【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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29話 ウェルガム領 ②

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ヴェルガム公爵領、首都ウェルツ。その中央に建つ公爵家の本地とも言える城に到着し、数日が経った日のこと。ティアルーナは自室でペンを片手に唸っていた。

「お嬢様、王太子殿下から御手紙と花束が。ご友人方からも何通か届いております」

頭を悩ませる主人のためにティアルーナの専属侍女、メアリが紅茶と共に運んできたのは件の悩みの種である何通かの手紙と華やかな花々が束ねられた花束だった。それを目にしたティアルーナは困ったように眉を寄せる。

「…前頂いた御手紙のお返事がまだ出来ていないの」

ティアルーナが書き進めていたのは他でもなく、未だ婚約者という関係のままであるルードルフの手紙への返事であった。王太子という重責な地位にある彼は、職務もティアルーナの比ではないはずなのに、彼から送られる毎日の手紙に彼女は筆が止まってしまっていた。

「お気になさらないでくだいませ、お嬢様。そもそも、急な用事である訳でもないのに返事を待たずに次を送られる王太子殿下が非常識なだけです」

ポットから茶器へ花を浮かした紅茶を注ぎながら敵意もありありと棘のある言葉を不敬も気にせずに吐く侍女にティアルーナはどうしたものかと肩を落とす。

「そんな事を言わないで? お忙しいのに送ってくださってるんですもの。お返事、直ぐに書くからお願いしてもいいかしら」

「畏まりました。お嬢様、花はどう致しましょうか。お部屋は、もう沢山生けてありますし」

ティアルーナとメアリは部屋に溢れんばかりに飾られた色とりどり、多種多様な花々を眺める。これ以上、花を置く場所はとても無い。

「そうね…別棟に送ってくれる? 本棟に飾っておくと兄様が怒ってしまうから」

「ふふ、このお部屋に飾られてるのも嫌だと仰っておられましたよ」

メアリの言葉にこくりと頷くと、そっと書机の端に飾られたブーゲンビリアに手を伸ばす。彼女の兄は特にこの花に難色を示し、ロイスにしては珍しく勝手に棄ててしまおうとしていたのだ。

「兄様は、この花はお嫌いなのかしら。とっても可愛いけれど…兄様が嫌がられるのならこれも別棟に運んでくれる?」

その言葉にメアリが頷いた瞬間、ティアルーナはするりと背後から伸びた腕に抱き締められた。

「花は嫌いじゃないよ。贈り主が嫌いなだけ…僕からルーナを取ろうとするから」

彼女と揃いの金糸の様な髪とすみれ色の瞳の美貌が微笑み、抱き寄せる力を増すとティアルーナから非難の声が上がる。

「きゃ!…兄様、後ろから急に声をかけないでくださいませ。 驚きます」

「ふはっ…ごめんね。かわいいから、つい」

ロイスはひとしきり笑って、ティアルーナの頭を撫で回すと目配せで壁際に控えていたメイドを下がらせる。それを不思議そうな瞳で見つめるティアルーナを解放すると手を取り、ソファに座らせた。

「散歩の誘いに来たのだけど、その前に一つ話があって。──ルーナ、婚約の解消はいつにする? シーズンが終わるまでには解消の発表をした方が混乱は少ないから、王家主催の最後の夜会はどうかな。そのまま領に戻れば煩わしいこともないと思うんだけど、ルーナはどう思ってるかな」

婚約解消、という言葉にティアルーナはぴくりと固まった。それを見てロイスは顔を僅かばかり強ばらせるが今のティアルーナにそれに気付く余裕はない。

(友人と言っても、婚約を解消したら中々手紙を交わすことも出来なくなってしまうし…なんだか寂しいわ。初めて友人と思った人だものね、それも当然かしら)

「あ…そう、ですね。もうそんな時期なんて、なんだか早いですわ。兄様の言う通り、最後の夜会にします」

「…わかった、じゃあ散歩に行こうか。今日は何処に行きたい?」

ティアルーナがへらりと笑ってそう伝えると、僅かに間を置いてロイスはいつもの通りの笑顔に戻る。

「今日は別棟の方に行きませんか? あの庭園は広くて、まだちゃんと見れてないんです」

「ルーナが望むのなら、何処へでも」

ロイスは早鐘を打つ鼓動を悟られないように必死に取り繕って、愛する妹に手を差し出した。

(まさか、ルーナは…迷ってる訳じゃないよね)
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