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<第二十九話>
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「随分とまた、無謀な真似したもんだな」
クリスは素直に感想を述べていた。ミリーから聞いた、一週間前の出来事についてのことである。
「場合によっちゃ、お前らその場で捕まってたかもしれねーんだぞ?ホンダネットワークスの御曹司もそうだが、そのクラブって違法スレスレのところなんだろ?警察のお世話になりたかったのか?」
「違法スレスレなのは、運営してる一部の人と客の一部の人でしょ。私達には関係ないよ」
「お前はそう思ってても、関係あると思われたらオシマイなんだっての。大丈夫かよお前」
昼下がりの喫茶店にて。クリスはミリーと紅茶を飲んでいた。もうすぐシオンもやって来るらしい。双方のご主人様達は以外と気が合うところもあったのか、三人で買い物に出てしまっているのでここにはいないのである。ここ数日、数回会っただけの割に意気投合しているようだった。シオンの主人である時枝瞬が、若干女二人に振り回されて疲れているようにも見えなくなかったが。
もしかしたら、主人たちも今回の件で協力してくれるのかもしれない。少くとも、ミリーの主人であるつぐみが協力的なのはわかっている。だが、出来るだけ巻き込みたくはないのも事実だった。クリスもシオンも、双方の主人とかなり上手くやれている様子である。特にシオンは、既に恋仲に近い仲にまで発展している様子だった。巻き込みたくないと思うのも分からない事ではない。
こうして、彼等が知らない場所で話の算段をつけておき、いざという時“主人たちは何も知らなかったので無関係です”という主張を通したいのである。いざという時――いや、万が一の時というべきか。犯罪沙汰になった時、主人たちも共犯者であると疑われる可能性はけして低くはないのだ。
ましてや、三人揃って悪い人達ではないのである。自分達を切り捨てて“勝手にやったことだ”と主張してくれるとは考えにくいのだ。
「危機感がない、なんて言わないでよ。そんなつもりもないんだから」
ミリーは冷たい声で言い放つ。
「もう一週間も経ってる。その間、シェルがどんだけ酷い目に遭ってるかと思うと、腸が煮えくり返りそうだよ」
だろうな、とクリスは思う。ミリーとつぐみが地下クラブに乗り込んでから一週間。何もしていなかったわけではないのである。一週間の間、発信機の電波を辿り、その発信源付近にある別荘について調べ尽くした。人を雇うわけにもいかないから、シオンの人脈やクリスの主人経由の情報と、文字通りミリー自ら足を運んで調査した結果が全てになる。その結果、分かったこともあるのだ。
シェルが監禁されているのは、高い確率でN県のT市、本多政紀の別邸だ。警備がやたら厳重であり、最近防犯システムを一新したことから怪しいと睨んでいた場所である。実際、発信機の電波もそこから発信されているようだった。
「警備の隙をどうやって突けばいいのか、真剣に考えてるとこ。潜入ルートと脱出ルートを両方考えないといけないもん。あと、つぐみをどうやって巻き込まないようにするか、だね」
「それなんだけどさあ、ミリー」
きっと、ミリーもわかっていることではあるのだろう。でも、クリスはあえて今、自分が言わなければならないと思っていた。
「お前、本当に……シェルを救出するつもりなのか?お前が規則違反をすることで、つぐみがどうなるのか分からないわけじゃないだろ。いくら無関係を装っても、疑われるのは確実だし。普通に逮捕も有り得るんだぞ」
シェルは、自分にとっても大切な友人だ。助けたいという気持ちは同じのつもりでいる。ましてや、本多政紀の悪行は聞くに耐えないものだ。怒りを通りこして憎悪する感じるほどである。そんな男に、友人が陵辱の限りを尽くされていると思うと、何度殺しても飽き足らないとさえ思う。生きている価値のない人間なんているのかと思っていたが、まさに本多政紀こそそういった種類の人間だったというわけだ。
