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<第十八話>
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ホープ・コードが一人称を変える。それはつまり、ご主人様に“自分らしく生きる”自由を許されたと言っても過言ではないこと。もちろん、ご主人様に命令されて別の一人称を強要されるケースもあるにはあるが――クリスがそのどちらであるかは、火を見るまでもなく明らかなことだった。
――そうなんだ。
ミリーは、新しい自分になったクリスを見る。そう、よく見てみればクリスは、男の子が着るようなジーパンに迷彩柄のジャケットを着ていた。顔立ちは元々中性的だし声もそれは変わらない。でも。
「麻里子サマー?真面目に言うけどさぁ、太ってもオレ知らないからね?管理しないからね?ただでさえ体重けっこーやば……ふげらっ!」
「やかましいですわよ!わたくしはまだまだぽっちゃり系で通る範囲ですわ!断じて!太ってなど!おりませんから!」
「完全に図星のくせに何を言う……あたたた足踏まないでヤメテー!」
一人称が変わるだけで。服装が変わるだけで。それから――気を許せるご主人様が側にいるだけで。クリスはもうどこからどう見ても――明るくて元気な“少年”にしか見えなくなっていたのだ。
ぺしぺしと麻里子に頭を叩かれながら悲鳴を上げるクリス。それでもどこか楽しそうに見えるのは、お互いに信頼があるからなのだろう。たった二日だ。たった二日しか経ってないというのに――二人はまるで古くからの幼馴染みか何かのようだった。文字通り、理想的なパートナーである。
「あんた達仲良いんだねぇ。うんうん、羨ましい限りだわ」
そんなミリーの気持ちをわかっているのかいないのか、つぐみは隣で納得したように頷いている。
「仲良くなんてねーし!オレ完全にパシリにされてるだけだもん!可哀想だと思わない!?この人ほんっと人使いならぬアンドロイド使い荒いんだからー!」
「嘘おっしゃいな!わたくしのどこが荒いんですの!?こんなに優しく接して差し上げてますのに!」
「どこが!?え、どのへんが!?優しいって言いながら人の足踏んずける人のどの辺が優しいのかちょっと詳しく聞いてもいいっ!?」
「それは貴方がいけないんですのっ!大体ねっ!」
「あーうん、ごめんアタシが悪かったから喧嘩しないで?みんな見てるからね?」
なんとなく、彼らの関係を察した。まるで漫才コンビか何かのようである。そしてミリーは思う。かなり衝撃的に、思う。
――あ、あの空気読めないつぐみが、正論でツッコミしたーっ!?
それってかなりやばいんじゃないのか!と非常に失礼なことを思うミリーである。いや、言っていることは真っ当なのだが。なんせ、ここはスーパー。お客さんがごった返している日曜日のスーパーなのだ。
「うえっ!?」
ここでやっと、自分達が周囲の買い物客に奇異の視線を向けられていることに気がついたらしい。クリスが奇声を上げて固まる。その隣で、我に返った麻里子が踞って頭を抱えていた。
「ああああうううう!わたくしとしてことがなんたる醜態っ…おとやかで上品なお嬢様キャラで通すつもりでしたのに……!これじゃあ道行く皆様にも読者の皆様にも、ツンデレ面倒くさいタカビーお嬢様()だと思われてしまいますわっ……」
「メタ発言ヤメテ!?ていうか結構自分のことちゃんとわかってんだなアンター!?」
麻里子のとんでもない言葉に、クリスが律儀にツッコミを入れた。うん、やっぱり漫才コンビにしか見えない。もしくは残念なお嬢様とパシリ君である。
「と、とりあえず!とりあえずそのへん置いておいて!……沖本財閥のお嬢様に選ばれたって聞いたから、こんなスーパーで会うなんて思わなかったよ!あははっ!」
こういう時は不自然だろうとなんだろうと会話は切り替えるに限る。それとなくカートを進めて場所を移動するように誘導しつつ、ミリーは乾いた笑顔で告げた。
無理矢理だと言いたければ言え。さすがにこの空気はきっつい!
「……あーうん。やっぱそうだよな。そう思われるとは思ってた。でも結構、麻里子ってこういう所の買い物好きなんだってさ。見た目と中身は完全に箱入りだしトラブルメーカーだけど、金銭感覚はマトモというか、あんまり高価なもの買いたがらないというか。……お菓子は例外だけど」
麻里子。クリスはそれとなく、ご主人様である彼女を呼び捨てにしてみせた。つまり――それを麻里子が許したということである。
思えば、仲良し四人組で一番コミュニケーション能力が高かったのはクリスだった。コミュ障毒舌のシェルは問題外。シオンはそこまで酷くはないものの、相手の図星をすぐ突いてしまって他人との関係を悪化させやすいあたりは同類だったように思う。この点に関して言えば、ミリーの方が遥かに優秀だった。対人技能のみ、ミリーも落ちこぼれではなかったのである。そして、優等生はクリスだったのだ。
クリスの凄いところはそこである。料理も勉学もからっきし。けれど戦闘においてはセンス抜群の動きをし、かつ誰かと仲良くなることに関していえば天才的と言わざるをえなかった。空気が読めないくせに、それが嫌みにならないのがクリスなのである。突拍子のない発言をしても許されるというか、可愛がられるところがクリスにはあるのだった。
クリスは嘘をつかない。そして、仲間や家族をとても大切にする、情に厚い人物だ。きっと麻里子にもそんなクリスの良さが伝わった、ということなのだろう。
――すごいな、クリス。
ほんの少し、羨望と劣等感を感じてしまった。自分はまだ、彼らほどの信頼関係を築けていないように思う。同時に自分にはまだ――クリスのように、これだけはと胸を張れる武器がないのも事実だった。
『落ちこぼれっていうけど、ミリーすっごく努力家だし。出来る範囲で一生懸命やってくれるじゃんか』
つぐみの言葉が甦ってくる。
『そりゃ、対面日ではすっころんでたけどさ。でも、離しててもそんな落ちこぼれーとか出来損ないーみたいな印象受けないけどなあ。少なくともアタシより出来ることいっぱいあるし、物覚えも早いし、努力家だし。それって結構すごいことじゃんね?』
彼女はそう言ってくれたし、それはとても嬉しいことだったけれど。自分はまだ、まだ。その評価に見合うだけのことなど、何も出来ていないように感じるのである。
努力は、報われるまでが努力なのだ。
自分はまだ本当に手に入れたいものを手にしていない。本当に辿り着きたい場所も、勝利も、まだ何一つ――。
「クリス、“許された”んだね。麻里子さんに、いろんなこと」
「一人称か?それとも呼び方か?」
「両方だよ。……たった二日ですごいと思う。私たちはまだほんと、手探りだし…」
つぐみは、ミリーも好きな一人称を選んでいいと言った。同時に、外見上の性別も。ホープ・コードは両性具有でありそれは最後まで変わらないのだが、女性に近い外見、男性に近い外見に変わることはできるようになっている。女性に近づけば胸が膨らむし、もっと言えば男性器は体内に収納されて見えなくなる、といった具合にだ。――ホープ・コードにとっても、ご主人様にとっても。性別を選ぶ作業というのは、極めて重要なものになってくるはずなのである。
だからこそ。ミリーは許されたとはいえ――まだ自分の外見や一人称を変えようとは思えないのが現状だった。つぐみの真意を、ちゃんと本人の口から聞きたいのである。それを聞くまで、自分は男にも女にもなるべきではないと、そう思うのだ。もしもつぐみが元彼を吹っ切ってミリーに彼氏としての役目を求めるなら男になるし、同性の友人であり続けたいと願うなら女になるし。――いずれにせよまだ、選択するべき時ではないと思っているのである。
その時がいつ来るのか。本当に待っているだけでいいのかは、まだわからないことなのだけど。
「クリスはすぐ誰とでも仲良くなれちゃう。そういうとこ、昔から尊敬してたんだ」
仲間内で、クリスのことは一番心配していなかった。彼なら何処に行ってもやっていける。そんな謎の信頼があったと言うべきだろうか。
「ただ、シオンとシェルに関してが心配で……あ、クリス!そこのお煎餅落ちそう!」
「げっ!土砂崩れ警報っ……ああもう万里子、しゃべってないで助けてくれよー!」
「えー」
「えー、じゃないえーじゃ!」
自分達が話している間に、いつのまにかつぐみと万里子は二人で盛り上がっていたらしい。まあ、空気こそ読めないものの、つぐみもわりと親しみやすいタイプではある。あのお嬢様も見た目のわりに人見知りしないようだし、同い年の女同士で共通の話題も尽きなかったりするのだろう。
