31 / 40
<31・落下>
しおりを挟む
ずずずず、と腹の底から響くような音。まるで地下通路そのものが何かの生き物にでもなったようだ。地震が、内臓の蠕動のように感じて空一はぞっとする。冗談ではない――こんなところで通路が崩落するようなことになったら、全員生き埋めは免れられないではないか。出口は見えず、入口も遥か遠くにあるというのに!
「!」
不意に、足元の石畳が動いたような気がした。嫌な予感が、なんて暢気なことを言っている場合でもない。次の瞬間、ずるりと皮が向けるようにタイルが外れて、空一の足を徐に飲み込んでしまった。
「わ、ああああああああ!?」
体が浮いた、そう思った時にはもう全てが遅かった。穴だ。突然自分の足元に穴が空いたのだ。ぽっかりと真っ黒な空間。光の一切届かない、闇。
「空一っ!?」
優理が振り返るも、間に合わない。彼の位置は遠い。だが次の瞬間、別の人間が勢いよく空一の手を掴んでいた。
「く、クーイチさん!こっちへ!」
サミュエルだ。しかし問題は、彼は自分よりもさらに体が小さくて華奢ということである。そもそもの問題、基本的に人間は自分よりも体重が重いものを支えられるようにはできていないのだ。彼の足が滑るのを、空一は絶望的な目で見た。そして。
「ひっ」
「ひゃああああああああああっ!!」
必然と言えば必然。空一と、空一を助けようとしたサミュエルは揃って穴の中に滑り落ちてしまったのである。遠ざかっていく向こうで、優理が、ポーラが、光がぎょっとしたようにこちらを見下ろしているのがわかった。
「空一!サミュエル――!」
優理の絶叫は、どんどん遠ざかって行き――やがて闇の中に溶けるように、フェードアウトしてしまったのである。
***
束の間、夢を見ていた。
空一が小学校の時の夢を。――恐らくは、一生後悔し続けることになるであろう、夢を。
小学校四年生の時のことだ。たまたま名前の順で前後の席になったのがきっかけで仲良しになった友達がいた。柿沼照君。地味で大人しかった空一と比べて、陽気でイケメン、スポーツもなんでもできた人気者の少年である。彼は引っ込み思案でコミュ障気味だった空一にも積極的に声をかけてくれた。四年生のクラスが、それまでの三年間と比較しても非常に楽しいものになったのは彼のおかげである。彼と仲良くなることで彼の友人達にも近づくきっかけが出来、空一も声を上げて笑う回数が増えた。いつも教室の隅でこっそりノートにラクガキしたり、本を読んでいるような少年は、いつの間にか彼と一緒に人気者の一角を担うようになっていたのだ。
まあ、あくまで勢いのあるグループに入れて貰ったせいで、自分も同じ評価のおこぼれをもらっていただけなのは分かっているけれど。それでも空一にとって、彼と過ごした一年間は特別なものとなったのである。来年も同じクラスになれたらいいね、と笑いながら話すくらいには。
『俺、たくさん友達いっけどさー』
あれは、いつのことだったか。学校の帰りに、ぽつりと彼が言ったのだ。
そうだ、思い出した。彼に喜んでほしくて、ひそかに貯めたお小遣いで彼の誕生日にサッカーボールをプレゼントした日。照は本当に嬉しそうに笑って、自分にそう告げたのである。
『その。……空一のことは、特に親友だと思ってっから。今後ともヨロシクな。今日は、本当にありがとう!』
大人になっても続く友情はきっとある。その時の自分は、馬鹿みたいに信じていた。自分は彼を裏切らないし、彼もきっと裏切らないはずだと。そう。
計算違いだったのは。想像していた以上に、空一自身が弱かったことだ。
五年生になった時、仲良しグループで照と一緒のクラスになったのは自分だけだった。お前がいてくれて良かった、と照は笑ったし、空一も同じことを言った。二人で当然のようにツルんだし、コミュニケーション能力の鬼であり空気の読めるイケメンでもある彼はあっという間に新しいクラスにも馴染んで友達を増やした。――そのはずだったのに。
