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<14・マキコミ。Ⅲ>
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月明かりに照らされた校舎、それに背中を預けて立つ少年・黒須澪。なんだか幻想的な光景だ、と場違いにも朱音は思った。大人しそうな印象だった少年は、不良崩れの少年少女達を見てもまったく物怖じしていない様子である。
「あたしらに呼び出せへんって?かりびとさまのことかいな」
少女並みの体格しかない彼が、武力の意味で全く脅威にならないことなど明らかだった。レミナはあっさりと彼をせせら嗤ってみせる。
「ていうか、何で此処におるん?なんや、黒須君も興味があったっちゅーことか。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「おや、私のことも誘って下さるつもりだったと?」
「当たり前やろ。……あんたを誑かそうとした、このクソ女の公開処刑現場やで?招いてやらな可哀想かなーってギリギリまで迷ってたん。まあ、放課後すぐどっか行ってしもうて捕まらんかったから諦めたんやけど。あ、それとも……」
己の優位を絶対的に確信する者は、時としてどこまでも残酷になれる。三日月型に目を歪め、レミナは告げた。
「生贄の方で参加したかったんかな?……黒須君にも実はそういうシュミがあったとか?あ、それとも単純に乱交パーティしたかっただけ?」
馬鹿馬鹿しい発想だ。性欲と加虐心しか脳みそに詰まってないのかこの女は、と朱音は縛られたまま呆れてしまう。なんとなく今までの言動で察しているが、どうせ“こういったこと”をするのは初めてではないのだろう。今回はたまたま、カンジ&ユカリの動画で触発されてオカルトに走っただけで、レイプパーティくらいなことは日常的に行ってそうだ。それこそ、自分に気に食わないという理由だけで、誰かを無理やり拉致監禁して。
「気持ちいいことは嫌いではないですけど、今回は別の目的なんですよねえ」
澪は大して気分を害した様子もなく、朱音が転がされている傍まで歩み寄ってきた。そしてしゃがみこんで、魔方陣を確認している。乱交系はともかく――もしやオカルト系には元々興味があったということなのだろうか。どことなく、澪の表情は楽しげである。
「……カンジ&ユカリ。行方不明になったヨウチューバー二人組が動画で紹介していた、“かりびとさま”の召喚儀式ですか」
「へえ、意外やな。知っとるんか」
「ええ。この世界の外側には、数多くの異世界が存在している。その中には、かりびとさま、をはじめとした人間に害する者達だけが住まう悪魔の世界もあり、力ある者が正しい手順を踏めば悪魔を召喚することができる、と。その中でも、比較的下級の悪魔を呼び出し、生贄を捧げる代わりに願いを一つ叶えて貰う儀式……確かそういうものでしたね」
まあ、とチラリと彼は朱音を見て言う。
「カンジ&ユカリでさえ、使った生贄は眠らせた野良猫でしたのに。まさか、人間で試そうとする人がいるとは思ってもみませんでしたよ。人が死んでも構わない、そういう発想ですか?」
「せやかて黒須君、カンジ&ユカリは失敗してもうたんやで?ありゃ、カンユカに霊能力者としての才能がないか、生贄が猫程度やったから悪魔が不満やったちゅーことやろ。それ以上の生贄ゆーたら人間くらいしかあらへんやんか」
「……猫の時点で胸糞だっつーの」
思わずぼそりと呟いてしまう朱音。ちなみに、カンジ&ユカリは迷惑行為を繰り返してたびたび炎上しているが、この一件で野良猫を使ったことで猫好きからも盛大に叩かれていたはずである(実際猫は結局眠らされただけで、特に被害もなく最後は野生に返されたにも関わらず)。以来、流石にまずいと思ったのか、それ以来彼等でさえ動物実験じみた儀式は控えていたはずだ。
