夜明けのエンジェル

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<第十三話>

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 対面日がスケジュール通り終わり、三日が過ぎた。上から来た通達に、雄大はどんっと気分が沈むのを感じていた。
 やはりというべきか、あの本多政紀はシェルを指名してきたようだ。ついでに、上層部に圧力をかけてきたらしい。つまり、シェルの貰い手として他に希望者がいたとしても――本多政紀を必ず選ぶようにしろ、ということ。他の一般人と抽選にするなということだった。これだから金持ちは嫌なんだ、と言ったら偏見になるかもしれないが。このようなことが初めてではないからこそ、思ってしまうのも致し方ないことと言えよう。

「溜め息、これで六回目よ?」

 何度見ても変わらない書面に重い息を吐いていると、晃子にそう指摘された。そんなに溜め息ばかりついていただろうか。――いやでも、ここにいる人間のスタッフで誰よりネガティブになっているのが自分であることは疑いようのない事実だったが。

「本多政紀が過去に意図的にホープ・コードを壊している可能性があるってこと上にはきちんと報告してたんでしょ?」
「はい……」
「それでも本多政紀を参加者に選んで、今回の通達をしてきたってことはもうね、お察しってことなのよ。私も腹立たしいとは思うけど、諦めるしかないじゃない。どんな道具もいつかは壊れるんだし、それが早いものがあってもおかしくないでしょ?作った側からすればそりゃ、粗末に扱われるのは残念でしょうけど」

 残念。――そんなものなのか、と思う。
 とっくにわかっていたこととはいえ、こう突きつけられるとやっぱりそのたびにもやもやしてしまうのだった。大事に作ってきた道具があっさり壊されたら残念。その気持ちもわかる。でも、晃子たちには所詮、その程度の感慨しかないということだろう。
 人間とそっくりな姿で、ほとんど変わらないような生活を営むホープ・コードたち。長年彼らと接してきても、最初に“どうせロボットなんだから”とフィルターをかけてしまえばそれ以上の思い入れなどないのも仕方ないことかもしれない。実際、作った雄大でさえ、彼らが本当に心を持っているのかなんて言い切れることではないのだ。数字の上、データの上では。彼らの挙動は全てプログラムされたもの、としか顕れてこないのだから。
 わかっている。彼らを人間のように思ってしまうのも。彼らに心があるように感じるのも。結局のところ自分の独り善がりや、思い込みでしかないのかもしれない、ということくらいは。
 それでも――自分は。

「あんたはね。やっぱり、ホープ・コードに思い入れが強すぎると思うのよ」

 そんな雄大の気持ちを察知したかのように、晃子は告げた。

「彼らは人間ではないわ。……人間だと思ってはいけないの。何度も繰り返すようだけど、それが正しいことよ」
「どうして……」
「酷すぎるからよ。彼らを人間に置き換えて考えてしまうとね」

 晃子は、ホープ・コードたちをけして人間と同列には扱わない。彼らを機械人形としか見なさない人間だ。それでも、他の職員と違うところはあるのである。
 それは。ホープ・コードたちを愛してしまう雄大を――けして馬鹿にしたり哂ったりしない、というところである。

「私たちのやっていることを考えてみなさいよ。人間の都合で産み出して、監禁して外にも出さないで、人を殺せるような戦闘訓練までさせておいて。ある日突然見ず知らずの人間を宛がわれて“こいつの恋人になってセックスしろ、奴隷のように扱われても逆らうな、逆らったらお前を殺す”って脅すのよ?これが虐待でなくてなんなの。人道を無視しているにもほどがあるじゃない」

 わかっているなら、なんで。
 苦い顔をする雄大に。

「わかっているわよ。……わかっているからなの」

 今度は晃子の方が盛大に溜め息をついてみせた。

「人間だと考えるとあまりに惨いことを私達はホープ・コードたちにしているわ。だから“人間だと考えない”ことで自分を誤魔化すのよ。“人間じゃない、心なんてない機械だから、彼らは苦しんだりしない。そんなものは錯覚にすぎない”って思い込むの。そういうことにするの。そうやって、罪悪感から眼を背けるのよ」
「そんなの……」
「そうじゃなきゃやっていけないのよ。誰だってね、自分が加害者だなんて思いたくないものよ。残酷な犯罪者なんかじゃないと考えたいの。そうしなければ生きていけない、弱いイキモノなのよ。高橋クン、あんたも例外じゃない。その真面目さや優しさは美徳だけど、そんな考え方ばっかりしてたはあんたが潰れちゃうだけだわ。……私は、それが心配なの」
「………」

 何も、言うことが出来なかった。
 彼女の言っていることは間違いなく筋が通っている。残酷で身勝手だということは、彼女が本当は誰よりわかっているのだろう。それを自覚した上で、己を守る唯一の手段を選んだのだろう。――それはけして、責められるものではなかった。何より、彼女が本当に雄大を心配してくれているのがわかるから尚更である。
 誰もが加害者になりたくない。
 被害者になりたいわけでもないけれど、基本的に一番なりたくないのは加害者だろう。何故なら、被害者は基本的には同情されるし、責められるものではないからだ。夢見がちな女子の一部は、それを愛と勘違いして“悲劇のヒロインになる自分”を妄想したがることもあるらしい。可哀想ね、そんなに可哀想なのに頑張っている貴方は偉いね、と。そうやってちやほやされたい、認められたい、目立ちたいという自己顕示欲。時にそれは、罪のない人間を悪役に仕立ててでもと考えて、暴走に至ってしまうものだという。
 加害者はそれらとは真逆の存在だ。お前が悪い、お前のせいで●●が殺された、傷ついた、追い詰められた――と。そうやって責められるばかりで、責めない人間の多くが離れていく。世間の目は厳しい。犯罪を犯した人間と分かれば、我に正義はありとばかりに無関係の人間が叩いてくるものなのだから。その結果、今ある生活や幸せが壊れてしまうことも想像に難くなく――そのせいで犯罪を犯しても隠したがる人間が後を絶たない実情がある。
 だから誰もが、自分は加害者ではない、悪いことをしたわけじゃないと思い込む。罪を認めたがらない。――それはとても、とても勇気の要る行動なのだから。

「……ありがとうございます、鯨井さん」

 雄大は考える。ホープ・コードたちの扱いを改善してほしいといくら訴えても通らない理由。彼らがいつまでもアンドロイドたちをぞんざいに、道具として扱う理由。そうすることで彼らを人間と認めず――認めないことで加害者かもしれない自分から目を背けているのだとしたら。
 それはなんて愚かで――醜いことなのだろう。

「……鯨井さんが言う通り、俺、どうあがいても決定には逆らえないし。どう思っていたところで、これならもホープ・コードたちを見ず知らずの人間のところに嫁に出し続けるのも変わらないと思います。シェルのことだってそう。上層部に逆らえずに見棄てることには違いないんだから、偉そうなこと言う資格なんてないんですよね」
「高橋クン、それは……」
「そう、だから。現実が変えられない限り、彼らはただの機械なんだって思ってた方が気楽に決まってるんです。本当は、わかってます。だからこれは、俺の……ちっぽけな意地みたいなもんなんです」

 困惑した様子の晃子に頭を下げた。安いプライドだ。しょうもない価値観だ。それでも、自分は。

「何も出来なくても、苦しくても、自己満足でも。心だけは譲りたくないんです。それがちっぽけな俺の、ちっぽけな誇りだから」

 そのちっぽけな誇りが、何の役にたつかなんてわからないけれど。そのちっぽけな誇りゆえに、自分はこれからも無力なりに道を探すのだろう。
 いつかアンドロイド達に心があることを。人と同じように生きる権利が与えられる日が来ることを、密かに夢に見ながら。



 ***



「え、シェル、もうご主人様のところに行くの!?」

 ミリーはすっとんきょうな声を上げた。対面日が終わってまだ三日だ。本当は抽選や手続きもあるため、アンドロイドたちがご主人様のところに行くのは対面日最終日からどんなに早くても二週間は後のことになるはずなのである。しかし、シェルはもう嫁入り先が決まったのだという。対面日から僅か一週間でここを離れることになる。異例の早さだった。

「先方の希望だそうだ。本当は即日にでも連れて帰りたいところを、どうにか宥めて一週間まで延ばしてもらったらしいからな」
「どんだけ迷惑なんだよあの御曹司……!高橋たちもバッタバタだったろうに」
「他人の迷惑を考えるような人間なら、あんなマナー違反な真似はしないでしょうよ」
「……確かになぁ」

 淡々と言うシェル。呆れた様子のクリスとシオン。ミリーは――本当のところ、ショックでならなかった。別れが早くなってしまったのは悲しいけれど、それはもう仕方ないと割り切るしかない。そういうこともある。けれど――やはり、納得がいかなかった。どうしてあんな男に、大切な友人を渡さなければならないのだろう。
 予想はしていた。それでも――そうならないで欲しいと、ずっと願っていたのに。

「私達なんて新しい御主人様どころか、卒業するかどうかも決まってないってのに……なぁミリー?」
「う、うん」

 ああ、なんてこと。
 考えれば考えるほど、思考はずぶずぶと沈んでいってしまう。シェルのことは自分が一番よく知っている。一番気にかけてもらっている。そんな自負が、意地が、プライドが、独占欲が――こんなに強いものだったなんて、今まで考えもしなかったのに。

――触れるんだ。……弄ぶんだ。あの男が……あんなやつが、シェルを。

 心臓が痛い。重いというよりそれはもはや痛い、熱いといったレベルの感情だった。シャワーを浴びる時何度も見たシェルの裸。それから、あの花火の夜に触れた唇の甘さを思い出していた。その身に、あの男の薄汚い指が、舌が這い回ることを想像してしまった。瞬間――心臓が破裂しそうなほど苦しくなり、吐き気で視界がぐるぐる回った。
 なんてことだろう。それがほぼ確実に訪れる未来だというのか。そんなこと、そんなことが起きるのならその前に自分が――。

――あ、れ?私、いま。いま……何を考えた?

「ミリー?どうしたよ」

 クリスの呼ぶ声も、シオンとシェルの顔も、どこか遠くに感じられた。自分の思考に誰より唖然として、自覚してしまったら最後そこから抜け出せなくなっていた。
 なんて醜く、気色悪くて――泣きたくなるような感情なのだろう。
 どんなに嫉妬したところでシェルはもう、自分のものではないというのに。

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