夜明けのエンジェル

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<第十二話>

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 対面日初日は、こうして幕を下ろした。
 対面日は参加者の都合もあるし、見定めに時間がかかる客もいるということで三日間設けられている。さらに、三日間を過ぎても希望する客がいれば、個人的に期間を延長することも可能という仕組みになっていた。なんせ、自分の恋人役になるかもしれないアンドロイドだ。人間側だって慎重に吟味したいに決まっているのである。
 もちろん、ホープ・コードにも人気・不人気はいる。人気のアンドロイドは当然抽選になるので、客は必ず、予め第一希望~第三希望までを提出しておくのだ。また、どうしても第一希望のアンドロイドがいいという客に対しては、別料金を支払うことで同型の製作を依頼することも可能になっている。もちろんオーダーメイドはかなりの金がかかるが、それでも第一希望を通したい者は少なくないのが現状である。
 また、ご主人様が正式に決定した後、アンドロイドの設定は微調整することができる。つまり、少しでもご主人様の希望に沿うような設定に変更できるということだ。例えば、女性役を望むアンドロイドの体系をより女性型に近くするだとか。ほんの少しなら顔立ちも変えられるし、目の色や髪の色を変更することも可能である。
 といっても既に出来上がっているアンドロイドに加えられる調整には限界がある。だからこそ、最初からホープ・コードはあらゆるユーザーの好みに対応できるように、多種多様な容姿と性格を取り揃えてあるのだ。例えばミリーなら、小柄で大人しく献身的。シェルなら勇ましく知的でクール、といった風にである。中には、筋肉質な体格のアンドロイドもいるし、ミリーより華奢で幼児のような姿のアンドロイドもいる。人間の好みもまたそれぞれというわけだ。中には全部オーダーメイドでいいから、不細工な顔のホープ・コードを作ってほしいだなんて物好きもいたりする。

――前回の時、一番人気だったの誰だっけ。

 クリスは思い出していた。あの時、クリスはシオン同様メンテナンスの都合で不参加だったのだが。確か――空前絶後の“オネェブーム”が流行っていた年だったように思う。
 先述したように、ホープ・コードは基本的にご主人様が決まるまでは、男性か女性のどちらかの性質に偏ることは許されていない。しかし、稀に例外もある。それがこの年人気のあったアンドロイド、アシュリーだった。
 アシュリーは、典型的な女言葉を話すアンドロイドとして設定されていた。長いウェーブした赤い髪に長身の、美しいがどこか危ない雰囲気が人気を博していた。一見すると女性にしか見えないこのアンドロイドが何故作られたのかといえば、それこそブームに乗っかった結果だとしか言いようがない。
 つまり。女性でも相手の男役に“オネェ”を求める人間が多くいて。また男性も、“オネェっぽい男や女”相手に魅力を感じる人間がいたと、そういうことである。何かのドラマの影響だったのかはたまたゲームの影響だったのかクリスは知らない。とにかく、そんなわけで製作されてすぐ対面日に出されたアシュリーは、その怪しい雰囲気もあってか前回非常に人気を博していたのだった。
 オネェ、と呼ばれる男性は、性同一障害であることも少なくはない。つまり、そういった男性が女性を好きになるケースはさほど多くないのが実情だった。が、そのドラマだかゲームだかのせいで、“オネェの多くは女性にも興味がある”と思いこんでしまった上、ときめいた女性がやたらと多くいた、そんな年だったのだった。リアルなオネェの方々はさぞかし困惑させられたことだろう。
 その結果恋人ができない女性が増えて、アンドロイドの番に走る人が増えるというのもどうなのだ、ということなのだが。まあ、本人たちが誰にも迷惑かけず、幸せにならそれでいいのだろう。実際、前回モテモテだったアシュリーは割と満更でもない様子だった。採取的に抽選でアシュリーを勝ち取っていったのが男性だったのはまあお約束の結果というべきなのかもしれないが。

「お疲れ様ークリスー」
「おつおつー!マッチご機嫌じゃん。いい人だったんだ?」
「まあねー。ああいう人が私を選んでくれたらええんやけどなー」

 対面日後のミーティングが終わり、次々談話室に戻ってくるアンドロイド達に声をかける。今回は割と客層が悪くなかったらしい。多くの者達が明るい表情をしている。クリスとしても嬉しいことだった。仲の良い者、悪い者はどうしてもいるものの、やはり同胞としての仲間意識はある。一人でも多くのホープ・コードに幸せになってほしい、素敵なご主人様にめぐりあって欲しいと思うのは当然のことだった。

――どうなるんだろうなー今回。私も感触は悪くなかったんだけど。

 クリスは今回、フリータイムで特に話したのは三人だった。
 一人は、サッカーをしているという大学生、水嶋蓮。なかなか爽やかな容姿の青年でさぞかし女にモテるのかと思いきや、実は同性愛者なのだという。しかし、それを誰にもカミングアウトできないまま恋人ができることもなく、思い悩んだ末こうして対面日に臨んだのだそうだ。君みたいな子が友人や恋人だったなら毎日楽しいのにな、と言ってくれたのは正直嬉しいことだった。
 二人目は、自分の家で家事見習いをしているという女性、田代絢音。何でも、クリスは自分の初恋の人によく似ているのだという。最初に名簿を見た時からあなたに決めていたの、と情熱的に言われては悪い気はしなかった。もしクリスが番に決まったらぜひ、一緒に店の手伝いをしてほしいのだと言う。
 三人目は――なんと、沖本財閥のお嬢様だった。沖本麻里子。付き添いのボディーガートを連れていたのは、この麻里子とあの政紀の二人だけだった。実に高飛車で偉そうだったが、どちらかというと麻里子の場合は素直になれない――いわばツンデレなだけだったようにも見受けられる。本当はとてもさみしがり屋なのだろう。クリスに求めるものも恋人というより、一緒に遊んでくれる友達、なのかもしれないという印象だった。

――明日以降にもよるけど。今回の三人なら、誰と一緒になってもなんとかなる、かな。まあ麻里子はその、ツンデレ翻訳機が欲しいかんじだったけどな。あとめっちゃ、パシリにされそう。

 でも、自分はおおよそ問題がない。問題だとすれば――一番目立っていて一番面倒な客に絡まれていた、あの人物だろう。

「大丈夫かよ、シェルの奴……」
「大丈夫じゃないでしょう、間違いなく」
「ふべあっ!?」

 独り言に返事が返ってきて、思わずクリスは飛び跳ねた。ついでに椅子から転げ落ちた。腕から嫌な音がしたのは気のせいだと思いたい。あと、椅子の足にぶつけた踵が地味に痛い。

「おおパンツ丸見え。写真に撮っておけばよかったですねえ」
「撮るな変態!シオンこのやろ、驚かせんな馬鹿!」
「変態とは失礼な。弱みを握るだけです」
「なお悪いわ!!」

 ニヤニヤと笑うシオンに憮然とするクリス。相変わらずこの友人は可愛くない。というか、自分に対する扱いが酷い。なんだその、クリスならイジってもいいよね!不憫な扱いでもオッケだよね!的な対応は!

「……シオンはどうだったんだよ、今回の感想。あんまたくさんの人と話してたわけじゃないみたいだけど」

 むすっとしながらも、気になったので尋ねる。自分が見た時、シオンはずっと眼鏡の男性と話し込んでいた様子だったが。

「そうですね。ほぼずっと、時枝さんと話し込んでしまっていましたから」
「時枝さん?って……」
「時枝瞬さん。東皇大学の大学院に通ってる方です。飛び級したそうで。何でも、高橋雄大に憧れて機械工学とアンドロイド精神構造術を学んでるんだとか。頭の良い人との話は為になりますね、誰かさんと違って」
「へいへい、悪うございましたね、頭の悪い誰かさんで!」

 こいつご機嫌だな、とクリスは分析する。どうやら、その時枝瞬とやらはよほどシオンの御眼鏡にかなう人物だったらしい。シオンは面倒なことに、機嫌がいいと自分に絡んでくる傾向にあるのだ。まあ、機嫌が悪かったなら悪かったで、八つ当たりしてきて大変面倒くさいのだけども。

「シオンも割といい感じだったのな。そりゃ良かった。……で、シェルか、問題は」

 クリスが告げると、ええ、とシオンの顔が曇った。

「貴方はいろんな人と話すのに忙しくて気づいてなかったかもしれませんが。シェル、今回ほとんど人と話ができてないんですよ。ずっとあの御曹司が張り付いていて、他の客が近寄れなかったせいです。まるでもう、自分がシェルのご主人様であるとでも言いたいみたいに。ミリーに追っ払われてから手を上げるのは控えたようですが、肩を抱いたり上から目線で説教したりとまあやりたい放題でしたね」

 そうなのか。クリスは思わず視線でシェルの姿を探していた。どうやらまだ談話室に戻ってきてはいないらしい。広場から自室に戻るには必ずこの部屋を通るはずで、つまりいつの間にか自分の部屋に帰ってしまったということはないはずなのだが。もしかしてまた、雄大に呼ばれているのだろうか。

「気付かなかった……。いや、最初にすんげー怒鳴ってたのは知ってたけど。てっきりミリーに追っ払われてから、シェルには近づいてないとばかり……。いくら御曹司でも、他の客シャットアウトするのはやりすぎだろ」
「ええ。でもその御曹司、というのが面倒なんですよね。しかも今回はお父上も一緒だったみたいで。……あの父親、経営手腕は優秀だというのに親馬鹿なのかなんなのか、あの馬鹿息子を全然注意しないんですもの…さすがに呆れてしまいましたよ。あんなのに社長を譲るつもりなら、ホンダネットワークスも終わってますよね」
「おうふ、シェルとほぼ同じこと言ってんな……」

 とはいえ、クリスも同じ気持ちではあったが。ホンダネットワークスの名前は、そういった方面にまるで明るくないクリスでさえ知るところなのだ。下手にコケられると世界情勢に関わりかねない。以前とある海外の大企業が倒産したせいで、この国が大不況に見舞われたことがあったのを思い出す。今回は日本企業だ、影響はもっと大きいに違いないというのに。

「そういえばミリーは?こっちもこっちで姿が見えねーけど」

 もしかしてシェルと一緒にいるのだろうか、きょろきょろと辺りを見回すも、やはり姿は見えない。談話室は雑談するアンドロイド達でごったがえしているし、ミリーの背なら埋もれていても仕方ないが。

「シェルが高橋に呼ばれたので、待ってるんじゃないでしょうかね」
「またか。今度は何の用件だよ」
「さあ。でも……」

 シオンは苦い顔で、広場の方を振り返る。スタッフルームは広場の奥にあるのだ。シェルはいるとしたら、その方向だということだろう。

「良い案件でないことは、確かでしょうね。例えば……あの御曹司がらみ、とか」

 クリスの脳裏に、政紀の地味で横柄な顔が浮かんだ。脳内で男は気味の悪い顔で笑っている。それから、先ほど見た、ミリーのいつになく勇敢な姿も。
 嵐が来るのかもしれない。まるでそれこそどこぞのB級映画のようなことを思ってしまうクリスだった。悲しいことに、悪い予感ほど当たるのが世の常なのである。
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