30 / 35
30話 ウェルガム領 ③
しおりを挟む
更に数日が経ち、ウェルツに滞在する日程も半分を過ぎた頃。ティアルーナは山のような書類の束に向き合い、確認とサインに追われていた。しかし、持ち前の能力から既に大半は終了しており、現在は軽い休憩をとっていた。
「そういえば、今日は王太子殿下から花束と御手紙が来ておりませんね。メアリに確認致しましょうか?」
今日、ティアルーナの側に侍っているのは何時ものようにメアリではなく、侍女長だった。皺の目立つ顔に朗らかな笑みを絶えず浮かべ、のんびりとした口調でありながらその動きに無駄はない。早速と言わんばかりに扉へ向かう侍女長をティアルーナは引き留める。
「大丈夫よ。今日は兄様もご用事でいらっしゃらないし、お返しの御手紙を書くわ。昨日頂いた御手紙を出してくれる?」
侍女長はすぐさま了承の声をあげ、きびきびと丁寧に王家の紋章の刻まれた封筒と羽ペンとインクを揃って書机に並べる。それらに礼を言って、下がらせるとティアルーナは既にペーパーナイフで封の開けられた封筒を持ち上げ、数枚の手紙を取り出す。なんとなしに開き、右下に刻まれた瀟洒な月のモチーフに目を止める。
「……? これ、傷…いえ、違う。わざと付けられてるもの」
窓から差し込む光の加減によって見えたり見えなかったりと変化する、ともすれば傷のようにも見えるそれにどこか見覚えがあった。何度か上からそれを何度かなぞると、はたと思い至るものがあった。
「確か、王国古代語の──『願い』?」
記憶を探る内に確信に近い予感を感じ得たティアルーナは急ぎ椅子を立つと、ガラス扉を開いて手紙の保管された引き出しを開いた。それらの中から王家の紋章の刻まれたものだけを選び、書机に移動させる。
「『月』『満ちる』『時』、『君』……これは、合う? それとも──『逢う』、かしら」
再び椅子に座り、受け取った順番が古いものから見ていくと月のモチーフに薄く刻まれた古代王国語が浮かび上がる。どんどんと解読を続けると、ただの記号の羅列は文章のような並びにたちまちに姿を変えていく。
「『月』、『満ちる』『時』、『君』『逢う』『願い』」
散らされた単語を解読し終え、ぽつりとそう呟くとティアルーナは思案を始める。古代王国語は、文法も読解方法も現在とは全く異なり、独自の法則に合わせなければ文章の解読は叶わない。
「─────月が満ちる時、君に会うことを願う」
(月が満ちる時…手紙の端の月、ただの印だと思っていたけれど、これの事かしら。それに今夜は満月で、手紙の月も次、頂くもので満ちるはず)
ゆっくりと満ちていく月のモチーフと、夜になれば空に浮かぶ月はなんの偶然か、はたまた必然か…今日こそがそのふたつが満ちる日であった。間違いなく、月が満ちる時というのは今日のことで、文章をそのまま取るのであれば今日の夜にルードルフが会いに来ると言うことになる。
「でも、場所が書いてない…何か他にもメッセージがあるのかしら?」
しかし、肝心の場所は書いておらず、目を凝らして探しても他に何の記号も暗号も見つけられない。このままでは会う事など、到底叶うはずもない。未だ婚約者という関係ではあれど、まさか夜に公爵家に訪ねてくる訳でもないだろう。
(それに、ルードルフ様は王太子。そう軽やかに特定の領地になんて来られないはず…解読を間違えたかしら)
自身の解読の不手際を疑って、ティアルーナはもう一度試みるが結果は同じ。そもそも、こんなにも月が意図的に揃えられた状態で、先の意味以外など考えられない。考え唸るが答えが分けるはずもなく、先日メアリが下げ損ねたブーゲンビリアの花を眺める。
「あ…メッセージカード?」
王国で、貴族の紳士が淑女へ花を送る際には必ずメッセージカードを添えるのが通例である。そして、いくつかの定型分を花束に添えて送られた淑女はそれに愛用する香水を吹き付けて送り返すのだ。そして、ティアルーナはその慣例に則って既にメッセージカードを王都へ返送していた。つまり、確認する術はもうないのだ。
(……王国古代語なんて、どこにも刻まれていなかったわ。メッセージカードなんて、誰でも見られるし、私が見落としていたとしてもそんなことはしないはず。場所は記されていないし、願い…だからただ単にそう願っているということかしら)
「素敵なサプライズ。同じように何かお返しをしないと」
「そういえば、今日は王太子殿下から花束と御手紙が来ておりませんね。メアリに確認致しましょうか?」
今日、ティアルーナの側に侍っているのは何時ものようにメアリではなく、侍女長だった。皺の目立つ顔に朗らかな笑みを絶えず浮かべ、のんびりとした口調でありながらその動きに無駄はない。早速と言わんばかりに扉へ向かう侍女長をティアルーナは引き留める。
「大丈夫よ。今日は兄様もご用事でいらっしゃらないし、お返しの御手紙を書くわ。昨日頂いた御手紙を出してくれる?」
侍女長はすぐさま了承の声をあげ、きびきびと丁寧に王家の紋章の刻まれた封筒と羽ペンとインクを揃って書机に並べる。それらに礼を言って、下がらせるとティアルーナは既にペーパーナイフで封の開けられた封筒を持ち上げ、数枚の手紙を取り出す。なんとなしに開き、右下に刻まれた瀟洒な月のモチーフに目を止める。
「……? これ、傷…いえ、違う。わざと付けられてるもの」
窓から差し込む光の加減によって見えたり見えなかったりと変化する、ともすれば傷のようにも見えるそれにどこか見覚えがあった。何度か上からそれを何度かなぞると、はたと思い至るものがあった。
「確か、王国古代語の──『願い』?」
記憶を探る内に確信に近い予感を感じ得たティアルーナは急ぎ椅子を立つと、ガラス扉を開いて手紙の保管された引き出しを開いた。それらの中から王家の紋章の刻まれたものだけを選び、書机に移動させる。
「『月』『満ちる』『時』、『君』……これは、合う? それとも──『逢う』、かしら」
再び椅子に座り、受け取った順番が古いものから見ていくと月のモチーフに薄く刻まれた古代王国語が浮かび上がる。どんどんと解読を続けると、ただの記号の羅列は文章のような並びにたちまちに姿を変えていく。
「『月』、『満ちる』『時』、『君』『逢う』『願い』」
散らされた単語を解読し終え、ぽつりとそう呟くとティアルーナは思案を始める。古代王国語は、文法も読解方法も現在とは全く異なり、独自の法則に合わせなければ文章の解読は叶わない。
「─────月が満ちる時、君に会うことを願う」
(月が満ちる時…手紙の端の月、ただの印だと思っていたけれど、これの事かしら。それに今夜は満月で、手紙の月も次、頂くもので満ちるはず)
ゆっくりと満ちていく月のモチーフと、夜になれば空に浮かぶ月はなんの偶然か、はたまた必然か…今日こそがそのふたつが満ちる日であった。間違いなく、月が満ちる時というのは今日のことで、文章をそのまま取るのであれば今日の夜にルードルフが会いに来ると言うことになる。
「でも、場所が書いてない…何か他にもメッセージがあるのかしら?」
しかし、肝心の場所は書いておらず、目を凝らして探しても他に何の記号も暗号も見つけられない。このままでは会う事など、到底叶うはずもない。未だ婚約者という関係ではあれど、まさか夜に公爵家に訪ねてくる訳でもないだろう。
(それに、ルードルフ様は王太子。そう軽やかに特定の領地になんて来られないはず…解読を間違えたかしら)
自身の解読の不手際を疑って、ティアルーナはもう一度試みるが結果は同じ。そもそも、こんなにも月が意図的に揃えられた状態で、先の意味以外など考えられない。考え唸るが答えが分けるはずもなく、先日メアリが下げ損ねたブーゲンビリアの花を眺める。
「あ…メッセージカード?」
王国で、貴族の紳士が淑女へ花を送る際には必ずメッセージカードを添えるのが通例である。そして、いくつかの定型分を花束に添えて送られた淑女はそれに愛用する香水を吹き付けて送り返すのだ。そして、ティアルーナはその慣例に則って既にメッセージカードを王都へ返送していた。つまり、確認する術はもうないのだ。
(……王国古代語なんて、どこにも刻まれていなかったわ。メッセージカードなんて、誰でも見られるし、私が見落としていたとしてもそんなことはしないはず。場所は記されていないし、願い…だからただ単にそう願っているということかしら)
「素敵なサプライズ。同じように何かお返しをしないと」
314
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので頑張るのをやめました 〜昼寝と紅茶だけの公爵令嬢なのに、なぜか全部うまくいきます〜あ
鍛高譚
恋愛
王太子から婚約破棄された衝撃で階段から落ちた公爵令嬢シャル・ド・ネ・アルベール。
目覚めた彼女は、なんと前世の記憶——ブラック企業で働き詰めだったOL・佐伯ゆかりとしての人生を思い出してしまう。
無理して働いた末に過労死した前世の反省から、シャルは決意する。
「もう頑張らない。今度の人生は“好き”と“昼寝”だけで満たしますわ!」
貴族としての特権をフル活用し、ワイン造りやスイーツ作りなど“趣味”の延長でゆるゆる領地改革。
気づけば国王にも称賛され、周囲の評価はうなぎのぼり!?
一方、彼女を見下していた王太子と“真実の愛()”の令嬢は社交界で大炎上。
誰もざまぁされろなんて言ってないのに……勝手に転がり落ちていく元関係者たち。
本人はただ紅茶とスコーンを楽しんでいるだけなのに――
そんな“努力しない系”令嬢が、理想の白い結婚相手と出会い、
甘くてふわふわ、そしてちょっぴり痛快な自由ライフを満喫する
ざまぁ(他力本願)×スローライフ×ちょっと恋愛な物語です♪
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました
鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」
そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。
王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。
私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。
けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。
華やかな王宮。
厳しい王妃許育。
揺らぐ王家の威信。
そして――王子の重大な過ち。
王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。
離縁を望んでも叶わない義妹。
肩書きを失ってなお歩き直す王子。
そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。
ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。
婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
選ばれなくてよかったと、今は思います
たくわん
恋愛
五年間の婚約を、一夜で破棄された。
理由は「家格の不一致」。
傷ついた翌朝、私は泣くのをやめて仕事着を着た。
王立文書院の渉外部職員として、今日も書類と向き合う。それだけでいいと思っていた。
出勤すると、一枚の張り紙があった。
新長官着任。エドワード・ヴァルツ・シュタイン侯爵。
昨夜の晩餐会で、遠くに座っていた「氷の侯爵」がそのまま上司になった。
彼は口数が少なく、笑わず、感情を見せない。
でも仕事の評価だけは正確だった。
「君の報告書は読みやすい」「渉外部はあの職員が要になっている」——誰かに選ばれたくて生きてきたわけではないのに、仕事を通じて初めて、自分の輪郭がはっきりしてくる気がした。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる