上 下
4 / 18

<4・探索。>

しおりを挟む
 そんでもって、放課後。

「上等だゴラァ!」

 ずんずんずんずん。花火は鼻息も荒く廊下を進みながら思わず叫んでいた。たまたま横を通り過ぎていった少年が“びっくうううう!”と肩を震わせた気がするがスルーである。ちょっと申し訳ないが今はそんな心の余裕もない。

――ぬぁにが死にたくないならやめておけ、だ!大袈裟すぎるっつーの!

 見た目はクールだし文句のつけようのない美少年だが、残念ながら性格はお世辞にも良いものとは言えなかったらしい。人をいきなりデカ女呼ばわりするわ、こっちの話を盗み聞きするわ、こっちの調査を邪魔しようとするわ。
 そんなに自分のことが嫌いなのか、そうなのか。それとも七不思議やら怪談やらをガチで信じ込んでしまっているやばいオカルト脳なのか。いずれにせよ、夜空に対する第一印象が一気に悪くなったのは間違いないことである。

――名前負けしてるからなんだよ、あたしはこの名前が大好きなんだっつーの!お洒落だし、覚えやすいし、読み間違えられることもないし!

 ぶつぶつとぼやきながら歩いていく花火は、一般通過小学生ズにはよほど怖いものであったらしい。さっきから、ちらほら通り過ぎる少年少女達が明らかに道を開けているような気がするのは気のせいじゃないだろう。
 ランドセルを背負って向かっているのは靴箱だった。調べるな、なんて言われたら逆に気になってしまうのが人間である。そもそも、花火自身は学校の七不思議なんてもの、本気で信じているわけではない。まったく信じていないというほどではないが、どちらかというと子供達が面白がって作ったオカルト話でしかないだろう。あるいは、本当にあった事故か何かの話を大きくしてオバケにしてしまった、ということもあるかもしれないが。

――そもそも、あいつ今日転校してきたばっかりだよな?

 靴箱で上履きをスニーカーに履き替えながら、花火は思う。

――七不思議に関わるのはやめておけ?……なんでだよ、あいつこの学校の七不思議なんか知らないだろ、絶対。ていうか、そもそも七不思議がない学校なんか今時山ほどあるはずなのに。

 まるで、この学校の怪談にやばいものが潜んでいるとわかっているかのような口ぶりだ。
 あるいは、オカルト以外の理由があったりするのだろうか。七不思議スポットのどこかに、知られたくないヒミツが隠れているとか。あるいは、人間の不審者が出没するスポットがあるとか?いや、もしそうだとしても、転校初日の少年がその内容を知っているとは思えない、という疑問点は残るのだが――。

――何にせよ、逆に調べる理由ができたっつーの!……こーなりゃ、徹底的に追及してやる!その秘密とやらを暴いてやるからな!

 それで、現在花火は、自分が唯一知っていた七不思議スポットに向かかっているのだった。一般的な都市伝説ならまだしも、学校の怪談というのはなんだか子供っぽくて好きではない。その上オカルトそのものをあまり信じていないということもあって、興味を持って調べるということをしてこなかったのである。おかげで、七不思議の内容の大半を知らなかったというのが実情だった。
 ちなみに、莉紗と、彼女の友人であるまーちゃんこと麻巳子まみこも調査には協力してくれるようだ。とりあえず七不思議が何なのか知らなければ動きようがない。彼女達もその内容をほぼ知らなかったので、ひとまず皆に聞き込みをしてくれるという(ちなみに、朝言っていた話をすっかりすっぽかした件については、あとで麻巳子にがっつり謝られた)。
 とりあえず、情報が集まるまでは自分がたった一つ知っている七不思議の場所を当たってみるべきと判断したのだった。それは、校舎の外にある怪談である。友達の一人が以前笑いながら話していたのをなんとなく覚えていたのだった。

『校庭にさ、体育倉庫ってあるじゃん?』

 七不思議スポットが何処になるのか、についてはその学校によって様々だろう。理科室や音楽室のあたりは明らかにその標的になることが多いが、ややマイナーな場所にスポットが当たることもある。
 この体育倉庫の怪談、もその一つだった。
 体育で使ったボールを片づけながら、友達の一人との雑談の中で出てきたのである。

『昔ね、体育倉庫の裏って有名なおまじないスポットだったんだってさ』
『おまじないスポット?』
『うん。恋愛成就のおまじないだったらしーんだよ。体育倉庫の裏手に、自分と好きな人の名前を書いた紙を埋めると、恋が成就するって噂があったの。本当に効果があるのかはわかんないけど、信じてる人多かったんだってさー。で、ある日五年生の女の子が、クラスの人気者の少年の名前と自分の名前を書いた紙を埋めたんだって。大人しい女の子だったけど、ひそかに人気者クンのことが好きだったみたい。ところが、それをクラスの女王様気質の女子に見つけられちゃって。好きな相手がバレちゃったんだよね』
『うわ』

 悲惨じゃん、と思ったのをよく覚えている。おまじないの性質上、埋めた紙を掘り返すなりされたらすぐに好きな相手がバレてしまうのだから。

『女王様気質の子は、クラスのみんなの前で女の子の好きな人を暴露して、笑いものにしたの。大人しい女の子は、笑われている間ずっと肩を震わせて泣いてたんだって。女の子は不登校になっちゃった。それで、一カ月くらい経ったある日の放課後。見回りに来た先生が、体育倉庫の裏で何かを埋めている女の子を目撃したの』

 先生は、女の子の担任などではなかったため、不登校の少女の顔を認識してはいなかった。ただ、様子がおかしかったので声をかけることにしたという。
 すると、彼女はゆっくりと振りかえって笑った。その頬はげっそりとやつれており、それでいて目は血走っていて異様な形相であったという。しかも、服には血らしき赤い液体が飛び散っているではないか。
 彼女は言ったそうだ。

『ゴミを、埋めてるの』

 次の瞬間、先生は悲鳴を上げて尻もちをつくことになった。
 彼女の足元からは、埋めかけの子供の腕が突き出していたのだから。

――つまり、その笑いものにされた女の子は。女王様気質の子を殺して、体育倉庫の裏に埋めてしまってました、と。

 そんな事件が実際にあったかどうかは定かではない。ただ、この学校に昔恋のおまじないがあって、体育倉庫に紙を埋めるという方法であったのは間違いないという。そのおまじないが、現在は禁止されているということも。

『クラスメートを殺した女の子は、そのあとすぐに自殺してしまった。……以来、体育倉庫の裏の土地は呪われてしまったんだって。放課後、小学五年生くらいの女の子の姿を想像しながら体育倉庫の裏に行くと……髪の長い少女が俯いてしゃがみこんでいることがある。その手が一心不乱に何かを埋めていたら、要注意。振り向かれるまでに逃げないといけない。振り向かれてしまったら最後、見た人間も呪われて地面に埋められてしまう……んだってさ。あはは、みんな想像力逞しいよねえ!』

 明らかに、話した彼女も信じていた様子ではなかった。体育倉庫に来たからなんとなく思い出しただけ、だったのだろう。実際、花火も恐怖なんてろくに感じず、笑って流した記憶がある。そもそも、話を盛りすぎなのだ。恋のおまじないがあったのは事実だとしても、それでいきなり小学生がクラスメートを殺す話まで発展するのは飛躍しすぎていると思うのである。

――おまじないが禁止されたのだってさ、どーせ紙を埋められすぎて掃除が大変だったからとか、そういう理由だろ。

 そりゃ先生達も禁止にしたくなるわ、と頷く花火。

――ただ、それはそれとして。……もし美郷がこの体育倉庫の件を知ってたっつーなら、この場所に寄り道してもおかしくはないよな。

 自分の目的は怪談の真偽を確かめることではなく――怪談巡りをしたかもしれない、行方不明になった友人の足取りを辿ることである。もし彼女がこちらに来ていたのなら、落とし物の一つや二つ見つかってもおかしくないと思ったのだ。

――先生によると。美郷は昨日、職員室にはちゃんと寄ってる。学校に来たのは間違いないし、教室の鍵も借りてるって話。でもって、ちゃんと教室に鍵を返しに来た、そこまでは先生達が確認してる。問題は、その後だ。

 学校に来たのは間違いなくても、学校を出たのかどうかがわかっていない。ゆえに、この学校の中で何かトラブルに巻き込まれた可能性はゼロではないと考えているわけである。何かが起きたとしたら、忘れ物を回収した後なのは間違いないのだから。

――体育倉庫裏なら、先生達の目からも見えづらい。それこそ、しばらく美郷が倒れてたりしても誰も気づかなかったかもしれないし、悲鳴を上げてもみんなに聞こえなかったかも……。

 さすがに朝の見回りで気づかないなんてことはないだろうから、今も彼女が倒れたままということはないと信じたいが――。
 そんなことを思いつつ、花火は校庭の東端にある体育倉庫へと近づいていった。一度建て替えがあったらしい校舎とは違い、体育倉庫は長らく建て替えられずにそのままの状態で放置されているという。辛うじて木造ではないが、白い壁はあちこちコケが生えているしよく見ると罅もあるし、なかなかボロっちいたたずまいである。正直、そのうち倒壊するのではないかと心配になるほどである。青い屋根も、あちこちタイルが剥がれてしまっている状態だ。

――あんまここ、近づきたくないんだよな。壊れたら嫌だし。

 そろりそろりと裏手に回っていく。なんとなく、七不思議の通り女の子の姿を思い浮かべていた。髪の長い、ワンピースの少女がしゃがみこんで一心不乱に地面を掘っている様を。そして、自分が近づいていくとぴたりと手を止めて、ゆっくりと振り向く様を。

――あはは、まさかねえ。

 まだ午後三時を少し過ぎたくらいの時間。五月の空はまだまだ明るい。いくら体育倉庫裏が日陰になっていて少し暗いからといって、ホラー的恐怖を感じるにはあまりにも物足りないだろうと笑っていた。
 そう。

「え」

 裏に回った瞬間、ざく、ざく、と土を掘る音を耳にするまでは。
 倉庫の裏を、必死で掘っている髪の長い少女を見つけてしまうまでは。

しおりを挟む

処理中です...