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<5・ユウカイ。Ⅳ>
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「あーあ」
そこまで手紙を読んだところで、梨乃亜はため息をついた。
「馬鹿じゃないの、この男。澪相手に、そんなことしてタダで済むわけないのに。ねえようちゃん?」
「ばふん?」
分かっているのかいないのか。膝に顎を乗せて“撫でて”ポーズをしてくるようちゃん。その頭をすりすりしながら、梨乃亜は再び文面に目を落とす。
自分がいつも見かける“黒須澪”は成人男性に近いような見た目をしている。正確には両性具有なのだが、本人の趣向からなのか中性的な男性寄りに見える姿なのは確かだ。声も女性として見るならやや低いから尚更である。
それなのに、この手紙の中に出てくる“澪”が幼女であることについて、梨乃亜はまったく疑問を抱かない。何故なら、“そんなこと”は黒須澪という存在を語るにあたり些細なものであるとよく知っているからだ。
彼は彼であり、彼女であり、誰かであって誰でもない存在。
姿が一つではないのはもはや自分達の世界では常識である。今回の大阪における由羅との二人旅で、何故黒須澪が子供の姿になったのか。この手紙で語られている挙動からしても理由は明らかだろう。この話の主人公である、宇治沢耕平が所属する組織について調べるためだ。
――ろくでもない結果が待っているのは、明らかね。
さてさて、“幼い子供”をレイプして死に至らしめてしまったこの男。果たしてどのようなおぞましい結末を迎えてくれるのだろうか。段々と、読んでいる自分も楽しくなりつつあるのは確かだ。
***
此処は何処だ、と耕平は思った。
アパートの一室、であるのは間違いない。見慣れた風景だ。問題は、さっきまで明るかった窓の外が、墨で塗りつぶされたような闇に染まっているということである。居間のテーブルに突っ伏して、現実逃避もかねて少し寝ようと思ったところまでは覚えている。まさか、そのまま夜まで眠ってしまったのだろうか。
――や、やべえ!
明日になったら、幹部連中が家に来てしまう。そうでなくても、妹分が帰ってこないことを心配してあの由羅とかいう少女が探しに来る可能性は十分にあるし、場合によってはその時点で警察に通報されてしまうことだろう。それこそ、死体が見つかったら一発でアウトだ。まだむし暑いこの時期、遺体が腐る速度も尋常でなく早いだろう。異臭がし始めて来る前に、急いで片づけなければいけないというのに!
――くそ、くそくそくそくそ!何でだよ、俺は、俺は悪くないだろうが!あのクソガキが人を誘惑するからいけないってのに!
そうだ、自分は悪くない。本当にその気がないならば、いくら危機感の薄い子供とはいえ赤の他人の成人男性の家に上がり込むようなことをするだろうか。風呂を借りて、惜しげもなく裸を晒すようなことをするだろうか。答えは否だ。耕平の頭の中では、都合よく論理が組み上がりつつあった。痛がっていたのも演技に違いない。あの年で、あの娘はとんだ淫乱だったはずだと。きっと痛がりつつも突っ込まれて喜んでいたに決まっている。自分は彼女が望むようにしてやっただけ。結果として死んだのだって、自分に非があったわけではないのだ、と。
そう思った途端、ずくり、と再び股間に熱がこもった。人生で初めての、めくるめく快感。まるで搾り取られるようだった。獣のように吠えて、馬鹿みたいに腰を振った。――ああ、生きていてくれさえすれば、これからも何度だって楽しめたのに。
そうだ、それこそ生贄に差し出すのはあのガキでなくてもいい。面倒はかかるが、澪は家に性奴隷として飼ったまま、別のガキを連れてきて生贄に差し出すのでも良かったはずだ。どうせ処女を奪ってしまったなら、“無垢な魂”と呼べる存在ではなくなっているのだから。本当の本当に、惜しいことをしてしまった。せめてもう少し手加減できれば、レイプしても殺さないで済んだのかもしれないのに――いや、死ぬまでヤリ抜いてしまったのは完全にあの娘の体が良すぎたせいで――。
――くそ、おっ起ててる場合じゃねえってのに。なんとか、あの死体を処分する方法を考えねえと。今夜中に、絶対……!
