みかげさまのこえがする。

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
9 / 33

<第九話・名>

しおりを挟む
 結局、到着したのは日も随分傾いた時間になってしまった。てらてらと山の稜線に落ちていく夕焼けを見ながら、美園は今日は泊まっていくしかないと決意する。今からさくっと話だけ聴いて自宅に帰ることも不可能ではなかったが、せっかくここまで来たのに簡単な聞き込みだけして帰るなんてあまりにも勿体無いではないか。

「そうそう、その部長ってのが本当に腹立たしいんですよ!あたし達一生懸命レポート書いたのに、霊能力とやらがあるからなのかしらないけどめっちゃ馬鹿にしてくれちゃって!」
「あらら、それはイヤね。ほんと、女の子に優しくするってことができない男は嫌だわ」
「ですよねー」

 祖母の家で、すっかり琴子は祖母の真知子と意気投合して話を弾ませている。台所で晩御飯の準備をしていながら随分と楽しそうだ。そういえば、どっちも長話と長電話が大好きだったなと思う美園だ。あの様子だと、すっかり自分達が本来此処に来た目的などすっかり抜け落ちていそうである。単なる里帰りになってしまってもいいものか――いや、なんかもうそれもそれでいいや、と思いつつある自分もいるにはいるのだが。
 久しぶりの笹下村は、とにかく空気が違う。鼻から大きく息を吸って、胸いっぱいに深呼吸。田舎は空気が新鮮だというのは事実で、実際この村に来るといつも思うのだ――ああ、余計な臭いがしない、と。
 そう、新鮮というのは。普段何気なく嗅いで、どこかで慣れてしまった不快な臭いの多くを嗅がずに済む、というのが最も大きなところなのではなかろうか。排気ガスの臭いや煙草の臭い、他にも行き過ぎた香水やら加齢臭やらなんやら。都会暮らしが長いので、いつもはもう慣れてしまって気付くこともないが、むしろそういう臭いがしなくなったところで、普段の自分が無意識に息を詰めていたことに気付くのである。
 微かな土の臭いと草の臭い――そしてどこからか漂ってくる、近所の家が作っている煮物か何かの美味しそうな臭い。
 そういったもの以外に、余計な臭いが一切しない。そのなんと気持ちよく、清々しいことであるか。天気がいいのも良かった。とろとろと溶けるような夕焼けが、段々美味しそうな蜜柑か何かに見えてきて仕方ない。どうやら、結構しっかりおにぎりを食べた筈のに、もうすっかりお腹は夕食を心待ちモードに入っているらしかった。

――といっても、あの様子だとしばらく晩御飯は出てきそうにないなあ。

 ちなみに。琴子は美園以上に大雑把で面倒くさがりのはずなのだが、料理に限ってだけは何故か手を抜くということをしない。まあ、あれだけお菓子を買い込む食いしん坊だと考えればそれも妥当なところであろうか。彼女の家に何度か転がり込んでお泊まり会をさせてもらったことがあるが、そのたびにマトモな料理が出てきて驚いたものである。美園が素直に称賛を口にすると、“麻婆豆腐と餃子だけでそんなにびっくりされるとは思わなかった。これくらいみんな作れるでしょ?”と来たものである。彼女からすれば、これくらいは一般常識程度のスキルでしかないらしい。
 で、美園はと言えば。現在台所で作業をしている彼女達を遠巻きに見ている時点でお察しなのである。手伝いを申し出たら丁寧にお断りされてしまった。確かに不器用なので、洗い物をすれば皿を割るし湯呑は落とすしというテンプレを昔からそれなりにやらかしてきてはいるが。目玉焼きを作ろうとして、炭の一品料理を披露してしまい、フライパンを一つダメにしてしまうというとんでもない黒歴史も過去にはあったりもするのだが。だからといって、あそこまで全力で立ち入り禁止宣言をしなくてもいいではないか。

――ふーんだ、私だってカップラーメンくらいはちゃんと作れるようになったし!目玉焼きだって、一応食べられるくらいにはコゲも少なくなったんだから!

 それがまるで自慢になるレベルではないということに、美園本人が全く気づいていないのは言うまでもない。

「美園ー、そこでプラプラしてるくらいならアイザワ商店まで行ってきてーって美園のおばあちゃんが」

 心の中でぶーたれていると、テコテコと琴子が歩いてきてそんなことを言う。大食いで大雑把でいい加減な残念美人、を地で行く友人は、エプロン姿だけは妙に様になっている。おたまを片手に、昔のオカンのような佇まいで冷蔵庫を指差した。

