7 / 30
<7・潜在意識>
しおりを挟む
なんとなく、わかっている。リリーはきっと自分に、もっと怒りを滾らせて欲しかったのだろうということは。
確かに、客観的に見てもグレイスのやったことはあんまりだったと思う。今まで一緒に頑張ってきたのに、旅立ちの日になって突然攻撃してきて、怪我を負わせた挙句仲間を追放したなんて。物語にそれだけを書けば“なんて酷い勇者モドキだ、断罪しろ!”と読者は追放勇者に共感して怒りの声を上げること必至だろう。そんな人の心のないグレイスと、そのグレイスに当然のごとく追従した奴らなんか仲間にしないで良かったはずだと。成り上がって、強くなって、そいつらを見返してやればいい。見返して、そいつらが涙ながらに謝ってきたり、しれっと再び仲間になろうとしてきたらばっさり切り捨ててやれば爽快だろうと。
そう。もし、今まで積み上げたものがその一度で吹き飛ぶほど軽いものであったなら、ケント自身もそうやって彼らを憎むことができたはずなのだ。
残念ながら、そんな簡単に解決するようなことではなかった。あっさりとグレイス達を憎めるようにするには、あまりにもそれまで彼から貰ったものが多すぎたのである。
『何でそんなに、ケントが自分はダメな人間だと繰り返すのかが俺にはわからない』
白魔術師としてのジョブに目覚めた時。ケントは心の底から喜んだのである。どんなパーティであっても回復役は必要不可欠だ。剣士がいないパーティがあっても、ヒーラーがいないパーティはいない。盗賊職なども全く回復を担えないわけではないが(彼らは薬草などの調合に長けている、実質薬剤師としてのスキルも持ち合わせているからだ)、それでも大きな怪我からの復活や、瀕死に近い傷から人を全快させることができるわけではない。それは唯一、白魔術師にのみ可能なスキルだった。白魔法のエキスパート、医者と同等かそれ以上の力で誰かを救うことのできる存在。
自分は、最も誰かの役に立てる才能を持って生まれたのだと、そう考えていた。だというのに。
実際試してみれば、補助魔法は展開できるのに回復魔法がちっとも使えない。ちょっとした擦り傷の一つも癒してやることができない。喜びから一転。それこそ、天国から地獄に突き落とされたような心地になったのだ。
そんなケントを、誰より励ましてくれたのが――他ならぬグレイスであったのである。
『確かに、回復魔法が使えない白魔術師というのは珍しいとは思うけれど。ケントはその分、補助魔法に長けている。防御や強化を素早く行えるせいで、人が”怪我をする前に”救うことができるのがお前じゃないか』
『でも、本当は怪我も回復できた方がいいだろ。みんなだってがっかりしたんじゃないか。こんな、回復魔法も使えない白魔術師なんかパーティにいたって邪魔になるだけだ。僕は、勇者になんか……』
『自分の可能性を一番縮めるのは他でもない、自分自身だぞ、ケント』
今でこそ、ケントもかなり背が大きくなったが。幼い頃はとってもチビで、年齢の割に長身だったグレイスを見上げることが多かった。同い年だが長身で、何につけても大人びていたグレイスは人格者であることもあってみんなに頼られていて。自分も、どちらかというと年上のお兄さんに接するような気持ちで相談を持ちかけていたような気がするのだ。
困っている人がいたら、けして見捨てられないのがグレイスだった。
村の中には心無い人もいる。娼婦に連れ回されていて、恐らくはその仕事を手伝わされていたのであろう美少年。汚いもののように彼を扱う者、罵倒する者も少なくなくて、そのたびに自分達は怒りを感じたものである。しかし、グレイス本人は、己が何を言われてもほとんど表情一つ変えることをしなかった。自分が汚いことをしていたことも、母の仕事がそのように言われる類であることも“仕方ない”と諦めていたというのが大きいのだろう。