ああ、でも。
腐る前なら、もう一回くらいやっても――。
『ふふっ』
「!?」
笑い声が、聞こえた気がした。あどけない少女の声。ぎょっとして耕平は振り向く。背後には、何もいない。だが、今の声はまさに自分が知っている澪のそれだった。幻聴でも聴いたのだろうか。それとも、本当はまだ死んでいなかったとでもいうのか。
――な、なんだってんだ、一体!
焦っているから、そんなものが聞こえるのだ。空耳に決まっている――耕平が自分に言い聞かせようとした、その時だ。
ギイ。
今度こそ、聴き間違いではなかった。はっとして見つめた先には、トイレと風呂に繋がるドアがある。鍵はかけていないが(そもそも外側から鍵がかからない仕様だ)、それでもしっかり扉は閉めてきたはずだった。
何故、僅かに開いているのだろう。
否。
こうして見ている間に、少しずつ、開いていくのは何故だろう。
「あ、ああ……」
ぎい、ぎい、ぎいい。
年季が入ったドアが、少しずつ内側に向けて開いていく。風などない。自分の他に住人もいない。いるとしたらそれは、風呂場に放置されたままになっているあの少女以外にはあり得ない。
――死んでたはずだ。
開く。ああ、開いてしまう。
――生きてるはずない、あんな血だらけだったんだ、心臓も呼吸も止まってたんだ。あれで、あれで生きてる、はず、が。
逃げなければ、そう考えにさえすぐには至らなかった。薄暗い廊下に、電気がつけっぱなしの風呂場の光がゆっくりと射しこんで行く。そして。
「ひいっ!」
血まみれの手が、ドアを掴んで――。
***
「うわあああああああああああああああ!」
その刹那、耕平は絶叫とともに飛び起きていた。勢い余って後ろにひっくり返り、ぜえぜえと荒い息を繰り返す。
「へ……え、ええ?」
心臓が、煩いくらい鳴っている。窓の外は、やや曇っているもののまだ明るい。電気がついていない部屋は薄暗いが、夜になっているなんてことはない。
はっとして風呂場のドアの方を見る。廊下に隣接したそこは、電気がつけっぱなしであるせいか下から薄くオレンジ色の光を照らしているものの、ぴっちりとしまったまま沈黙している。何の変化も、ない。
「ゆ、夢かよ……お、驚かせやがって」
テーブルに突っ伏してうっかり眠った結果、悪夢を見ていたということらしい。そりゃそうだ、彼女が突然生き返って、風呂場から這い出してくるなんてそんなことあるわけがない。あの大量出血で、心臓も止まっていて生きているとは到底思えなかった。仮に生きていたとしても瀕死だ。あんな風にホラーチックな有様で、外に出てくることなどできるはずがないではないか。
――……一発楽しんでからとか、ちらっと思ってたけど。そんな場合じゃねえ。やっぱり、死体はバラバラにして、さっさとどこかに捨てに行った方がいい……!
きっとあの夢は警鐘というやつだろう。生き返って来ることはなくても、遺体が見つかって人生が終わるというのは十分考えられることだ。耕平は意を決して立ち会上がると、風呂場の方へと向かった。あんなもの現実であるはずがない。それがわかっていても、ドアノブを握る手は汗でずるりと滑る。
「し、死んでろよ、てめえ……」
誰に対して言っているのやら。ぶつぶつと呟きながらドアを開き、そのままの勢いで一気に風呂場のカーテンをも開けた。そして。
「……え?」
そのまま、固まることになるのである。
澪は確かに、浴槽でその白い遺体を横たわらせたままだった。股間から溢れだした血もさすがに止まったのか、体の下に血の海を広げたまま特に大きな変化もない。その瞼は硬く閉じられ、腐臭を放っている様子もないが、前に見た時から動いたような気配もなかった。
ただし。
妙なのはその、大きく膨れ上がった腹部だ。幼い少女の腹が、まるで妊婦のように膨らんでいるのである。
「な、なんだ、こりゃ……」
死体が膨れることはある、というのは聴いたことがある。ただ、澪は溺死したわけでもなければ、水に浸かったまま放置されたわけではない(シャワーの水滴で若干濡れていた程度だ)。大体、膨れるというのなら腹だけ臨月の妊婦のようになるのは明らかにおかしいだろう。
そうだ、まるで、何かを孕んでいるかのようなのだ。
彼女は間違いなく処女だったはずで。直後に命を落とした少女が妊娠などするはずもなく(大体、生理が来ているかも怪しい年齢だ)、大体彼女を犯してから数時間でこのような事態になるなどまずあり得ないというのに。
――な、なんだかわかんねえけど、やべえ気がする。
早く、切り刻んでしまった方がいい。子供の体だ、包丁でも掻っ捌くことはできるだろうか。やや混乱した頭でそう考えた、その時だった。
びくん!と。まるで耕平の視線に反応したように――少女の体が、跳ね上がった。
「ひいいっ!?」
今度こそ、腰が抜けた。そんな馬鹿な、あるはずがない。心の中で否定を繰り返す耕平の目の前で、異変は明確に進行する。
ごぼり、と少女の性器から、真っ赤な血の塊が溢れた。ぼこぼこと彼女の胎が脈打つように動きその下腹部がますます大きく膨れ上がる。
ずるり、と滑るような音が聞こえた。黒くて丸い、ボールのようなものが、毛も生えていない割れ目を押し広げて出て来ようとしている。びちゃびちゃと血の雫を溢れさせながら、澪は何かを産み落とそうとしていた。本人の眼は閉じられたまま、息一つしていないというのに。
――なんだよ、あれ。
黒い丸いものが、徐々に姿を現す。それは誰がどう見ても、赤子の頭だった。ただし、あんな華奢な少女の胎に収まっていたとは思えないほど大きい上、色がおかしい。何故、赤子の肌が真っ黒なのだろう。黒人だとか、そんなレベルではない。本当に、墨を塗りたくったように黒いのだ。その赤ん坊が、母親の力も借りず産まれて来ようとしているのである。
人間であるはずがなかった。
受精して数時間で、あんなに育って死体から生まれてくる赤ん坊が、一体どうして人間のそれだと思えるのだろう。
「ひ、ひいっ」
逃げなければ。あれに捕まったら、恐らく自分の命はない。そう直感するのに、体はまったく言うことを聴いてはくれなかった。じわじわと漏らしたもので股間が湿っていく。ひょっとしたら大きい方も漏らしているかもしれない。そんなことさえ構っていられなかった。
赤ん坊の体はもう、足の近くまで出てきている。あれが全部出てくる前に、なんとかここから脱出しなければ。そうしなければ、きっと自分は。
ピンポーン。
場違いな音が、聞こえた。玄関のチャイムだ。もうこうなったら、あの教団の幹部でもなんでもいい。自分を助けてくれと、そう叫びかけた耕平は。
ドアの向こうから聞こえてきた声に、凍り付くことになるのである。
「澪さーん、そろそろ帰りますよ。出てきてください、澪さーん」
あの少女、由羅の声だった。何で自分の家がわかったのだろう。何故このタイミングで、家まで来たのだろう。
助けに来たとは、到底思えなかった。がちゃがちゃ、と回されるドアノブがさらに恐怖を助長する。化け物を産む娘と一緒にいた少女が、普通の人間だなんてことが本当にあり得るのだろうか。
否、否。彼女も、恐らくは。
「澪さーん、ここ開けて下さい。遅くなる前に帰るって、そう言ったでしょう?澪さーん」
逃げ場はない。
玄関の向こうに、由羅。風呂場には。
「ハァイ」
返事をする声は、驚くほど近いところから聞こえた。
恐る恐る視線を浴槽の方に戻した耕平は、座り込む自分の足先に這いずる存在を目にすることになる。
臍の尾が繋がったままの、真っ黒な赤ん坊を。
「今、行きますねえ」
赤ん坊は。金色の眼を見開いて、にやりと笑ったのだった。
そこまで手紙を読んだところで、梨乃亜はため息をついた。
「馬鹿じゃないの、この男。澪相手に、そんなことしてタダで済むわけないのに。ねえようちゃん?」
「ばふん?」
分かっているのかいないのか。膝に顎を乗せて“撫でて”ポーズをしてくるようちゃん。その頭をすりすりしながら、梨乃亜は再び文面に目を落とす。
自分がいつも見かける“黒須澪”は成人男性に近いような見た目をしている。正確には両性具有なのだが、本人の趣向からなのか中性的な男性寄りに見える姿なのは確かだ。声も女性として見るならやや低いから尚更である。
それなのに、この手紙の中に出てくる“澪”が幼女であることについて、梨乃亜はまったく疑問を抱かない。何故なら、“そんなこと”は黒須澪という存在を語るにあたり些細なものであるとよく知っているからだ。
彼は彼であり、彼女であり、誰かであって誰でもない存在。
姿が一つではないのはもはや自分達の世界では常識である。今回の大阪における由羅との二人旅で、何故黒須澪が子供の姿になったのか。この手紙で語られている挙動からしても理由は明らかだろう。この話の主人公である、宇治沢耕平が所属する組織について調べるためだ。
――ろくでもない結果が待っているのは、明らかね。
さてさて、“幼い子供”をレイプして死に至らしめてしまったこの男。果たしてどのようなおぞましい結末を迎えてくれるのだろうか。段々と、読んでいる自分も楽しくなりつつあるのは確かだ。
***
此処は何処だ、と耕平は思った。
アパートの一室、であるのは間違いない。見慣れた風景だ。問題は、さっきまで明るかった窓の外が、墨で塗りつぶされたような闇に染まっているということである。居間のテーブルに突っ伏して、現実逃避もかねて少し寝ようと思ったところまでは覚えている。まさか、そのまま夜まで眠ってしまったのだろうか。
――や、やべえ!
明日になったら、幹部連中が家に来てしまう。そうでなくても、妹分が帰ってこないことを心配してあの由羅とかいう少女が探しに来る可能性は十分にあるし、場合によってはその時点で警察に通報されてしまうことだろう。それこそ、死体が見つかったら一発でアウトだ。まだむし暑いこの時期、遺体が腐る速度も尋常でなく早いだろう。異臭がし始めて来る前に、急いで片づけなければいけないというのに!
――くそ、くそくそくそくそ!何でだよ、俺は、俺は悪くないだろうが!あのクソガキが人を誘惑するからいけないってのに!
そうだ、自分は悪くない。本当にその気がないならば、いくら危機感の薄い子供とはいえ赤の他人の成人男性の家に上がり込むようなことをするだろうか。風呂を借りて、惜しげもなく裸を晒すようなことをするだろうか。答えは否だ。耕平の頭の中では、都合よく論理が組み上がりつつあった。痛がっていたのも演技に違いない。あの年で、あの娘はとんだ淫乱だったはずだと。きっと痛がりつつも突っ込まれて喜んでいたに決まっている。自分は彼女が望むようにしてやっただけ。結果として死んだのだって、自分に非があったわけではないのだ、と。
そう思った途端、ずくり、と再び股間に熱がこもった。人生で初めての、めくるめく快感。まるで搾り取られるようだった。獣のように吠えて、馬鹿みたいに腰を振った。――ああ、生きていてくれさえすれば、これからも何度だって楽しめたのに。
そうだ、それこそ生贄に差し出すのはあのガキでなくてもいい。面倒はかかるが、澪は家に性奴隷として飼ったまま、別のガキを連れてきて生贄に差し出すのでも良かったはずだ。どうせ処女を奪ってしまったなら、“無垢な魂”と呼べる存在ではなくなっているのだから。本当の本当に、惜しいことをしてしまった。せめてもう少し手加減できれば、レイプしても殺さないで済んだのかもしれないのに――いや、死ぬまでヤリ抜いてしまったのは完全にあの娘の体が良すぎたせいで――。
――くそ、おっ起ててる場合じゃねえってのに。なんとか、あの死体を処分する方法を考えねえと。今夜中に、絶対……!
ああ、でも。
腐る前なら、もう一回くらいやっても――。
『ふふっ』
「!?」
笑い声が、聞こえた気がした。あどけない少女の声。ぎょっとして耕平は振り向く。背後には、何もいない。だが、今の声はまさに自分が知っている澪のそれだった。幻聴でも聴いたのだろうか。それとも、本当はまだ死んでいなかったとでもいうのか。
――な、なんだってんだ、一体!
焦っているから、そんなものが聞こえるのだ。空耳に決まっている――耕平が自分に言い聞かせようとした、その時だ。
ギイ。
今度こそ、聴き間違いではなかった。はっとして見つめた先には、トイレと風呂に繋がるドアがある。鍵はかけていないが(そもそも外側から鍵がかからない仕様だ)、それでもしっかり扉は閉めてきたはずだった。
何故、僅かに開いているのだろう。
否。
こうして見ている間に、少しずつ、開いていくのは何故だろう。
「あ、ああ……」
ぎい、ぎい、ぎいい。
年季が入ったドアが、少しずつ内側に向けて開いていく。風などない。自分の他に住人もいない。いるとしたらそれは、風呂場に放置されたままになっているあの少女以外にはあり得ない。
――死んでたはずだ。
開く。ああ、開いてしまう。
――生きてるはずない、あんな血だらけだったんだ、心臓も呼吸も止まってたんだ。あれで、あれで生きてる、はず、が。
逃げなければ、そう考えにさえすぐには至らなかった。薄暗い廊下に、電気がつけっぱなしの風呂場の光がゆっくりと射しこんで行く。そして。
「ひいっ!」
血まみれの手が、ドアを掴んで――。
***
「うわあああああああああああああああ!」
その刹那、耕平は絶叫とともに飛び起きていた。勢い余って後ろにひっくり返り、ぜえぜえと荒い息を繰り返す。
「へ……え、ええ?」
心臓が、煩いくらい鳴っている。窓の外は、やや曇っているもののまだ明るい。電気がついていない部屋は薄暗いが、夜になっているなんてことはない。
はっとして風呂場のドアの方を見る。廊下に隣接したそこは、電気がつけっぱなしであるせいか下から薄くオレンジ色の光を照らしているものの、ぴっちりとしまったまま沈黙している。何の変化も、ない。
「ゆ、夢かよ……お、驚かせやがって」
テーブルに突っ伏してうっかり眠った結果、悪夢を見ていたということらしい。そりゃそうだ、彼女が突然生き返って、風呂場から這い出してくるなんてそんなことあるわけがない。あの大量出血で、心臓も止まっていて生きているとは到底思えなかった。仮に生きていたとしても瀕死だ。あんな風にホラーチックな有様で、外に出てくることなどできるはずがないではないか。
――……一発楽しんでからとか、ちらっと思ってたけど。そんな場合じゃねえ。やっぱり、死体はバラバラにして、さっさとどこかに捨てに行った方がいい……!
きっとあの夢は警鐘というやつだろう。生き返って来ることはなくても、遺体が見つかって人生が終わるというのは十分考えられることだ。耕平は意を決して立ち会上がると、風呂場の方へと向かった。あんなもの現実であるはずがない。それがわかっていても、ドアノブを握る手は汗でずるりと滑る。
「し、死んでろよ、てめえ……」
誰に対して言っているのやら。ぶつぶつと呟きながらドアを開き、そのままの勢いで一気に風呂場のカーテンをも開けた。そして。
「……え?」
そのまま、固まることになるのである。
澪は確かに、浴槽でその白い遺体を横たわらせたままだった。股間から溢れだした血もさすがに止まったのか、体の下に血の海を広げたまま特に大きな変化もない。その瞼は硬く閉じられ、腐臭を放っている様子もないが、前に見た時から動いたような気配もなかった。
ただし。
妙なのはその、大きく膨れ上がった腹部だ。幼い少女の腹が、まるで妊婦のように膨らんでいるのである。
「な、なんだ、こりゃ……」
死体が膨れることはある、というのは聴いたことがある。ただ、澪は溺死したわけでもなければ、水に浸かったまま放置されたわけではない(シャワーの水滴で若干濡れていた程度だ)。大体、膨れるというのなら腹だけ臨月の妊婦のようになるのは明らかにおかしいだろう。
そうだ、まるで、何かを孕んでいるかのようなのだ。
彼女は間違いなく処女だったはずで。直後に命を落とした少女が妊娠などするはずもなく(大体、生理が来ているかも怪しい年齢だ)、大体彼女を犯してから数時間でこのような事態になるなどまずあり得ないというのに。
――な、なんだかわかんねえけど、やべえ気がする。
早く、切り刻んでしまった方がいい。子供の体だ、包丁でも掻っ捌くことはできるだろうか。やや混乱した頭でそう考えた、その時だった。
びくん!と。まるで耕平の視線に反応したように――少女の体が、跳ね上がった。
「ひいいっ!?」
今度こそ、腰が抜けた。そんな馬鹿な、あるはずがない。心の中で否定を繰り返す耕平の目の前で、異変は明確に進行する。
ごぼり、と少女の性器から、真っ赤な血の塊が溢れた。ぼこぼこと彼女の胎が脈打つように動きその下腹部がますます大きく膨れ上がる。
ずるり、と滑るような音が聞こえた。黒くて丸い、ボールのようなものが、毛も生えていない割れ目を押し広げて出て来ようとしている。びちゃびちゃと血の雫を溢れさせながら、澪は何かを産み落とそうとしていた。本人の眼は閉じられたまま、息一つしていないというのに。
――なんだよ、あれ。
黒い丸いものが、徐々に姿を現す。それは誰がどう見ても、赤子の頭だった。ただし、あんな華奢な少女の胎に収まっていたとは思えないほど大きい上、色がおかしい。何故、赤子の肌が真っ黒なのだろう。黒人だとか、そんなレベルではない。本当に、墨を塗りたくったように黒いのだ。その赤ん坊が、母親の力も借りず産まれて来ようとしているのである。
人間であるはずがなかった。
受精して数時間で、あんなに育って死体から生まれてくる赤ん坊が、一体どうして人間のそれだと思えるのだろう。
「ひ、ひいっ」
逃げなければ。あれに捕まったら、恐らく自分の命はない。そう直感するのに、体はまったく言うことを聴いてはくれなかった。じわじわと漏らしたもので股間が湿っていく。ひょっとしたら大きい方も漏らしているかもしれない。そんなことさえ構っていられなかった。
赤ん坊の体はもう、足の近くまで出てきている。あれが全部出てくる前に、なんとかここから脱出しなければ。そうしなければ、きっと自分は。
ピンポーン。
場違いな音が、聞こえた。玄関のチャイムだ。もうこうなったら、あの教団の幹部でもなんでもいい。自分を助けてくれと、そう叫びかけた耕平は。
ドアの向こうから聞こえてきた声に、凍り付くことになるのである。
「澪さーん、そろそろ帰りますよ。出てきてください、澪さーん」
あの少女、由羅の声だった。何で自分の家がわかったのだろう。何故このタイミングで、家まで来たのだろう。
助けに来たとは、到底思えなかった。がちゃがちゃ、と回されるドアノブがさらに恐怖を助長する。化け物を産む娘と一緒にいた少女が、普通の人間だなんてことが本当にあり得るのだろうか。
否、否。彼女も、恐らくは。
「澪さーん、ここ開けて下さい。遅くなる前に帰るって、そう言ったでしょう?澪さーん」
逃げ場はない。
玄関の向こうに、由羅。風呂場には。
「ハァイ」
返事をする声は、驚くほど近いところから聞こえた。
恐る恐る視線を浴槽の方に戻した耕平は、座り込む自分の足先に這いずる存在を目にすることになる。
臍の尾が繋がったままの、真っ黒な赤ん坊を。
「今、行きますねえ」
赤ん坊は。金色の眼を見開いて、にやりと笑ったのだった。
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