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<5・強襲。>
それは、異様な光景だった。地面につくほど長い黒髪の少女が、ぶつぶつと何かを呟きながらひたすら地面を掘っているのである。がさ、がさ、と土を掘る音がただひたすらその場を支配していた。むしろ、いつの間にかそれ以外の音が殆ど聞こえなくなっている。校庭で遊ぶ子供達の喧騒も、先生が呼ぶ声も、遠くで烏が鳴く声も自動車が走る音も――さっきまで多種多様な音が聞こえていたはずなのに。
自分がそれだけ、目の前の存在に集中しているからだろうか。だから他の音が聞こえないだけだろうか。きっとそうだ。花火はそう思おうとした。そう思いたかった。ややオレンジ色に染まり始めた陽射しの中、日陰の闇の中にすっぽりと隠れてしゃがこむ少女の姿に。その、異様としか思えない空気に。
――そうだよ、七不思議って言うくらい有名な話なんだから。他の人だって知ってたっておかしくないんだ。
この距離からでは、ひたすら土を掘る少女が、生きた人間か死んだ人間かなんて判別はつかなかった。逆に言えば生きた人間である可能性も充分に考えられるということだ。
――なら、学校の誰かが。幽霊のフリして脅かそうとしてるってことはある。そうだ、きっとそうだ。
じわじわと、足元から忍び寄る恐怖を、花火はどうにか振り払いたかった。そもそも、ここでしっぽを巻いて帰ったら寄り道をした意味がない。何より、こんなところでやってきた誰かをビビらせてやろうと考えているいたずらっ子の思う壷である。それもそれで腹が立つ話だ。ゆえに、怪談通り“本人が振り返る前に逃げる”という選択肢は花火にはなかった。
安心する、もっとも簡単な方法。それは、目の前の存在が生きた人間であると確かめることだ。
同時に、彼女がいたずらっ子ならそこをどいて貰わないといけない。自分は、美郷がこの体育倉庫に来た形跡があるかどうかを確かめなければいけないのだから。
――確かめよう。よくよく見て、それから。適当なタイミングで声、かけてみよう。
そろり、そろりと近づいていく。一歩、また一歩。
――ほら、すぐ振り返るなんてこともしない。てことは、振り返ったら人間だってバレちゃうから振りかえれないんじゃないの。あの長い髪だって、ウィッグかもしれないし?
一歩、そっとまた一歩、一歩。そろり、そろりと足を――。
「え」
ここで、ようやく花火は違和感の正体に気づいた。
一つは、少女の姿。長い髪が顔にかかっているせいで顔は見えないが――真っ白な無地のワンピースを着ているとはっきりわかったのである。それは、ついさっき花火が頭の中で想像した姿だった。確かに、幽霊が白い服に長い黒髪というのはあるあるだし、映画の有名な幽霊もそんな姿ではあったが。七不思議の定番オバケが、まさに花火が直前まで想像していた通りの姿で現れるなんてことがあるのだろうか。彼女が生きた人間の悪戯だったとしても、たまたま花火が想像したのと同じ姿をチョイスしていた、ということになるではないか。
そして、気になることはもう一つ。よくよく見れば、彼女は道具を何も使っていなかった。素手で、ひたすら体育倉庫裏の地面を掘っているのである。ざく、ざく、ざく、という音は全て彼女の両手から生み出されたものだった。流石に背筋が冷える。ここが砂場ならともかく、花壇でもなんでもない、乾いた土の上なのである。素手で掘るのは相当な力がいるし、指も確実に痛くなるはず。何故、平気で掘り進めることができるのだろう。
「あ、あの……」
ただの悪戯でここまでのことをするだろうか。恐る恐る声をかけようとしたところで、花火は気づいた。
地面を掘るか彼女の手が、血で真っ赤になっていることに。
爪がとうに剥がれて、指先にかろうじてくっついているだけということに。
「ひっ!?」
かろうじて尻もちはつかなかったが、それでも悲鳴に近い声は出てしまった。すると、彼女はぴたりと掘るのを止める。こっちの存在にようやく気が付いたのだ、と知った。
ゆらり、とまるで夢遊病者のような緩慢な動きで、ふらつきながら少女が立ち上がった。そして、ゆっくりとこちらに首を向ける。振り向こうとする。
花火の頭の中で、本能が凄まじい警鐘を鳴らした。しかし、それは既に時遅しであったのである。
少女が、振り返った。振り返ったその顔は――真っ黒だった。比喩ではない。真っ黒なほとんどのっぺらぼうな顔そこにあるばかりであったのである。完全なのっぺらぼうと違うのは、真っ黒な顔の中に三日月型の赤い口だけがあるということ。耳まで裂けた巨大な口が、にたあ、と白い歯をむき出しにして笑っているということである。
「うわああああああああああっ!?」
――な、何あれ!?と、特殊メイクとか、そういう!?
だとしたら凄い出来だな、本気で怖い!と無理やり思おうとしたが出来なかった。次の瞬間、体育倉庫裏の土――影の中から、次々と白いものが突き出してきたからである。
それは、腕だった。細い細い、小学生の花火よりもずっと細い子供の腕が、どんどん土の中から突きだしてくるのである。そして、ゆっくりと這い出してきた。まるで、大地という名の母が、今まさに大量の産卵を行っているかのごとく。
そいつらは全裸で、こっちは完全に顔がなかった。少女と違って口さえない。しかも性器のようなものがついている様子はないのだ。まるで、誰かが作った出来の悪い紙人形でも見ているような姿である。
「な、なんだよ、何だよお前ら!」
目の前で起きていることが信じられない。じぶんは、立ったまま夢でも見ているのだろうか?さすがにこれは、特撮で説明できるような代物ではなかった。リアルソリットビジョンとかいう超高度な代物を、大掛かりな機械でもなしに投影しているとか――いや、さすがにそんなものが発明されていたなら自分だってニュースで見ているだろう。
とすると、自分の頭が馬鹿になって幻でも見ているとしか思えない。これが本物の幽霊とか、そういう類でないのであれば。
「!」
長い黒髪の少女が、ゆっくりと腕を持ち上げて花火を指さした。瞬間、ずるん!と大量の白い影達が地面から這い出して、花火に向かってくるではないか。
回避は間に合わない。そう判断した花火はとっさに、特攻してきた一体目の胴体部分を蹴り上げていた。
「うらあっ!」
その白い人形は、非常に軽かった。花火の力が小学生女子としては破格に強いとはいえ、それでもまさかあんな軽々と遠くまで吹っ飛んでいくとは。物理攻撃は効く。それが分かれば、少しだけ頭は冷えた。腰を落とし、空手の構えを取る。戦えない相手ではない。ならきっと、こいつらは幽霊とは違う何かであるはずだ。多分だけれど。
――て、適当に払うだけ払って逃げる!よくわからんけど、関わらない方が良いやつだこれ!もう遅いかもだけど!
非常に素早いので、多分このまま普通に逃げても捕まるだろう。捕まらなくても、家までついてこられるんじゃ困る。二体目の顔面に掌底を叩きこみ、三体目はそのままのモーションで回し蹴りを決める。ある程度芯を捉えて叩きこめば、そいつらは吹っ飛んだ後に動かなくなり、ほろりと糸がほどけるようにして消えてしまうとわかった。なら、ひとまず湧いてくるものを全部叩けばこの戦いも終わりになるはずだ。
「!」
ぼこん、と音がした。はっとして振り返ると、後ろの地面からも白い人形が這い出してきているのが見えた。
「おい、体育倉庫裏だけじゃねーのかよ!反則!」
思わず叫んで走っていた。囲まれるのはさすがに困る。一体一体の力は弱くても、同時に複数に組みつかれたら振り切れる自信がない。同時に跳びかかってきた三体のタックルをギリギリで後ろに跳んでかわして、右から来た一体に裏拳をかまして吹っ飛ばす。ああ、本当にやっててよかった実戦空手。習わせてくれたお母様ありがとうってやつだ。
しかし、余裕ぶっていられたのもそこまでだった。戦ったり逃げたりしているうちに、花火は体育倉庫裏に追い込まれていたのである。
ずぼっ。
「いっ!?」
足が急に動かなくなった。まさか、と思った花火は見てしまう。土の中から突きだした手が、自分の両足首を掴んでいるのを。
「嘘だろ!?」
振り払わなければ。力技で引っこ抜こうと格闘している間に、これぞチャンスといわんばかりの攻撃が来た。白い影たちがわらわらと同時に向かってきたのである。うまく振り払うことができず、一体、二体、三体と体に絡みつかれてしまう。
――まずいまずいまずい!これ、まずい!!
先ほど危惧したことが完全に現実となってしまっていた。無理やり振り払おうとするものの、その数が数体、数十体ともなれば勝ち目はない。みるみる視界が、集まってきた白いものに覆い尽くされてしまう。しかも、体がどんどん地面に沈んでいるような感覚がある。少しずつ、土の中に引きずり込まれようとしているのだ。
このままでは生き埋めだ。窒息死させられてしまう。死の恐怖がリアルに迫ってきて、花火はパニックになった。
――な、何で……こんなの嘘だ、夢だ、嘘だ!
まさか、自分はここで死ぬとでもいうのか?こんな、幽霊だか怪物だかもわからないものにやられて?あるいは、自分自身が作るわけのわからない幻に飲み込まれて?
冗談じゃなかった。こんな死に方をさせられなければいけないほど、悪いことをしたつもりなんてない。というか、そこまで嫌な方向に度胸振り切ったつもりもないただの小学生である。心当たりのある“悪い事”といったら、壁に落書きして先生に叱られたとか、宿題をサボりまくていることとかそれくらいだというのに。
――嫌だ、死にたくない、こんなところで……!
誰か、助けて。
柄にもなくそう思ってしまった、その時だった。
「だから、近づくなと言ったのに」
――え?
その声は聴き間違えるはずがない。今日、滅茶苦茶腹が立った相手の声であるのだから。
「せっかく見つけた騎士に、こんなところで死なれるなんて冗談じゃない。仕方ないから、助けてやるよ」
それはまごうことなき、あの生意気な美少年転校生。涼風夜空の声であったのである。
自分がそれだけ、目の前の存在に集中しているからだろうか。だから他の音が聞こえないだけだろうか。きっとそうだ。花火はそう思おうとした。そう思いたかった。ややオレンジ色に染まり始めた陽射しの中、日陰の闇の中にすっぽりと隠れてしゃがこむ少女の姿に。その、異様としか思えない空気に。
――そうだよ、七不思議って言うくらい有名な話なんだから。他の人だって知ってたっておかしくないんだ。
この距離からでは、ひたすら土を掘る少女が、生きた人間か死んだ人間かなんて判別はつかなかった。逆に言えば生きた人間である可能性も充分に考えられるということだ。
――なら、学校の誰かが。幽霊のフリして脅かそうとしてるってことはある。そうだ、きっとそうだ。
じわじわと、足元から忍び寄る恐怖を、花火はどうにか振り払いたかった。そもそも、ここでしっぽを巻いて帰ったら寄り道をした意味がない。何より、こんなところでやってきた誰かをビビらせてやろうと考えているいたずらっ子の思う壷である。それもそれで腹が立つ話だ。ゆえに、怪談通り“本人が振り返る前に逃げる”という選択肢は花火にはなかった。
安心する、もっとも簡単な方法。それは、目の前の存在が生きた人間であると確かめることだ。
同時に、彼女がいたずらっ子ならそこをどいて貰わないといけない。自分は、美郷がこの体育倉庫に来た形跡があるかどうかを確かめなければいけないのだから。
――確かめよう。よくよく見て、それから。適当なタイミングで声、かけてみよう。
そろり、そろりと近づいていく。一歩、また一歩。
――ほら、すぐ振り返るなんてこともしない。てことは、振り返ったら人間だってバレちゃうから振りかえれないんじゃないの。あの長い髪だって、ウィッグかもしれないし?
一歩、そっとまた一歩、一歩。そろり、そろりと足を――。
「え」
ここで、ようやく花火は違和感の正体に気づいた。
一つは、少女の姿。長い髪が顔にかかっているせいで顔は見えないが――真っ白な無地のワンピースを着ているとはっきりわかったのである。それは、ついさっき花火が頭の中で想像した姿だった。確かに、幽霊が白い服に長い黒髪というのはあるあるだし、映画の有名な幽霊もそんな姿ではあったが。七不思議の定番オバケが、まさに花火が直前まで想像していた通りの姿で現れるなんてことがあるのだろうか。彼女が生きた人間の悪戯だったとしても、たまたま花火が想像したのと同じ姿をチョイスしていた、ということになるではないか。
そして、気になることはもう一つ。よくよく見れば、彼女は道具を何も使っていなかった。素手で、ひたすら体育倉庫裏の地面を掘っているのである。ざく、ざく、ざく、という音は全て彼女の両手から生み出されたものだった。流石に背筋が冷える。ここが砂場ならともかく、花壇でもなんでもない、乾いた土の上なのである。素手で掘るのは相当な力がいるし、指も確実に痛くなるはず。何故、平気で掘り進めることができるのだろう。
「あ、あの……」
ただの悪戯でここまでのことをするだろうか。恐る恐る声をかけようとしたところで、花火は気づいた。
地面を掘るか彼女の手が、血で真っ赤になっていることに。
爪がとうに剥がれて、指先にかろうじてくっついているだけということに。
「ひっ!?」
かろうじて尻もちはつかなかったが、それでも悲鳴に近い声は出てしまった。すると、彼女はぴたりと掘るのを止める。こっちの存在にようやく気が付いたのだ、と知った。
ゆらり、とまるで夢遊病者のような緩慢な動きで、ふらつきながら少女が立ち上がった。そして、ゆっくりとこちらに首を向ける。振り向こうとする。
花火の頭の中で、本能が凄まじい警鐘を鳴らした。しかし、それは既に時遅しであったのである。
少女が、振り返った。振り返ったその顔は――真っ黒だった。比喩ではない。真っ黒なほとんどのっぺらぼうな顔そこにあるばかりであったのである。完全なのっぺらぼうと違うのは、真っ黒な顔の中に三日月型の赤い口だけがあるということ。耳まで裂けた巨大な口が、にたあ、と白い歯をむき出しにして笑っているということである。
「うわああああああああああっ!?」
――な、何あれ!?と、特殊メイクとか、そういう!?
だとしたら凄い出来だな、本気で怖い!と無理やり思おうとしたが出来なかった。次の瞬間、体育倉庫裏の土――影の中から、次々と白いものが突き出してきたからである。
それは、腕だった。細い細い、小学生の花火よりもずっと細い子供の腕が、どんどん土の中から突きだしてくるのである。そして、ゆっくりと這い出してきた。まるで、大地という名の母が、今まさに大量の産卵を行っているかのごとく。
そいつらは全裸で、こっちは完全に顔がなかった。少女と違って口さえない。しかも性器のようなものがついている様子はないのだ。まるで、誰かが作った出来の悪い紙人形でも見ているような姿である。
「な、なんだよ、何だよお前ら!」
目の前で起きていることが信じられない。じぶんは、立ったまま夢でも見ているのだろうか?さすがにこれは、特撮で説明できるような代物ではなかった。リアルソリットビジョンとかいう超高度な代物を、大掛かりな機械でもなしに投影しているとか――いや、さすがにそんなものが発明されていたなら自分だってニュースで見ているだろう。
とすると、自分の頭が馬鹿になって幻でも見ているとしか思えない。これが本物の幽霊とか、そういう類でないのであれば。
「!」
長い黒髪の少女が、ゆっくりと腕を持ち上げて花火を指さした。瞬間、ずるん!と大量の白い影達が地面から這い出して、花火に向かってくるではないか。
回避は間に合わない。そう判断した花火はとっさに、特攻してきた一体目の胴体部分を蹴り上げていた。
「うらあっ!」
その白い人形は、非常に軽かった。花火の力が小学生女子としては破格に強いとはいえ、それでもまさかあんな軽々と遠くまで吹っ飛んでいくとは。物理攻撃は効く。それが分かれば、少しだけ頭は冷えた。腰を落とし、空手の構えを取る。戦えない相手ではない。ならきっと、こいつらは幽霊とは違う何かであるはずだ。多分だけれど。
――て、適当に払うだけ払って逃げる!よくわからんけど、関わらない方が良いやつだこれ!もう遅いかもだけど!
非常に素早いので、多分このまま普通に逃げても捕まるだろう。捕まらなくても、家までついてこられるんじゃ困る。二体目の顔面に掌底を叩きこみ、三体目はそのままのモーションで回し蹴りを決める。ある程度芯を捉えて叩きこめば、そいつらは吹っ飛んだ後に動かなくなり、ほろりと糸がほどけるようにして消えてしまうとわかった。なら、ひとまず湧いてくるものを全部叩けばこの戦いも終わりになるはずだ。
「!」
ぼこん、と音がした。はっとして振り返ると、後ろの地面からも白い人形が這い出してきているのが見えた。
「おい、体育倉庫裏だけじゃねーのかよ!反則!」
思わず叫んで走っていた。囲まれるのはさすがに困る。一体一体の力は弱くても、同時に複数に組みつかれたら振り切れる自信がない。同時に跳びかかってきた三体のタックルをギリギリで後ろに跳んでかわして、右から来た一体に裏拳をかまして吹っ飛ばす。ああ、本当にやっててよかった実戦空手。習わせてくれたお母様ありがとうってやつだ。
しかし、余裕ぶっていられたのもそこまでだった。戦ったり逃げたりしているうちに、花火は体育倉庫裏に追い込まれていたのである。
ずぼっ。
「いっ!?」
足が急に動かなくなった。まさか、と思った花火は見てしまう。土の中から突きだした手が、自分の両足首を掴んでいるのを。
「嘘だろ!?」
振り払わなければ。力技で引っこ抜こうと格闘している間に、これぞチャンスといわんばかりの攻撃が来た。白い影たちがわらわらと同時に向かってきたのである。うまく振り払うことができず、一体、二体、三体と体に絡みつかれてしまう。
――まずいまずいまずい!これ、まずい!!
先ほど危惧したことが完全に現実となってしまっていた。無理やり振り払おうとするものの、その数が数体、数十体ともなれば勝ち目はない。みるみる視界が、集まってきた白いものに覆い尽くされてしまう。しかも、体がどんどん地面に沈んでいるような感覚がある。少しずつ、土の中に引きずり込まれようとしているのだ。
このままでは生き埋めだ。窒息死させられてしまう。死の恐怖がリアルに迫ってきて、花火はパニックになった。
――な、何で……こんなの嘘だ、夢だ、嘘だ!
まさか、自分はここで死ぬとでもいうのか?こんな、幽霊だか怪物だかもわからないものにやられて?あるいは、自分自身が作るわけのわからない幻に飲み込まれて?
冗談じゃなかった。こんな死に方をさせられなければいけないほど、悪いことをしたつもりなんてない。というか、そこまで嫌な方向に度胸振り切ったつもりもないただの小学生である。心当たりのある“悪い事”といったら、壁に落書きして先生に叱られたとか、宿題をサボりまくていることとかそれくらいだというのに。
――嫌だ、死にたくない、こんなところで……!
誰か、助けて。
柄にもなくそう思ってしまった、その時だった。
「だから、近づくなと言ったのに」
――え?
その声は聴き間違えるはずがない。今日、滅茶苦茶腹が立った相手の声であるのだから。
「せっかく見つけた騎士に、こんなところで死なれるなんて冗談じゃない。仕方ないから、助けてやるよ」
それはまごうことなき、あの生意気な美少年転校生。涼風夜空の声であったのである。
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