実際彼は、己のことなどどうやって好きになればいいかわからない――と言っていた。母親からも、まともな扱いを受けていなかったのは明白だ。あれほど美しいのに、己を“とんでもない不細工”だと本気で信じていたらしいことからもはっきりしている。そして、己のことが全く好きではない分、他人を少し行き過ぎなまでに評価し、尊重してしまうのもまた彼で。少し助けてくれただけの女の子を、躊躇なしに命懸けで救ってしまうあたりにその本質が現れていると言っても過言ではあるまい。
それゆえに。彼が本気で怒る時はいつだって、“家族”や知り合いが貶められた時で。
己のことは随分と卑下するくせに、ケントが自分で自分を卑下することと途端に諌めてくるのも彼である。随分勝手な奴、と当時は思ったものだ。同時に。
『過去の失敗を生かし、未来に繋げることは大切なことだ。けれど、全ての事に秀でた存在なんて世の中には一人もいない。誰だって、出来ないことがあるのは当然だ、俺だってお前ほどの補助魔法は使えない。お前は確かに、俺にもリセにもガイルにもできないことができるんだ。……出来ないことばかり数えるな。今己に出来ることで、どうやって自分や誰かを助けられるのかを考えた方が遥かに効率的だろう?』
自信も何もない、自分にも。出来ることはあるのだと教えてくれた。
彼のために――彼の背中を守る存在として、真の勇者になりたいと願うようになったのである。
あの頃確かにケントは、グレイスの優しさに心の底から救われていたのだ。
『俺は、お前は絶対に仲間にすると決めている。誰かの為に真剣に頑張れるお前なら。驕らず哮らず冷静に自分にできることを考えられるお前が傍にいたら……きっと俺達は安心して魔王に立ち向かうことができると思うんだ。……頼むぞ、ケント。お前やみんなの両親を殺した魔王を倒し、この世界を平和にするんだろう?』
あの全てが、嘘だったとは思えない。その全てを、グレイスが捨てたとも考えられない。
だからケントは、力をつけて彼を追いかけることにしたのだ。それはきっと、リリーが望んだ形ではなかったことだろう。自分を裏切った相手にぎゃふんと言わせたい、そういう気持ちで頑張って欲しかったというのが透けているからだ。けれども、全てをそういう怒りや憎しみに変えるには、ケントはあまりにもたくさんのものをグレイスに貰いすぎていた。悔しさや悲しさはあれど、成り上がってざまあみろと笑ってやる気には到底なれないほどに。
本当の気持ちを、今度こそちゃんと聞く。
直前になって今までの言葉や判断を覆したならば、きっと何か大きな理由があったに決まっているのだ。
そのためには、とにかく力をつけるしかないのである。補助魔法だけでもちゃんと戦えると、勇者に匹敵する実力があるのだと。もう自分は、グレイスに守られてばかりの“弟”でないないことを証明するのだ。そしてもう一度問うのである、あの時の言葉の意味を、理由を。
自分は、真実を知るために成り上がる。
他の誰でもない、己の弱さに屈せぬ強さを身につけて。
――集中しろ。魔力の流れを見極めるんだ。必ずどこかに淀みがある。掴みとりやすい場所があるはず。
補助魔法の使い方の訓練を始め、さらに一ヶ月以上が経過していた。グレイス達の噂は断片的にだけ聞こえてくる。どうにも、仲間を追放して三人パーティで魔王に挑もうとしている無謀な連中だと相当笑いものにされてしまっているらしい。悪評とまでは言わないが、あまり評判は良くないようだ。かなり遠くの街でもその噂が広まっているのだとしたら、正直人の好奇心というものが恐ろしくなってくるのだけれど。
随分先に行ってしまっている彼らに対し、焦りを覚えないと言ったら嘘になる。
しかし、今は焦ってもどうにもならない。とにかく自分の力をしっかり固め、魔王に通用する武器として磨きあげなければ。
じっくりリハビリをした結果、ケントの怪我は完全に回復し、元通り以上に身体も動くようになった。そして魔力の見極めと操作も、一ヶ月で随分と出来ることが増えてきたように思う。常日頃から人やモノの魔力の流れを意識しながら生活し、訓練時の集中力を高めたことが功を奏したようだ。かつては見えなかったものが、今ははっきりと見えるようになっている。そして。
――見える……!循環している魔力が、僅かに停滞する場所!