お陰さまで、クリスがヘルプを出してもカートを押してくれる気配はない。それどころか自分達を置いてずんずん先に行ってしまう始末だ。楽しいのは何よりだが、つぐみの生活能力の無さを思うとこのまま別れていいのか不安ではある。おかしなものを買いかねない。
「シオンだけどな。実は今朝会ったんだよ、オレら」
しょーもないご主人様にため息をつきつつ、クリスが言う。
「シオン引き取った、時枝瞬って人の研究室な。研究費用サポートしてんのが沖本財閥だったんだよ。そのツテで、今朝麻里子と研究室行ってきた」
「そうなんだ。シオン、どうしてた?」
「水を得た魚ってあーゆーのを言うのな。もう楽しくて楽しくて仕方ないってかんじだった。時枝の研究を手伝いたいって必死こいて勉強してた。時枝ってやつも…気難しい雰囲気だけど、シオンがあんだけなついてるんだから、悪いやつじゃないんだろうな。ただ……」
「ただ?」
「……シェルに関しては、何も情報出てこないんだよ。沖本財閥のネットワーク使ってんのにだぜ?」
「……!」
ミリーは息を呑む。シェルに関する情報。財閥の経由でも何も出てこないとなると、もしかして。
「隠されてる……ってこと?」
嫌な予感しか、しない。後ろ暗いことがないなら、特に手を回す必要などないはずなのに。
ただでさえ、シェルは自分達より早くあの男に引き取られている。もう一週間以上あの男のところにいるのだ。何もされていない、なんて考えるほど楽天的になれるはずもなく。
「ホンダネットワークスの圧力がかかってんのは間違いないだろうな。でもこんだけは分かった。……本多政紀のやつ、実質副社長なくせして……シェルを引き取ってから、会社にはちょっとしか顔だしてないらしいぜ。別荘に籠って趣味に勤しんでるんじゃないかって噂」
「別荘って……」
「奴名義の別荘なんか国中にたくさんある。どれかまではわかんねーし、あくまで噂の範疇を出ない。……なあ、ミリー」
クリスは真面目な顔になって、ミリーに告げた。目をそらせないほど、真っ直ぐにミリーの眼を見つめて。
「お前がシェルを特別想ってるのはわかってる。でもな。無茶なことだけはすんな。お前に何かあって一番傷つくのが誰かってこと、忘れてくれんなよ」
分かりきったことだった。それでも改めて友人の口から告げられて、ミリーは唇を噛み締める。自分の考えなどお見通しなのだ。いざとなればミリーが、己の幸せすべてと引き換えにしてでもシェルを助けにいってしまうだろうということくらいは。
「……わかってる」
わかっていること。
「わかってる、よ」
それでも、ミリーは。そんなことしない、とも。大丈夫だよ、とも。口にすることが出来なかったのである。
――そうなんだ。
ミリーは、新しい自分になったクリスを見る。そう、よく見てみればクリスは、男の子が着るようなジーパンに迷彩柄のジャケットを着ていた。顔立ちは元々中性的だし声もそれは変わらない。でも。
「麻里子サマー?真面目に言うけどさぁ、太ってもオレ知らないからね?管理しないからね?ただでさえ体重けっこーやば……ふげらっ!」
「やかましいですわよ!わたくしはまだまだぽっちゃり系で通る範囲ですわ!断じて!太ってなど!おりませんから!」
「完全に図星のくせに何を言う……あたたた足踏まないでヤメテー!」
一人称が変わるだけで。服装が変わるだけで。それから――気を許せるご主人様が側にいるだけで。クリスはもうどこからどう見ても――明るくて元気な“少年”にしか見えなくなっていたのだ。
ぺしぺしと麻里子に頭を叩かれながら悲鳴を上げるクリス。それでもどこか楽しそうに見えるのは、お互いに信頼があるからなのだろう。たった二日だ。たった二日しか経ってないというのに――二人はまるで古くからの幼馴染みか何かのようだった。文字通り、理想的なパートナーである。
「あんた達仲良いんだねぇ。うんうん、羨ましい限りだわ」
そんなミリーの気持ちをわかっているのかいないのか、つぐみは隣で納得したように頷いている。
「仲良くなんてねーし!オレ完全にパシリにされてるだけだもん!可哀想だと思わない!?この人ほんっと人使いならぬアンドロイド使い荒いんだからー!」
「嘘おっしゃいな!わたくしのどこが荒いんですの!?こんなに優しく接して差し上げてますのに!」
「どこが!?え、どのへんが!?優しいって言いながら人の足踏んずける人のどの辺が優しいのかちょっと詳しく聞いてもいいっ!?」
「それは貴方がいけないんですのっ!大体ねっ!」
「あーうん、ごめんアタシが悪かったから喧嘩しないで?みんな見てるからね?」
なんとなく、彼らの関係を察した。まるで漫才コンビか何かのようである。そしてミリーは思う。かなり衝撃的に、思う。
――あ、あの空気読めないつぐみが、正論でツッコミしたーっ!?
それってかなりやばいんじゃないのか!と非常に失礼なことを思うミリーである。いや、言っていることは真っ当なのだが。なんせ、ここはスーパー。お客さんがごった返している日曜日のスーパーなのだ。
「うえっ!?」
ここでやっと、自分達が周囲の買い物客に奇異の視線を向けられていることに気がついたらしい。クリスが奇声を上げて固まる。その隣で、我に返った麻里子が踞って頭を抱えていた。
「ああああうううう!わたくしとしてことがなんたる醜態っ…おとやかで上品なお嬢様キャラで通すつもりでしたのに……!これじゃあ道行く皆様にも読者の皆様にも、ツンデレ面倒くさいタカビーお嬢様()だと思われてしまいますわっ……」
「メタ発言ヤメテ!?ていうか結構自分のことちゃんとわかってんだなアンター!?」
麻里子のとんでもない言葉に、クリスが律儀にツッコミを入れた。うん、やっぱり漫才コンビにしか見えない。もしくは残念なお嬢様とパシリ君である。
「と、とりあえず!とりあえずそのへん置いておいて!……沖本財閥のお嬢様に選ばれたって聞いたから、こんなスーパーで会うなんて思わなかったよ!あははっ!」
こういう時は不自然だろうとなんだろうと会話は切り替えるに限る。それとなくカートを進めて場所を移動するように誘導しつつ、ミリーは乾いた笑顔で告げた。
無理矢理だと言いたければ言え。さすがにこの空気はきっつい!
「……あーうん。やっぱそうだよな。そう思われるとは思ってた。でも結構、麻里子ってこういう所の買い物好きなんだってさ。見た目と中身は完全に箱入りだしトラブルメーカーだけど、金銭感覚はマトモというか、あんまり高価なもの買いたがらないというか。……お菓子は例外だけど」
麻里子。クリスはそれとなく、ご主人様である彼女を呼び捨てにしてみせた。つまり――それを麻里子が許したということである。
思えば、仲良し四人組で一番コミュニケーション能力が高かったのはクリスだった。コミュ障毒舌のシェルは問題外。シオンはそこまで酷くはないものの、相手の図星をすぐ突いてしまって他人との関係を悪化させやすいあたりは同類だったように思う。この点に関して言えば、ミリーの方が遥かに優秀だった。対人技能のみ、ミリーも落ちこぼれではなかったのである。そして、優等生はクリスだったのだ。
クリスの凄いところはそこである。料理も勉学もからっきし。けれど戦闘においてはセンス抜群の動きをし、かつ誰かと仲良くなることに関していえば天才的と言わざるをえなかった。空気が読めないくせに、それが嫌みにならないのがクリスなのである。突拍子のない発言をしても許されるというか、可愛がられるところがクリスにはあるのだった。
クリスは嘘をつかない。そして、仲間や家族をとても大切にする、情に厚い人物だ。きっと麻里子にもそんなクリスの良さが伝わった、ということなのだろう。
――すごいな、クリス。
ほんの少し、羨望と劣等感を感じてしまった。自分はまだ、彼らほどの信頼関係を築けていないように思う。同時に自分にはまだ――クリスのように、これだけはと胸を張れる武器がないのも事実だった。
『落ちこぼれっていうけど、ミリーすっごく努力家だし。出来る範囲で一生懸命やってくれるじゃんか』
つぐみの言葉が甦ってくる。
『そりゃ、対面日ではすっころんでたけどさ。でも、離しててもそんな落ちこぼれーとか出来損ないーみたいな印象受けないけどなあ。少なくともアタシより出来ることいっぱいあるし、物覚えも早いし、努力家だし。それって結構すごいことじゃんね?』
彼女はそう言ってくれたし、それはとても嬉しいことだったけれど。自分はまだ、まだ。その評価に見合うだけのことなど、何も出来ていないように感じるのである。
努力は、報われるまでが努力なのだ。
自分はまだ本当に手に入れたいものを手にしていない。本当に辿り着きたい場所も、勝利も、まだ何一つ――。
「クリス、“許された”んだね。麻里子さんに、いろんなこと」
「一人称か?それとも呼び方か?」
「両方だよ。……たった二日ですごいと思う。私たちはまだほんと、手探りだし…」
つぐみは、ミリーも好きな一人称を選んでいいと言った。同時に、外見上の性別も。ホープ・コードは両性具有でありそれは最後まで変わらないのだが、女性に近い外見、男性に近い外見に変わることはできるようになっている。女性に近づけば胸が膨らむし、もっと言えば男性器は体内に収納されて見えなくなる、といった具合にだ。――ホープ・コードにとっても、ご主人様にとっても。性別を選ぶ作業というのは、極めて重要なものになってくるはずなのである。
だからこそ。ミリーは許されたとはいえ――まだ自分の外見や一人称を変えようとは思えないのが現状だった。つぐみの真意を、ちゃんと本人の口から聞きたいのである。それを聞くまで、自分は男にも女にもなるべきではないと、そう思うのだ。もしもつぐみが元彼を吹っ切ってミリーに彼氏としての役目を求めるなら男になるし、同性の友人であり続けたいと願うなら女になるし。――いずれにせよまだ、選択するべき時ではないと思っているのである。
その時がいつ来るのか。本当に待っているだけでいいのかは、まだわからないことなのだけど。
「クリスはすぐ誰とでも仲良くなれちゃう。そういうとこ、昔から尊敬してたんだ」
仲間内で、クリスのことは一番心配していなかった。彼なら何処に行ってもやっていける。そんな謎の信頼があったと言うべきだろうか。
「ただ、シオンとシェルに関してが心配で……あ、クリス!そこのお煎餅落ちそう!」
「げっ!土砂崩れ警報っ……ああもう万里子、しゃべってないで助けてくれよー!」
「えー」
「えー、じゃないえーじゃ!」
自分達が話している間に、いつのまにかつぐみと万里子は二人で盛り上がっていたらしい。まあ、空気こそ読めないものの、つぐみもわりと親しみやすいタイプではある。あのお嬢様も見た目のわりに人見知りしないようだし、同い年の女同士で共通の話題も尽きなかったりするのだろう。
お陰さまで、クリスがヘルプを出してもカートを押してくれる気配はない。それどころか自分達を置いてずんずん先に行ってしまう始末だ。楽しいのは何よりだが、つぐみの生活能力の無さを思うとこのまま別れていいのか不安ではある。おかしなものを買いかねない。
「シオンだけどな。実は今朝会ったんだよ、オレら」
しょーもないご主人様にため息をつきつつ、クリスが言う。
「シオン引き取った、時枝瞬って人の研究室な。研究費用サポートしてんのが沖本財閥だったんだよ。そのツテで、今朝麻里子と研究室行ってきた」
「そうなんだ。シオン、どうしてた?」
「水を得た魚ってあーゆーのを言うのな。もう楽しくて楽しくて仕方ないってかんじだった。時枝の研究を手伝いたいって必死こいて勉強してた。時枝ってやつも…気難しい雰囲気だけど、シオンがあんだけなついてるんだから、悪いやつじゃないんだろうな。ただ……」
「ただ?」
「……シェルに関しては、何も情報出てこないんだよ。沖本財閥のネットワーク使ってんのにだぜ?」
「……!」
ミリーは息を呑む。シェルに関する情報。財閥の経由でも何も出てこないとなると、もしかして。
「隠されてる……ってこと?」
嫌な予感しか、しない。後ろ暗いことがないなら、特に手を回す必要などないはずなのに。
ただでさえ、シェルは自分達より早くあの男に引き取られている。もう一週間以上あの男のところにいるのだ。何もされていない、なんて考えるほど楽天的になれるはずもなく。
「ホンダネットワークスの圧力がかかってんのは間違いないだろうな。でもこんだけは分かった。……本多政紀のやつ、実質副社長なくせして……シェルを引き取ってから、会社にはちょっとしか顔だしてないらしいぜ。別荘に籠って趣味に勤しんでるんじゃないかって噂」
「別荘って……」
「奴名義の別荘なんか国中にたくさんある。どれかまではわかんねーし、あくまで噂の範疇を出ない。……なあ、ミリー」
クリスは真面目な顔になって、ミリーに告げた。目をそらせないほど、真っ直ぐにミリーの眼を見つめて。
「お前がシェルを特別想ってるのはわかってる。でもな。無茶なことだけはすんな。お前に何かあって一番傷つくのが誰かってこと、忘れてくれんなよ」
分かりきったことだった。それでも改めて友人の口から告げられて、ミリーは唇を噛み締める。自分の考えなどお見通しなのだ。いざとなればミリーが、己の幸せすべてと引き換えにしてでもシェルを助けにいってしまうだろうということくらいは。
「……わかってる」
わかっていること。
「わかってる、よ」
それでも、ミリーは。そんなことしない、とも。大丈夫だよ、とも。口にすることが出来なかったのである。
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