それを、猫程度、とあっさり言いきってしまうあたりレミナもその取り巻き達も終わっている。じゃあ人間を生贄すればいいや、なんてサイコパスだとしか思えない。
「着眼点は悪くないですが、それでは悪魔の招来など夢のまた夢ですね。……うん、魔方陣そのものは正しいようだ」
陣のチェックが終わったのか、すっくりと立ち上がる澪。
「基本的に、現世であろうと異世界であろうと変わらない摂理が一つあります。それは、強者に従う本能。……かりびとさま、のいる次元は理性のない怪物たちが住まう場所ではありますが、彼等も自分の命は大事ですからね。生きること、生き残ることを最優先に動くだけあって、強者を嗅ぎ分ける本能は人より遥かに優れています。……裏を返せば、強き者には従うけれど、弱者相手にはそうではないということ。彼等にとって人間の肉も動物の肉もさほど変わりなんてありませんよ。どちらも精々、小腹が膨れるオヤツ程度です」
「……なんやて?」
「一番大切なのは、その召喚者が“従うに値する存在か”どうか。そうでないと判断すれば、いくら呼ばれてもこちら側に来ないか……機嫌が悪ければ、そのまま召喚者に牙剥くこともあるのです。貴方がた程度の雑魚に悪魔が従ってくれるなんて、まったくあちらもナメられたものですね。少々同情しますよ」
「馬鹿にしとんのか」
流石のレミナも腹が立ってきたらしい。彼女の怒りに呼応して、男たちがぽきぽきと拳を鳴らす。レミナがGOサインを出せば、即座に澪に向かって殴りかかってくる腹積もりなのだろう。
「あ、危ないよ黒須君!」
思わず朱音は声を上げた。
「こいつら、ほんとマトモじゃないから!ボコられるどころか、敵に回したらほんとに殺されちゃうよ。わ、私のことはいいから逃げなよ!」
「この期に及んでまだ人の心配ですか」
やや呆れたように、それでいてどこか慈しむような眼で澪はこちらを見る。
「安心してください。……これでも私は、借りは返す主義です」
何をする気なのか。彼はスタスタと、白い粉で描かれた魔法陣の中央に立った。
「カンジ&ユカリというヨウチューバーに、霊的な才能は殆ど皆無だった。ゆえに、行った儀式の多くは失敗していた。ただ気になるのは、最終的に彼等が失踪した“呪いの電車”を含め、数多くの儀式や調べた怪談の大半が“本物”であったということ。呪いの電車の詳細を彼等に教えたのは私ですが、それ以外の出所が非常に気になるところです。……この“かりびとさま”の儀式も本物。一体、どこの誰が彼等に吹き込んだのやら」
「な、何をするつもりなの、黒須君」
「大出血サービスで、そんな本物の一つを見せて差し上げようと思いまして」
澪の言葉に、はっ、と鼻を鳴らす取り巻きの一人。
「んだよ、お前が召喚してくれるってか?つか、その魔方陣の中央って生贄を置く場所だぜ。そこにいたらお前が喰われるんだけどいいのかよ」
彼の言葉に、お気遣いなく、と澪は微笑む。
「優先されるのは、召喚者が従うべき強者かどうか、ですから。さあて」
空気が変わった。す、と夏場にも関わらず冷たい風が吹き込み、思わず朱音は身震いする。澪が両手を掲げた途端、まるで図ったように雲の切れ間から月が顔を出した。青白い光に照らされ、美しい少年は朗々と呪文を唱え始める。
「“君臨者よ。紅の翼翻し、暁の空裂いて姿を現す者よ。悪夢の境を飛び越えて、いざ姿を現すがいい。外なる神の名の元に命じる。来やれ、忌まわしき狩人”!」
誰かが笑い声を上げた。レミナの取り巻きの少女の一人だ。
「だっさー!呪文間違ってるやん!そんなんで呼び出せるわけが」
ない。
そう続けようとした言葉は、中途半端に途絶えた。朱音に見えたのは、黒い影のようなものが一瞬目の前を過ったような、そんな光景のみである。
「へ」
彼女は馬鹿笑いをして、澪に指さした格好のまま固まっていた。ぶしゅうう、と血と肉が吹き出すような音がする。――取り巻き少女の顔の、右半分がまるく抉られていた。そこから眼球が、脳みそが、ぼろぼろと血とともに零れて地面に落下していく。
「ひ、ぎ」
次の瞬間。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
凄まじい悲鳴が上がった。叫んだのはなんと、“何か”に顔と脳を抉られた少女本人である。彼女は地面に転がり、痛い痛いと喚きながら地面を転がり、傷口を押さえて悶絶している。あり得なかった。あの傷で、あの怪我で本来人が生きていられるはずがない。何故彼女は苦しんでいるのだろう。何故彼女は脳と頭蓋骨を割られてなお叫ぶことができているのだろう。
「どうぞ、ご馳走ですよ。ああ、そこで転がっている名取朱音さんだけは食べないでくださいね」
澪の手に、黒い影が停まった。背中にコウモリのような羽根が映え、ゾンビになった人間のようになったぐずぐずに溶けた体を持つ、奇怪な姿のバケモノが。
「こ、こいつっ!」
人間は。突然過ぎる出来事を前に、すぐに判断を下せる生き物ではない。この場合、唯一無二の最適解は“今すぐこの場を逃げ出すこと”であったはずだ。しかし、突然仲間の顔面を抉られた少年少女達はみんな事態を理解できず、足を縫いとめられたようにその場に凍り付いていた。
その隙を、怪物逃すはずもない。
再び悲鳴が上がり、イモムシが二つ増えた。腕を引きちぎられた少年と、腹を裂かれた少女が。
「ぐあああああああああああああああああっ!」
「ひぎゅ、ひぎゅっ、いひゃい、いひゃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
少女の下腹部から、もりゅもりゅと音を立てて腸が溢れだして行く。怪物は容赦なく、その長い肉のチューブをくちばしのようなもので掴み、引っ張り出そうとしていた。少女が足をバタつかせて苦しがる。ぐるん、とその眼球が裏返り白目を剥く。血泡がぼこぼこと口元から溢れる。
周囲に満ちる、血と便臭。そこでようやく、レミナも頭が追い付いてきたようだった。
「いや、いやいやいやいや!いやああああっバケモノおおおおおお!」
足をもつれさせながら逃げ出すレミナと、まだ無傷の少年少女達。呆然とその有様を見つめる朱音の前で、澪は容赦なく告げる。
「ああ、面倒くさいので……一人も逃がさないでくださいね。よろしくお願いしますよ」
***
途中から、朱音の記憶はぷっつりと途絶えている。あのレミナが泣き叫びながら頭皮は剥されている様も、足を失った少年少女達がもがき苦しみながら這いずって逃げようとする様も。はっきり言ってグロテスクがすぎて、あまりにも現実味がないものだった。朝自分の布団で目覚めた時、あれは全て悪い夢だったのではないかと思いたくなってしまったほどに。
夢ではなかったのだと悟ったのは。まだぼんやりとした頭のまま、翌日登校して――レミナとその友人達が、揃って死んだことを教師から知らされてからのことである。彼女等はみんな、校舎の裏で他校の男友達と一緒に亡くなっているのを発見されたそうだ。どのような死にざまだったのか教師は語らなかったが、最後の一言が全てを物語っていると言っても過言ではないだろう。
『クマか、野犬に襲われたのではないかと言われているので……皆さんも暫くは登下校中気を付けてくださいね』
黒須澪、の姿はクラスからなくなっていた。
驚くべきことに教師も、それから他の生徒も。そんな名前の転入生に心当たりは一切無いというのだ。彼が座っていたはずの机は、何事もなかったように片づけられていたし、ロッカーは空のままだった。まるで、彼が皆の記憶ごと自分の痕跡を全て消し去っていったように。
――君は、一体何だったの?……私の記憶だけ、消していかなかったのは、どうして?
分かっていることは。彼はどうやら、自分を助けてくれたらしいということだけである。何故なら、記憶が途切れる寸前、確かにこう自分に囁いたのだから。
『この旅の中……貴女のような人に出逢えたのは僥倖でしたよ、名取朱音さん。縁があったら、また何処かで』
「あたしらに呼び出せへんって?かりびとさまのことかいな」
少女並みの体格しかない彼が、武力の意味で全く脅威にならないことなど明らかだった。レミナはあっさりと彼をせせら嗤ってみせる。
「ていうか、何で此処におるん?なんや、黒須君も興味があったっちゅーことか。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「おや、私のことも誘って下さるつもりだったと?」
「当たり前やろ。……あんたを誑かそうとした、このクソ女の公開処刑現場やで?招いてやらな可哀想かなーってギリギリまで迷ってたん。まあ、放課後すぐどっか行ってしもうて捕まらんかったから諦めたんやけど。あ、それとも……」
己の優位を絶対的に確信する者は、時としてどこまでも残酷になれる。三日月型に目を歪め、レミナは告げた。
「生贄の方で参加したかったんかな?……黒須君にも実はそういうシュミがあったとか?あ、それとも単純に乱交パーティしたかっただけ?」
馬鹿馬鹿しい発想だ。性欲と加虐心しか脳みそに詰まってないのかこの女は、と朱音は縛られたまま呆れてしまう。なんとなく今までの言動で察しているが、どうせ“こういったこと”をするのは初めてではないのだろう。今回はたまたま、カンジ&ユカリの動画で触発されてオカルトに走っただけで、レイプパーティくらいなことは日常的に行ってそうだ。それこそ、自分に気に食わないという理由だけで、誰かを無理やり拉致監禁して。
「気持ちいいことは嫌いではないですけど、今回は別の目的なんですよねえ」
澪は大して気分を害した様子もなく、朱音が転がされている傍まで歩み寄ってきた。そしてしゃがみこんで、魔方陣を確認している。乱交系はともかく――もしやオカルト系には元々興味があったということなのだろうか。どことなく、澪の表情は楽しげである。
「……カンジ&ユカリ。行方不明になったヨウチューバー二人組が動画で紹介していた、“かりびとさま”の召喚儀式ですか」
「へえ、意外やな。知っとるんか」
「ええ。この世界の外側には、数多くの異世界が存在している。その中には、かりびとさま、をはじめとした人間に害する者達だけが住まう悪魔の世界もあり、力ある者が正しい手順を踏めば悪魔を召喚することができる、と。その中でも、比較的下級の悪魔を呼び出し、生贄を捧げる代わりに願いを一つ叶えて貰う儀式……確かそういうものでしたね」
まあ、とチラリと彼は朱音を見て言う。
「カンジ&ユカリでさえ、使った生贄は眠らせた野良猫でしたのに。まさか、人間で試そうとする人がいるとは思ってもみませんでしたよ。人が死んでも構わない、そういう発想ですか?」
「せやかて黒須君、カンジ&ユカリは失敗してもうたんやで?ありゃ、カンユカに霊能力者としての才能がないか、生贄が猫程度やったから悪魔が不満やったちゅーことやろ。それ以上の生贄ゆーたら人間くらいしかあらへんやんか」
「……猫の時点で胸糞だっつーの」
思わずぼそりと呟いてしまう朱音。ちなみに、カンジ&ユカリは迷惑行為を繰り返してたびたび炎上しているが、この一件で野良猫を使ったことで猫好きからも盛大に叩かれていたはずである(実際猫は結局眠らされただけで、特に被害もなく最後は野生に返されたにも関わらず)。以来、流石にまずいと思ったのか、それ以来彼等でさえ動物実験じみた儀式は控えていたはずだ。
それを、猫程度、とあっさり言いきってしまうあたりレミナもその取り巻き達も終わっている。じゃあ人間を生贄すればいいや、なんてサイコパスだとしか思えない。
「着眼点は悪くないですが、それでは悪魔の招来など夢のまた夢ですね。……うん、魔方陣そのものは正しいようだ」
陣のチェックが終わったのか、すっくりと立ち上がる澪。
「基本的に、現世であろうと異世界であろうと変わらない摂理が一つあります。それは、強者に従う本能。……かりびとさま、のいる次元は理性のない怪物たちが住まう場所ではありますが、彼等も自分の命は大事ですからね。生きること、生き残ることを最優先に動くだけあって、強者を嗅ぎ分ける本能は人より遥かに優れています。……裏を返せば、強き者には従うけれど、弱者相手にはそうではないということ。彼等にとって人間の肉も動物の肉もさほど変わりなんてありませんよ。どちらも精々、小腹が膨れるオヤツ程度です」
「……なんやて?」
「一番大切なのは、その召喚者が“従うに値する存在か”どうか。そうでないと判断すれば、いくら呼ばれてもこちら側に来ないか……機嫌が悪ければ、そのまま召喚者に牙剥くこともあるのです。貴方がた程度の雑魚に悪魔が従ってくれるなんて、まったくあちらもナメられたものですね。少々同情しますよ」
「馬鹿にしとんのか」
流石のレミナも腹が立ってきたらしい。彼女の怒りに呼応して、男たちがぽきぽきと拳を鳴らす。レミナがGOサインを出せば、即座に澪に向かって殴りかかってくる腹積もりなのだろう。
「あ、危ないよ黒須君!」
思わず朱音は声を上げた。
「こいつら、ほんとマトモじゃないから!ボコられるどころか、敵に回したらほんとに殺されちゃうよ。わ、私のことはいいから逃げなよ!」
「この期に及んでまだ人の心配ですか」
やや呆れたように、それでいてどこか慈しむような眼で澪はこちらを見る。
「安心してください。……これでも私は、借りは返す主義です」
何をする気なのか。彼はスタスタと、白い粉で描かれた魔法陣の中央に立った。
「カンジ&ユカリというヨウチューバーに、霊的な才能は殆ど皆無だった。ゆえに、行った儀式の多くは失敗していた。ただ気になるのは、最終的に彼等が失踪した“呪いの電車”を含め、数多くの儀式や調べた怪談の大半が“本物”であったということ。呪いの電車の詳細を彼等に教えたのは私ですが、それ以外の出所が非常に気になるところです。……この“かりびとさま”の儀式も本物。一体、どこの誰が彼等に吹き込んだのやら」
「な、何をするつもりなの、黒須君」
「大出血サービスで、そんな本物の一つを見せて差し上げようと思いまして」
澪の言葉に、はっ、と鼻を鳴らす取り巻きの一人。
「んだよ、お前が召喚してくれるってか?つか、その魔方陣の中央って生贄を置く場所だぜ。そこにいたらお前が喰われるんだけどいいのかよ」
彼の言葉に、お気遣いなく、と澪は微笑む。
「優先されるのは、召喚者が従うべき強者かどうか、ですから。さあて」
空気が変わった。す、と夏場にも関わらず冷たい風が吹き込み、思わず朱音は身震いする。澪が両手を掲げた途端、まるで図ったように雲の切れ間から月が顔を出した。青白い光に照らされ、美しい少年は朗々と呪文を唱え始める。
「“君臨者よ。紅の翼翻し、暁の空裂いて姿を現す者よ。悪夢の境を飛び越えて、いざ姿を現すがいい。外なる神の名の元に命じる。来やれ、忌まわしき狩人”!」
誰かが笑い声を上げた。レミナの取り巻きの少女の一人だ。
「だっさー!呪文間違ってるやん!そんなんで呼び出せるわけが」
ない。
そう続けようとした言葉は、中途半端に途絶えた。朱音に見えたのは、黒い影のようなものが一瞬目の前を過ったような、そんな光景のみである。
「へ」
彼女は馬鹿笑いをして、澪に指さした格好のまま固まっていた。ぶしゅうう、と血と肉が吹き出すような音がする。――取り巻き少女の顔の、右半分がまるく抉られていた。そこから眼球が、脳みそが、ぼろぼろと血とともに零れて地面に落下していく。
「ひ、ぎ」
次の瞬間。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
凄まじい悲鳴が上がった。叫んだのはなんと、“何か”に顔と脳を抉られた少女本人である。彼女は地面に転がり、痛い痛いと喚きながら地面を転がり、傷口を押さえて悶絶している。あり得なかった。あの傷で、あの怪我で本来人が生きていられるはずがない。何故彼女は苦しんでいるのだろう。何故彼女は脳と頭蓋骨を割られてなお叫ぶことができているのだろう。
「どうぞ、ご馳走ですよ。ああ、そこで転がっている名取朱音さんだけは食べないでくださいね」
澪の手に、黒い影が停まった。背中にコウモリのような羽根が映え、ゾンビになった人間のようになったぐずぐずに溶けた体を持つ、奇怪な姿のバケモノが。
「こ、こいつっ!」
人間は。突然過ぎる出来事を前に、すぐに判断を下せる生き物ではない。この場合、唯一無二の最適解は“今すぐこの場を逃げ出すこと”であったはずだ。しかし、突然仲間の顔面を抉られた少年少女達はみんな事態を理解できず、足を縫いとめられたようにその場に凍り付いていた。
その隙を、怪物逃すはずもない。
再び悲鳴が上がり、イモムシが二つ増えた。腕を引きちぎられた少年と、腹を裂かれた少女が。
「ぐあああああああああああああああああっ!」
「ひぎゅ、ひぎゅっ、いひゃい、いひゃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
少女の下腹部から、もりゅもりゅと音を立てて腸が溢れだして行く。怪物は容赦なく、その長い肉のチューブをくちばしのようなもので掴み、引っ張り出そうとしていた。少女が足をバタつかせて苦しがる。ぐるん、とその眼球が裏返り白目を剥く。血泡がぼこぼこと口元から溢れる。
周囲に満ちる、血と便臭。そこでようやく、レミナも頭が追い付いてきたようだった。
「いや、いやいやいやいや!いやああああっバケモノおおおおおお!」
足をもつれさせながら逃げ出すレミナと、まだ無傷の少年少女達。呆然とその有様を見つめる朱音の前で、澪は容赦なく告げる。
「ああ、面倒くさいので……一人も逃がさないでくださいね。よろしくお願いしますよ」
***
途中から、朱音の記憶はぷっつりと途絶えている。あのレミナが泣き叫びながら頭皮は剥されている様も、足を失った少年少女達がもがき苦しみながら這いずって逃げようとする様も。はっきり言ってグロテスクがすぎて、あまりにも現実味がないものだった。朝自分の布団で目覚めた時、あれは全て悪い夢だったのではないかと思いたくなってしまったほどに。
夢ではなかったのだと悟ったのは。まだぼんやりとした頭のまま、翌日登校して――レミナとその友人達が、揃って死んだことを教師から知らされてからのことである。彼女等はみんな、校舎の裏で他校の男友達と一緒に亡くなっているのを発見されたそうだ。どのような死にざまだったのか教師は語らなかったが、最後の一言が全てを物語っていると言っても過言ではないだろう。
『クマか、野犬に襲われたのではないかと言われているので……皆さんも暫くは登下校中気を付けてくださいね』
黒須澪、の姿はクラスからなくなっていた。
驚くべきことに教師も、それから他の生徒も。そんな名前の転入生に心当たりは一切無いというのだ。彼が座っていたはずの机は、何事もなかったように片づけられていたし、ロッカーは空のままだった。まるで、彼が皆の記憶ごと自分の痕跡を全て消し去っていったように。
――君は、一体何だったの?……私の記憶だけ、消していかなかったのは、どうして?
分かっていることは。彼はどうやら、自分を助けてくれたらしいということだけである。何故なら、記憶が途切れる寸前、確かにこう自分に囁いたのだから。
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