だが。自分達の本分は、生まれた意義は。人間と番になって、子供を成して、少子化を緩和することにあるのである。主人が見つかり、卒業した時点で、自分達が尤も守るべきは主人とその家族ということになるのだ。ホープのその本分を考えるなら――クリス自身がどうであったとしても、ミリーにとってシェルの存在の優先順位はさほど高くない、高くするべきではないもののはずである。
いや、自分とて、そんな規則なんてどうでもいいと思っていたのだ。友人を助けたいと思って何がいけない、と。見知らぬご主人様とやらより、今目の前にいる友人の方が大切なのだから、そんな規則があろうとなかろうと天秤にかけるまでもないだろう、と。――沖本麻里子に出会うまでは、そう思っていたのである。
だが、自分は。幸運にも、ある意味では不運にも――麻里子に選ばれることになって。人間がけして捨てたものではないことを、主人という存在であっても自分たちの心を尊重してくれる者もいることを知ってしまった。確かに麻里子は我が儘だし、幼稚だし、自分勝手だし人をコキ使うし、人格としてはだいぶアレだと言わざるをえないが。クリスが嬉しい時や楽しい時は一緒になって笑ってくれて、苦しい時や悲しい時は自分のことのように悩んでくれる人なのだ。恋人というよりも、昔からの友人だというように。――シェルのことだってそう。話したのは、シェルがとても乱暴な主人に引き取られて苦しんでいるかもしれない、という程度の話ではあったが。彼女は我がことのように憤慨し、情報を提供してくれたのだった。
大切だと、思う主人を見つけてしまった。そうするともう、くだらない規則だなんて切り捨てることもできなくなってしまったのだ。シェルを助けたい。しかし、もしも自分なら、なんてことを考えてしまうのも確かなのだ。もしも自分なら――麻里子が逮捕されるかもしれないのを承知で、シェルを救いにいくことができるだろうか、と。
「……つぐみには、申し訳ないって。本当にそう思ってるよ。可能な限り疑いがかからないやり方を目指すつもりではあるけど、それでも迷惑が一切かからないなんてこと、有り得ないのも知ってるし」
ホープ・コード失格だよね、とミリーは言う。
「それに、もう一つ申し訳ないことがあるの。……私、つぐみにさ。つぐみの大切な人が帰ってくるのを一緒に待つって、そう言ったのにね。……シェルを助けに行ったら最後、私はもう二度とつぐみの元へは帰れなくなるだろうから。その約束を、本当は……破るなんてこと、したくないの」
「……そうか」
「私にとって、シェルがどういう存在なのかは今でもはっきり言えないんだ。好きなのは間違いないの。誰より特別で、守りたくて、助けたくて……それは確かなことなんだけど。それが恋愛なのか友愛なのか、本当はまだわかってないんだよね。不思議だと思うよ。つぐみやクリスやシオンに対しては、大事な友達なんだってはっきり言えるのに」
それは、とクリスは思う。
――それはもう、お前の中で答えが出てるってことじゃないのか。
あの花火の夜。ミリーはシェルの口づけを拒まなかった。勿論、友人だから拒めないという事情もあるにはあったせよ、自分にはもう――あの時点で、二人は相思相愛だったようにしか見えなかったのだけども。
それでも迷うというのはやはり、恋とは何より複雑怪奇なもの、ということなのだろうか。自分にはまだわからないことだった。なんせまだ、自分は本当の意味で恋などしたことがないのだから。麻里子のことは大切だけれど、少くとも今はお互い友人としか思っていないことくらいわかっているのである。
「それでも、助けたいのか。自分の、それ以外の全てを捨ててでも?」
クリスの問いに。ミリーは少しだけ逡巡して、やがて頷いた。その迷いは恐らく、覚悟が足りていないのではなくて――周囲への罪悪感から来る迷い、なのだろう。
その罪悪感でさえ、数秒で振り切るのであれば。つまりはそういうこと、なのだろう。
「……それ、やっぱりもう答えは出てるんだど思うけどな」
「そう、なのかな」
「そうだよ。……世界の全てを敵に回しても、たった一人を助けたいんだろ。アニメでもドラマでもよく見るじゃねーか。そうやって主人公が愛を囁く相手なんて、ヒロインくらいのもんだっての」
