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23話 目覚めを待つ
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「どうかお休みください」
「そうです、お嬢様には医者も使用人も必ず付きっきりです。お嬢様がお目覚めになられた時に御三方がお倒れになっていては、お嬢様も心休まれないはずです」
ティアルーナが階段で意識を失ってからまる2日、その間本人を除くヴェルガム公爵一家は娘、妹のベッドの傍に付きっきりで一睡もせずに手を握ったり話しかけたりとしていた。既に公爵当主夫妻の体力は限界が近い事が見て取れ、今にも倒れてしまいそうだ。
しかし、必死の執事やメイドの言葉に耳を貸さず決して離れようとしないので使用人はほとほと困り果てていた。
「母上、父上はもうお休みください。目が覚めましたら必ずお知らせしますので…僕が付いています」
両手でぎゅう、とティアルーナの右手を握って決して目を逸らさずにそう言うと傍に控えていた医者が慌てたように口を開く。
「お嬢様は何処も打たれておりません、坊っちゃまがお庇いになったお陰です。時期に目が覚められます、あまり御心配なさらずに…」
ティアルーナが意識を失ってからずっと繰り返し聞かされた言葉にロイスは、だが一向に目が覚めないじゃないかと叫んだ。
「ルーナが目を覚まさないのに呑気に寝てなんていられるか! …僕は、『学園』でも徹夜はよくやっていた。2日間くらいどうってことはない、放って置いてくれ。それより、2人を寝室に連れて行って休ませてほしい」
事実、ロイスは少しも辛くなんてなかったし眠くもなかった。だが、もうそれなりに歳を重ねた彼の両親はそうはいかない。目は充血し、くまも深く、立ち上がる度にふらふらと頼りなく揺れるような状態なのだ、
「…いいえ、私もここに居たいの。旦那様も同じよ」
「いけません、これ以上は本当にお身体に障ります」
医者と侍女、執事がそれぞれ必死に主に休むよう願い、それを突っ撥ねるふたりの会話も耳を通らずただただ、ロイスはティアルーナの目覚めを願っていた。
──────
意識を失う直前、ティアルーナは酷い頭痛に襲われてまともに意識を保つのがやっとだった。だが、ロイスに手を引かれて階段を上っていると途中で抗えなくなり、そのまま糸が切れるように意識が途絶えた。
そして今は夢の中。
(…………?)
ティアルーナは瞼を持ち上げたと思ったが、どこを見渡しても暗いまま。他に見るものもなくて手を持ち上げると、ぼんやりと淡く光ってはいるがいつも通りの己の手だった。
(なんだか、今日見た奇跡の薔薇みた…あれ、何かあったような)
ザーっとノイズが頭を走り急激に記憶が蘇る。ルードルフの告白、それに答えられずに呆然としていた自分。ロイスに泣きついて、その後意識が保てなかったこと…ティアルーナが知っているのはそこまで。
左手を額にあてて考え込んでいると何も無かったはずの真っ暗な空間に突如としてティアルーナの全身をすっぽりと覆えるほど大きな1冊の本が現れる。見たことは無いはずなのに、見覚えがあるような気がする不思議な本。
(……?)
手を伸ばすと、意識と同時に身体が溶けるような感覚がするが不思議と怖くはなく、そのまま身を任せる。
すると再び真っ暗になった視界は一瞬で晴れて、見慣れた大好きな屋敷の自室に変わっていた。だが、置いてあるものはティアルーナの持ち物とは随分異なる。父のアルフに貰った大きすぎるぬいぐるみも、母のドーラに贈られた繊細な細工の施された宝石を入れるための箱も、兄のロイスと共に作成した研究レポートの山も、何も無い。
生けてある花に触れようとするが不思議と触れない。ティアルーナの手が透けたりだなんてことは無いが…ただ、触ると花がぐにゃりと歪んで触れられないのだ。
(なに…これ…)
困惑して、部屋に取り付けられた窓から外を眺めるとテーブルに真っ白なテーブルクロスが掛けられ、周囲を様々な色のドレスを纏った淑女が囲んでいる。どうやら中庭での茶会のようだ。
茶会に参加する一人ひとりの顔を見ていくとその途中、幼くもその場で最も美しいドレスを纏ったブロンドの令嬢に目が留まった。皆一様に仮面のような笑顔を浮かべる中でただ1人、ごっそりと感情の抜け落ちた表情でどこか遠くを見つめている。
(あれ…私、だわ)
記憶喪失だから、目が覚めるよりも前のことは知らない。覚えていないはずなのに、あれは幼い頃の自分だと直感的に、そう思った。話に聞いた『鉄仮面』と公爵家の令嬢という王国でも高貴な身分に相応しくない渾名を付けられた感情の感じられない無表情な娘。
「あれは、私」
ぽつりと、そう呟いた瞬間にばっと景色が掻き消えて途端にフラッシュのように様々な景色が浮かび上がる。
婚約者との初めての顔合わせ、相変わらず表情は変わっていなかったけれど確かに好きだと感じた。久しぶりに会った両親、デビュタントの話をしている。兄に手紙を書いた。
あの日、あの時────
急激に浮かび上がる膨大な量の記憶がティアルーナの頭に流れ込んでくる。その様々な景色、思い出に押し出されるようにティアルーナは──意識が浮上した。
「そうです、お嬢様には医者も使用人も必ず付きっきりです。お嬢様がお目覚めになられた時に御三方がお倒れになっていては、お嬢様も心休まれないはずです」
ティアルーナが階段で意識を失ってからまる2日、その間本人を除くヴェルガム公爵一家は娘、妹のベッドの傍に付きっきりで一睡もせずに手を握ったり話しかけたりとしていた。既に公爵当主夫妻の体力は限界が近い事が見て取れ、今にも倒れてしまいそうだ。
しかし、必死の執事やメイドの言葉に耳を貸さず決して離れようとしないので使用人はほとほと困り果てていた。
「母上、父上はもうお休みください。目が覚めましたら必ずお知らせしますので…僕が付いています」
両手でぎゅう、とティアルーナの右手を握って決して目を逸らさずにそう言うと傍に控えていた医者が慌てたように口を開く。
「お嬢様は何処も打たれておりません、坊っちゃまがお庇いになったお陰です。時期に目が覚められます、あまり御心配なさらずに…」
ティアルーナが意識を失ってからずっと繰り返し聞かされた言葉にロイスは、だが一向に目が覚めないじゃないかと叫んだ。
「ルーナが目を覚まさないのに呑気に寝てなんていられるか! …僕は、『学園』でも徹夜はよくやっていた。2日間くらいどうってことはない、放って置いてくれ。それより、2人を寝室に連れて行って休ませてほしい」
事実、ロイスは少しも辛くなんてなかったし眠くもなかった。だが、もうそれなりに歳を重ねた彼の両親はそうはいかない。目は充血し、くまも深く、立ち上がる度にふらふらと頼りなく揺れるような状態なのだ、
「…いいえ、私もここに居たいの。旦那様も同じよ」
「いけません、これ以上は本当にお身体に障ります」
医者と侍女、執事がそれぞれ必死に主に休むよう願い、それを突っ撥ねるふたりの会話も耳を通らずただただ、ロイスはティアルーナの目覚めを願っていた。
──────
意識を失う直前、ティアルーナは酷い頭痛に襲われてまともに意識を保つのがやっとだった。だが、ロイスに手を引かれて階段を上っていると途中で抗えなくなり、そのまま糸が切れるように意識が途絶えた。
そして今は夢の中。
(…………?)
ティアルーナは瞼を持ち上げたと思ったが、どこを見渡しても暗いまま。他に見るものもなくて手を持ち上げると、ぼんやりと淡く光ってはいるがいつも通りの己の手だった。
(なんだか、今日見た奇跡の薔薇みた…あれ、何かあったような)
ザーっとノイズが頭を走り急激に記憶が蘇る。ルードルフの告白、それに答えられずに呆然としていた自分。ロイスに泣きついて、その後意識が保てなかったこと…ティアルーナが知っているのはそこまで。
左手を額にあてて考え込んでいると何も無かったはずの真っ暗な空間に突如としてティアルーナの全身をすっぽりと覆えるほど大きな1冊の本が現れる。見たことは無いはずなのに、見覚えがあるような気がする不思議な本。
(……?)
手を伸ばすと、意識と同時に身体が溶けるような感覚がするが不思議と怖くはなく、そのまま身を任せる。
すると再び真っ暗になった視界は一瞬で晴れて、見慣れた大好きな屋敷の自室に変わっていた。だが、置いてあるものはティアルーナの持ち物とは随分異なる。父のアルフに貰った大きすぎるぬいぐるみも、母のドーラに贈られた繊細な細工の施された宝石を入れるための箱も、兄のロイスと共に作成した研究レポートの山も、何も無い。
生けてある花に触れようとするが不思議と触れない。ティアルーナの手が透けたりだなんてことは無いが…ただ、触ると花がぐにゃりと歪んで触れられないのだ。
(なに…これ…)
困惑して、部屋に取り付けられた窓から外を眺めるとテーブルに真っ白なテーブルクロスが掛けられ、周囲を様々な色のドレスを纏った淑女が囲んでいる。どうやら中庭での茶会のようだ。
茶会に参加する一人ひとりの顔を見ていくとその途中、幼くもその場で最も美しいドレスを纏ったブロンドの令嬢に目が留まった。皆一様に仮面のような笑顔を浮かべる中でただ1人、ごっそりと感情の抜け落ちた表情でどこか遠くを見つめている。
(あれ…私、だわ)
記憶喪失だから、目が覚めるよりも前のことは知らない。覚えていないはずなのに、あれは幼い頃の自分だと直感的に、そう思った。話に聞いた『鉄仮面』と公爵家の令嬢という王国でも高貴な身分に相応しくない渾名を付けられた感情の感じられない無表情な娘。
「あれは、私」
ぽつりと、そう呟いた瞬間にばっと景色が掻き消えて途端にフラッシュのように様々な景色が浮かび上がる。
婚約者との初めての顔合わせ、相変わらず表情は変わっていなかったけれど確かに好きだと感じた。久しぶりに会った両親、デビュタントの話をしている。兄に手紙を書いた。
あの日、あの時────
急激に浮かび上がる膨大な量の記憶がティアルーナの頭に流れ込んでくる。その様々な景色、思い出に押し出されるようにティアルーナは──意識が浮上した。
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