錆びた短剣の、柄部分。そこでほんの少し魔力の流れが“渋滞”する。そこにケントは意識の糸を伸ばした。かつてはただそっと触れることにしか注視しなかったため、触れた瞬間魔力を霧散させてしまい掴み取ることができなかったが。
澱んで、すこし“魔力”が解れた場所。そこを手で握るのではなく、一気に五指で引っ張るようなイメージを持つのである。魔力と魔力を磁石のように引き合わせ、澱んだ場所から引きずり出すのだ。そうすれば、一時的とはいえ魔力が“一切”流れていない場所や、逆に多くの魔力が集中する箇所を創りだすことができるのである。
そう、問題は。
「せやっ!」
傍で待機していたリリーが突如走り出し、短剣を抜いて放り投げた。勿論、ケントの訓練の一端である。実際の敵は、刺しっぱなしの短剣のようにじっとなどしていてはくれない。動き回る相手に対し、魔力の流れを見極め続け、その糸を逃さず掴み取る技術が必要なのだ。
カッと眼を見開き、リリーが予告なく放り投げた短剣を睨みつける。今はもう、眼を開いていても問題ない。回避などの行動を取りながらも流れを見極めることができる。
短剣が自分のところに落ちてきた瞬間、それを回避しながら意識を伸ばすケント。掴み取りやすいのは、短剣が地面に落下するその瞬間だ。
「“Fragile”!」
補助魔法を、唱えた。柄を中心に、魔力をせき止められた短剣が大きく軋みを上げる。すぐ様、ケントは自らの腰から短剣を引き抜いた。防御力を大きく下げていられる時間は短く、同時に範囲は狭い。あと要求されるのは、その場所に正確に攻撃を繰り出す技術だ。
「はあああ!」
突き出した短剣が、錆びた剣に柄と刃の境界線を一刀両断していた。錆びているとはいえ鋼の剣を、腕力も何もないケントの短剣が真っ二つに切り裂いたのである。
「やった、やったよケント!成功した!!」
それを見て、リリーが、大喜びで駆け寄ってくる。ぽとん、と真っ二つになって落ちた錆びた剣を見て、ケントは思わず尻餅をついていた。
「で、できた……できたぞおお!」
上がる雄叫び。次の瞬間飛びついてきたリリーに思い切り押し倒されて、そのまま勢い余って地面に寝っ転がる羽目になってしまった。二人してきょとんと固まった後、大笑いすることになる。
まだ、やっと第一歩を踏み出しただけ。しかし、これでどうにか道は開けた。あとは、今のを九割九分成功させられるように精度を高めていくばかりだ。
「町の外に出てみよう!モンスター相手に実戦で試すの!私も、スティールの技術やらいろいろ磨いてきたし、連携も試したいし!」
リリーが、キラキラとした笑顔で告げる。
「頑張ろ、ケント!きっと、私達ならできるよ!」
「……おう!」
少しずつ、見えるようになってきた未来。
本物の勇者になるための道が、今まさに此処から始まるのである。
確かに、客観的に見てもグレイスのやったことはあんまりだったと思う。今まで一緒に頑張ってきたのに、旅立ちの日になって突然攻撃してきて、怪我を負わせた挙句仲間を追放したなんて。物語にそれだけを書けば“なんて酷い勇者モドキだ、断罪しろ!”と読者は追放勇者に共感して怒りの声を上げること必至だろう。そんな人の心のないグレイスと、そのグレイスに当然のごとく追従した奴らなんか仲間にしないで良かったはずだと。成り上がって、強くなって、そいつらを見返してやればいい。見返して、そいつらが涙ながらに謝ってきたり、しれっと再び仲間になろうとしてきたらばっさり切り捨ててやれば爽快だろうと。
そう。もし、今まで積み上げたものがその一度で吹き飛ぶほど軽いものであったなら、ケント自身もそうやって彼らを憎むことができたはずなのだ。
残念ながら、そんな簡単に解決するようなことではなかった。あっさりとグレイス達を憎めるようにするには、あまりにもそれまで彼から貰ったものが多すぎたのである。
『何でそんなに、ケントが自分はダメな人間だと繰り返すのかが俺にはわからない』
白魔術師としてのジョブに目覚めた時。ケントは心の底から喜んだのである。どんなパーティであっても回復役は必要不可欠だ。剣士がいないパーティがあっても、ヒーラーがいないパーティはいない。盗賊職なども全く回復を担えないわけではないが(彼らは薬草などの調合に長けている、実質薬剤師としてのスキルも持ち合わせているからだ)、それでも大きな怪我からの復活や、瀕死に近い傷から人を全快させることができるわけではない。それは唯一、白魔術師にのみ可能なスキルだった。白魔法のエキスパート、医者と同等かそれ以上の力で誰かを救うことのできる存在。
