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<第六話・餓>
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篠崎夏音は考えていた。一体、何がどうしてこんなことになってしまったのだろう、と。
そもそもの発端は、ちょっとした噂話を聞きつけたことであった。楽しい楽しい女子高生ライフと帰宅部を満喫している仲良しの妹と、毎年恒例のホラースポットめぐりを今年も敢行した、それだけのことである。今年は、奇妙な神様を祀っているらしいと噂を聞きつけ、二人でその場所まで遊びにやってきたのだった。なんせ、めぼしい自殺の名所やら呪いのトンネル、廃病院なんてものは粗方探検し尽くしてしまったあとである。こうなったらマイナーな神様や因習がありそうな場所の方が面白いかもしれない――そう言い出したのは、夏音の方だった。
――ちっちゃな頃から、本当に気が合うというか。年もそれなりに離れてるのに、双子みたいに趣味がぴったり合うことで有名だった……可愛い可愛い妹。
同族嫌悪、なんてものもなかった。むしろ、どちらも成績が悪くて勉強が嫌い、素行もあまり良くないという意味で気があってしまったというのが正しい。両親には呆れられたものの、だからこそお互いの悩みをお互いが一番理解できる立場であったのだ。そしてそんな自分達が、幽霊やら呪いやらに興味を持ち、ひっそりとオカルトサイトを共同で運営するようになるのは、ある意味必然であったのかもしれない。知名度が欲しいとか、そういうことではなかった。単純に二人で共同作業をやるのにぴったりなテーマが、オカルトであったというだけである。
ヨウチューブにも動画を上げたし、時には実況紛いなこともした。成績も素行も悪かったが、二人ともそれなりに見た目には自信があったので、閲覧数も一万程度までならなんとか稼ぐことができた。広告収入として言えば、微々たるものではあったものの、二人で作り上げた“作品”がそうやって評価されていくのは楽しいものがある。結果、妹の秋乃が高校生になり、姉の夏音が社会人になってからもそのテの遊びは継続するに至っているのだ。動画投稿まで始めたのはここ数年のことだが、サイトの方がそれなりに歴史が長い。もうそろそろ八年くらいは経過するのではなかろうか。
――別に、幽霊とか、そういうものを信じてたわけじゃない。むしろ……そんなものあるわけないって、正直馬鹿にしてた。
むしろ、悪霊やら呪いやらを本気で信じていたら、こんな不謹慎なオカルトスポット巡りになんてきっと手は出せていないことだろう。何処に行っても、どうせそんなものは嘘っぱちだから。幸運で可愛い自分達には、そんなもの降りかかってくるはずないのだから。多分どこかで、そんな風に楽観的に考えていたのだろう。実際、妹とやれば大抵のことはうまくいったし、大きな災害や事故に見舞われたこともない。極端なことを言えば、二人一緒なら何だってできてしまうような、そんな気さえしていたのは事実である。
だからそう、今回も――いつものように面白半分でこの場所を訪れた、ただそれだけのことだったのである。どうせ何も起きないし、何もありませんでした!とニコニコ笑って動画をアップしておしまいになるはずだった。――そう、だから。
昨日の朝目覚めた時、妹がいなくなった事を知り――最初は信じなかったのである。きっとちょっと、そのへんにふらっと遊びに行っただけに違いないと。なんといっても、この村には小さいながらもコンビニのような店もあるし、小さな商店らしきものもが並んでいる一角もある。全く暇が潰せないなんてこともない。朝早く起きて、そういうところに彼女が遊びに行ったとて、なんらおかしなことではなかったのである。
けれど。
――秋乃……秋乃がいなくなったなんて、信じない。きっと、何処かで私を待ってるはずなんだから……絶対に、助けに行かないといけないんだから……!