「暇なんでしょ。どうせ晩御飯までやることないし。牛乳とバター買ってきて欲しいんだって」
「えー、今からー?ここまで来るだけで疲れてるのにー」
「いいじゃん、どうせ今日は泊まり確定になったし、そもそも話聞きにここまで来たんでしょ。美園のおばあちゃんにはあたしから聞き込みしておくからさー」
「あー、一応目的は忘れてなかったのね」

 少し意外そうに言うと、そりゃ心外だわー!と彼女は大袈裟に嘆いてみせた。

「あたしだって、あの偏屈部長を見返してやりたい気持ちでいっぱいなんだから!どうせなら商店の人達にもいろいろ聴いてきなよ、誰かは知ってるかもよー“みかげさま”のこと」

 琴子がそれを告げた途端――一瞬、空気の温度が僅かに下がったように感じた。まるで刺すような、冷たい風。なんだろう、と振り向けば――美園はそこで、ぎょっとさせられることになるのである。
 琴子の後ろのキッチンで。祖母が、筆舌に尽くしがたい表情をして、こちらを見ていたのだ。

――え?

 すぐに前を向いてしまい、“それ”を美園が観測したのは僅かな時間でしかなかったけれど。多分当面、美園は真知子のその顔を忘れることなどできないだろう。
 眼をカッと見開き、口を引き結び――まるでおぞましい鬼でも見つけたように、凍りついたその表情。

「美園?どした?」

 こちらを向いていた琴子には見えなかった筈だ。いや、と美園は首を振る。
 何かの見間違いだ。そう信じたかった。生きた人間で、見知った関係の祖母であるはずなのに――それはまるで、初めて見た人種を見つけたような、奇妙な違和感と不審に満ち溢れていたものだから。

「な、何でもない。気にしないで」

 美園の不安を煽るように、遠くで烏が一声鳴いた。まるで、人間が叫ぶような、そんな声で。



 ***



329:記者志望JD
笹下村まで到着したよーう!
夕焼けがとっても綺麗!見てみて!

つ【赤い夕日に照らされた田んぼの写真】

330:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
おお、いい天気で良かったなあ

331:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
普通の田んぼだなあ、なんかもっとオドロオドロしいのかと

332:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
>>331
ホラゲの見過ぎじゃねーの?因習が本当にあったとしたって、そんなにわかりやすいわけがあるか

333:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
結局夕方になっちゃったな。ていうか記者志望JDは買い物に時間食い過ぎ。友人Kのせいかもだけどさ

334:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
友人Kの買い物量はネタでしかなかったもんなあ……何故に行きにそんなお菓子買うんだ、泊まりになりそうなの見えてただろうに

335:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
まあ車で来てんのに大量にビール持っていってるJDもどうかと思うけどな。
飲酒運転とか絶対すんなよ

336:記者志望JD
すみませんしません!ちゃんとお酒抜けてから運転しマース!
ていうかもう今夜は酒盛りする気満々だからどう見ても運転して帰るのむり
ていうか、そろそろビール断ち限界だし、おじいちゃんおばあちゃんどっちもビールいっぱい飲むからさー楽しまないと損というかなんというか

337:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
既に本来の目的忘れてる件について

338:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ムカつく部長を見返してやるんじゃないんかい
ていうか、イッチのためにもちゃんと調査してやれよ

339:みかげさまさがしてるひと
すみません、お願いします。
その村が本当に危ないところなのか、そういう意味でもしっかり調べて欲しいです。記者志望さんのおじいさんおばあさんの地元と考えると心苦しいですが

340:記者志望JD
>>339
ごめーん(;´д`)真面目に調べる!
買い物頼まれちゃったから商店に向かってる。そこでついでに聞き込みってやつをしてみようと思ってる。
誰かはみかげさま、って存在について知ってるかもだし。
晩御飯の手伝いは丁重に断られた模様。ちょ、ちょっとフライパンで炭を錬成したことがある錬金術師ってだけなのに!

341:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
炭を錬成とは()

342:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ポイズンクッキングじゃねーかwww

343:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
さっきの写真見たけど、ほんと夕焼け綺麗だなあ。あと、女の子のカカシって珍しいよね

344:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ん?カカシなんか立ってたっけ?

345:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
ロリのカカシがいると聴いて!

346:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
>>345
ロリコンはお帰りください

347:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
>>343は何処見て言ってるんだ?この田んぼ、カカシなんか立ってるように見えないんだけど

348:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
は?え、いるじゃん。右の端に、あんなでっかいの立ってるのに。
よく出来た人形だよなあって思って見てたんだけど?マネキンでも買って立てたんじゃないの、綺麗なお姉さんの

349:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
だからどこだってば

350:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
綺麗なお姉さんのマネキンって?え、え?

351:ミスター名無しさん@振り向いたらヤツがいるらしい。
みんな何言ってんの?いるじゃんそこ
一本足で両手横に広げてこっち見てる




なあ これ かかしじゃない の?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...