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<23・茨道>

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 このゲームは、殺し合いではない。だから積極的に、生徒同士で争う必要は、ない。そう思っていた。だから聖也も最初は少しだけ楽観視していたのである。自分がみんなの安全を保証し、統率を取り、鍵を探して回れば。そして、面倒な化物を率先して倒していけば――犠牲者はあっても数人程度で抑えこめるはずだ、と。
 甘かったのだと、たった今思い知らされているところだ。
 既に死んだ人間は――十三人。
 神田夏梅、武蔵健、田中賢太郎、前嶋なほ。
 牧島典子、工藤千。
 植田守矢。小島季里人、武藤通。
 そして――玉置英佑、桜庭晴哉、氏家冬香、水車恭二。
 三十人いたクラスメートのうち、もうこれだけの人間が確定的に命を落としてしまう結果となった。もっといえば、現時点で前田南歩とも連絡が取れていないので、彼女のグループはもっと犠牲者が増えている可能性がある。彼女達は仲間の牧島典子と工藤千が死んだ時点で、こちらに合流してもいいと言ってあったのだが。予想以上に正義感の強い性格だった前田南歩は、それを拒否。もう少し自分達で探索してから合流したいと申し出てきて、それが最後の連絡となっているのである。
 いくらなんでも、この短時間で犠牲者が出すぎている。
 怪物にやられたのと、罠に引っかかったのはわかるが。それ以外が問題だ。まさか、殺し合いでもないというのに、積極的に仲間を狩りに行こうとする人間が何人も存在するだなんて思ってもみなかった。現在行方不明のままになっている唐松美波と守村耕洲のカップルは勿論のこと、集合に応じなかった屑霧海人、宇崎舞紗の二人も何を考えているのかさっぱりわからない。特に後者二人に誰も遭遇していないことを考えるなら、屑霧海人と宇崎舞紗の二人は上手に一人ないし二人で隠れて、みんなを避けて行動しているとしか思えなかった。一匹狼の海人はともかく、皆にしたわれていた学級委員町の舞紗が皆を避けているというのが謎で仕方ない。
 不確定要素が、これ以上増えるのは危険すぎた。たとえ、積極的にクラスメート狩りをしていた筆頭であった水車恭二が、既に篠丸の手にかかって死んだのだとしても、だ。

『今、明日葉がそっちに向かってる。鍵も持ってるし、できれば合流した後で保護してあげてほしい。そして、彼女にはできれば、そのまま脱出を許して欲しいと思ってる。明日葉の能力は弾切れ寸前だから、このままだと全く力を使えなくなってしまうんだ。戦うのは難しいと思う』
「……それはいいが……おい篠丸。お前一体何を考えてるんだ」

 通信能力は、ボタンさえ押していればこちらの声は全てスピーカーで向こうに伝えることができる。音量の調節も可能だし、調節次第では囁き声で話すことも可能だ。正直“魔法を再現した”科学の力としては相当微妙である気がしないでもないが、一般的な無線と違って音質が格段にいいことと、地下であっても問題なく通じるというのが最先端のテクノロジーというやつなのかもしれない。使い方を間違えているとしか思えないとしても、だ。

「確かに恭二がやったことは、許せない。でも仇はお前自身が取ったんだろ。ならもういいじゃないか」
『良くないよ、聖也。君が心配してくれているのはわかるけど、僕はそれだと、僕自身が許せない』
「許せない、って」
『水車恭二がこちらに近づいてきていることに、事前に察知できていれば。英佑達に、こんな悲惨な死に方させずに済んだんだ。全部、俺の責任だ』
「ふざけるな、背負い込みすぎだ!」

 思わず聖也は、夏俊のブレスレットに向けて叫んでいた。篠丸の話を聞いたが、どこをどう解釈したら篠丸のせいということになるのかさっぱりわからない。彼は、皆と協力して、堅実に探索しようとしていただけだ。誰かに無理を強いたり、逆に自分が無茶をしようとしたというわけでもない。罠がある部屋と鍵のある部屋をきちんと調べ、自分達にも情報を渡してくれた。それだけでどれほど大きな貢献であることか。彼と彼の仲間達のおかげで、うまくいけばあと三本は鍵が入手できそうなのである。彼らは“罠もあれば鍵もある”という部屋は、大毅の能力で仕掛を見抜いて貰うことにするとして全て保留にしてきたのだ。そういう部屋が、既に三部屋見つけてあるという。そこをうまくトラップをかいくぐることができれば、より多くの人数を救うことが可能なのだ。
 それなのに。恭二が愚かな真似をしたせいで、死ななくてもいいはずの人間が死んだ。
 それをどうして、気づけなかっただけの篠丸が悪いなんてことになるのだろう。

「聞いた通りなら、恭二は正直お前の理解の範疇を超えたバケモノだった。悪魔だったと言っても過言じゃない。そんなやつのことだって俺は救おうと思ってたし、鍵を渡すつもりでいたんだ。強いていうなら、マークが甘かった俺の責任だろ、違うか!?」
『そういうの、ブーメランっていうんだよ、聖也。……気持ちはありがたく受け取っておくけどね』
「篠丸!」

 どこかに向かって歩いているらしい。大声を聞きつけ、部屋から飛び出してきた天都に視線を投げる。
 彼の地図能力は、自分達が歩いた場所ならくっきりと建物の内部の地図を表示できるというものだ。そして、それとは別にブレスレットをつけている生徒達の現在位置も表示させることができる。篠丸の“点”は、自分達がまだ行ったことのない地階エリアから、徐々に上の階へと登っていっているようだった。
 探しているのだ――何かを、誰かを。

『……僕は、神様も悪魔も信じてなかったよ。少なくとも、アランサの使徒が言う“主様”とやらが真っ当な存在じゃないことくらいは今でもわかってる。生きた人間が、クソみたいな預言出して、信者達を振り回してテロさせてるだけじゃないの、ってね。でもさ』

 足音は、続く。やや、濡れた音を混じらせて。
 彼は怪我をしていないと言っていた。恐らくは、恭二を殺した時の返り血なのだろう。

『悪魔は、いたんだよ。人間の中に。そういう奴がこの世にはいるんだ。僕は此処で思い知った。悪魔は、解き放っちゃいけない。そういう人間は脱出なんかさせちゃいけないよ。でなければ、被害は此処を出た後だって続く。そういう奴らは、生き残るためだけじゃない、欲望を満たすためならなんだってするだろうさ。普通の人間と同じような顔で、人間のフリをしながらね』

 だから殺すんだよ、と。篠丸は驚くほど静かな声で続ける。

『水車恭二は殺したけど、まだ他にもいるじゃないか……悪魔は。唐松美波と、守村耕洲。少なくとも、あの二人は殺さないと駄目だ。全員分の鍵も、頑張れば見つかるかもしれないのに。あいつらは率先して、何の罪もない前嶋さんを殺した。脱出できるまで殺し続けるのは明白だ。能力のタイプも危険極まりない。僕がやらないと』
「馬鹿言うな!お前の能力はただの“通信”だろ!美波も耕洲も能力の使用回数をまだ温存してるはず、ただでさえ二対一なんだ、勝目なんかないぞ!」
『それはやり方次第だと思う。僕は身体も小さいけど、分析は得意だ。あの二人の性格や性癖はわかってるつもり。……残念ながら、残虐性は読みきれてなかったけど、今ならその上でできることもあるよ』
「篠丸!」
『じゃあね、聖也さん。多分僕は生きて帰れないだろうけど……貴女は生き残ってね。僕達の分まで、みんなと一緒に』

 ぶつり、と。通信は、一方的に切られた。それでも暫くは聖也も夏俊も、茫然としてブレスレットを見つめ続ける他ない。
 篠丸は真面目な性格だ。それでも時にはジョークも言えるし、みんなの空気も読める、友達も少なくない陽気な人間である。彼のチームは攻撃ができる能力者も揃っていたし、きっとあの篠丸が率いるなら大きなトラブルなど起きないだろうとばかり思っていたのに。
 どうして、こうなったのだろう。
 彼の生真面目さを、責任感の強さを、自分は読み違えていたというのか――?

「聖也」

 凍りつく聖也の肩をぽん、と叩いたのは。同じく茫然としていたはずの、夏俊だった。

「篠丸は、通信の能力しかない。天都の地図で見たら、まだ篠丸のいる地点とバカップルがいる地点は遠い。闇雲に探したところで、遭遇できるまでは相当時間がかかるはずだ」
「何が言いたい、夏俊」
「責任感感じてしょげてる暇があんなら、やるべきことをやっちまった方がいいってことだ。……まず、明日葉をこっちから迎えに行ってやろう。化物を倒したから、しばらくは化物に遭遇する心配はない。明日葉を助けて、とりあえず四人脱出させよう。俺は残る側でいいから」

 助けられる奴から助けるんだ、と夏俊は言う。残る側でいい――何故そんなにあっさりと、自分を信じるようなことを言えるのだろう。誰だってできれば、一刻も早く自分が脱出できる立場でありたいはずである。こんな化物が徘徊し、仲間が仲間とも思わず殺し合いになるような場所。恐ろしいテロリストの巣窟に、恐怖を抱いていない者など一人もいないはずだというのに。

「……お前は頑張ってるよ。だから、俺達ももうちょっと、お前の隣で頑張らせてくれ。そりゃ、お前は男みたいな喋り方だし行動も男前……っていうより変態気味だし。ちょいちょい女ってことを忘れそうにはなるが。それでも、一人の高校生で、女の子だろ。たまには気遣うくらいなこと、させてくれよ。俺らにもさ」
「そうそう」

 ひょい、と夏俊の隣に立った天都まで頷くものだから。聖也は少しだけあっけに取られてしまう。この自分が、まさか女の子扱いされる時が来ようとは。
 本来ならば、女々しく感じてしまって嫌なはずなのに――何故だろう。彼らが言うと、不思議と照れくさいような、心地よくさえあるような気持ちになってしまうのは。それは彼らに、一切の下心も他意もないと分かるからだろうか。

――やっぱり。守らなくちゃだめだ、こいつらは。こんな良い奴ら、こんなクソみたいなところで死なせていいはずがねえ。

 少しくじけかけた決意が、再び固まるのを感じる。
 なんとしてでも、彼らを此処から脱出させなければいけない。それが自分の使命だ。どんな地獄であっても、どんな恐ろしい世界であっても、そこに自ら飛び込んで守る役目を担いたいと願ったのは――他でもない、聖也自身であるのだから。
 まずは四人、脱出させよう。
 そして地下に行き、篠丸達が見つけてくれたドアの向こうが探索可能かを調べなくては。三つ全ての罠を解除して鍵を入手できずとも、どれか一つでもゲットすることができれば儲けものである。鍵がある場所だとわかっているなら、チャレンジをする意味もあるというものだ。

「明日葉のいる場所は結構近い。みんな、移動するぞ!」

 絶望が目の前に広がり、世界を覆い尽くす前に。
 それを切り裂いて進むしかないのだ。どれほどそれが、茨の道であったとしても。
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