まあ、時々親友相手に、超友情系の台詞でまるで愛の告白のごときのことを言う奴もたまにいるが。某少年漫画雑誌とかありがちではあるけども。
「本当にそうですよ。いつまでとっくに答えが出てる自分の感情でぐだぐだ抜かしているんだか」
「あ、シオン」
いつの間にか、シオンが後ろに立っていた。その手にはドリンクバーで入れたらしいカフェラテのカップがある。そういえばシオンはコーヒー系が好きだったっけ、とクリスは思い出していた。
「ご主人様達は、まだしばらく買い物をエンジョイなさるそうなので、一足先に抜けてきました。ミリーあなた、二人を引き止めてくれるようにつぐみにお願いしたのですか?」
そうなのか、とクリスが思わずミリーを見ると。
「……いや、多分素だと思う。つぐみって空気を壊滅的に読まないから。クリスよりも酷いレベルって言ったらわかってもらえる?」
「理解しました。さすがですね」
「おいそれどういう比較だ?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だけど」
「そのまんまの意味ですが」
「お前ら揃って酷過ぎね!?」
クリスはふてくされたくなる。なんだろう、再会してからますます自分の扱いがひどくなっているような気がするのは、気のせいだろうか。いや気のせいではあるまい。
「私抜きで、今後の算段を話し合うなんてやめてくださいね?」
シオンは少し困ったような顔で笑って、席に座った。
「別々の場所で、別々に暮らしていても、私達が友人であることに変わりはないでしょう。……ミリー、できる限り私達も協力します。ですから、どうか一人で暴走するようなことだけはしないでください」
「シオン……」
多分、シオンもわかっているのだろう。ミリーはだいぶ追い詰められている。ホープコードは肌荒れしたり痩せたりなんてことはしないが、メンテナンスを怠ると動きや頭の回転が鈍くなることはあるし、見た目の化粧や髪型のセットなどは人間動揺整える必要はあるのである。ミリーはだいぶそのへんを怠っているようだった。メンテナンスの時間さえ惜しんで、駆けずり回っているということなのだろう。
「気持ちは嬉しいよ。……でも、救出そのものは、私一人でやる。つぐみにも参加させない。だって本当に……殺されることだって充分有り得ることなんだから」
カバンから図案らしきものを取り出してミリーが言う。
「これね。シェルが監禁されてるっぽい屋敷の地図。すごく広いし、どの部屋に監禁されてるかは侵入して近距離設定で電波を辿らないと分からないと思うの。だけど、そもそも警備が凄いこともわかってるから、まずシェルのところまで辿り着くのが難しいんだよね。部屋を探し当てられないまま、警備兵にズドン!ってされる可能性もある」
ズドンってそんな、海外でもあるまいし。クリスはそう思ったものの、本多政紀がヤクザと繋がりのある人間だったことを思いだし、考えを改めた。この国には銃刀法がある。普通に考えれば、警備員が銃を持っているなんてことは考えにくい。が、その警備員が“マトモな警備員”でないのなら話は別である。
さらに付け加えれば、ホープ・コードは破壊しても器物損壊が関の山であり、殺人罪には問われない。もしも侵入者が人間ではなくホープだとわかれば、もっと容赦なく殺しにかかってきてもおかしくはないだろう。見た目は人間とさほど違いがないとはいえ、この国の人間にしては珍しい髪の色や目の色をしていることは間違いないし、身体能力の高さから露呈することも充分有り得るのである。いくらミリーが人間よりも強いといっても多勢に無勢ではどこまで戦えるか怪しい。
「見つけられても、シェルはきっと満身創痍だからそんなに早く走れない。私の身長でシェルをかついで走るのは限度があるから、必然的に庇いながら逃げることになるけど。……そうなると、安全なところに逃げるまでどこまで破損せずにいられるのか、って話にはなってくるよね」
「それは貴方が一人で侵入して、一人で脱出しようとした場合でしょう。私達が一緒に行けば……」
「一応作戦がないわけじゃないの。でも……二人には、一緒に潜入する役目は……任せたくないんだ」
ごめんね、とミリーは言う。諦めた顔ではなかった。それでも――腹を括った者は、かくもこんな強い眼をするものなのか、と思う。
