神殺しのステイ

はじめアキラ

文字の大きさ
上 下
9 / 24

<9・夜に紛れて>

しおりを挟む
 彼らの覚悟は本物であったらしい。よくぞここまで調べたものだ、と三人でステイの部屋まで戻ってきてメモを確認し、感心させられた。ちなみに、カーテンはしっかり締めてあるので外の防犯カメラには映らない。既に日が落ちてくる時間帯であるので、カーテンを閉めることそのものに不自然さはないだろう。

「第三応接室か」

 うむ、と楓が頷く。

「地下への入口が、二階にあるというのはさすがに盲点だった。よくよく考えればこの学校、西洋風の飾りでごてごてしているからな。どこぞに、見えないハシゴや階段があってもおかしくはない」
「これ、知らないで一階だけ探してたら見つからなかったよね」
「まったくだな」

 角松達が残してくれたメモによれば、高橋のあとを尾行した少年は高橋が応接室に入り、そして出てくるところまでをしっかり確認しているという。応接室のどこかに地下への入口があるのはほぼ確定して良さそうだ。他にも入口があるかもしれないが、一箇所分かっていればひとまずなんとかなるはずである――その入口を塞がれて、閉じ込められるなんて事態がない限りは。
 応接室そのものはけして広い部屋ではない。特に第三応接室は、二階の隅にあってそうそう人が使うこともない部屋だ(来客があっても便利な位置の第一、第二応接室を使うだけで事足りるはずだからである)。用がなければ生徒が来る心配もないし、秘密の入口を作るのにうってつけだったのだろう。狭い一室のどこかに入口があることがわかっていれば、しらみつぶしにその場所を探すということも不可能ではないはずだ。
 彼らが慎重に動くなら、一度第三応接室を見て完全に地下への入口を把握し、脱出ルートを確保。情報を残した後に突入するということをしてくれるはずである。そうすれば、最悪彼らが村松英太の救出に失敗しても、自分達がそのあとを引き継ぐことができるだろう。
 問題は。やはりというべきか、彼らは“神様”の正体については話した以上の情報を持っていなかったということ。葵城教諭がデータを残している可能性が高そうな場所はピックアップしていたが、そこ全てを探す時間がなかったようだ。ならば、あとは自分達が資料探しを引き継ぐしかない。首尾よく進めば、角松達が突入する前にこちらから情報を渡すこともできるかもしれなかった。彼らはすぐにでも動きたい様子だったので、間に合うかどうかはかなり微妙なところであるが。

「とりあえず、角松先輩達の情報の様子を見つつ、調査を続行するとして。あと気になっていることは……」

 楓はメモとにらめっこしながら、少し躊躇った後、口を開いた。

「予定通りなら、明後日には俺は神子についての詳細説明を眞鍋先生に受けて、契約書にサインをすることになるだろ」
「そうだな」
「それが少し気になっている。歴代神子は、誰かに話したら話した相手も消す、と脅迫されていた可能性が高い。しかも初日に、先代神子の殺害を強要されたかもしれない。でも、本当にそれだけだったのかと思ってな。……もっと物理的な理由で、自分の身に起きたことを他のみんなに話せなかった可能性はないか?」
「どういうことだ?」

 ステイが首を捻ると、契約書だよ、と彼は続けた。

「契約書が、ただの約束をまとめたものじゃないかもしれないってことだ。それこそ、本当に魔術で神様を呼び出したなんてのが事実なら、他にどんな魔法があってもおかしくないと思わないか?それこそ……秘密を絶対話せないように、書いた人間の口を封じるとか。あるいは、秘密を話した人間がすぐ神様に知れるようにする、とか」
「!」

 流石に、その可能性には思い至らなかった。享も同じだろう。お互い血の気が引いた顔を見合わせることになる。もしその予想が正しいのなら、契約書にサインさせられた時点で楓に情報を流すことが難しくなってしまう。彼が本人の意図しないところでどんな“操作”を受けるかわからないからだ。

「まさか、だろ?」

 正直、にわかには信じがたい。むしろ信じたくないと言った方が正しいかもしれない。現代日本で、まだ盗聴器やカメラで事実が筒抜けになると言われた方が筋が通るというものだ。だが。

「悪い可能性ってやつは、いくら考えておいても足らないくらいだと思うぞ」

 楓は、こんな冗談を言うような質ではないと知っている。実際、彼の顔は真剣そのものだ。

「でもって、呼び出されて契約書を書けと言われたら、俺は誤魔化すのが難しい。一応、こっそり名前を書き間違えるくらいなことはやってみようと思っているけど、バレる可能性は高いしやっても効果がない可能性も高い。何が言いたいかっていうと、俺達に残されたタイムリミットってのは思った以上に短いかもしれないってことだ」

