神殺しのステイ

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<20・決意の刃>

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 最初は、それが“声”であるとわからなかった。
 肉壁の中から低く響いてくるそれは、到底言葉の形を成していなかったのだから。

「神聖な儀式……?」

 何も気づいていない風を装って、楓は呟く。段々と漂ってくる血の臭いに、最悪の予想が当たっていたことを悟った。からん、と楓の足下に銀色に鈍く光る物体が落ちる。金色の柄に派手な装飾をされたそれは大振りなナイフだった。いや、大きさからして短剣と読んだ方がいいくらいのサイズか。戸惑うようにそれを拾い上げる楓に、後ろから眞鍋の声がかかる。

「神子は、交代のための神聖な儀式を行うのが習わしなの。……つまり、神様に認められなかった神子を、次の神子が清める儀式が」
「清める、って」
「その短剣を使って、命を貰い受けるということを」

 自分は、何も気づいていなかった風を装わなければいけない。ならばここで尋ねるべき言葉は一つだろう。

「殺す、ということですか?待ってください、神子は神様に認められたら卒業……認められなかったら校生施設に送られるという話ではなかったのですか」
「退学になります、ということは伝えてあったと思うけれど。校生施設に送られるというのは貴方達が流した噂でしょう?私達は誰もそんなこと言っていないわ」
「で、でも……!」

 ほどほどに食い下がらなければ不自然だ。短剣と眞鍋を交互に見て、全力で戸惑う仕草を見せる。
 半分は本心、半分は演技。楓とて、人を殺して神子の任務に就くなんてやりたいはずがないのである。予想していたところで、“何故こんな酷いことができるんだ”という気持ちはついてまわる。大体、いくら契約書にも書かれておらず、口頭でも説明されていないからといって。犯罪行為を強要されて、疑問を抱かない方がどうかしているのだ。

「……俺も、殺されるんですか。二ヶ月後に、次の神子に」

 泣きそうな声を作って言えば、眞鍋はいつもと同じように嗤いながら告げる。見慣れた笑顔が今は、のっぺりとした能面を被っているようにしか見えなかった。

「貴方が、神様に認められれば生きることができるわ。大丈夫、そうやってちゃんと卒業した生徒もいるのよ」

 嘘つけ、と見えないところで拳を握り締める。こんな行為をさせて、口封じもせずに社会に送り出すなどするはずもない。
 あくまでここで反抗され、面倒を起こされるのを防ぐための方便だ。彼らにとって一番押さえ込みにくくて面倒なのは、前の神子を殺す前、神様の“調教”を受ける前に逃げ出されることなのだろうから。

「今宵は、特別だ」

 ずるん、と触手が動くような濡れた音がした。ぼこり、と肉で覆われた壁が蠢き、そこから三つの人影が出現する。いつから、肉の壁に埋め込まれて閉じ込められていたのだろう。彼らは皆、憔悴しきり、虚ろな眼をこちらに向けていた。

「本来ならば、裏切り者の処分は新人教師に任せるところだが……今回は特別にそれも神子のお前に任せようぞ。神たる我のことを疑い、神聖なる神子を奪おうとした裏切り者を」
「うらぎり、もの?」
「そうだ。二年の、角松哲也。内田遼一郎。この二人も、お前の手で消すのだ。その聖なる短剣を使って」

 予想はしていたとはいえ、それでも絶句するほど酷い光景がそこにあった。
 三人とも既に衣服を一切まとっていない状態。全身を触手でぬるぬるに舐め上げられている。局所のあたりで触手が蠢くたび、角松と内田の二人は声とも言えぬような音を喉から漏らして体を仰け反らせていた。そして、そのたびに僅かに混じる呻き。当然だろう――両足を大きく開かされているはずなのに、あるべきところに彼らの足がない。まるで飴細工のように捻じ曲げられ、到底間接とは思えぬところでいくつも折り曲げられたそれが、ぶらぶらと皮一枚の状態でぶらさがっている状態なのだから。
 なんて惨いことを、と歯噛みするしかない。化け物はただ彼らに性的な拷問を加えるのみならず、足をぐしゃぐしゃに叩きおったまま嬲り続けたのだ。けして逃げることができないように。そして、激痛にえんえんと苦しみ続けるように。
 さらには村松英太。彼に至ってはもはや、生きているのが不思議なほどの状態だった。両手両足が、ない。折られているのではない、捻り切られて消失しているのだ。無残な四つの切断面からは折れた骨のようなものが覗いている――それを、よもや神様の力とやらで、直さないまま強引に生かしているというのか。本来ならとっくにショック死していてもおかしくはないというのに。
 なくなっているのは両手両足だけではない、その股間には、既にあるべきものさえなくなっている。性器も袋も、根元からちぎられてだらだらと紅い雫を垂らしているのだ。既に意識はないのか、あるいは発狂していうるのか。彼は泡を吹きながら、白目を向いて揺らされるがままになっている。