人の嫉妬心というのは、あまりにも恐ろしい。
首謀者は去年同じクラスであり、照と折り合いが悪かった少年の一人だった。自分より顔も良くて勉強もできてスポーツも出来て女の子にモテて先生受けもいい。そんな少年の存在は、いつも自分が中心でなければ気が済まないタイプの彼にとってまさに目の上のたんこぶも同然だったのである。
そして、同じように彼を忌々しいと思う少年たちは少なくなかった。そう、人気があるというのは同じだけ恨みや妬みを買うということ。子供だった空一と照はそれがまったくわかっていなかったのである。
壮絶ないじめが始まるのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
最初、照は自分がいじめられているのを必死で隠そうとしていた。トイレに呼び出されてボコられているのも、私物を盗まれて壊されているのも、ネットの裏掲示板であることないこと言い触らされていることも。悲しいかな、そういうことに疎かった空一は本気で気づかなかったのである。最近彼が一緒に帰って来れなくなった、何か事情でもあるのかなとそんな風に思っただけで。
だから。
『え……え……?』
いじめっこ達に囲まれて、トイレでずぶぬれになって、半裸で震えている照を見つけてしまった時。空一は状況が理解できず、完全にフリーズしてしまったのである。あの照が、今まで見たことのないような姿に。いつも笑っていた彼が、まるで人形のように瞳から光をなくしている。周囲の子供達は手に手にホースを持って水をぶっかけたり、携帯を持って面白おかしく撮影したり。――後から思うに、その状況は“まだ”、普段のいじめと比較してマシな方だったのだろう。酷い時は安全ピンと油性ペンで刺青のようなものを彫られるとか、あるいはさらに暴力的な、性的ないじめもあったらしいから。
『何だよ、誰かと思ったら岸本か』
振り返ったリーダーの少年の眼は、どろりと汚く濁っていた。大人でもそうそう見ないだろうというほど、悪意に満ちた笑み。
『お前も一緒に混ざるかあ?……そうだ、いいこと思いついた。お前が柿沼の代わりになるってんなら……こいつ、解放してやってもいいぜ?もう十分遊んだしな。俺らからするとさー、ストレス発散っていうの?それができればもう誰でもいいって気分なんだよなー』
『――っ!』
彼はべらべらと楽しそうに、自分たちが照にしてきたいじめの数々を話した。まるで武勇伝でも自慢するように。それらすべてを肩代わりする勇気を持てと、空一に脅しかけるように。
もし。あの時空一に、僅かばかりでも勇気があったなら。苛められていた照を助けて、身代わりになることもできただろうか。少なくとも自分と彼は、例え離れても親友のままでいられただろうか。
確かなことは、時間はけして戻らず、犯してしまった罪は消えないということ。
『う、あ……あああああああああああ!』
自分が同じ目に遭うかもしれない。怖い、怖い、怖い――そんな地獄は、見たくない。
空一はその場から逃げ出してしまった。後ろで、げらげらと笑う声に耳を塞いで。そして、報復を恐れて先生に伝えることさえできなかったのである。
ずっと続くかと思っていた関係を、断ち切ってしまったのは空一の方。裏切ったのも、傷つけたのも、全て。唯一の味方を失った照は、もう苛められていることを無理に隠す素振りはしなかくなり、同時に空一と口をきくこともなくなった。空一は親友と引き換えに、自分の安全を守ったのである。いじめを見て見ぬふりをして、関わらないことで標的になるのを防ぐという卑怯なやり方で。
――僕は弱い、弱い、弱い。……友達を見捨てた僕のことなんか、誰も助けてくれるはずない。だってみんな、自分が可愛いに決まってるんだから。