誰にも止められないと、そう確信してしまえるほどには。
「とりあえず、今考えてる作戦。聞いてもらっても、いいかな?」
クリスは素直に感想を述べていた。ミリーから聞いた、一週間前の出来事についてのことである。
「場合によっちゃ、お前らその場で捕まってたかもしれねーんだぞ?ホンダネットワークスの御曹司もそうだが、そのクラブって違法スレスレのところなんだろ?警察のお世話になりたかったのか?」
「違法スレスレなのは、運営してる一部の人と客の一部の人でしょ。私達には関係ないよ」
「お前はそう思ってても、関係あると思われたらオシマイなんだっての。大丈夫かよお前」
昼下がりの喫茶店にて。クリスはミリーと紅茶を飲んでいた。もうすぐシオンもやって来るらしい。双方のご主人様達は以外と気が合うところもあったのか、三人で買い物に出てしまっているのでここにはいないのである。ここ数日、数回会っただけの割に意気投合しているようだった。シオンの主人である時枝瞬が、若干女二人に振り回されて疲れているようにも見えなくなかったが。
もしかしたら、主人たちも今回の件で協力してくれるのかもしれない。少くとも、ミリーの主人であるつぐみが協力的なのはわかっている。だが、出来るだけ巻き込みたくはないのも事実だった。クリスもシオンも、双方の主人とかなり上手くやれている様子である。特にシオンは、既に恋仲に近い仲にまで発展している様子だった。巻き込みたくないと思うのも分からない事ではない。
こうして、彼等が知らない場所で話の算段をつけておき、いざという時“主人たちは何も知らなかったので無関係です”という主張を通したいのである。いざという時――いや、万が一の時というべきか。犯罪沙汰になった時、主人たちも共犯者であると疑われる可能性はけして低くはないのだ。
ましてや、三人揃って悪い人達ではないのである。自分達を切り捨てて“勝手にやったことだ”と主張してくれるとは考えにくいのだ。
「危機感がない、なんて言わないでよ。そんなつもりもないんだから」
ミリーは冷たい声で言い放つ。
「もう一週間も経ってる。その間、シェルがどんだけ酷い目に遭ってるかと思うと、腸が煮えくり返りそうだよ」
だろうな、とクリスは思う。ミリーとつぐみが地下クラブに乗り込んでから一週間。何もしていなかったわけではないのである。一週間の間、発信機の電波を辿り、その発信源付近にある別荘について調べ尽くした。人を雇うわけにもいかないから、シオンの人脈やクリスの主人経由の情報と、文字通りミリー自ら足を運んで調査した結果が全てになる。その結果、分かったこともあるのだ。
シェルが監禁されているのは、高い確率でN県のT市、本多政紀の別邸だ。警備がやたら厳重であり、最近防犯システムを一新したことから怪しいと睨んでいた場所である。実際、発信機の電波もそこから発信されているようだった。
「警備の隙をどうやって突けばいいのか、真剣に考えてるとこ。潜入ルートと脱出ルートを両方考えないといけないもん。あと、つぐみをどうやって巻き込まないようにするか、だね」
「それなんだけどさあ、ミリー」
きっと、ミリーもわかっていることではあるのだろう。でも、クリスはあえて今、自分が言わなければならないと思っていた。
「お前、本当に……シェルを救出するつもりなのか?お前が規則違反をすることで、つぐみがどうなるのか分からないわけじゃないだろ。いくら無関係を装っても、疑われるのは確実だし。普通に逮捕も有り得るんだぞ」
シェルは、自分にとっても大切な友人だ。助けたいという気持ちは同じのつもりでいる。ましてや、本多政紀の悪行は聞くに耐えないものだ。怒りを通りこして憎悪する感じるほどである。そんな男に、友人が陵辱の限りを尽くされていると思うと、何度殺しても飽き足らないとさえ思う。生きている価値のない人間なんているのかと思っていたが、まさに本多政紀こそそういった種類の人間だったというわけだ。
だが。自分達の本分は、生まれた意義は。人間と番になって、子供を成して、少子化を緩和することにあるのである。主人が見つかり、卒業した時点で、自分達が尤も守るべきは主人とその家族ということになるのだ。ホープのその本分を考えるなら――クリス自身がどうであったとしても、ミリーにとってシェルの存在の優先順位はさほど高くない、高くするべきではないもののはずである。