彼女はそのまま、夏音が泊まっていた民宿には戻ってこなかった。
そして夏音も今、得体の知れない洞窟で一人こうしてさまよっている。秋乃を探し回って、あちこち村人達に話を聴いて回り、村に駐在するお巡りさんからも事情を聞かれて山の方まで探索範囲を広げると知り――夜、疲れきって、御飯を食べてすぐ寝てしまったことまではよく覚えているのだけれど。
目覚めたら、この暗い洞窟の中だった。
あちこち松明のような明かりが点っているため、真っ暗というわけではない。しかし、着の身着のまま、靴も履いていない状態で放り出され、一体どうして不安を感じずにいられるというのだろうか。
最初は悪い夢を見ているだけだと思った。しかし、整備もされていない、小石がごろごろと転がる道を歩き続けるのは想像以上の苦悩であり、足の裏に突き刺さるような痛みが現実逃避を許してくれない。これは、悪い夢などではなく、悪い夢だとしか思えないような現実であるらしい。一体何故なのかもわからないが、夏音はこの場所に何者かに連れて来られ、一人置き去りにされてしまったらしかった。
――わからない!わからないわからないわからない!秋乃は、どうしていなくなったの?まさか本当に、神様に連れ去られたの?私も?……そんなはずないでしょ、そんな悪霊だの呪いだの、そんなものあるはずないでしょ……!だって、今まで何も、悪いことなんか起こらなかったんだから!!
頭は混乱し、泣きたい気持ちでいっぱいだったが。妹を助けなければ、という気持ちが、どうにか夏音の理性を繋ぎ止めていた。派手で遊び好きなところもある元気な彼女だが、本当はとても泣き虫で寂しがり屋なところもあると知っている。そして、自分のことを、多方面で誰より頼りにしてくれているということも。
悪霊や神様が犯人でないなら、やったのは人間であるはずだ。それも、あの民宿に簡単に侵入できるような人間。村の誰か、であるとしか思えない。あの優しそうな女将さんや、親切そうな警察の人、村の職員達が悪いことに関わっているとは思えないが――自分が見たのはあくまで村の一部の人の姿のみ。裏側に、どんな秘密があってもおかしくはない。実際のところ、いつのご時世も一番恐ろしいのは幽霊の類ではなく、生きた人間の存在だと言うではないか。
もしそうならば、妹はまだ生きているかもしれない。どこかで捕まって、きっと姉の助けを待っているに違いないのだ。今自分がするべきことは一刻も早くここから脱出し、どこかに捕らわれているであろう妹を救出すること。そしてできるなら、妹と自分をこんな目に遭わせた人間に一発ブチかましてやることである。
――一本背負いで済ませるもんですか。ぜったい顔面、ボコボコのボッコボコにしてやるんだから……ってもうそれは柔道じゃないかもしれないけど!
夏音がこの状況で自分を失わずにいられる根拠のもう一つが、学生時代に柔道部で県大会まで行った経験があるから、だった。離れてから長いので多少腕は鈍っただろうが、それでも毎日ジムでトレーニングしているので一般の女性よりは遥かに力があるつもりである。ただの暴漢程度の相手なら、負ける気など微塵もなかった。相手が悪霊ではなく人間ならば、最悪素手でも勝負できるという自負。それが、夏音の気持ちを闇の中でも強固に支え続けているのだった。
――私が此処に投げ込まれたってことは、絶対に外に通じる出口があるはず。最初の場所まで戻れるように、道はきちんと覚えておかないと。
蛇のようにぐねぐねと曲がる道。足元の整備はだいぶおざなりだったが、それでも松明が全ての道に灯されれているということはつまり、人間の手が加わっているということを意味している。けして、未開の土地に放り出されたというわけではない。場合によっては、定期的にこの場所の整備のため、人が訪れている可能性も十分にある。なんといっても、松明なんてものが永遠にその場で燃え続けるはずがないのだから。夏音が歩いてきた道で、火が灯されていない場所は一箇所もなかった。ならば、すぐ直近に、誰かが此処に入って火を灯していったのは間違いないはずである。
最初に夏音放置されていた、やや広い水がたまったようなスペース。そこから繋がっていた二つの道のうち、左手にあいていた方の穴を歩き続けてきた夏音。道はぐねぐねと曲がりながら、緩やかに下っているようだった。時折右に左にと細い道が続いていたのが見えたが、現時点では全て無視して広い道を歩き続けている。ただ、下に下っているともなると、この道を選んだのは失敗だったのかもしれない。なんだか、段々より地下の方へと潜っていってしまっているような気がしてならなかった。
――……これ、戻った方がいいのかも。此処が地下なら、絶対上に向かう道を探した方がいいし。あるいは、ちょっと戻って脇道に入ってみるとか……。
夏音がそう思って振り返った、その時だった。
ねちょ。
「!?」
粘っこい、気持ち悪い水音のようなものが、した。それもわりと近くにある――どこかの横穴から、である。
――な、なに?
ただ、天井から水が落ちてきただけ、なのだろうか。いや、それならばこんな、粘着くような水音になるものだろうか。今のはまるで、どろどろに腐った粘液を地面にすりつけたような、そんな悪寒の走る音であったが――。
ねちょ。
ぐちょ。
べちょ――。
――ち、違う、やっぱり違う。これ……これってまさか、足音……!?
何かが。べたつくようなものを纏った何かが、徐々にこちらに近づいてきている。足音と呼ばれるもの、とは判断したが、普通の足音にしてはやや不自然だった。なんともアンバランスで、不規則なのである。人間の足音なのか、あるいは何か危ない獣の類でもいるのか。ただ、その重さからして、小さなトカゲのようなものでないことだけは確かである。
夏音の頭はフリーズしていた。今来た道を戻ってみようと思った矢先であったから、というのもある。一度決めたことを覆すのは、意志が強い人間ほど困難だ。同時に、好奇心が強い者は――時にその興味が、恐怖を僅かに上回ってしまい、より危険な迷いを抱かせることになるのである。
怖い、気味が悪い――同時に、何が近づいてくるのかが気になって仕方ない。
元々好奇心が強いからこそ、妹と共にホラースポット巡りをして遊んでいた夏音である。その性格が、完全に災いしていた。逃げるべきか、確かめるべきか、それとも隠れるべきなのか――迷っているうちに、ソレはすぐそこまで来ていたのである。
左手の横穴の、夏音の腰の高さくらいの位置から――何か、黒いものが覗いた。
そして。
「――――っ!!」
夏音が、まともな理性を保てたのは――そこまでだった。
そもそもの発端は、ちょっとした噂話を聞きつけたことであった。楽しい楽しい女子高生ライフと帰宅部を満喫している仲良しの妹と、毎年恒例のホラースポットめぐりを今年も敢行した、それだけのことである。今年は、奇妙な神様を祀っているらしいと噂を聞きつけ、二人でその場所まで遊びにやってきたのだった。なんせ、めぼしい自殺の名所やら呪いのトンネル、廃病院なんてものは粗方探検し尽くしてしまったあとである。こうなったらマイナーな神様や因習がありそうな場所の方が面白いかもしれない――そう言い出したのは、夏音の方だった。
――ちっちゃな頃から、本当に気が合うというか。年もそれなりに離れてるのに、双子みたいに趣味がぴったり合うことで有名だった……可愛い可愛い妹。
同族嫌悪、なんてものもなかった。むしろ、どちらも成績が悪くて勉強が嫌い、素行もあまり良くないという意味で気があってしまったというのが正しい。両親には呆れられたものの、だからこそお互いの悩みをお互いが一番理解できる立場であったのだ。そしてそんな自分達が、幽霊やら呪いやらに興味を持ち、ひっそりとオカルトサイトを共同で運営するようになるのは、ある意味必然であったのかもしれない。知名度が欲しいとか、そういうことではなかった。単純に二人で共同作業をやるのにぴったりなテーマが、オカルトであったというだけである。
ヨウチューブにも動画を上げたし、時には実況紛いなこともした。成績も素行も悪かったが、二人ともそれなりに見た目には自信があったので、閲覧数も一万程度までならなんとか稼ぐことができた。広告収入として言えば、微々たるものではあったものの、二人で作り上げた“作品”がそうやって評価されていくのは楽しいものがある。結果、妹の秋乃が高校生になり、姉の夏音が社会人になってからもそのテの遊びは継続するに至っているのだ。動画投稿まで始めたのはここ数年のことだが、サイトの方がそれなりに歴史が長い。もうそろそろ八年くらいは経過するのではなかろうか。
――別に、幽霊とか、そういうものを信じてたわけじゃない。むしろ……そんなものあるわけないって、正直馬鹿にしてた。