そう、だからこそ。
己がいじめの標的になることも厭わずに、圧倒的に強い相手に立ち向かった――優理の姿は。空一にとっては、世界が変わるほどに衝撃だったのである。
『やめなよっ!』
自分には、光の気持ちも少しだけわかるのだ。彼ほど酷い過去を持っているわけではないけれど、それでも“本物のヒーローなんかこの世にいるはずがない”“誰も自分を助けてくれないに決まっている”と思っていたのは紛れもない事実なのだから。
優理の存在は、あまりにも眩しかった。
ずっとなりたくて、けして自分がなれなかった理想の姿がそこにはあったのだから。
***
「う、ん……」
頬がひんやりと冷たい。意識が浮上するのを感じて、少しだけ空一は安堵していた。ああ、たった今の今まで見ていたのは夢だった――と。あの過去をもう一度追体験して、しかも選択を何も変えられないなんて悪夢以外の何物でもないのだ。それでも心臓の奥がずきりと痛んで、思わず呻き声になる。一生背負わなければいけない――照が五年生の終わりに転校してしまった時に、確かに自分はそう誓った筈だというのに。
――なんで、こんなところで寝てるんだ僕は。そんな場合じゃないのに……今度こそ、見て見ぬフリじゃなくて、自分の意思で、自分の足で、できることをするんだって決めたのに……。
段々と直前の記憶が戻ってくる。そうだ、自分はみんなと地下通路を進んでいたのに、突然地響きに襲われて。そしてそのまま床に穴があいて、真っ暗な闇の中に落ちてしまって――。
「――!サミュエルッ!!」
ぎょっとして上半身を起こした。見れば、幸いにもサミュエルはすぐ傍に倒れている。真っ暗な床に、彼の銀髪が広がっていた。慌てて四つんばいで駆け寄り、その肩を揺さぶる。自分がほぼ無傷ということは、彼にも落下の衝撃はなかったと予想されるが。
――ていうか、ここどこ?なんで僕とサミュエルしかいないの!?
天井も、床も、壁も、全て真っ黒なタイルだ。真っ暗闇なのではなく、全て真っ黒な色に塗られた広いタイル張りの部屋なのである。ドアは、真正面の壁に一つだけ。タイルの部屋には何本か、均等に黒くて太い柱が聳えている。それらがすべて視認できるのは、壁にぐるりと何個も白いランプが灯っているからに他ならない。
窓らしきものはどこにもなかった。ならば此処は地下のどこかなのだろうか。頬には僅かに涼しい風を感じるので、見えないところに通気口のようなものがあるのかもしれないが。
「うーん、計算通りにはいかないものね。一人ずつ落として、始末しようかなって思ってたのに」
聞き覚えのある声がした。ぎょっとしてドアの方を見る。やや籠っているが、間違いない。あの鮫島るりはの声だ。
「ん、ん……?」
「あ、サミュエル!」
流石に異変を感じてか、サミュエルが頭を振りながら顔を起こす。ここは?と戸惑ったように空一を見る少年。
「僕にもわかんないよ!穴に落ちて、気づいたら僕達二人だけでこんな部屋にいたんだ!」
「え」
詳しい説明をしている余裕はなかった。こつ、こつ、こつ――階段を降りるような足音が近づいてくるからだ。
「おはよう、お二人さん、いい夢は見られたかしら」
ぎいい、と真っ黒なドアが軋むように開いていく。その向こうから姿を現したのは、ウェーブした明るい栗色の髪を靡かせた、制服姿の少女。
相変わらず、眼がさめるほど美しい。今はその美貌に見惚れている場合でもないけれど。
「挨拶も早々で申し訳ないんだけどね。あんた達は、私にとって邪魔なの」
彼女の手には、金色の三俣の矛のようなものが握られている。お伽噺で見たことのあるような代物だ。確か人魚姫か何かのアニメでは、海の王様があんなかんじの槍を握っていたのではなかっただろうか。
少女がその手で握るにしては、あまりにも重そうな代物。それを軽々と片手で振り回して、鮫島るりははあっさりと告げるのである。
