入るまい」

ドーラはアルフの発言にぎょっとして、思わず口元に手を当てる。高位貴族の令嬢が婚約を結ばず、嫁に行かぬなど信じられなかったのだ。

「まっ、そのようにお考えで? …ロイスはどう思うの? まだまだ先の話になるけれど、いずれ爵位は貴方が継ぐもの。正直な意見で構わないから」

「僕も父上と同意見です」

ロイスは少しも冗談を感じさせぬ無表情でそうきっぱりと言い切る。無論、本気だが。

「ロイス。お前も望む相手がいないのであれば無理に婚約者を作り、婚姻を結ぶ必要は無い」

硬い表情のロイスにアルフがなんでもない事のように軽くそう口にすると、今度こそドーラは卒倒しそうになってぎりぎりで持ち堪えると夫に噛み付いた。アルフの言葉は、言われた本人も信じられずに目を見張って、言葉が出ない程の重大で、異様な発言だったからだ。

「旦那様! ロイスは爵位を継ぐのですよ? ティアルーナは良くとも、この子は…」

「私の弟は子が16人も居るのでな、話もすぐに付けられる。ロイスが爵位を譲る相手はロイスが決めれば良い」

先の言葉の真実性を示すように嘆息しながらそう話すアルフにロイスは座りながらの簡易的なものではあるものの、頭を垂れた。

「…意外でした、ありがとうございます」

「ロイスも、ティアルーナも私の大切な子だ。だが、公爵家に生まれた以上、貴族のしがらみは命尽きた後でさえも付いて回る。自由にさせてられるところだけでも、本人の好きにさせたい」

いつになく、饒舌に素直な気持ちを話すアルフはそのいかめしい顔に何処か哀愁漂う表情を浮かべる。感じたことの無いその空気に呑まれそうになったドーラが、はっと自分に言い聞かせるように首を振り、震える口を懸命に開いた。

「ですが旦那様、嫡男が婚姻を結ばないのを許すというのはいくらなんでも…」

「別に、良かろう。ロイスののちの後継は直系であれば誰でも良いのだから」

アルフの決意は固く、もう変えようが無いものだと感じ取ったドーラは諦めたように目を閉じると仕方が無いと言ったような笑みを浮かべた。

「……当主である旦那様がお決めになったこと。それに、子に幸せになってもらいたい気持ちは私も同じですもの。もう、何も言いませんわ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので頑張るのをやめました 〜昼寝と紅茶だけの公爵令嬢なのに、なぜか全部うまくいきます〜あ

鍛高譚
恋愛
王太子から婚約破棄された衝撃で階段から落ちた公爵令嬢シャル・ド・ネ・アルベール。 目覚めた彼女は、なんと前世の記憶——ブラック企業で働き詰めだったOL・佐伯ゆかりとしての人生を思い出してしまう。 無理して働いた末に過労死した前世の反省から、シャルは決意する。 「もう頑張らない。今度の人生は“好き”と“昼寝”だけで満たしますわ!」 貴族としての特権をフル活用し、ワイン造りやスイーツ作りなど“趣味”の延長でゆるゆる領地改革。 気づけば国王にも称賛され、周囲の評価はうなぎのぼり!? 一方、彼女を見下していた王太子と“真実の愛()”の令嬢は社交界で大炎上。 誰もざまぁされろなんて言ってないのに……勝手に転がり落ちていく元関係者たち。 本人はただ紅茶とスコーンを楽しんでいるだけなのに―― そんな“努力しない系”令嬢が、理想の白い結婚相手と出会い、 甘くてふわふわ、そしてちょっぴり痛快な自由ライフを満喫する ざまぁ(他力本願)×スローライフ×ちょっと恋愛な物語です♪

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

選ばれなくてよかったと、今は思います

たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。 理由は「家格の不一致」。 傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。 王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。 出勤すると、一枚の張り紙があった。 新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。 昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。 彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。 でも仕事の評価だけは正確だった。 「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

処理中です...