自分は、最も誰かの役に立てる才能を持って生まれたのだと、そう考えていた。だというのに。
実際試してみれば、補助魔法は展開できるのに回復魔法がちっとも使えない。ちょっとした擦り傷の一つも癒してやることができない。喜びから一転。それこそ、天国から地獄に突き落とされたような心地になったのだ。
そんなケントを、誰より励ましてくれたのが――他ならぬグレイスであったのである。
『確かに、回復魔法が使えない白魔術師というのは珍しいとは思うけれど。ケントはその分、補助魔法に長けている。防御や強化を素早く行えるせいで、人が”怪我をする前に”救うことができるのがお前じゃないか』
『でも、本当は怪我も回復できた方がいいだろ。みんなだってがっかりしたんじゃないか。こんな、回復魔法も使えない白魔術師なんかパーティにいたって邪魔になるだけだ。僕は、勇者になんか……』
『自分の可能性を一番縮めるのは他でもない、自分自身だぞ、ケント』
今でこそ、ケントもかなり背が大きくなったが。幼い頃はとってもチビで、年齢の割に長身だったグレイスを見上げることが多かった。同い年だが長身で、何につけても大人びていたグレイスは人格者であることもあってみんなに頼られていて。自分も、どちらかというと年上のお兄さんに接するような気持ちで相談を持ちかけていたような気がするのだ。
困っている人がいたら、けして見捨てられないのがグレイスだった。
村の中には心無い人もいる。娼婦に連れ回されていて、恐らくはその仕事を手伝わされていたのであろう美少年。汚いもののように彼を扱う者、罵倒する者も少なくなくて、そのたびに自分達は怒りを感じたものである。しかし、グレイス本人は、己が何を言われてもほとんど表情一つ変えることをしなかった。自分が汚いことをしていたことも、母の仕事がそのように言われる類であることも“仕方ない”と諦めていたというのが大きいのだろう。
実際彼は、己のことなどどうやって好きになればいいかわからない――と言っていた。母親からも、まともな扱いを受けていなかったのは明白だ。あれほど美しいのに、己を“とんでもない不細工”だと本気で信じていたらしいことからもはっきりしている。そして、己のことが全く好きではない分、他人を少し行き過ぎなまでに評価し、尊重してしまうのもまた彼で。少し助けてくれただけの女の子を、躊躇なしに命懸けで救ってしまうあたりにその本質が現れていると言っても過言ではあるまい。
それゆえに。彼が本気で怒る時はいつだって、“家族”や知り合いが貶められた時で。
己のことは随分と卑下するくせに、ケントが自分で自分を卑下することと途端に諌めてくるのも彼である。随分勝手な奴、と当時は思ったものだ。同時に。
『過去の失敗を生かし、未来に繋げることは大切なことだ。けれど、全ての事に秀でた存在なんて世の中には一人もいない。誰だって、出来ないことがあるのは当然だ、俺だってお前ほどの補助魔法は使えない。お前は確かに、俺にもリセにもガイルにもできないことができるんだ。……出来ないことばかり数えるな。今己に出来ることで、どうやって自分や誰かを助けられるのかを考えた方が遥かに効率的だろう?』
自信も何もない、自分にも。出来ることはあるのだと教えてくれた。
彼のために――彼の背中を守る存在として、真の勇者になりたいと願うようになったのである。
あの頃確かにケントは、グレイスの優しさに心の底から救われていたのだ。
『俺は、お前は絶対に仲間にすると決めている。誰かの為に真剣に頑張れるお前なら。驕らず哮らず冷静に自分にできることを考えられるお前が傍にいたら……きっと俺達は安心して魔王に立ち向かうことができると思うんだ。……頼むぞ、ケント。お前やみんなの両親を殺した魔王を倒し、この世界を平和にするんだろう?』
あの全てが、嘘だったとは思えない。その全てを、グレイスが捨てたとも考えられない。
だからケントは、力をつけて彼を追いかけることにしたのだ。それはきっと、リリーが望んだ形ではなかったことだろう。自分を裏切った相手にぎゃふんと言わせたい、そういう気持ちで頑張って欲しかったというのが透けているからだ。けれども、全てをそういう怒りや憎しみに変えるには、ケントはあまりにもたくさんのものをグレイスに貰いすぎていた。悔しさや悲しさはあれど、成り上がってざまあみろと笑ってやる気には到底なれないほどに。
本当の気持ちを、今度こそちゃんと聞く。
直前になって今までの言葉や判断を覆したならば、きっと何か大きな理由があったに決まっているのだ。
