みかげさまのこえがする。

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
5 / 33

<第五話・談>

しおりを挟む
 あの腹の立つ部長に、霊能力と呼ばれるものがあるかもしれない。それを聴いて、ますます美園は不機嫌になった。何故なら、そういう“平凡ではない特別なもの”はーー美園がずっと欲しくて、それでいてけして手に入らないと諦めていたものであったからだ。

――そんなもの、そうホイホイ持っていられてたまるもんですか。……確かに、あいつの視点というか言動って、結構変なところというか、妙だなとは思ってたけど。

『このサークルの名前が、オカルト研究サークルではなく“怪奇現象研究クラブ”である理由を、新しく入ったお前達に伝えておこうと思う』

 大学四年生には見えない、下手をすると高校生にも見られかねない童顔のイケメンは。教壇に立ち、部員達に“講義”を行う時は、随分と大きく見えたものだった。しかし、それは威圧的である、というのとは違う。根本的に、己に自信のある人間のそれである、と言えばいいだろうか。見目に反して低く、威厳がある声に加えて――彼はいつも堂々と胸を張って皆の前に立っていた。まるで自分の正義を、絶対的かつ揺るぎないものであると信じているかのように。

『このサークルは、単純なオカルトを研究するものではない。俺はむしろ、オカルトやホラーといったものに懐疑的、否定的である者も積極的に参加して欲しいと願っている。何故か?こういったものは、人の思想に大きく影響を受けやすい。“幽霊は存在する”と思う者が見れば幽霊が存在することになり、“幽霊は存在しない”と思う者が見れば幽霊が存在しないことになる。それでは、結局研究の結論は本人の主観にしか依らない。正しく、客観的な成果などは見いだせない。それでは意味がない』
『どういうことですか、部長』
『同じものを見たところで、結局それを解釈し、紐解くのは人間でしかないということだ』

 彼は、悪魔や幽霊、超能力といった“不思議現象”とされるものについて――信じているわけでもなければ信じていないわけでもない、極めてフラットだと語っていた。むしろ、フラットでいたいと願っている、とも。

『火が何故熱いのか?何故我々は水を手で掴めないのか?月が明るいのは何故なのか?我々がしている呼吸という行動の意味が何か?磁石と鉄がくっつくのはどうしてか?何故テレビは映るのか?何故世の中には多種多様な人種や宗教が存在するのか?……中には研究途中のものも多くあるが、それでも大半が一定の答えが見出されているものだ。燃える火を見て、それ単体で神の祟りだの奇跡だのと謳う者は今この地球上にもそう多くはないだろう。何故なら、原理が解明されているからだ。時代に依っては“不思議な現象”であったそれらは、研究し解明されて“科学”の一端となることにより我々に認識され、“不思議”だと思われることがなくなった。どれほど奇妙な現象であろうと、原理が解明されれば全ては“科学”になる。我々は皆、そういう理屈の上で生きている』

 言い方は少し堅苦しいが、きっと筋は通っているのだろう。確かに、今彼が語ったようなことは不思議でもなんでもない。そこまで頭がいいわけでもない美園には、火の原理というものを的確に説明することはできないが――それでも、それが人間が簡単に起こしうる“当たり前の現象”であることは理解しているし、火が起きたからといってそれだけで驚くなんてこともない。勿論、起こるべくして起こる火のことであって、放火されて家が燃えたりしたら驚くが――それは、火そのものを畏怖しているからではないだろう。
 解明されたものが科学であり、されていないものがオカルトになる。
 なるほど、大昔の人にとっては、火も水も太陽も、何もかもが呪いや宗教や奇跡の一端と呼んで差し支えないものであったのかもしれない。

『解明されていない“未知”を見た時、それを記録し解釈するのは人間だ。カメラで映像を撮影したところで、その映像そのものは公平かと平等に晒されたとしても……それを見るのが人間である以上、解釈は全て見た者の主観に委ねられる。森でうっすらと燃える火を見た時、それを人魂と呼ぶ者と、悪魔の儀式と言う者、はたまたただそこにいた誰かが焚き火をしただけと言う者、プラズマ現象がどうたらと言い出す者といるということだ。怪奇現象の特番ほど信用できないものはない。あれは大前提として“これから映るものは全て幽霊の仕業である”と銘打って物語をすすめている。見る者達に皆そういったフィルターがかかるし、本人たちだってそう、何を見ても幽霊にしか見えない下地が整っている。ゆえに俺は、こういうサークルの場で、偏った意見の者がかりの集団ができるのは極めて危険で、同時に退屈なものだと考えているんだ』

 肯定派も否定派も中立派も必要だ、と焔はそう言っていた。

『出来れば全員に共通認識を設けず、あえて情報を与えず、同じものを調査する機会があれば実に興味深いと思っている。お前達も、自分達の認識を“全員の共通認識”として強引に広めることないよう願う。別からの視点、自分とは真逆の視点を持つ者の存在こそ宝だ。不必要なフィルターをかけて真実を霞ませないために意味のある存在だ。それを忘れてはいけない』
『部長の言いたいことはわかりましたけど』

 その時はまだ、美園も琴子もレポートを叱られる前だった。ただ、あの部長さん変わり者だけどカッコイイなあ、くらいにしか思っていなかったのである。
 ゆえに、ぼーっとしていて話は半分程度にしか聴いていなかった(それでもこれだけの内容を覚えていたのだから、対したものである)。質問をしたのは、もっと熱心にオカルトを信じていたと思しき、一年生の新入部員である。