むしろ、悪霊やら呪いやらを本気で信じていたら、こんな不謹慎なオカルトスポット巡りになんてきっと手は出せていないことだろう。何処に行っても、どうせそんなものは嘘っぱちだから。幸運で可愛い自分達には、そんなもの降りかかってくるはずないのだから。多分どこかで、そんな風に楽観的に考えていたのだろう。実際、妹とやれば大抵のことはうまくいったし、大きな災害や事故に見舞われたこともない。極端なことを言えば、二人一緒なら何だってできてしまうような、そんな気さえしていたのは事実である。
だからそう、今回も――いつものように面白半分でこの場所を訪れた、ただそれだけのことだったのである。どうせ何も起きないし、何もありませんでした!とニコニコ笑って動画をアップしておしまいになるはずだった。――そう、だから。
昨日の朝目覚めた時、妹がいなくなった事を知り――最初は信じなかったのである。きっとちょっと、そのへんにふらっと遊びに行っただけに違いないと。なんといっても、この村には小さいながらもコンビニのような店もあるし、小さな商店らしきものもが並んでいる一角もある。全く暇が潰せないなんてこともない。朝早く起きて、そういうところに彼女が遊びに行ったとて、なんらおかしなことではなかったのである。
けれど。
――秋乃……秋乃がいなくなったなんて、信じない。きっと、何処かで私を待ってるはずなんだから……絶対に、助けに行かないといけないんだから……!
彼女はそのまま、夏音が泊まっていた民宿には戻ってこなかった。
そして夏音も今、得体の知れない洞窟で一人こうしてさまよっている。秋乃を探し回って、あちこち村人達に話を聴いて回り、村に駐在するお巡りさんからも事情を聞かれて山の方まで探索範囲を広げると知り――夜、疲れきって、御飯を食べてすぐ寝てしまったことまではよく覚えているのだけれど。
目覚めたら、この暗い洞窟の中だった。
あちこち松明のような明かりが点っているため、真っ暗というわけではない。しかし、着の身着のまま、靴も履いていない状態で放り出され、一体どうして不安を感じずにいられるというのだろうか。
最初は悪い夢を見ているだけだと思った。しかし、整備もされていない、小石がごろごろと転がる道を歩き続けるのは想像以上の苦悩であり、足の裏に突き刺さるような痛みが現実逃避を許してくれない。これは、悪い夢などではなく、悪い夢だとしか思えないような現実であるらしい。一体何故なのかもわからないが、夏音はこの場所に何者かに連れて来られ、一人置き去りにされてしまったらしかった。
――わからない!わからないわからないわからない!秋乃は、どうしていなくなったの?まさか本当に、神様に連れ去られたの?私も?……そんなはずないでしょ、そんな悪霊だの呪いだの、そんなものあるはずないでしょ……!だって、今まで何も、悪いことなんか起こらなかったんだから!!
頭は混乱し、泣きたい気持ちでいっぱいだったが。妹を助けなければ、という気持ちが、どうにか夏音の理性を繋ぎ止めていた。派手で遊び好きなところもある元気な彼女だが、本当はとても泣き虫で寂しがり屋なところもあると知っている。そして、自分のことを、多方面で誰より頼りにしてくれているということも。
悪霊や神様が犯人でないなら、やったのは人間であるはずだ。それも、あの民宿に簡単に侵入できるような人間。村の誰か、であるとしか思えない。あの優しそうな女将さんや、親切そうな警察の人、村の職員達が悪いことに関わっているとは思えないが――自分が見たのはあくまで村の一部の人の姿のみ。裏側に、どんな秘密があってもおかしくはない。実際のところ、いつのご時世も一番恐ろしいのは幽霊の類ではなく、生きた人間の存在だと言うではないか。
もしそうならば、妹はまだ生きているかもしれない。どこかで捕まって、きっと姉の助けを待っているに違いないのだ。今自分がするべきことは一刻も早くここから脱出し、どこかに捕らわれているであろう妹を救出すること。そしてできるなら、妹と自分をこんな目に遭わせた人間に一発ブチかましてやることである。
――一本背負いで済ませるもんですか。ぜったい顔面、ボコボコのボッコボコにしてやるんだから……ってもうそれは柔道じゃないかもしれないけど!
夏音がこの状況で自分を失わずにいられる根拠のもう一つが、学生時代に柔道部で県大会まで行った経験があるから、だった。離れてから長いので多少腕は鈍っただろうが、それでも毎日ジムでトレーニングしているので一般の女性よりは遥かに力があるつもりである。ただの暴漢程度の相手なら、負ける気など微塵もなかった。相手が悪霊ではなく人間ならば、最悪素手でも勝負できるという自負。それが、夏音の気持ちを闇の中でも強固に支え続けているのだった。
――私が此処に投げ込まれたってことは、絶対に外に通じる出口があるはず。最初の場所まで戻れるように、道はきちんと覚えておかないと。
蛇のようにぐねぐねと曲がる道。足元の整備はだいぶおざなりだったが、それでも松明が全ての道に灯されれているということはつまり、人間の手が加わっているということを意味している。けして、未開の土地に放り出されたというわけではない。場合によっては、定期的にこの場所の整備のため、人が訪れている可能性も十分にある。なんといっても、松明なんてものが永遠にその場で燃え続けるはずがないのだから。夏音が歩いてきた道で、火が灯されていない場所は一箇所もなかった。ならば、すぐ直近に、誰かが此処に入って火を灯していったのは間違いないはずである。
最初に夏音放置されていた、やや広い水がたまったようなスペース。そこから繋がっていた二つの道のうち、左手にあいていた方の穴を歩き続けてきた夏音。道はぐねぐねと曲がりながら、緩やかに下っているようだった。時折右に左にと細い道が続いていたのが見えたが、現時点では全て無視して広い道を歩き続けている。ただ、下に下っているともなると、この道を選んだのは失敗だったのかもしれない。なんだか、段々より地下の方へと潜っていってしまっているような気がしてならなかった。
――……これ、戻った方がいいのかも。此処が地下なら、絶対上に向かう道を探した方がいいし。あるいは、ちょっと戻って脇道に入ってみるとか……。
夏音がそう思って振り返った、その時だった。
ねちょ。
「!?」
粘っこい、気持ち悪い水音のようなものが、した。それもわりと近くにある――どこかの横穴から、である。
――な、なに?
ただ、天井から水が落ちてきただけ、なのだろうか。いや、それならばこんな、粘着くような水音になるものだろうか。今のはまるで、どろどろに腐った粘液を地面にすりつけたような、そんな悪寒の走る音であったが――。
ねちょ。
ぐちょ。
べちょ――。
――ち、違う、やっぱり違う。これ……これってまさか、足音……!?
何かが。べたつくようなものを纏った何かが、徐々にこちらに近づいてきている。足音と呼ばれるもの、とは判断したが、普通の足音にしてはやや不自然だった。なんともアンバランスで、不規則なのである。人間の足音なのか、あるいは何か危ない獣の類でもいるのか。ただ、その重さからして、小さなトカゲのようなものでないことだけは確かである。
夏音の頭はフリーズしていた。今来た道を戻ってみようと思った矢先であったから、というのもある。一度決めたことを覆すのは、意志が強い人間ほど困難だ。同時に、好奇心が強い者は――時にその興味が、恐怖を僅かに上回ってしまい、より危険な迷いを抱かせることになるのである。
怖い、気味が悪い――同時に、何が近づいてくるのかが気になって仕方ない。
元々好奇心が強いからこそ、妹と共にホラースポット巡りをして遊んでいた夏音である。その性格が、完全に災いしていた。逃げるべきか、確かめるべきか、それとも隠れるべきなのか――迷っているうちに、ソレはすぐそこまで来ていたのである。
左手の横穴の、夏音の腰の高さくらいの位置から――何か、黒いものが覗いた。
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