「だから。……死んでくれない?私の、願いのために」
それこそ。社交界で御機嫌よう、と挨拶でもするような艶やかな笑みで。
「!」
不意に、足元の石畳が動いたような気がした。嫌な予感が、なんて暢気なことを言っている場合でもない。次の瞬間、ずるりと皮が向けるようにタイルが外れて、空一の足を徐に飲み込んでしまった。
「わ、ああああああああ!?」
体が浮いた、そう思った時にはもう全てが遅かった。穴だ。突然自分の足元に穴が空いたのだ。ぽっかりと真っ黒な空間。光の一切届かない、闇。
「空一っ!?」
優理が振り返るも、間に合わない。彼の位置は遠い。だが次の瞬間、別の人間が勢いよく空一の手を掴んでいた。
「く、クーイチさん!こっちへ!」
サミュエルだ。しかし問題は、彼は自分よりもさらに体が小さくて華奢ということである。そもそもの問題、基本的に人間は自分よりも体重が重いものを支えられるようにはできていないのだ。彼の足が滑るのを、空一は絶望的な目で見た。そして。
「ひっ」
「ひゃああああああああああっ!!」
必然と言えば必然。空一と、空一を助けようとしたサミュエルは揃って穴の中に滑り落ちてしまったのである。遠ざかっていく向こうで、優理が、ポーラが、光がぎょっとしたようにこちらを見下ろしているのがわかった。
「空一!サミュエル――!」
優理の絶叫は、どんどん遠ざかって行き――やがて闇の中に溶けるように、フェードアウトしてしまったのである。
***
束の間、夢を見ていた。
空一が小学校の時の夢を。――恐らくは、一生後悔し続けることになるであろう、夢を。
小学校四年生の時のことだ。たまたま名前の順で前後の席になったのがきっかけで仲良しになった友達がいた。柿沼照君。地味で大人しかった空一と比べて、陽気でイケメン、スポーツもなんでもできた人気者の少年である。彼は引っ込み思案でコミュ障気味だった空一にも積極的に声をかけてくれた。四年生のクラスが、それまでの三年間と比較しても非常に楽しいものになったのは彼のおかげである。彼と仲良くなることで彼の友人達にも近づくきっかけが出来、空一も声を上げて笑う回数が増えた。いつも教室の隅でこっそりノートにラクガキしたり、本を読んでいるような少年は、いつの間にか彼と一緒に人気者の一角を担うようになっていたのだ。
まあ、あくまで勢いのあるグループに入れて貰ったせいで、自分も同じ評価のおこぼれをもらっていただけなのは分かっているけれど。それでも空一にとって、彼と過ごした一年間は特別なものとなったのである。来年も同じクラスになれたらいいね、と笑いながら話すくらいには。
『俺、たくさん友達いっけどさー』
あれは、いつのことだったか。学校の帰りに、ぽつりと彼が言ったのだ。
そうだ、思い出した。彼に喜んでほしくて、ひそかに貯めたお小遣いで彼の誕生日にサッカーボールをプレゼントした日。照は本当に嬉しそうに笑って、自分にそう告げたのである。
『その。……空一のことは、特に親友だと思ってっから。今後ともヨロシクな。今日は、本当にありがとう!』
大人になっても続く友情はきっとある。その時の自分は、馬鹿みたいに信じていた。自分は彼を裏切らないし、彼もきっと裏切らないはずだと。そう。
計算違いだったのは。想像していた以上に、空一自身が弱かったことだ。
五年生になった時、仲良しグループで照と一緒のクラスになったのは自分だけだった。お前がいてくれて良かった、と照は笑ったし、空一も同じことを言った。二人で当然のようにツルんだし、コミュニケーション能力の鬼であり空気の読めるイケメンでもある彼はあっという間に新しいクラスにも馴染んで友達を増やした。――そのはずだったのに。
人の嫉妬心というのは、あまりにも恐ろしい。