『結局のところ、先輩は幽霊とか悪魔とか、呪いっていうものをどこまで信じているんですか?』

 それはきっと誰もが訊きたかったことだろう。彼がどちらの立場であるか、同時にどちらの立場から“逆”の存在を尊んでいるのかを。そう、ここで、彼ははっきりと明言したのだ。自分はどちらでもない、と。

『どちらでもないように心がけている。不思議なもの、奇妙なものを見たことがないわけではないが、それが果たしてどういう種類のものであるのか、解明に至っておらず答えが出せないというのが正しい。ただし、一つだけはっきり断言できることがある』
『なんですか?』
『簡単なことだ。今まで多くの作家、政治家、有名人が口が酸っぱくなるほど言ってきたことを、俺もその通りだと思っているというだけのこと。……どんな悪霊が存在しようと、それこそ異世界の魔王のようなものがいたとしても……一番恐ろしいのは、生きて、普通にそのへんを歩いている人間に他ならない。何食わぬ顔で、狂気や悪意を隠し持ち、時に言葉一つで人を殺せてしまう人間という存在ほど恐ろしいものは、この世に存在しないんだとな』

 確かにあの時、彼は“不思議なものや奇妙なものを見たことがある”というような事を言っていたような気がする。それがどういう種類のものであるのか、本人が一切明言しなかったというだけで。
 なるほど、霊能力があることの示唆であるとも――捉えることができない、わけではない。

「ムカつく」

 正直に、美園は感想を漏らした。

「霊能力なんて、そんな普通の人間が簡単に持てるわけないじゃん。どうせ、霊能力があると思い込んでる、頭のネジ外れたおかしな人ってだけでしょ?レポート貶された時点で部長の評価ダダ下がりだったけど、ますます下の方に限界突破したかんじ」
「うわあ、そこまで?いや確かに、そういうものがあるって本気で信じてる構ってちゃんって少なくないけど」

 苦笑気味に琴子が言う。

「ほら、高校の時とか、高校デビューって言ってさ、ちょと他の人と違う自分を演出するために馬鹿やる奴いるでしょ?髪の毛をここぞとばかりに染めてきて先生に叱られてきたり、時には夏休み明けに大怪我しましたアピールしてきたり。あれって特別な存在になりたいとか、とにかく同情を引きたいって気持ちの現れだよねえ。あたしのクラスにもいたわ、そういうコ」

 そう、誰だって特別な存在になりたい。美園にもその気持ちはわかるし、きっと琴子もそうだろう。目立ちたいとか、構って欲しいとか、可愛がられたいとか――同情されて、優しくされたいとか。ただそのアピールを間違えると、痛々しいだけになってしまうということがわかっているだけのことである。
 自分達も、一応酒が飲める年齢の女だ。まだまだ精神的にガキくさいと言われても仕方ないが――だからとって、ものの分別がつかないほど愚かではないつもりである。蔑むのは、そういう特別になりたい気持ちがわかるかるだけに、忌々しいと感じてしまうから。そして、そうやってチヤホヤされる存在に、どこかで嫉妬しているからに他ならない。

「イケメンなのに、そう考えるとちょっとがっかりかも。霊能力者ポーズしちゃうなんて……って、あたしも本人がそう名乗ってるの聞いたわけじゃないし、実質オカルト研究会なんだからそういう人が一人二人いても仕方ないとは思うけどさあ。でもまあ、痛々しいし、あんま関わらんでおこーって思うレベルではあるよ。そのへん、美園は違うの?なんか特別扱いされる存在に、凄く嫌悪感覚えてるってかんじ出てるけど……あ」

 そこまで語って、琴子は思い出したのだろう。彼女には話したことがある。美園の姉が、どういう存在であったかを。音楽に疎い彼女は、美園が天才ピアニストの堂島美織の妹であるなどとは露知らず声をかけてきて、だからこそ友人関係になったわけであったが。

「“天才”とか。“特別”って存在は、やっぱ好きになれないの、ごめんね」

 気まずそうに黙った琴子に、ちょっと申し訳ない気持ちになり――美園は小さく笑みを浮かべて、謝った。別に、彼女に八つ当たりがしたかったわけではないのである。

「だってそういう人たちってさ。平凡にしか生きられない、努力したって低い限界が見えてる……私らみたいな人間のことなんか、全然眼中になさそうっていうか。理解もできなさそうでしょ。だって自分達がそういう苦労しなくていいんだもん。その程度がどうしてできないの?って見下すのも当然と言えば当然だし……なんていうか、仲良くできる気がしないじゃん。実際、私も姉と普通に……姉妹らしく話した記憶なんか全然ないし」
「……ごめん、美園。あたしこそ、嫌なこと思い出させちゃった」
「いいって、気にしないで。とりあえず、トイレ出たら奥のお店チラ見して、混雑がマシになってたらおにぎりでも買っちゃおう。次のサービスエリアまでまだ時間あるし、その間におなかすいちゃったらアレでしょ」
「うん、まあ……そうだね」

 楽しい日帰り旅行(ひょっとしたら一泊になるかもだが)の予定であったのに、なんだか空気が重くなってしまった。美園はなるべく笑顔を作って友人に語りかける。
 とりあえず、あんな腹立つ部長のことなど、今は忘れるべきなのだ。何の成果もなかったとしても、今回のプチ旅行を楽しむくらいはできるはずなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...