 思わず全員で、部屋の時計を見上げていた。今の時間ならまだ、教室のある講義棟に入ることも不可能ではない。だが、明後日に契約書を書かされる前までしか楓が調査に参加・情報共有ができないとなると――実質探索できるのはほぼほぼ明日一日だけということになってしまう。
 その前に、神様の正体と弱点をどこまで掴めるかどうか。想像以上に、状況は綱渡りであるようだ。

「行くぞ」

 迷っている暇はなかった。ステイは立ち上がる。

「メモにあった、葵城先生が情報を残した可能性が高い場所……一つ一つ潰すぞ。まず、住み込みで仕事してた先生が使ってた部屋からだ!」

 急がなければいけない。先生達が泊まり込んでいる宿直室や仮眠室などは全て講義棟の方にある。夜遅い時間になれば、そちらに入るのは難しい。

――神子は講義棟の方にある応接室から地下に降りてる。……夜中に神子だけ寮から移動できるってことは、夜中でもこっそり講義棟に渡る方法があるってことだ。……それも調べないといけないか。



 ***



 伝えるべきことは全て、伝えた筈だ。夜――角松と内田は、ひっそりと寮の一室を抜け出していた。
 夜中は、寮の入口は封鎖され、渡り廊下などの扉も閉じられてしまうことになる。実質、夜中にこっそり寮から講義棟に移動するのは至難の技だった。神子である英太が毎晩寮に戻ってきていた時は、恐らくどこかしらのドアがこっそり開いていたのだろうが――残念ながら、彼はずっと戻ってきていない。全ての扉は、しっかりと施錠されてしまっていると見るのが自然であった。
 ならば隣室に移動するためには、例え発覚する危険があっても窓から出、外から講義棟に侵入する他ない。どのみち英太を連れて脱出したらすぐに知られることになるのだ、見つかることを今更恐れてもというのが本心である。同時に、多少リスクがあったとしても、一刻も早く英太を救出してやりたかった。――それはこんなことになる前に助けてやれなかったという、角松の後悔ゆえである。
 ああ、まさか。ハンド部の中で一番元気なムードメーカーであった英太が、あそこまでボロボロにされてしまうだなんて。栄誉な仕事であるなんて言葉――疲れ果てて壇上に登った高橋の姿を見ていたはずなのに、どうして自分達はそんな謳い文句を信じてしまったのだろう。こんな危ない仕事であるとわかっていたら、先生に直談判しても止めさせたというのに。いや、そんなことをしたら真っ先に自分達が消されていただけかもしれないが。

「防犯カメラの位置は把握してるね?」
「勿論。一部のカメラは首振り式だ、死角を通るのは不可能ではない」
「わかってるならいい、行くよ」

 寮に仕掛けられている防犯カメラは、基本的に出入り口と窓際に集中している。窓際のものは、外側から部屋の中を撮影するように設置されているので、入寮当初から“プライバシーの侵害だ”と一部の生徒からクレームが入っていたものだ。勿論そんなものを聞き入れて部屋の中を撮影するカメラを減らすような学校ではないが、そのおかげで見える室内に直接カメラをつけようという話や廊下のカメラを増設しようという話が立ち消えになったらしい、ということは聞いたことがあったりする。
 狙い目は、寮の廊下の突き当たり。
 それぞれの部屋の窓の外にはカメラがあるが、実は寮の突き当りの窓はその限りではないのだ。最上階である四回、その廊下突き当たりの窓から外へ出て、屋根の上へ行く。そこから屋根伝い歩き、寮と講義棟を繋ぐ渡り廊下の上の屋根へ飛び降りる。講義棟の外へ行き、同じくカメラが唯一設置されていない講義棟の廊下突き当たりの窓をこじ開けて中に侵入する――というのが自分達が考えた作戦である。

――そのまま森の中を逃げることになる。携帯財布小さなペットボトル……ちょっとした小道具。持ち出せたのはそれくらいだが、それだけあれば少しは森の中でも逃げられるだろ。先生達が言う通り、熊ってやつが出現しなければの話だが。

 講義棟に侵入するまでは、さほど大きな問題にならなかった。というのも、講義棟の突き当たりの窓の鍵は、今朝の段階でわからないようにこっそり破壊しておいたのである。生徒達がいる寮より、見回りが甘ければ、この位置の窓の鍵が壊れていてもすぐに気づかれないだろうし、気づいてもすぐに修理することはできないはずだ。
 あとは、廊下に設置されている首振り式の防犯カメラの隙をうまく掻い潜り、第三応接室まで向かうだけである。

「無事だといいけど、村松」

 ぼそり、と内田が呟いた。それは願望のようなものだろう。角松も、無論同じ気持ちだ。

「きっと無事だ。あいつは、簡単に死んだりしないさ」

 自分達が失敗しても、きっとステイ達がなんとかしてくれるはずなのだから。
 言いかけた言葉を、角松は無理やり飲み込んだのである。
しおりを挟む

処理中です...