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20話 茶会のその後
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「お母様、私…ふさわしい振る舞いができましたか?」
予定されていた時刻よりもかなり早く切り上げられたお茶会、招待客を見送って本邸に戻る道すがらティアルーナは不安に震える声でドーラに問うていた。
「ええ、もちろんよ。この上なく、成功したと言っていいわ」
「でも、皆様あまりお喋りをしてくださらなくって…やっぱり、私とではあまりお話されたくなかったのではありませんか?」
なんでもないように言って、ティアルーナの顔を見たドーラは目を見開いた。何時も笑顔を欠かさず、嬉しそうに微笑むのが常の娘が不安に瞳を揺らしていたからだ。それに比例するように彼女の言葉も弱々しい、自信に欠けたものになっていた。
「何を言っているの、どのご令嬢も貴方の笑顔に驚いていただけよ。先程も、失礼を詫びて次こそは是非お話をと言っていたでしょう?」
ドーラはゆっくりとティアルーナの背中を撫で付けながら娘の不安を否定するが、ティアルーナの表情は晴れないまま。
「でも…心配なのです」
安心したと微笑んだ後令嬢らはかちりと時が止まってしまったかのように動かなくなってしまい、落ち着いた後もティアルーナの言葉に答える言葉は口ごもっていて、話は弾んだとはとても言えなかった。事実は、令嬢らはあまりの驚きと意味もわからずに上がる心拍数に挙動がおかしくなってしまっていただけなのだが、ティアルーナはなにかおかしなことを言ってしまったのではと不安が拭えずにいた。
「大丈夫、次は疲れるほどお話すると思うわ」
その言葉に頷いて気持ちを前に持ち直そうとしたティアルーナは一瞬、本邸へ向かう歩を止めた。
「…ッ、?」
「ティアルーナ、どうしかしたの?」
ルードルフと共に観劇に向かった際と同様の頭痛が彼女を襲ったのだが、ほんとうに一瞬のことで短い間隔で度重なっていなければ勘違いかと思ってしまうほどの出来事だった。不思議に思って考え込むティアルーナにドーラが心配そうに声をかける。
「あ、いいえ…緊張が落ち着いたら、力が抜けてしまって」
「まあまあ。疲れてしまったのね、早く屋敷に入りましょう」
へらりと砕けた笑みを浮かべる娘の様子に安心したドーラはティアルーナの手を引いて本邸へ足を踏み入れる。
(? …この前から、なんだか時々頭痛がする。お医者様は記憶が戻る予兆なのかもしれないと仰っていたけど、でも何も…思い出せないのに)
ただ1人、ティアルーナだけが首を傾げながら。
────────
公爵一家が普段から集まる談話室にドーラが入室すると、既に息子のロイスと夫のアルフがソファに腰を下ろしてチェスを行っていた。入室したのが妹と思ったロイスがチェスを放り出し、嬉しそうに表情を輝かせて振り返るとその様子を見たドーラが笑った。
「母上、ルーナは?」
「疲れてしまったようで、もう休んでいるわ」
若干拗ねた様子の息子の問に答えたドーラの言葉にロイスが眉を顰めると、アルフもぴたりと手を止めて持っていたポーンを机に置く。
「あの子は体調もまだ回復したばかりなのだ。社交界復帰も急ぐことは無い…それに、あまり望んでいないようなら無理にしなくとも構わない」
「ですが、ティアルーナもいずれ次の婚約者を決めなければいけないでしょう? 私も急ぐ必要は感じておりませんが、あの子に悪評が立つのもいけませんわ」
娘に甘い発言をする夫に呆れた視線を送り、発言を窘めるドーラにしかし、アルフは引き下がることなく続ける。
「…婚約者も、あの子が望む相手がいないのであれば必要ない。ずっと公爵家にいれば良いし、公爵領に居れば余計な噂も入るまい」
ドーラはアルフの発言にぎょっとして、思わず口元に手を当てる。高位貴族の令嬢が婚約を結ばず、嫁に行かぬなど信じられなかったのだ。
「まっ、そのようにお考えで? …ロイスはどう思うの? まだまだ先の話になるけれど、いずれ爵位は貴方が継ぐもの。正直な意見で構わないから」
「僕も父上と同意見です」
ロイスは少しも冗談を感じさせぬ無表情でそうきっぱりと言い切る。無論、本気だが。
「ロイス。お前も望む相手がいないのであれば無理に婚約者を作り、婚姻を結ぶ必要は無い」
硬い表情のロイスにアルフがなんでもない事のように軽くそう口にすると、今度こそドーラは卒倒しそうになってぎりぎりで持ち堪えると夫に噛み付いた。アルフの言葉は、言われた本人も信じられずに目を見張って、言葉が出ない程の重大で、異様な発言だったからだ。
「旦那様! ロイスは爵位を継ぐのですよ? ティアルーナは良くとも、この子は…」
「私の弟は子が16人も居るのでな、話もすぐに付けられる。ロイスが爵位を譲る相手はロイスが決めれば良い」
先の言葉の真実性を示すように嘆息しながらそう話すアルフにロイスは座りながらの簡易的なものではあるものの、頭を垂れた。
「…意外でした、ありがとうございます」
「ロイスも、ティアルーナも私の大切な子だ。だが、公爵家に生まれた以上、貴族のしがらみは命尽きた後でさえも付いて回る。自由にさせてられるところだけでも、本人の好きにさせたい」
いつになく、饒舌に素直な気持ちを話すアルフはその厳しい顔に何処か哀愁漂う表情を浮かべる。感じたことの無いその空気に呑まれそうになったドーラが、はっと自分に言い聞かせるように首を振り、震える口を懸命に開いた。
「ですが旦那様、嫡男が婚姻を結ばないのを許すというのはいくらなんでも…」
「別に、良かろう。ロイスの後の後継は直系であれば誰でも良いのだから」
アルフの決意は固く、もう変えようが無いものだと感じ取ったドーラは諦めたように目を閉じると仕方が無いと言ったような笑みを浮かべた。
「……当主である旦那様がお決めになったこと。それに、子に幸せになってもらいたい気持ちは私も同じですもの。もう、何も言いませんわ」
予定されていた時刻よりもかなり早く切り上げられたお茶会、招待客を見送って本邸に戻る道すがらティアルーナは不安に震える声でドーラに問うていた。
「ええ、もちろんよ。この上なく、成功したと言っていいわ」
「でも、皆様あまりお喋りをしてくださらなくって…やっぱり、私とではあまりお話されたくなかったのではありませんか?」
なんでもないように言って、ティアルーナの顔を見たドーラは目を見開いた。何時も笑顔を欠かさず、嬉しそうに微笑むのが常の娘が不安に瞳を揺らしていたからだ。それに比例するように彼女の言葉も弱々しい、自信に欠けたものになっていた。
「何を言っているの、どのご令嬢も貴方の笑顔に驚いていただけよ。先程も、失礼を詫びて次こそは是非お話をと言っていたでしょう?」
ドーラはゆっくりとティアルーナの背中を撫で付けながら娘の不安を否定するが、ティアルーナの表情は晴れないまま。
「でも…心配なのです」
安心したと微笑んだ後令嬢らはかちりと時が止まってしまったかのように動かなくなってしまい、落ち着いた後もティアルーナの言葉に答える言葉は口ごもっていて、話は弾んだとはとても言えなかった。事実は、令嬢らはあまりの驚きと意味もわからずに上がる心拍数に挙動がおかしくなってしまっていただけなのだが、ティアルーナはなにかおかしなことを言ってしまったのではと不安が拭えずにいた。
「大丈夫、次は疲れるほどお話すると思うわ」
その言葉に頷いて気持ちを前に持ち直そうとしたティアルーナは一瞬、本邸へ向かう歩を止めた。
「…ッ、?」
「ティアルーナ、どうしかしたの?」
ルードルフと共に観劇に向かった際と同様の頭痛が彼女を襲ったのだが、ほんとうに一瞬のことで短い間隔で度重なっていなければ勘違いかと思ってしまうほどの出来事だった。不思議に思って考え込むティアルーナにドーラが心配そうに声をかける。
「あ、いいえ…緊張が落ち着いたら、力が抜けてしまって」
「まあまあ。疲れてしまったのね、早く屋敷に入りましょう」
へらりと砕けた笑みを浮かべる娘の様子に安心したドーラはティアルーナの手を引いて本邸へ足を踏み入れる。
(? …この前から、なんだか時々頭痛がする。お医者様は記憶が戻る予兆なのかもしれないと仰っていたけど、でも何も…思い出せないのに)
ただ1人、ティアルーナだけが首を傾げながら。
────────
公爵一家が普段から集まる談話室にドーラが入室すると、既に息子のロイスと夫のアルフがソファに腰を下ろしてチェスを行っていた。入室したのが妹と思ったロイスがチェスを放り出し、嬉しそうに表情を輝かせて振り返るとその様子を見たドーラが笑った。
「母上、ルーナは?」
「疲れてしまったようで、もう休んでいるわ」
若干拗ねた様子の息子の問に答えたドーラの言葉にロイスが眉を顰めると、アルフもぴたりと手を止めて持っていたポーンを机に置く。
「あの子は体調もまだ回復したばかりなのだ。社交界復帰も急ぐことは無い…それに、あまり望んでいないようなら無理にしなくとも構わない」
「ですが、ティアルーナもいずれ次の婚約者を決めなければいけないでしょう? 私も急ぐ必要は感じておりませんが、あの子に悪評が立つのもいけませんわ」
娘に甘い発言をする夫に呆れた視線を送り、発言を窘めるドーラにしかし、アルフは引き下がることなく続ける。
「…婚約者も、あの子が望む相手がいないのであれば必要ない。ずっと公爵家にいれば良いし、公爵領に居れば余計な噂も入るまい」
ドーラはアルフの発言にぎょっとして、思わず口元に手を当てる。高位貴族の令嬢が婚約を結ばず、嫁に行かぬなど信じられなかったのだ。
「まっ、そのようにお考えで? …ロイスはどう思うの? まだまだ先の話になるけれど、いずれ爵位は貴方が継ぐもの。正直な意見で構わないから」
「僕も父上と同意見です」
ロイスは少しも冗談を感じさせぬ無表情でそうきっぱりと言い切る。無論、本気だが。
「ロイス。お前も望む相手がいないのであれば無理に婚約者を作り、婚姻を結ぶ必要は無い」
硬い表情のロイスにアルフがなんでもない事のように軽くそう口にすると、今度こそドーラは卒倒しそうになってぎりぎりで持ち堪えると夫に噛み付いた。アルフの言葉は、言われた本人も信じられずに目を見張って、言葉が出ない程の重大で、異様な発言だったからだ。
「旦那様! ロイスは爵位を継ぐのですよ? ティアルーナは良くとも、この子は…」
「私の弟は子が16人も居るのでな、話もすぐに付けられる。ロイスが爵位を譲る相手はロイスが決めれば良い」
先の言葉の真実性を示すように嘆息しながらそう話すアルフにロイスは座りながらの簡易的なものではあるものの、頭を垂れた。
「…意外でした、ありがとうございます」
「ロイスも、ティアルーナも私の大切な子だ。だが、公爵家に生まれた以上、貴族のしがらみは命尽きた後でさえも付いて回る。自由にさせてられるところだけでも、本人の好きにさせたい」
いつになく、饒舌に素直な気持ちを話すアルフはその厳しい顔に何処か哀愁漂う表情を浮かべる。感じたことの無いその空気に呑まれそうになったドーラが、はっと自分に言い聞かせるように首を振り、震える口を懸命に開いた。
「ですが旦那様、嫡男が婚姻を結ばないのを許すというのはいくらなんでも…」
「別に、良かろう。ロイスの後の後継は直系であれば誰でも良いのだから」
アルフの決意は固く、もう変えようが無いものだと感じ取ったドーラは諦めたように目を閉じると仕方が無いと言ったような笑みを浮かべた。
「……当主である旦那様がお決めになったこと。それに、子に幸せになってもらいたい気持ちは私も同じですもの。もう、何も言いませんわ」
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