みかげさまのこえがする。

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<第七話・孫>

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 孫の美園が今年、久しぶりに遊びに来るらしい。勝木真知子かつぎまちこはそれを聞いた時、嬉しい反面やや不吉なものを覚えていた。
 美園は真知子の娘、美加恵みかえの一人娘である。勝木家は兄の美樹よしき、妹の美加恵という兄妹がいた。小さな村の小さな家ではあるが、田舎村にありがちな風習としてやはり長男は家を継ぐものと暗黙の了解で決まっている。美加恵はその点、運が良かったのだろう。後継息子が既にいる家で、妹はわりと自由きままに育ち、未来を縛られることもなく村から出て行くことを許されたのだから。
 将来は東京に出て芸能の道に進みたいという夢があったらしい美樹も、両親親戚の反対があるともなればそう簡単に上京など許されるはずがない。幼い頃から決まっていた事とはいえ、兄がやや妹のことを未だに羨んでいることを真知子は知っていた。美樹には、正直申し訳ないことをしてしまったという気持ちもあるのだ。この村に留まったところで、大した仕事があるわけでもない。農業に勤しむか、小さな村の商店や工場で働くくらいが精々である。同時に、“お役目”が彼らの代で巡ってくるとも限らないのだ。真知子とて、出来れば美樹にも、自由に生きて欲しいと願う気持ちはあったのである。
 残念ながらそんなことは、自分一人の一存で決められるものではなかったけれど。
 勝木の家に産まれた以上、どうしても努め続けなければならない“役職”はある。いつその役目が回ってくるかもわからない以上、健康な男子を一人以上は残しておかなければいけないのが常なのである。
 そう、此処は笹下の村なのだから。
 “捧げる”ために産まれた――集落なのだから。

「母さん」

 昼ごはんの為に台所に立った時、勝手口が開いて息子が顔を出した。ここ数日の間に、実年齢より随分老け込んでしまったように見える息子は、難しい顔で真知子に告げる。

「祭さんのところから聞いた話があってさ。ちょっと母さんの耳にも入れておきたいんだけど、いいかい?」
「どうしたんかい?あ、昨日いなくなった娘さんの話かい?」
「あー、そっちじゃない。いや完全に無関係じゃないけどさ……」

 彼はやや言いづらそうに、ポケットから小さな機械を取り出して見せた。老眼が進み、あまり目がよくない真知子であっても、それが何であるかくらいは知っている。現代の若者なら誰でも持っている、スマートフォンというやつだ。真知子は持っていないが、村でも若い者なら誰でも持っているし、CMも流れているから存在くらいはわかっているつもりである。
 まあ、あんな小さくて壊れそうな機械ばっかり見ている、最近の若い連中の気持ちなどほとんどわからないけれど。いくら字を拡大することもできるし便利だからと知り合いに勧められたところで、そもそも起動の仕方から教わらなければならないことを考えると憂鬱で仕方ないのである。
 そもそも、電話をするだけなら家の電話で十分ではないか。雨風凌げる家でのんびり長話をするから楽しいのに、どうして煩い外で、あんな小さな機械で話をしなければいけないのか。落としてしまったり、壊してしまったりしたらどうするんだろう。相当値段も張るのだろうに。

「そのお姉さんと妹さんがさ……例の話について聞きつけて、この村にやってきたみたいだろ?でも、基本的にあの件って他言無用じゃないか。村の人間でさえ、子供には教えない話だし。一体あの姉妹って、どこからあの話を聞きつけて、こんな地図からも忘れられるような村に来たのかなって不思議で仕方なかったんだよ。そしたらさ」

 彼は手元でそのスマートフォンを弄り、スイスイと指を滑らせる。そして、何かの画面を表示して見せてくれた。見せてくれたはいいのだが――残念ながら、真知子の視力では全体的に白っぽい画面である、ということしかわからない。

「字がちっちゃいよ美樹。その画面がなんだっていうんだい」
「あー、なんて説明したらいいんだか。……インエターネットで誰でも見られるWEBサイトの……まあ掲示板ってやつなんだけど。そこに、誰かが書き込んでるんだよ。……“あの神様”、のこと」
「……何だって?」

 美樹が画面を拡大する方法を教えてくれ、実行してくれた。文字を大きくすると当然、一度に表示される分量は少なくなる。真知子はその画面をじっと見つめ――目を見開いた。



1:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
タイトルの通りなんですが

2:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
通りと言われましても

3:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
暇だから俺参上。クソスレだったら消える

4:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
最近オカ版も過疎り気味だから、作り話でも実話でもよほど面白くないと相手にされない定期

5:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
そゆことで

6:みかげさまさがしてるひと
とりあえずコテはこれで。
えっと、みかげさま、っていう田舎の話?都市伝説?について詳しい人を捜してます。
どこがT県の笹下村《ささげむら》っていうところが発祥らしいんですけど、俺住んでるのが沖縄だからとてもじゃないけど自分で確かめに行けなくて

7:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
笹下村?どこだよそれ、地図に載ってないんだけど
つかぐーぐーマップにも上がってこんのだが

8:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
あー、たまにあるわ、めっちゃちっちゃい村だと載ってないケース。
あと、実際の地名は別なんだけど、通称だけ違ってるケースとか

9:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
なーる

10:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
みかげさま、ってなんぞ。名前がめっちゃありきたりでワロタ 



「この、“さがしてるひと”ってのは誰なんだい?まさか村の人間じゃないよね?」

 思わず真知子が声を上げると、まさか!と美樹はぶんぶんと首を振った。

「そんなことしてみろ、自分が殺されちまうよ!」
「でも、あの神様、のことを知っているのは村の人間だけのはずだろう?しかも……これ、書き込んでるって行っている誰かさんは、十四年前にいなくなった姉を探している弟だって言ってるじゃないか。十四年前って言ったらあれだろう、オカルト雑誌の記者の女の人。森に行って帰ってこなかった“ってことになっている”あの人のことじゃないか。その弟とやらが、何で今更こんなところに書き込むんだい?不自然じゃないか」
「俺に聞かれても困るよ。というか、俺も祭さんも、本物の“弟”じゃないんじゃないかって話してるし」
「というと?」
「……書き込んだのは、“みかげさま”の意志なんじゃないかって」
「!」

 その発想は無かった。確かに、この村で“みかげさま”はお祀りしている神様の名前として知られた存在である。だが、その意志がスマートフォンで見られるようなネット上の掲示板に書き込みをして、自分の存在を知らしめている、なんて。そんな馬鹿らしい話が、本当にあるものだろうか。

「……最近の神様ってのは、そんなハイテクなことするもんなのかい?」

 流石に冗談にしても下手すぎるだろう、と思ったが。あの“祭”の家の者がそれを本気で疑っているのだとしたら、あながち笑い話でもないということなのだろう。
 実際に――“みかげさま”について調べに来たと思しき姉妹が、つい先日消えたばかりなのである。

「母さん。……あのさ、俺はその……自分の子供じゃねえけどさ。美加恵の娘の……美園ちゃんについては、娘みたいに結構可愛がってきたつもりがあるんだよな。自由に上京を許された美加恵に対して嫉妬した気持ちもあったけど、今では正直ほっとしてもいたんだ。村の外に出たおかげで、きっと美園ちゃんは生涯村のことについて知らないで済むんだろうって思ってたし……母さんだって、本当は嫌だって思ってるんだろう?こんな村」
「滅多なこと言うもんじゃないよ、美樹。自分達の故郷だっていうのに」
「故郷だからこそ、だよ。誰だって、常識とか理性ってものを守って生きていけたらそれが一番に決まってるじゃないか。いくら、大事なお役目がある場所だとしてもさ」

 言いたいことはわかる。ただ、それは大声で話していいものはない。声が大きいよ、と真知子は彼を窘めた。――小さな村だ、何処で誰が言っているのかわかったものではない。
 ましてや自分達は、“勝木”の家の者なのである。

「言いたいことはわかるだろ。このタイミングで、美園ちゃんが友達連れて帰ってくるとなるとさ、なんていうか……まるで“誘われた”んじゃなかって気になってきて、凄く嫌な予感がするんだよ。俺は、美園ちゃんに、あの姉妹の二の舞にはなって欲しくない。いくら此処が“聖地”だって言ってもさ。わかるだろ?」

 息子は、この狭い村の中で実によくやってくれていると思う。腰が悪くなってきた夫に代わり、トマトの収穫を中心とした農作業に熱心に従事してくれているのが彼だ。同時に、新しい流通ルートの開拓に関しても組合と積極的に相談してくれているらしい。明るく、人あたりもよく、生真面目な息子は自分達にとっても誇りである。勝木の家に産まれてくれた男子、というだけでも十分にありがたいことであったというのに、だ。
 ただ、時に――少々優柔不断がすぎるのが、玉に瑕だと感じることもあるのである。それこそ、今更どうしようもないことを、いつまでもネチネチと悩んでしまうのも悪癖だ。確かにこのタイミングで美園がこちらに来るというのはやや不吉だが――それを彼女がもう出発したであろう今日言ったところで、一体何になるというのだろう。

「悪いことは、口に出すとどんどん現実になる。あんまり考えるもんじゃない」

 真知子はぴしゃりと言い放った。

「安倍晴明先生も言ってたっていうじゃないの。言葉こそ呪いのようなもんでしょ。思っても、言わない方がいいこともある。それこそ、本気で止めたいと思ったならなんで二人がこっちに来る相談する前に止めないんだか。そういうところだよ、お前の悪いところは。何をするにも中途半端がすぎる」
「……悪かったよ、母さん。いや、わかってるんだ、母さんが正しいのは。だけど……」
「急いで簡単なごはん作っておくから、仕事してきなさいな。トマトは待っちゃくれないんだからね」
「……ああ」

 ややしょぼくれたように背中を丸めて去っていく息子を見つつ、真知子は大きくため息をついた。
 勝木の家に産まれた男子には、代々不思議な力が宿るという言い伝えがある。といっても、精々ちょっと“霊感が強い”程度のものではあるが――そういえば美樹も、昔から妙に気配に敏感な子供であったように思う。
 もしかして、何かが見えていたりするのだろうか。真知子には見えない、“みかげさま”に纏わる何か。

――……やめてほしいわ、ほんと。縁起でもないんだから。

 気持ちを切り替えて、真知子は冷蔵庫を開ける。昼御飯も大事だが、晩の御飯も考えておかねばなるまい。久しぶりに来てくれる孫と友人に、出来る限り美味しいものを食べさせてやりたいと思うのは当然のことなのだから。
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