いや、自分とて、そんな規則なんてどうでもいいと思っていたのだ。友人を助けたいと思って何がいけない、と。見知らぬご主人様とやらより、今目の前にいる友人の方が大切なのだから、そんな規則があろうとなかろうと天秤にかけるまでもないだろう、と。――沖本麻里子に出会うまでは、そう思っていたのである。
だが、自分は。幸運にも、ある意味では不運にも――麻里子に選ばれることになって。人間がけして捨てたものではないことを、主人という存在であっても自分たちの心を尊重してくれる者もいることを知ってしまった。確かに麻里子は我が儘だし、幼稚だし、自分勝手だし人をコキ使うし、人格としてはだいぶアレだと言わざるをえないが。クリスが嬉しい時や楽しい時は一緒になって笑ってくれて、苦しい時や悲しい時は自分のことのように悩んでくれる人なのだ。恋人というよりも、昔からの友人だというように。――シェルのことだってそう。話したのは、シェルがとても乱暴な主人に引き取られて苦しんでいるかもしれない、という程度の話ではあったが。彼女は我がことのように憤慨し、情報を提供してくれたのだった。
大切だと、思う主人を見つけてしまった。そうするともう、くだらない規則だなんて切り捨てることもできなくなってしまったのだ。シェルを助けたい。しかし、もしも自分なら、なんてことを考えてしまうのも確かなのだ。もしも自分なら――麻里子が逮捕されるかもしれないのを承知で、シェルを救いにいくことができるだろうか、と。
「……つぐみには、申し訳ないって。本当にそう思ってるよ。可能な限り疑いがかからないやり方を目指すつもりではあるけど、それでも迷惑が一切かからないなんてこと、有り得ないのも知ってるし」
ホープ・コード失格だよね、とミリーは言う。
「それに、もう一つ申し訳ないことがあるの。……私、つぐみにさ。つぐみの大切な人が帰ってくるのを一緒に待つって、そう言ったのにね。……シェルを助けに行ったら最後、私はもう二度とつぐみの元へは帰れなくなるだろうから。その約束を、本当は……破るなんてこと、したくないの」
「……そうか」
「私にとって、シェルがどういう存在なのかは今でもはっきり言えないんだ。好きなのは間違いないの。誰より特別で、守りたくて、助けたくて……それは確かなことなんだけど。それが恋愛なのか友愛なのか、本当はまだわかってないんだよね。不思議だと思うよ。つぐみやクリスやシオンに対しては、大事な友達なんだってはっきり言えるのに」
それは、とクリスは思う。
――それはもう、お前の中で答えが出てるってことじゃないのか。
あの花火の夜。ミリーはシェルの口づけを拒まなかった。勿論、友人だから拒めないという事情もあるにはあったせよ、自分にはもう――あの時点で、二人は相思相愛だったようにしか見えなかったのだけども。
それでも迷うというのはやはり、恋とは何より複雑怪奇なもの、ということなのだろうか。自分にはまだわからないことだった。なんせまだ、自分は本当の意味で恋などしたことがないのだから。麻里子のことは大切だけれど、少くとも今はお互い友人としか思っていないことくらいわかっているのである。
「それでも、助けたいのか。自分の、それ以外の全てを捨ててでも?」
クリスの問いに。ミリーは少しだけ逡巡して、やがて頷いた。その迷いは恐らく、覚悟が足りていないのではなくて――周囲への罪悪感から来る迷い、なのだろう。
その罪悪感でさえ、数秒で振り切るのであれば。つまりはそういうこと、なのだろう。
「……それ、やっぱりもう答えは出てるんだど思うけどな」
「そう、なのかな」
「そうだよ。……世界の全てを敵に回しても、たった一人を助けたいんだろ。アニメでもドラマでもよく見るじゃねーか。そうやって主人公が愛を囁く相手なんて、ヒロインくらいのもんだっての」
まあ、時々親友相手に、超友情系の台詞でまるで愛の告白のごときのことを言う奴もたまにいるが。某少年漫画雑誌とかありがちではあるけども。
「本当にそうですよ。いつまでとっくに答えが出てる自分の感情でぐだぐだ抜かしているんだか」
「あ、シオン」
いつの間にか、シオンが後ろに立っていた。その手にはドリンクバーで入れたらしいカフェラテのカップがある。そういえばシオンはコーヒー系が好きだったっけ、とクリスは思い出していた。
「ご主人様達は、まだしばらく買い物をエンジョイなさるそうなので、一足先に抜けてきました。ミリーあなた、二人を引き止めてくれるようにつぐみにお願いしたのですか?」
そうなのか、とクリスが思わずミリーを見ると。
「……いや、多分素だと思う。つぐみって空気を壊滅的に読まないから。クリスよりも酷いレベルって言ったらわかってもらえる?」
「理解しました。さすがですね」
「おいそれどういう比較だ?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だけど」
「そのまんまの意味ですが」
「お前ら揃って酷過ぎね!?」
クリスはふてくされたくなる。なんだろう、再会してからますます自分の扱いがひどくなっているような気がするのは、気のせいだろうか。いや気のせいではあるまい。
「私抜きで、今後の算段を話し合うなんてやめてくださいね?」
シオンは少し困ったような顔で笑って、席に座った。
「別々の場所で、別々に暮らしていても、私達が友人であることに変わりはないでしょう。……ミリー、できる限り私達も協力します。ですから、どうか一人で暴走するようなことだけはしないでください」
「シオン……」
多分、シオンもわかっているのだろう。ミリーはだいぶ追い詰められている。ホープコードは肌荒れしたり痩せたりなんてことはしないが、メンテナンスを怠ると動きや頭の回転が鈍くなることはあるし、見た目の化粧や髪型のセットなどは人間動揺整える必要はあるのである。ミリーはだいぶそのへんを怠っているようだった。メンテナンスの時間さえ惜しんで、駆けずり回っているということなのだろう。
「気持ちは嬉しいよ。……でも、救出そのものは、私一人でやる。つぐみにも参加させない。だって本当に……殺されることだって充分有り得ることなんだから」
カバンから図案らしきものを取り出してミリーが言う。
「これね。シェルが監禁されてるっぽい屋敷の地図。すごく広いし、どの部屋に監禁されてるかは侵入して近距離設定で電波を辿らないと分からないと思うの。だけど、そもそも警備が凄いこともわかってるから、まずシェルのところまで辿り着くのが難しいんだよね。部屋を探し当てられないまま、警備兵にズドン!ってされる可能性もある」
ズドンってそんな、海外でもあるまいし。クリスはそう思ったものの、本多政紀がヤクザと繋がりのある人間だったことを思いだし、考えを改めた。この国には銃刀法がある。普通に考えれば、警備員が銃を持っているなんてことは考えにくい。が、その警備員が“マトモな警備員”でないのなら話は別である。
さらに付け加えれば、ホープ・コードは破壊しても器物損壊が関の山であり、殺人罪には問われない。もしも侵入者が人間ではなくホープだとわかれば、もっと容赦なく殺しにかかってきてもおかしくはないだろう。見た目は人間とさほど違いがないとはいえ、この国の人間にしては珍しい髪の色や目の色をしていることは間違いないし、身体能力の高さから露呈することも充分有り得るのである。いくらミリーが人間よりも強いといっても多勢に無勢ではどこまで戦えるか怪しい。
「見つけられても、シェルはきっと満身創痍だからそんなに早く走れない。私の身長でシェルをかついで走るのは限度があるから、必然的に庇いながら逃げることになるけど。……そうなると、安全なところに逃げるまでどこまで破損せずにいられるのか、って話にはなってくるよね」
「それは貴方が一人で侵入して、一人で脱出しようとした場合でしょう。私達が一緒に行けば……」
「一応作戦がないわけじゃないの。でも……二人には、一緒に潜入する役目は……任せたくないんだ」
ごめんね、とミリーは言う。諦めた顔ではなかった。それでも――腹を括った者は、かくもこんな強い眼をするものなのか、と思う。
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