「これが、我の忠誠を捨てようとした者の末路というわけよ」

 鼻で嗤うように、悪魔が告げた。

「南方楓。貴様はどうだ、我に忠誠を誓う気はあるのか、ないのか?今この場で、それを証明してみせるがいい。さもなくば……」

 その先など、言われなくても分かることだった。ここで自分が逃げたり、“神様”を罵倒するようなことをすれば自分もすぐ四人目になるということである。そして、本当の意味で忠誠を誓いたいというのなら、やるべきことはただ一つだということだ。
 今までの神子はみんな、そうやって儀式を強要されてきたのだろう。自分と同じ犠牲者達を殺させられて。その罪に、死ぬほど絶望させられて。自分自身もまた、神様の玩具にされて苦しみぬいた後に同じように殺されるのだ。
 これが、この学校の真実。
 学園とは名ばかりの、地獄の本当の姿なのだ。

――わかっている。

 楓は短剣を握って一歩踏み出した。

――今日、此処に来た時点で、この光景が目の前に広がることは、十分に予想できたこと。そして……俺が、最後の始末をつけさせられることも。

 自分が神様の相手をしている間に、結界を壊せ。そう皆に頼んだ時点で、楓はもう一つ覚悟していた。
 それは、神様の機嫌を取るために、この悪夢を終わらせるために――犠牲を払う覚悟だ。
 ただ自分が神様に乱暴されることだけではない。先代神子と、そして村松英太を助けようとして捕まったであろう角松と内田を。自分達が救われるため、大きな貢献をしてくれた“同胞”を、この手で見捨てる覚悟をするということ。
 助けられるならば、当然助けたかった。だが、それができないとわかったなら――躊躇うことはできない。この学園に生きている、多くの仲間たちと、愛する二人の友を救うためには。

「み、な……か、た」

 わかっている。それなのに、理性と善意が楓の手を震わせたその時。
 微かにその声は、聞こえた。足の激痛と、絶え間なく続く性的、物理的な拷問。疲弊しているはずの角松は、その瞬間しっかりと楓を見て言ったのである。



「殺せ」



 それはきっと、ただ――己が苦痛から逃れたいためだけの言葉ではなかった。
 その一言が楓の、最後の迷いを断ち切った。楓は短剣を振り上げ力任せに一気に、角松の頚動脈を断ち切っていたのである。
 吹き上がる血飛沫。崩れ落ちる角松を見ることなく、楓は内田の方へ刃を向け、同じように切り裂く。磨き上げられた刃は恐ろしい切れ味で、内田の細い首をぱっくりと裂いていった。

――ありがとうございます、角松先輩。俺は……俺達は、前へ進みます。

 行け、生きろ。そう言われたと、わかったから。
 楓は歯を食いしばり、罪を犯すことを選んだのである。彼らの命は、自分が一生背負い続ける。永遠の罰と思って、受け止めるのだ。それが、生きることを許された者の義務であるのだから。

「ほう?」

 三人目の村松英太の頸まで、迷うことなく切りつけ死に至らしめた楓を見て。さすがの“神様”も予想外であったのか、感嘆の息を漏らした。

「意外だな。大抵の神子は躊躇って傷を浅くしてしまい、長く先代を苦しめる結果になるというのに。迷いなく一撃で仕留めた者はお前が初めてだ。何故だ?」

 ゆっくりと、楓は顔を上げる。その間に無理やり、憎悪の眼を顔を押さえ込んだ。いくら憎たらしくても、殺してやりたいと思っても。今の自分では、どうにもなるまい。こんな短剣一つで、悪魔を仕留めることなど叶わないだろう。なんせ屈強な角松と内田の二人がかりで倒せなかったであろう悪魔である。彼らよりずっと力もなく、手立てもない自分一人でどうにかなる敵ではない。むしろ普通に切りつけて殺せるような存在ではないのかもしれない。
 だから、今の自分にできることは、一つだ。

「だってこの者達は……神様を裏切った、のでしょう?この学園を守ってくださり、支えて下さり……俺達のような孤児を受け入れてくださった神様と先生方を失望させて。そのような者達に、生きている意味や価値があるのでしょうか?」

 さあ、謳え。
 南方楓一世一代の演技を、舞台を。

「俺は、この者達とは違います。両親にも否定され、虐げられ、生きる価値を見失っていた俺を受け止めてくださったこの学園に何より感謝している。そしてこの学園が無事に存続しているのが神様のおかげだったとしたら……忠誠を誓わない理由が、何処にあるでしょうか?」

 跪き、楓は神に頭を垂れて見せた。

「この身を、貴方様に捧げます。……俺はこれから、何をすれば良いのでしょう?」
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