神殺しのステイ

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<10・罪深き恋>

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 悪い想像は、しておくに越したことはない。そう言ったのは他でもない、楓自身だ。間違ったことを告げたつもりもない。最悪の想定をせずにして、万が一それに出くわしてしまったら。殆どの場合その場でフリーズしてジ・エンドになってしまうのが関の山であるからだ。
 ならばどれほど恐ろしくても、悪い可能性は考えておくべきなのだ。例えそれがどれほど唾棄すべき、言葉にもしたくないほどおぞましい内容であったとしても、である。

――いつから、だろうな。

 まだステイは大浴場に行ったままだ。彼はあれでいて綺麗好きなので、風呂の時間が非常に長いのである。先に風呂から上がった楓は今、寮の部屋で一人ステイを待っている状態だった。
 窓の外を見て思うのは、自分のこれからのこと。そしてステイのことだ。多分、享は気づいているのだろう。楓がステイに対して、ただの友人を超えた感情を抱きつつあるということに。

――結局、眞鍋先生が言っていた事、言えなかったな。言えるわけないか。享はともかくステイは腹芸ができないし、マジギレするのが目に見えてるんだから。

 子供ができたらまずいから、女は使えない。
 そして神子候補として男子ばかりを集めているのは、それが“神様”の希望であるということ。さらには男色であったと有名であったという、この学校の創設者・宗像藤之助――。
 冗談のような、悪夢めいた話。神子がただの生贄ではなく、性的な目的で玩具にされる存在であるという可能性は――残念ながら、低いものではないのだろう。それも、女性相手ならば“子供ができかねない”ような行為を強要されるともなれば。清らかな身であるという名目で、童貞や処女を気にされるというのもわからない話ではなかった。集められた者達は皆孤児で、身寄りがない。多少無茶をしても、頼る相手はいない。しかも妙に小奇麗な容姿のものばかり揃っているともなれば、ほとんど確定して問題はないだろう。
 もうすぐそれが、楓自身の身にのしかかってくるというのが、笑えもしない現実なのだが。

――俺がこの学校に入れたってことは、多分男の“非処女”は関係ないってことか。

 思い出したくもないことを、あえて思い出そうとしている。いや、そこまで深く考えなくても、そう簡単に忘れられるようなことではないのだが。
 実際のところ、楓は幼い頃にはもう“処女”ではない。
 父親が、男の子であるにも関わらず母親そっくりの楓に欲情して、女装をさせたり性的な暴力を加えたりする変態男であったせいである。強引に体を暴かれたのは、まだ七歳くらいの頃であったはずだ。痛いなんてものではなかったし、一歩間違えれば一生体に残る傷を負うところだったと後で聞いている。病院送りになったにもかかわらず、局所以外に傷がなかった楓は父の口八丁手八丁で誤魔化されたのか虐待を疑われることがなく、再び自宅に戻されてしまった。――楓が父親に犯されたと知って、母親もおかしくなっていくわけだが。
 どうにもその頃、父と母はいわゆるセックスレスというものに陥っていたらしい。父は元より幼い少年少女に欲情するロリコン・ショタコンの気があった。やや童顔であった母と結婚したのはそれが理由であったのかもしれない。が、それでも大人の女は大人の女。どんどん年を取っていく母に萎えたらしい父は、ずっと他に耽溺できる存在を探していたというのだ。
 女の子みたいに可愛い、と父は言って、以降傷が残りにくいように楓を強姦した。
 女の子みたいで気持ち悪い、と母は言って、以降母親は楓を無視したり殴ったりを繰り返すようになった。
 皮肉にも母のやったことが派手すぎて再度楓は病院送りになり、今度こそ誤魔化しがきかなくて親から引き離され、孤児院に入れられることになったわけだが。父親が結局、あの後逮捕されたのかどうかは知らない。母親がどうなったのかもわからない。自分を引き取る時に孤児院と相当揉めたようなのだが、正直もう知りたいという気持ちも萎えていたので調べるということをしなかった。楓はとっくに自分が嫌いになっていたし、両親のこともどうこう思えるレベルを超えてしまっていたのだから。
 誰かに認められたり、褒められることもない人生だった。
 生きていることを許されているとわかるのが、父親に抱かれている時だけだったなんて皮肉にもほどがある。しかも父親ときたら、自分を抱きながら母親の名前を呼ぶのだから救えない。性欲は湧かなくて別の対象を身代わりにするのに、それでも妻を愛している、なんてそんな馬鹿なことが果たしてあるのだろうか。完全に、楓の理解の範疇の外である。

――生きていたいとも、死にたいとも思ってなかった。ただ、このまま生きていても良いことなんかあるのだろうか、意味はあるんだろうかと思ってた。……ステイと、享に出会うまでは。

 彼らも親に捨てられ、あるいは親を失った子供達であったはずだというのに。一人で隅で本を読み、あるいはぼーっとしていることしかできない楓のことを気にかけ、太陽の下へと引っ張り出してくれたのである。
 本を読む方が好きで、当時あまり体力のなかった楓にとっては少々おせっかいではあったのだが。それ以上に思ったことは、“こんな自分をきちんと視界に入れてくれる存在がいる”という事実そのものであったのだ。
 世の中には、自分が見えていない人間、どうでもいい人間、身代わりにしたい人間しかいないとばかり思っていた。
 真っ直ぐに目を見て名前を呼び、“楓と遊びたいんだよ”と伝えてくれる子供達の存在は。楓にとってあまりにも眩しくて、かけがえのないものに変わっていったのである。
 最初はただ、大切な友達としか思っていなかったはずだ。それが変わってしまったのは、一体いつの頃だっただろうか。

――そうだ。……孤児院で、中学生くらいの女の子達が……ひそひそと喋りながら何かを隠しているのを見てしまったからだ。

 孤児院の環境は、宗像誠心学園と比べれば随分自由なものだった。許可があれば好きな場所に出かけられるし、どうしても欲しいものがあれば共有を条件に、交渉次第で買って貰うこともできる。子供達には一定額ずつおこずかいが出ていたので、それを使って自分の好きな本や漫画を買う子も少なくなかった。――マンガの祭典に行って、ひっそり同人誌を買うような女の子がいることも。
 当然、学園に来る前のことであるので、その当時の楓は中学生相当である。同時に孤児院の子供達の年齢も、最大で十八歳まで。殆どが、十五歳以下の少年少女達ばかりだった。高校生相当になると、宗像誠心学園のような全寮制の学校に入る子も少なくなかったからである(中学までの勉強は、孤児院でも通信教育で行うことができたのだ)。
 その少女達も、十八歳未満。本来なら、成人向けの同人誌を買っていいような年齢ではなかったはず、なのだが。どこからどう入手したのか、彼女らはかなり過激なBL同人誌をこっそり入手し、回し読みしていたらしいのだ。しかもそれを、孤児院の部屋の隅にひっそりと隠すところを楓は見つけてしまったのである。
 何も知らずに、ただ不思議に思ってそれを引っ張り出して見てしまった楓が、ひっくり返ったのは言うまでもない。
 同時に。その時になってようやく――自分が父親にされていたことは“男性同士のセックス”であったことを理解させられたのである。

――慌ててそれを無理やり元の場所に戻して……その時は思い出して、吐いた。知識はいろいろ蓄えてたはずなのに、無意識に性的なことを知ることから逃げてた自分に気づいた。男女じゃないから、男同士だから、あれはセックスじゃないってどこかで信じていたかったんだろう。

 理解したせいで、トラウマを掘り返してしまった楓は。その時無理やり傷を忘れる手段として――ステイの存在を使ってしまったのである。
 あれがステイだったら、きっとここまで苦しまなかったのに。むしろ必要とされていると思って嬉しかったかもしれないのに、なんて。そう、友情から恋心に切り替わるスイッチは、その自覚は、とても褒められたものではないところから生まれてしまったのであった。
 自分よりずっと体ががっしりとしていて、逞しくて、それでいてあの男のように乱暴なんかじゃない。それはどこか、友人に対して父性を求める気持ちにも近かったのかもしれなかった。楓にとってその境界線を明確に決めることはあまりにも難しかったのである。なんせ、異性相手にも同性相手にも、まともな恋愛というものをしたことがなかったから尚更だ。もし自分があのような虐待を受けていなかったら、同性相手の恋心などを認めることはできなかったのかもしれないと思うくらいである。
 しかし。突き詰めれば突き詰めるほど、絡みつくように全身を縛り上げるのが恋愛感情というもので。
 気づけば逃れられないほど、ステイの方ばかり見ている自分に気づいてしまったのである。他の男性相手に、恋心なんて全く抱く気配もない。どちらかといえば、魅力的だと感じるのは異性の方が多いというのに――何故か、好きだと焦がれるほど強く思うのは同性のはずのステイだけなのである。同時に、いつか抱き合うような行為までしたいと考えてしまうのも。
 相手はきっと、そんな自分を知ったら気持ち悪いと思うだけだとわかっているのに。

――ステイの幸せは、ステイが決めるものだ。あいつがストレートなのはわかってるし、あいつを本当に幸せにできるのは俺みたいなセコくて汚い奴じゃない。だから、気持ちを伝えることなんか一生ない……なくていいと、そう思ってたってのにな。

 自分は、このままいけば神子として――得体のしれない怪物に犯されるかもしれない。
 どうせ、とっくに処女から程遠い体である。今更誰かに犯されても関係ないと頭では思っているのに。あの頃と比べれば、どうしても無視できない違いがあるのである。
 あの頃は、好きな相手などいなかった。でも今は――今はもう、違う。本当に愛を確かめ合いたい相手は、たった一人しかいないのである。その相手がいるのに、彼のことを忘れて気持ち悪い怪物の性のはけ口にされるかもしれないなんて、そんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。
 いや、どれほど馬鹿なことであっても、運命がそう決めたのであれば受け入れなければいけないのが自分だ。自分が神子になるせいで、少なくとも当面はステイと享の身を守ることができるのだから。
 そう、前向きに捉えるべきだとわかっている。わかっているのだけれど。

「ういー、遅くなったー。悪いな楓」

 寮のドアががちゃりと開いて、ステイが顔を出す。体は綺麗に洗うのに、髪の乾かし方は随分大雑把であったようだ。まだ湿り気のある髪をタオルでがしがしと拭きながら室内に入ってくる彼は、ねまき替わりの薄いTシャツとジャージ姿である。ぱつぱつに筋肉が張ったたくましい肩に、厚い胸板。そしてがっしりとした大きな体。彼に身を委ね、守られる女性はどれほど幸せなのだろうかと思う。
 そう、最後に彼の傍にいるのが、自分ではないとしてもだ。それでもすぐそこに待っている未来を耐えるために今だけは、どうかワガママを許して欲しいと切に思う楓である。彼自身も、そして彼の未来の妻にも、だ。まあ、ステイのことだから、一生結婚しないなんてこともあるのかもしれないが。

「ステイ」

 我が儘で、身勝手。気持ち悪いと突っぱねられる可能性も十分にある。
 それでも、楓は勇気を振り絞って――そっとカーテンを引きながら、口を開いたのである。

「頼みがあるんだ」
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