そのためには、とにかく力をつけるしかないのである。補助魔法だけでもちゃんと戦えると、勇者に匹敵する実力があるのだと。もう自分は、グレイスに守られてばかりの“弟”でないないことを証明するのだ。そしてもう一度問うのである、あの時の言葉の意味を、理由を。
自分は、真実を知るために成り上がる。
他の誰でもない、己の弱さに屈せぬ強さを身につけて。
――集中しろ。魔力の流れを見極めるんだ。必ずどこかに淀みがある。掴みとりやすい場所があるはず。
補助魔法の使い方の訓練を始め、さらに一ヶ月以上が経過していた。グレイス達の噂は断片的にだけ聞こえてくる。どうにも、仲間を追放して三人パーティで魔王に挑もうとしている無謀な連中だと相当笑いものにされてしまっているらしい。悪評とまでは言わないが、あまり評判は良くないようだ。かなり遠くの街でもその噂が広まっているのだとしたら、正直人の好奇心というものが恐ろしくなってくるのだけれど。
随分先に行ってしまっている彼らに対し、焦りを覚えないと言ったら嘘になる。
しかし、今は焦ってもどうにもならない。とにかく自分の力をしっかり固め、魔王に通用する武器として磨きあげなければ。
じっくりリハビリをした結果、ケントの怪我は完全に回復し、元通り以上に身体も動くようになった。そして魔力の見極めと操作も、一ヶ月で随分と出来ることが増えてきたように思う。常日頃から人やモノの魔力の流れを意識しながら生活し、訓練時の集中力を高めたことが功を奏したようだ。かつては見えなかったものが、今ははっきりと見えるようになっている。そして。
――見える……!循環している魔力が、僅かに停滞する場所!
錆びた短剣の、柄部分。そこでほんの少し魔力の流れが“渋滞”する。そこにケントは意識の糸を伸ばした。かつてはただそっと触れることにしか注視しなかったため、触れた瞬間魔力を霧散させてしまい掴み取ることができなかったが。
澱んで、すこし“魔力”が解れた場所。そこを手で握るのではなく、一気に五指で引っ張るようなイメージを持つのである。魔力と魔力を磁石のように引き合わせ、澱んだ場所から引きずり出すのだ。そうすれば、一時的とはいえ魔力が“一切”流れていない場所や、逆に多くの魔力が集中する箇所を創りだすことができるのである。
そう、問題は。
「せやっ!」
傍で待機していたリリーが突如走り出し、短剣を抜いて放り投げた。勿論、ケントの訓練の一端である。実際の敵は、刺しっぱなしの短剣のようにじっとなどしていてはくれない。動き回る相手に対し、魔力の流れを見極め続け、その糸を逃さず掴み取る技術が必要なのだ。
カッと眼を見開き、リリーが予告なく放り投げた短剣を睨みつける。今はもう、眼を開いていても問題ない。回避などの行動を取りながらも流れを見極めることができる。
短剣が自分のところに落ちてきた瞬間、それを回避しながら意識を伸ばすケント。掴み取りやすいのは、短剣が地面に落下するその瞬間だ。
「“Fragile”!」
補助魔法を、唱えた。柄を中心に、魔力をせき止められた短剣が大きく軋みを上げる。すぐ様、ケントは自らの腰から短剣を引き抜いた。防御力を大きく下げていられる時間は短く、同時に範囲は狭い。あと要求されるのは、その場所に正確に攻撃を繰り出す技術だ。
「はあああ!」
突き出した短剣が、錆びた剣に柄と刃の境界線を一刀両断していた。錆びているとはいえ鋼の剣を、腕力も何もないケントの短剣が真っ二つに切り裂いたのである。
「やった、やったよケント!成功した!!」
それを見て、リリーが、大喜びで駆け寄ってくる。ぽとん、と真っ二つになって落ちた錆びた剣を見て、ケントは思わず尻餅をついていた。
「で、できた……できたぞおお!」
上がる雄叫び。次の瞬間飛びついてきたリリーに思い切り押し倒されて、そのまま勢い余って地面に寝っ転がる羽目になってしまった。二人してきょとんと固まった後、大笑いすることになる。
まだ、やっと第一歩を踏み出しただけ。しかし、これでどうにか道は開けた。あとは、今のを九割九分成功させられるように精度を高めていくばかりだ。
「町の外に出てみよう!モンスター相手に実戦で試すの!私も、スティールの技術やらいろいろ磨いてきたし、連携も試したいし!」
リリーが、キラキラとした笑顔で告げる。
「頑張ろ、ケント!きっと、私達ならできるよ!」
「……おう!」
少しずつ、見えるようになってきた未来。
本物の勇者になるための道が、今まさに此処から始まるのである。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる