【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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22話 薔薇園②

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ひとしきり薔薇を鑑賞したティアルーナはくるりと振り返った。

「ルードルフ様、一緒にくぐりましょう? ずっと友人として、と言いながら同時にくぐると叶うそうですよ」

その言葉に反応して少々後方に立っていたルードルフが数歩足をアーチに進めるが、手を互いに伸ばせば触れられるかどうか、といった距離でぴたりとその歩みを止めた。

「ルードルフ様?」

アーチの前で動かなくなったルードルフに声を掛けるが
、反応はない。不思議に思って後ろまで戻り、更に声を掛ける。すると、顔を上げたルードルフは眉尻を下げきっていて、くしゃりと申し訳なさそうに顔を歪めていた。

「…僕は、アーチは共にくぐれない」

ティアルーナが見たことも無い──そして恐らく、ルードルフもこれまでの人生でしたことが無い──その表情に心配する間もなく、紡がれた言葉は先のティアルーナの誘いの言葉を拒絶するものだった。

「君と、ずっと友人でなんて…いたくないんだ。いや、今も、これまでも、そしてこれからもずっと、友人だなんて…思ったことも、思うことも無いだろう」

もう、ルードルフの頭には口を止めなければと思う余裕もなかった。驚きに目を見開いて、傷ついた様な、酷く悲しい表情になっていくティアルーナを見ていることしか出来ない。

「………ッ、申し「この前、観劇に行った時。ティアルーナ、自分が言った言葉を覚えているかな…? いずれ婚約は解消だと…でも、僕は嫌なんだ。婚約は解消なんてしたくない、他の誰と婚約するのも嫌だ。君が僕以外の相手と婚約を結ぶのも、その相手と幸せになる未来も見たくない…見たくないんだ。僕が君を好きな以上、友人だなんて…」

友人と言ったことがおこがましがったのだと、傷付き震えながらも臣下としての謝罪を口にしようとしたティアルーナの言葉を遮って、ルードルフは思いの丈をさらけ出す。

「ルー、ドルフ様…っ。私、は…」

ティアルーナは、ここまで言われても尚、気が付かないほど愚鈍ではない。友人と思ったことも、思うこともないと言われた理由が臣下の立場で僭越だと言われたのではなく、ルードルフのティアルーナへの恋慕の気持ちが原因だと言うを理解してしまった。

「答えなくていい…何も、言わないでくれ。僕の身勝手な、感情だ…本当は、こんなことを言う資格さえない」

言葉を詰まらせるティアルーナを見てルードルフは自嘲的に笑う。そんなルードルフに上手い言葉どころか、たった一言でさえも言葉を紡げない自分に頭が痛くなる。

ティアルーナは、それからのことをよく覚えていない。

────────

令息の集まる会に嫌々ながら赴いていたルードルフはようやく解放され、公爵邸に到着したところで馬車を降りた。作り笑顔で引き攣った顔を労りながらふと、本邸に続く道を眺めると侍女に付き添われた彼の愛しい妹がとぼとぼと力なく石畳に影を落としながら歩いていた。

「ルーナ」

荷物などを執事が回収するのを待つことなくティアルーナの元に駆け寄って、声を掛ける。

「……にい、さま…」

力なく振り向くティアルーナは明らかに様子がおかしく、心騒ぎを覚えたロイスはティアルーナの侍女のメアリを手の一振りで下げる。

「どうした? あれになにかされた…?」

「私、…あ、の…っ…」

あれとは勿論、今日ティアルーナと共に出かけていたルードルフのことを指している。何時もならその言い様に何か言うはずのティアルーナがその言葉に反応すら見せず、がたがたと全身を震わせ、ロイスと揃いのロイヤルブルーの瞳からぽろぽろと涙を零した。

ロイスは初めて見る妹の涙に、呼吸を忘れる。

「ど、う…したら、いいのか…っ、わからない、んです」

「…落ち着いて。何があったか話してくれる…? ルーナの部屋に行こう」

涙を拭うこともせず、ただ助けを求めるようなティアルーナの言葉に我に返ると、涙に濡れた頬をこれ以上ないほど丁寧に、優しくハンカチーフで拭き取ると玄関ホールから真っ赤なベルベットのカーペットの敷かれた階段に足を差し向ける。
手を引きながら数段上った所でやはり不安になってロイスがティアルーナを振り返ると普段の薔薇色よりも、ぐっと深い色合いに頬を染めて、まるで熟れた果実のような蕩けた表情をしていた。そして、名を呼びかけるよりも早くその身は支えを失って、後ろへ傾いた。

手を引いてはいたがそれだけでは支えられないと咄嗟に判断したロイスは飛び掛るようにしてティアルーナの頭と身体を抱え込んで庇いながら落ちる。怒声のような声を上げながら玄関ホールに居た使用人が駆け寄ってくる音さえ耳に入らない。

「……ッ!! ルーナ、ルーナ! 怪我はッ!?」

数段とはいえ、階段から落ちた衝撃を構うこともせず腕の中のティアルーナを見れば、彼女はぐったりと意識を失っており目を開ける気配はない。まさか庇いきれず、頭を打たせてしまったかとロイスは顔色を悪くする。

「ルーナッ!! 」

「ご無事ですか?!」

「早く医者を呼べ! ルーナが目を開けないんだ!」

駆け寄る使用人の何人かがロイスの叫びのような声を聞いて、即座に医者を呼びに駆けていく。ただロイスはずっと、ティアルーナの名を呼び続けていた。

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