首謀者は去年同じクラスであり、照と折り合いが悪かった少年の一人だった。自分より顔も良くて勉強もできてスポーツも出来て女の子にモテて先生受けもいい。そんな少年の存在は、いつも自分が中心でなければ気が済まないタイプの彼にとってまさに目の上のたんこぶも同然だったのである。
そして、同じように彼を忌々しいと思う少年たちは少なくなかった。そう、人気があるというのは同じだけ恨みや妬みを買うということ。子供だった空一と照はそれがまったくわかっていなかったのである。
壮絶ないじめが始まるのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
最初、照は自分がいじめられているのを必死で隠そうとしていた。トイレに呼び出されてボコられているのも、私物を盗まれて壊されているのも、ネットの裏掲示板であることないこと言い触らされていることも。悲しいかな、そういうことに疎かった空一は本気で気づかなかったのである。最近彼が一緒に帰って来れなくなった、何か事情でもあるのかなとそんな風に思っただけで。
だから。
『え……え……?』
いじめっこ達に囲まれて、トイレでずぶぬれになって、半裸で震えている照を見つけてしまった時。空一は状況が理解できず、完全にフリーズしてしまったのである。あの照が、今まで見たことのないような姿に。いつも笑っていた彼が、まるで人形のように瞳から光をなくしている。周囲の子供達は手に手にホースを持って水をぶっかけたり、携帯を持って面白おかしく撮影したり。――後から思うに、その状況は“まだ”、普段のいじめと比較してマシな方だったのだろう。酷い時は安全ピンと油性ペンで刺青のようなものを彫られるとか、あるいはさらに暴力的な、性的ないじめもあったらしいから。
『何だよ、誰かと思ったら岸本か』
振り返ったリーダーの少年の眼は、どろりと汚く濁っていた。大人でもそうそう見ないだろうというほど、悪意に満ちた笑み。
『お前も一緒に混ざるかあ?……そうだ、いいこと思いついた。お前が柿沼の代わりになるってんなら……こいつ、解放してやってもいいぜ?もう十分遊んだしな。俺らからするとさー、ストレス発散っていうの?それができればもう誰でもいいって気分なんだよなー』
『――っ!』
彼はべらべらと楽しそうに、自分たちが照にしてきたいじめの数々を話した。まるで武勇伝でも自慢するように。それらすべてを肩代わりする勇気を持てと、空一に脅しかけるように。
もし。あの時空一に、僅かばかりでも勇気があったなら。苛められていた照を助けて、身代わりになることもできただろうか。少なくとも自分と彼は、例え離れても親友のままでいられただろうか。
確かなことは、時間はけして戻らず、犯してしまった罪は消えないということ。
『う、あ……あああああああああああ!』
自分が同じ目に遭うかもしれない。怖い、怖い、怖い――そんな地獄は、見たくない。
空一はその場から逃げ出してしまった。後ろで、げらげらと笑う声に耳を塞いで。そして、報復を恐れて先生に伝えることさえできなかったのである。
ずっと続くかと思っていた関係を、断ち切ってしまったのは空一の方。裏切ったのも、傷つけたのも、全て。唯一の味方を失った照は、もう苛められていることを無理に隠す素振りはしなかくなり、同時に空一と口をきくこともなくなった。空一は親友と引き換えに、自分の安全を守ったのである。いじめを見て見ぬふりをして、関わらないことで標的になるのを防ぐという卑怯なやり方で。
――僕は弱い、弱い、弱い。……友達を見捨てた僕のことなんか、誰も助けてくれるはずない。だってみんな、自分が可愛いに決まってるんだから。
そう、だからこそ。
己がいじめの標的になることも厭わずに、圧倒的に強い相手に立ち向かった――優理の姿は。空一にとっては、世界が変わるほどに衝撃だったのである。
『やめなよっ!』
自分には、光の気持ちも少しだけわかるのだ。彼ほど酷い過去を持っているわけではないけれど、それでも“本物のヒーローなんかこの世にいるはずがない”“誰も自分を助けてくれないに決まっている”と思っていたのは紛れもない事実なのだから。
優理の存在は、あまりにも眩しかった。
ずっとなりたくて、けして自分がなれなかった理想の姿がそこにはあったのだから。
***
「う、ん……」
頬がひんやりと冷たい。意識が浮上するのを感じて、少しだけ空一は安堵していた。ああ、たった今の今まで見ていたのは夢だった――と。あの過去をもう一度追体験して、しかも選択を何も変えられないなんて悪夢以外の何物でもないのだ。それでも心臓の奥がずきりと痛んで、思わず呻き声になる。一生背負わなければいけない――照が五年生の終わりに転校してしまった時に、確かに自分はそう誓った筈だというのに。
――なんで、こんなところで寝てるんだ僕は。そんな場合じゃないのに……今度こそ、見て見ぬフリじゃなくて、自分の意思で、自分の足で、できることをするんだって決めたのに……。
段々と直前の記憶が戻ってくる。そうだ、自分はみんなと地下通路を進んでいたのに、突然地響きに襲われて。そしてそのまま床に穴があいて、真っ暗な闇の中に落ちてしまって――。
「――!サミュエルッ!!」
ぎょっとして上半身を起こした。見れば、幸いにもサミュエルはすぐ傍に倒れている。真っ暗な床に、彼の銀髪が広がっていた。慌てて四つんばいで駆け寄り、その肩を揺さぶる。自分がほぼ無傷ということは、彼にも落下の衝撃はなかったと予想されるが。
――ていうか、ここどこ?なんで僕とサミュエルしかいないの!?
天井も、床も、壁も、全て真っ黒なタイルだ。真っ暗闇なのではなく、全て真っ黒な色に塗られた広いタイル張りの部屋なのである。ドアは、真正面の壁に一つだけ。タイルの部屋には何本か、均等に黒くて太い柱が聳えている。それらがすべて視認できるのは、壁にぐるりと何個も白いランプが灯っているからに他ならない。
窓らしきものはどこにもなかった。ならば此処は地下のどこかなのだろうか。頬には僅かに涼しい風を感じるので、見えないところに通気口のようなものがあるのかもしれないが。
「うーん、計算通りにはいかないものね。一人ずつ落として、始末しようかなって思ってたのに」
聞き覚えのある声がした。ぎょっとしてドアの方を見る。やや籠っているが、間違いない。あの鮫島るりはの声だ。
「ん、ん……?」
「あ、サミュエル!」
流石に異変を感じてか、サミュエルが頭を振りながら顔を起こす。ここは?と戸惑ったように空一を見る少年。
「僕にもわかんないよ!穴に落ちて、気づいたら僕達二人だけでこんな部屋にいたんだ!」
「え」
詳しい説明をしている余裕はなかった。こつ、こつ、こつ――階段を降りるような足音が近づいてくるからだ。
「おはよう、お二人さん、いい夢は見られたかしら」
ぎいい、と真っ黒なドアが軋むように開いていく。その向こうから姿を現したのは、ウェーブした明るい栗色の髪を靡かせた、制服姿の少女。
相変わらず、眼がさめるほど美しい。今はその美貌に見惚れている場合でもないけれど。
「挨拶も早々で申し訳ないんだけどね。あんた達は、私にとって邪魔なの」
彼女の手には、金色の三俣の矛のようなものが握られている。お伽噺で見たことのあるような代物だ。確か人魚姫か何かのアニメでは、海の王様があんなかんじの槍を握っていたのではなかっただろうか。
少女がその手で握るにしては、あまりにも重そうな代物。それを軽々と片手で振り回して、鮫島るりははあっさりと告げるのである。
「だから。……死んでくれない?私の、願いのために」
それこそ。社交界で御機嫌よう、と挨拶でもするような艶やかな笑みで。
0
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる