11 / 41
<第十一話>
しおりを挟む
近付いてみればわかる。本多政紀は、特に大柄でもなければ小柄でもない、特に体格ががっしりしているんけでもない普通の男だった。ただ、態度がやたらとでかいし声もでかい。服は派手だし、ボディーガードと父親まで引き連れている。二十三歳で参加という時点で何か訳ありなのだろうが――いずれにしても、いい年をした大人とは思えない態度だった。
ミリーは嫌悪感を顔に出さないように努める。シェルと違って、自分はすぐ思ったことが顔に出てしまうタイプだとわかっていた。それで実際失敗したことなど何度でもある。
「俺ぁホンダネットワークスの後継者だぜ?俺がその気になればこんな会社、潰すことも買収することも簡単だってことを忘れんなよ?……あぁ、それとも馬鹿な機械人形サンは、うちの会社の名前も知らねーってかぁ?」
どうやら、シェルの態度がお気に召さなかったらしい。シェルの腕を掴み、唾を飛ばしながら怒鳴っている政紀である。でかいだけじゃなくて汚い声だな、とミリーは思った。声質が、ではない。煙草と酒に焼けている上、常に誰かに罵声を飛ばしてばかりの人間の声だと感じたのだ。喉が枯れている。自らを大きく見せるために無駄に声を張り上げているせいだろう。――ミリーは一瞬で結論付けた。こいつ、自分が一番嫌いなタイプだ、と。
「残念ながら知っている。世界第三位のソフトウェア開発会社だ。最近では自動車産業の方にも手を出したそうだな。ナクタ自動車を買収したんだろう。それと、ニューヨークに新たな支社を作るつもりらしいがとんだ強気だな。ニューヨークには自動車産業世界第一位のウェンダス社の本社があったはずだが。付け焼き刃の知識と技量で返り討ちに合わなければいいな?御曹司殿」
対してシェルは涼しい顔だ。ぺらぺらぺら、と知識を披露して政紀を唖然とさせている。ホンダネットワークスの情勢についていつの間に調べたのだろうか。確かにシェルはいろんなことに興味を持つタイプだし、興味があればとことん追求して調べることも珍しくはないのだけれど。
「て、てめぇ……!経営のことなんざ何も知らねーくせに……!!」
「それは貴様も同じだろう。父親も可哀想に、ここまで努力して大きくした会社を、貴様のような道楽息子に継がせなければならないとは。二代目が馬鹿なせいで会社が傾くというのはよくある話だな。そうやって自分を大きく見せるために人の揚げ足を取ることに躍起になっている暇があったら、父親の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」
「この野郎!言わせておけば!クズ人形が、人間サマにナメたクチ聞きやがって!!」
男が眼を血走らせ、拳を振り上げた。危ない、と思うより先に体が動いてしまう。相手はお客様で、大企業の御曹司で、逆らってはいけない相手――そんなことは一瞬にして、ミリーの頭から消し飛んでいた。
「やめてっ!」
素早く、シェルの腕を掴んでいた御曹司の左手首を払って手を離させ、殴らんとしていた右手を掴んで止めていた。――落ちこぼれといえど、ミリーも戦闘訓練を修了したホープ・コードである。運動もろくにしていないボンボン男を制止するくらい、訳のないことだった。
「ちっ!邪魔してんじゃねぇよチビ!どけ!」
「どきません!……貴方はまだ、シェルのご主人様でもなければ私たちの誰のご主人様でもない!対面日はあくまで、貴方がた人間が我々ホープ・コードを選ぶ日です。貴方がたが客なら私達は商品……購入前に傷つけることは禁止されています。貴方も社会人ならわかりますよね!?ホープ・コードは高額です、いくら大企業であっても、一千万円超の弁償はかなり痛手なんじゃないですか!?」
一気に捲し立てる。本当は、こんな方向からこの男を論破することなんてしたくはない。自分達は商品でしかないなどと言いたくない。自分達の価値をお金で表したくなんてない。こんな奴を――お客様だなんて、呼びたくはない。
それでも。――シェルが傷つけられるよりは、ずっとマシだ。
「シェルが……私の友達が失礼なことをしたなら、私から謝罪します。申し訳ありませんでした。でも、だらって暴力はダメです。いくら貴方がお金持ちでも、たとえ大統領や総理大臣であったとしても、守るべきルールはあるはずです。他のお客様のご迷惑にもなります。どうか、ご理解ください」
敬語で喋ることなんてほとんどない。こんな奴に丁寧に接してやるなんて本当に屈辱だ。でも、それで丸く収まるというならいくらでも頭くらい下げてやる。――自分がシェルのためにしてやれることなんて、これくらいしかないのだから。
「……ちっ、偉そうにしやがって、チビが」
周囲の客たちの視線に気がついたのだろう。辺りを見回した後、政紀は舌打ちをするとその場に唾を吐き捨ててスタスタと歩き去っていった。ミリーはほっと胸を撫で下ろす。いざとなったら、怪我をさせない範囲で実力行使も辞さないつもりだったが――そんなことをすれば、この会社全体に迷惑がかかってしまうこともわかっている。あくまでそれは、最終手段だった。自分達を縛るのはなにも、ご主人様との契約だけではないのだから。
そうならなくて良かった、と。心底ほっとしたミリーの耳に。
「……余計な真似を」
「え?」
はっとして振り向く。今のは、シェルが言ったのか?
「余計な真似をするな、ミリー。あんな男に頭を下げる理由なんぞない。そんな価値もない相手だ。図星を刺されて向こうが勝手に怒っただけだというのに」
「でも、シェル……」
「そもそもあいつが、まだ契約もしていないというのにこの場でヤらせろなどと馬鹿なことを言い出すのがいけないんだ。恥知らずめ。腕を振り払っただけであの激怒ぶり、父親もさぞ頭が痛いだろうよ」
そういうことだったのか、と納得する。同時に政紀のことがますます嫌いになった。なんなのだ一体。まだ正式に契約を結んでもいない、しかも公の場で、仮に冗談だとしても品が無さすぎる。あれで本当に二十三才の社会人なのだろうか。そりゃ、シェルが怒るのも無理はないことだろう。
でも。――だからといって、あんな言い方をしては。火に油どころかダイナマイトを投げ込むようなものではないか。
「……私も、シェルが悪いだなんて思ってないよ。もちろん、私だって悪くない。だけど、大企業の息子なのは確かでしょ?下手に怒らせたら、本当に高橋さん達に迷惑がかかっちゃうよ」
「わかってる」
「じゃあなんで……」
「………」
「ちょっと、シェル?どうしてそこで黙るの」
「………」
「ねぇってば」
明らかに、ミリーの問いに答えたくない様子だった。これは、シェルのよくある癖だ。答えづらい質問をされた時、どうすればうまく切り抜けられるか考えて考えすぎて――結果答えが出てなくて沈黙になるパターン。いつも頭の回転は早いはずなのに、時々こうしてフリーズするのがシェルなのである。
つまり――ミリーは何か、シェルの隠しておきたい事情に無意識に触れていたと、そういうことなのだろう。
――というかシェル……なんかすごく、イライラしてない?
ミリーは困惑する。シェルの性格だ、あんなクズ男にセクハラ発言かまされて不快でなかったはずがない。あんな奴に屈するのが嫌だから口撃したんだ、と言われたならとりあえず理解はできるしシェルらしいなぁと思って終わりだ。でも。
何故それを言わずに黙っているのか。しかもイライラしている対象があの男だけではなくて――どうにもミリーに向けられているように思えてならない。
何故だ。一応助けたつもりであったというのに。感謝されたいとは言わないが、そこまで怒りを向けられる覚えはないのだが。
「……たら、どうするんだ」
「え」
「………たのに」
よく聞こえない。シェルはぼそり、と何かを言って、やがて。
「……奴に憎まれるくらいが、丁度いいんだ。私が、憎まれなければ意味がない。……頼むから余計な真似をするな、ミリー」
意を決したかのようにそう告げて――シェルはくるりと背を向けて歩き去っていってしまった。まるでミリーから逃げるように。ミリーは混乱する。憎まれなければ意味がない?どういうことだ。まさか、シェルはわざと政紀を怒らせたのか?
それにさっきの台詞は。
――「お前が狙われたらどうするんだ」「せっかくうまくいっていたのに」って。そう言ったように、聞こえたけど…。
「ミリー!もう、置いていかないでよ!」
パタパタと足音が近付いてくる。つぐみだった。ミリーははっとして、次に冷や汗を掻いた。つい、シェルのことで頭がいっぱいになってしまって、せっかく声をかけてくれた“お客様”を置き去りにしてしまった。ホープ・コードとして最悪の対応だ。
「ご、ごめんなさい!わ、私つい頭に血がのぼって……!」
「いや、いいけどさぁ。ていうかあんた、あんな動きが出来るんだね。どんくさいように見えて結構やるじゃん。それに……」
ちらり、とつぐみはシェルが歩き去った方向を見る。
「友達思いなのは、良いことだよ」
そう言って貰えるのは嬉しいけれど。醜態を晒した自覚がある以上手放しに喜ぶこどできない。ミリーは曖昧に笑っておくに留めた。
――シェル、もしかして……あの御曹司に絡まれることも、予めわかってた……のかな?
胸の奥がもやもやする。シェルの考えがわかりそうでわからないこともそう。シェルを怒らせてしまったこともそう。つぐみを置いて暴走してしまったこともそう。――後悔だとか不安だとか疑問だとか、とにかくそんなもので胸の奥がぐちゃぐちゃになって、非常に気分がよろしくなかった。
胸の奥に溶けたモチが詰まったまま、息をする度にひっかかるような――言うなればそんな感覚である。何かを見落としている気がするのに、それが何なのか見当さえつかないのだ。
「ミリー?大丈夫?顔色悪いけど……って、アンドロイドも顔色悪くなったりするんだから、今の技術って凄いよねぇ……って褒めとくべき?」
「あ、いや、その……」
そんなに分かりやすく不安げな顔をしていだろうか、自分は。ミリーは慌てて取り繕うとした。――料理も戦闘も何もかも苦手な自分が、それ以上に苦手なことではあったのだけど。
「だ、大丈夫!大丈夫だよ、なんでもない!」
繰り返し、繰り返し。それはほとんど、自分に言い聞かせる言葉である。つぐみはそれ以上突っ込んで聞いてくることはなく、それが非常に有り難かった。
日常の崩壊は、すぐそこまで迫ってきている。否応なしに、選択の余地さえなく。
ミリーは嫌悪感を顔に出さないように努める。シェルと違って、自分はすぐ思ったことが顔に出てしまうタイプだとわかっていた。それで実際失敗したことなど何度でもある。
「俺ぁホンダネットワークスの後継者だぜ?俺がその気になればこんな会社、潰すことも買収することも簡単だってことを忘れんなよ?……あぁ、それとも馬鹿な機械人形サンは、うちの会社の名前も知らねーってかぁ?」
どうやら、シェルの態度がお気に召さなかったらしい。シェルの腕を掴み、唾を飛ばしながら怒鳴っている政紀である。でかいだけじゃなくて汚い声だな、とミリーは思った。声質が、ではない。煙草と酒に焼けている上、常に誰かに罵声を飛ばしてばかりの人間の声だと感じたのだ。喉が枯れている。自らを大きく見せるために無駄に声を張り上げているせいだろう。――ミリーは一瞬で結論付けた。こいつ、自分が一番嫌いなタイプだ、と。
「残念ながら知っている。世界第三位のソフトウェア開発会社だ。最近では自動車産業の方にも手を出したそうだな。ナクタ自動車を買収したんだろう。それと、ニューヨークに新たな支社を作るつもりらしいがとんだ強気だな。ニューヨークには自動車産業世界第一位のウェンダス社の本社があったはずだが。付け焼き刃の知識と技量で返り討ちに合わなければいいな?御曹司殿」
対してシェルは涼しい顔だ。ぺらぺらぺら、と知識を披露して政紀を唖然とさせている。ホンダネットワークスの情勢についていつの間に調べたのだろうか。確かにシェルはいろんなことに興味を持つタイプだし、興味があればとことん追求して調べることも珍しくはないのだけれど。
「て、てめぇ……!経営のことなんざ何も知らねーくせに……!!」
「それは貴様も同じだろう。父親も可哀想に、ここまで努力して大きくした会社を、貴様のような道楽息子に継がせなければならないとは。二代目が馬鹿なせいで会社が傾くというのはよくある話だな。そうやって自分を大きく見せるために人の揚げ足を取ることに躍起になっている暇があったら、父親の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?」
「この野郎!言わせておけば!クズ人形が、人間サマにナメたクチ聞きやがって!!」
男が眼を血走らせ、拳を振り上げた。危ない、と思うより先に体が動いてしまう。相手はお客様で、大企業の御曹司で、逆らってはいけない相手――そんなことは一瞬にして、ミリーの頭から消し飛んでいた。
「やめてっ!」
素早く、シェルの腕を掴んでいた御曹司の左手首を払って手を離させ、殴らんとしていた右手を掴んで止めていた。――落ちこぼれといえど、ミリーも戦闘訓練を修了したホープ・コードである。運動もろくにしていないボンボン男を制止するくらい、訳のないことだった。
「ちっ!邪魔してんじゃねぇよチビ!どけ!」
「どきません!……貴方はまだ、シェルのご主人様でもなければ私たちの誰のご主人様でもない!対面日はあくまで、貴方がた人間が我々ホープ・コードを選ぶ日です。貴方がたが客なら私達は商品……購入前に傷つけることは禁止されています。貴方も社会人ならわかりますよね!?ホープ・コードは高額です、いくら大企業であっても、一千万円超の弁償はかなり痛手なんじゃないですか!?」
一気に捲し立てる。本当は、こんな方向からこの男を論破することなんてしたくはない。自分達は商品でしかないなどと言いたくない。自分達の価値をお金で表したくなんてない。こんな奴を――お客様だなんて、呼びたくはない。
それでも。――シェルが傷つけられるよりは、ずっとマシだ。
「シェルが……私の友達が失礼なことをしたなら、私から謝罪します。申し訳ありませんでした。でも、だらって暴力はダメです。いくら貴方がお金持ちでも、たとえ大統領や総理大臣であったとしても、守るべきルールはあるはずです。他のお客様のご迷惑にもなります。どうか、ご理解ください」
敬語で喋ることなんてほとんどない。こんな奴に丁寧に接してやるなんて本当に屈辱だ。でも、それで丸く収まるというならいくらでも頭くらい下げてやる。――自分がシェルのためにしてやれることなんて、これくらいしかないのだから。
「……ちっ、偉そうにしやがって、チビが」
周囲の客たちの視線に気がついたのだろう。辺りを見回した後、政紀は舌打ちをするとその場に唾を吐き捨ててスタスタと歩き去っていった。ミリーはほっと胸を撫で下ろす。いざとなったら、怪我をさせない範囲で実力行使も辞さないつもりだったが――そんなことをすれば、この会社全体に迷惑がかかってしまうこともわかっている。あくまでそれは、最終手段だった。自分達を縛るのはなにも、ご主人様との契約だけではないのだから。
そうならなくて良かった、と。心底ほっとしたミリーの耳に。
「……余計な真似を」
「え?」
はっとして振り向く。今のは、シェルが言ったのか?
「余計な真似をするな、ミリー。あんな男に頭を下げる理由なんぞない。そんな価値もない相手だ。図星を刺されて向こうが勝手に怒っただけだというのに」
「でも、シェル……」
「そもそもあいつが、まだ契約もしていないというのにこの場でヤらせろなどと馬鹿なことを言い出すのがいけないんだ。恥知らずめ。腕を振り払っただけであの激怒ぶり、父親もさぞ頭が痛いだろうよ」
そういうことだったのか、と納得する。同時に政紀のことがますます嫌いになった。なんなのだ一体。まだ正式に契約を結んでもいない、しかも公の場で、仮に冗談だとしても品が無さすぎる。あれで本当に二十三才の社会人なのだろうか。そりゃ、シェルが怒るのも無理はないことだろう。
でも。――だからといって、あんな言い方をしては。火に油どころかダイナマイトを投げ込むようなものではないか。
「……私も、シェルが悪いだなんて思ってないよ。もちろん、私だって悪くない。だけど、大企業の息子なのは確かでしょ?下手に怒らせたら、本当に高橋さん達に迷惑がかかっちゃうよ」
「わかってる」
「じゃあなんで……」
「………」
「ちょっと、シェル?どうしてそこで黙るの」
「………」
「ねぇってば」
明らかに、ミリーの問いに答えたくない様子だった。これは、シェルのよくある癖だ。答えづらい質問をされた時、どうすればうまく切り抜けられるか考えて考えすぎて――結果答えが出てなくて沈黙になるパターン。いつも頭の回転は早いはずなのに、時々こうしてフリーズするのがシェルなのである。
つまり――ミリーは何か、シェルの隠しておきたい事情に無意識に触れていたと、そういうことなのだろう。
――というかシェル……なんかすごく、イライラしてない?
ミリーは困惑する。シェルの性格だ、あんなクズ男にセクハラ発言かまされて不快でなかったはずがない。あんな奴に屈するのが嫌だから口撃したんだ、と言われたならとりあえず理解はできるしシェルらしいなぁと思って終わりだ。でも。
何故それを言わずに黙っているのか。しかもイライラしている対象があの男だけではなくて――どうにもミリーに向けられているように思えてならない。
何故だ。一応助けたつもりであったというのに。感謝されたいとは言わないが、そこまで怒りを向けられる覚えはないのだが。
「……たら、どうするんだ」
「え」
「………たのに」
よく聞こえない。シェルはぼそり、と何かを言って、やがて。
「……奴に憎まれるくらいが、丁度いいんだ。私が、憎まれなければ意味がない。……頼むから余計な真似をするな、ミリー」
意を決したかのようにそう告げて――シェルはくるりと背を向けて歩き去っていってしまった。まるでミリーから逃げるように。ミリーは混乱する。憎まれなければ意味がない?どういうことだ。まさか、シェルはわざと政紀を怒らせたのか?
それにさっきの台詞は。
――「お前が狙われたらどうするんだ」「せっかくうまくいっていたのに」って。そう言ったように、聞こえたけど…。
「ミリー!もう、置いていかないでよ!」
パタパタと足音が近付いてくる。つぐみだった。ミリーははっとして、次に冷や汗を掻いた。つい、シェルのことで頭がいっぱいになってしまって、せっかく声をかけてくれた“お客様”を置き去りにしてしまった。ホープ・コードとして最悪の対応だ。
「ご、ごめんなさい!わ、私つい頭に血がのぼって……!」
「いや、いいけどさぁ。ていうかあんた、あんな動きが出来るんだね。どんくさいように見えて結構やるじゃん。それに……」
ちらり、とつぐみはシェルが歩き去った方向を見る。
「友達思いなのは、良いことだよ」
そう言って貰えるのは嬉しいけれど。醜態を晒した自覚がある以上手放しに喜ぶこどできない。ミリーは曖昧に笑っておくに留めた。
――シェル、もしかして……あの御曹司に絡まれることも、予めわかってた……のかな?
胸の奥がもやもやする。シェルの考えがわかりそうでわからないこともそう。シェルを怒らせてしまったこともそう。つぐみを置いて暴走してしまったこともそう。――後悔だとか不安だとか疑問だとか、とにかくそんなもので胸の奥がぐちゃぐちゃになって、非常に気分がよろしくなかった。
胸の奥に溶けたモチが詰まったまま、息をする度にひっかかるような――言うなればそんな感覚である。何かを見落としている気がするのに、それが何なのか見当さえつかないのだ。
「ミリー?大丈夫?顔色悪いけど……って、アンドロイドも顔色悪くなったりするんだから、今の技術って凄いよねぇ……って褒めとくべき?」
「あ、いや、その……」
そんなに分かりやすく不安げな顔をしていだろうか、自分は。ミリーは慌てて取り繕うとした。――料理も戦闘も何もかも苦手な自分が、それ以上に苦手なことではあったのだけど。
「だ、大丈夫!大丈夫だよ、なんでもない!」
繰り返し、繰り返し。それはほとんど、自分に言い聞かせる言葉である。つぐみはそれ以上突っ込んで聞いてくることはなく、それが非常に有り難かった。
日常の崩壊は、すぐそこまで迫ってきている。否応なしに、選択の余地さえなく。
0
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる