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<第三十話>
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多分、近いうちにミリーは自分の元を離れるつもりなのだろう。つぐみは直感的に悟っていた。自分も格闘家だし、身体能力に自身はある。ホープ・コードと戦ってもそう劣るとも思っていない――のが本音ではあるけれど。機械の体と比べればそりゃ耐久は落ちるだろうし、腕がちぎれても修理すればいいアンドロイドと、そう簡単に元に戻らない人間の体を同列に考えるべきでないこともわかっている。
だから自分は。いくらミリーを助けたいと願っても、ミリーの足手まといになるような真似だけはしてはいけないのだ。わかってはいる。わかってはいる、のだけれど。納得できるか、理解できるかはまた別問題というものではなかろうか。
自分に出来ることは、ミリーを行かせるか行かせないか。主人という立場を利用して考えることしかできないのである。
――アタシが主人として、ミリーを契約の力で縛ってしまえば……ミリーは、シェルを助けに行くなんてことは、できない。
ミリーの気持ちを尊重したいと同時に、危ない目に遭ってほしくないという友人としての気持ちもある。ミリーを行かせなければ、少なくとも捕縛されたり、破壊されたりするようなことにはならないはずである。シェルがどうなったとしても、ミリー本人に危害は及ばない。いくらシェルがミリーの友人であるといっても、つぐみからすれば――ミリーの方が大切なのは、言うまでもないことなのだ。
勿論、その結果体は死なずとも、ミリーの心を殺すことになるのは言うまでもない。同時に、今自分達の間にあるかもしれない信頼に、罅を入れかねないということも。
――あと。……アタシが“約束”を盾にして、何処にも行かないで傍にいてほしいと願えば……多分、ミリーを迷わせることはできるんだろうな。
『誰に嘘を吐くより、自分に嘘を吐くのが一番悲しいこと。私は、つぐみにはちゃんと……一番好きな人と、幸せになって欲しい。……だってつぐみは私の、初めての人間の友達だから』
ミリーの言葉を反芻する。
いつも、自分に正直に生きて、生きすぎて、人とぶつかってばかりで。器用に誤魔化すこともできず、我慢することもヘタなつぐみは、誰かとぶつかってばかりでいたように思う。
友人がいなかったわけじゃない。でも、親友と呼べるような存在がいたかといえば疑問だ。
ミリーに解るだろうか。あの言葉を言われた時、自分がどれほど嬉しかったのか。
『私、一緒に待つよ』
まるでドラマのようなクサい台詞、よく言えたものだ。恥ずかしげもなく、本当に。
だけどミリーが言えば、作り物のような違和感なんて微塵も抱かなかったのだから、不思議な話である。
『つぐみが望んでくれるなら。私、つぐみの一番の友達になりたい。……一緒に待つよ。つぐみが倒れそうになったら助けるよ。転んだ時は……助けるの、ヘタかもしれないけど。いっそ一緒に転ぶのだって、いいよ』
自分にとって、唯一。一緒に歩いてくれる存在と思えたのが、涼介だった。なんとなく、涼介が言わんとしてくれていたことも同じだったのではないかと、今になって思うのである。
ただ、彼はつぐみを守る為に、自ら汚名を被って、つぐみから離れることを選んだ。そうさせてしまったのはきっとつぐみの方で――それでももし、彼が隣にいたらと思ってしまうのも事実で。
ただ、こんなにもはっきりと。ストレートに、そばにいると言ってくれたのは、ミリーが初めてだったかもしれないと、そう思うのである。
『私、一緒に待つよ。つぐみに淋しい想いなんてさせない。……ううん、待つだけじゃ駄目なら、いっそ迎えにいっちゃえばいいよ。いいじゃん、お姫様が白馬に乗って、囚われの王子様を助けに行く話があっても。守られヒロインなんて古い古い!』
――嘘つきなんて言う資格、アタシにはないんだ。そんなこと思っちゃいけない。だって一番最初の時から…ミリーにとっての一番がアタシじゃなくって、その為になら何だってする子なんだろうってことくらい、わかってたんだから。
自分が愛しいと思ったのは、そういう子だったのだから。最初からわかっていたことを、話が違うだなんて言うのはそれこそお門違いというものである。
「貴様……人にどれだけ荷物を持たせれば気が済むんだ!?俺はいつから貴様の荷物持ちになった!?」
「さあ?生まれた時に定められた運命というやつだったんじゃないですの!?」
「なげぇわ!!」
会計の列に並ぶ麻里子と瞬が、ぎゃぎゃいとコントのように騒いでいる。瞬って確か、大学で結構すごい研究しているすごい人だったんじゃなかったっけ、と思ったものの、こうしてみると完全に麻里子のパシリである。そこそこカッコイイと言えなくもない顔立ちだし、少し前まではクールで博識なイメージが強かったというのに――誰だろうと等しくパシリに使う麻里子が凄いのか。それとも単に、瞬が律儀すぎるだけなのだろうか。
そういえばクリスもパシリに文句を言いつつ、麻里子の傍若無人ぶりに的確なツッコミを入れていたような気がする。多分根が真面目だから、ボケったおしを放置できないのだろう。あんまりこういうタイプに真面目に付き合うと胃に穴があくだけだろうになあ、なんて他人事のように思う。
ちなみにつぐみの辞書には「常識」とか「ツッコミ芸」という文字はなかったりする。自覚のない行動や行為が多いつぐみだったが、こればっかりは当たっている自信があった。自分はツッコミにはなりえない。まごうことなきボケである。麻里子がボケてるなーと思ってもさらなるボケで畳み掛ければいいというか、それができるのが自分だとわかっている。とても楽な生き方なので、周囲にも是非おすすめしたい。多分無理なのだろうけども。
「つぐみー」
パタパタと走ってくる足音がする。ミリーが、クリスとシオンとともに駆けてくるのが見えた。ホープ・コード同士で積もる話もあるだろうと、買い物をしている間は自由にさせていたのだが。話はもう終わったということあらしい。
そして瞬が死にかけているのを見て、とたんにミリーが酷く申し訳なさそうな顔になる。
「あー……なんていうか、ご愁傷様です?」
「わかってたなら助けろ……」
瞬は地を這うような声でミリーを睨んだ。その隣でシオンが腹筋崩壊している。
「ぷくくく……その姿、研究室の皆さんに見せて差し上げたいです……ふふふふっきっといいネタになりますね!」
「シオンいい性格すぎるだろ!知ってたわ!後で覚えておけよ貴様!」
「そうですね。こんな愉快なこと忘れられそうにありません」
「そういう意味じゃねーよ!」
一瞬にして、シオンと瞬の力関係を理解するつぐみである。本来ホープ・コードにとって人間はご主人様であるはずなのに、瞬は完全にシオンの手の上でころころされているようだった。まあ、それだけ信頼関係を築いているといえばそうなのだろうけど。
そういえば、はっきりと聞いたわけではないのだが。瞬とシオンはもう、ほぼほぼ恋人関係として成立しているらしい、とミリーが言っていた気がする。麻里子とクリスはまだまだ友人同士というか、お嬢様とパシリの関係から抜け出してはいないようだったが。
「レジ混んでるのな。オレらの番来るまでどんだけかかるんだよ……」
シオンにイジられまくっている瞬を綺麗に放置して、クリスが言う。夕時であるからか、スーパーは全体的に混みあっていた。半額セールが重なったせいもあるかもしれない。
「ですわね。主婦の方々が多いのかしら。……つぐみ」
「ん、なに」
「今日はほとんどわたくしの個人的な買い物に付き合っていただいただけですし。あなたとミリーは先に帰ってくださって結構よ」
「え」
ちらり、とミリーを見て。麻里子が言った言葉につぐみは目を見開く。麻里子は、何もかもわかっているといった様子で、小さく笑みを浮かべた。
「話したいことがあるんでしょう、二人で。……タイミングを逃さない方がいいですわ。後回しにしてもろくなことになりませんもの。今はいつだって、今しかないんです。やるべきと思った瞬間こそ、その時なんですわ」
今日はずっと考え事ばかりでしたものね、と彼女が言う。そんなにわかりやすかっただろうか、自分は。同時に――彼女の気遣いに、心の底から感謝した。
「……ありがと。アタシ、いい友達を持ったみたいだ」
「もっと褒めてくださっていいんですのよ?あ、お礼を下さるのでしたら、ぜひ加藤製菓の“細雪”全種類で」
「チョコ好きすぎでしょー!もう!」
加藤製菓の細雪というのは、最近発売して大ヒットしたおしゃれなチョコレートだ。安価で若者にも買いやすく、その割に美味しくて洒落たパッケージなのでプレゼントとしても人気が高いのである。
しかし全種類となると、結構な量になるのだが。いいのか、ダイエットするだのしないだのぼやいてたけども。
「わかった。全種類ね。……絶対買うから。……ミリー」
つぐみは麻里子に礼を言って、ミリーに声をかけた。
自分も、決断しなければならない。何が一番大切なのか、何を得るために何を犠牲にするのか。
誰に嘘を吐くより、自分に嘘を吐くのが最も悲しいこと。それはもう、つぐみ自身が誰よりわかっているのである。
***
多分、話したいことがあったのはお互い様だったのだろうな、とミリーは思う。同時に、麻里子にはきっと気を使われたのだろうということも。
帰り道、二人して終始無言だった。いつもなら話題は尽きないはずで、特につぐみはほっておけばいくらでもマシンガントークができる人種だというのに、である。
見覚えのある光景で、覚えのある感覚だった。話したいことがあるのに、どこからどう話せばいいのかわからなくて。話し始めることで、ずっと守ってきたものが壊れてしまったらと思うのも恐ろしくて。
それでも、いつまでも同じ場所で、沈黙しつづけるわけにはいかないことは、お互いよくわかっているものだから。――逡巡して、足踏みをして、勇気を出すタイミングを図っている。きっとそうやって互いの関係と感情のはざまで揺れ動くのは、人間もホープ・コードもさほど違いはないのだろう。
「!」
空気が変わったのは、黙り込んだまま二人でマンションに戻ってきた時だった。郵便受けに、封筒が入っているのをつぐみが見つけたのである。まだ中身は見ていない。しかし、封筒に書かれている社名には見おぼえたあった。
つぐみの待ち人に関する調査を依頼している、調査会社のものである。何か進展があったのか、それとも何もわからなかったのか。いずれにせよ、何らかの報告だとみて間違いはないだろう。
「つぐみ、とりあえず家に行こう。ここで中見るのはやめておこう、ね?」
「……うん」
それぞれ、誰もが辿り着きたい場所がある。辿り着いても、そこが必ず自分の理想と合致した景色であるとは限らない。一緒にいたいと願う人と、必ずしも並んで同じものを見られるとは限らない。本当は誰もがそれを分かっていて、それでも限りなく理想に近い場所であれと願わずにはいられないのである。
決断の時は、近づいている。
ミリーの信念は、生まれた時から変わってはいない。――自分に嘘を吐かずに、生き抜く場所を決めるのだ。もう二度と、後悔することのないように。
だから自分は。いくらミリーを助けたいと願っても、ミリーの足手まといになるような真似だけはしてはいけないのだ。わかってはいる。わかってはいる、のだけれど。納得できるか、理解できるかはまた別問題というものではなかろうか。
自分に出来ることは、ミリーを行かせるか行かせないか。主人という立場を利用して考えることしかできないのである。
――アタシが主人として、ミリーを契約の力で縛ってしまえば……ミリーは、シェルを助けに行くなんてことは、できない。
ミリーの気持ちを尊重したいと同時に、危ない目に遭ってほしくないという友人としての気持ちもある。ミリーを行かせなければ、少なくとも捕縛されたり、破壊されたりするようなことにはならないはずである。シェルがどうなったとしても、ミリー本人に危害は及ばない。いくらシェルがミリーの友人であるといっても、つぐみからすれば――ミリーの方が大切なのは、言うまでもないことなのだ。
勿論、その結果体は死なずとも、ミリーの心を殺すことになるのは言うまでもない。同時に、今自分達の間にあるかもしれない信頼に、罅を入れかねないということも。
――あと。……アタシが“約束”を盾にして、何処にも行かないで傍にいてほしいと願えば……多分、ミリーを迷わせることはできるんだろうな。
『誰に嘘を吐くより、自分に嘘を吐くのが一番悲しいこと。私は、つぐみにはちゃんと……一番好きな人と、幸せになって欲しい。……だってつぐみは私の、初めての人間の友達だから』
ミリーの言葉を反芻する。
いつも、自分に正直に生きて、生きすぎて、人とぶつかってばかりで。器用に誤魔化すこともできず、我慢することもヘタなつぐみは、誰かとぶつかってばかりでいたように思う。
友人がいなかったわけじゃない。でも、親友と呼べるような存在がいたかといえば疑問だ。
ミリーに解るだろうか。あの言葉を言われた時、自分がどれほど嬉しかったのか。
『私、一緒に待つよ』
まるでドラマのようなクサい台詞、よく言えたものだ。恥ずかしげもなく、本当に。
だけどミリーが言えば、作り物のような違和感なんて微塵も抱かなかったのだから、不思議な話である。
『つぐみが望んでくれるなら。私、つぐみの一番の友達になりたい。……一緒に待つよ。つぐみが倒れそうになったら助けるよ。転んだ時は……助けるの、ヘタかもしれないけど。いっそ一緒に転ぶのだって、いいよ』
自分にとって、唯一。一緒に歩いてくれる存在と思えたのが、涼介だった。なんとなく、涼介が言わんとしてくれていたことも同じだったのではないかと、今になって思うのである。
ただ、彼はつぐみを守る為に、自ら汚名を被って、つぐみから離れることを選んだ。そうさせてしまったのはきっとつぐみの方で――それでももし、彼が隣にいたらと思ってしまうのも事実で。
ただ、こんなにもはっきりと。ストレートに、そばにいると言ってくれたのは、ミリーが初めてだったかもしれないと、そう思うのである。
『私、一緒に待つよ。つぐみに淋しい想いなんてさせない。……ううん、待つだけじゃ駄目なら、いっそ迎えにいっちゃえばいいよ。いいじゃん、お姫様が白馬に乗って、囚われの王子様を助けに行く話があっても。守られヒロインなんて古い古い!』
――嘘つきなんて言う資格、アタシにはないんだ。そんなこと思っちゃいけない。だって一番最初の時から…ミリーにとっての一番がアタシじゃなくって、その為になら何だってする子なんだろうってことくらい、わかってたんだから。
自分が愛しいと思ったのは、そういう子だったのだから。最初からわかっていたことを、話が違うだなんて言うのはそれこそお門違いというものである。
「貴様……人にどれだけ荷物を持たせれば気が済むんだ!?俺はいつから貴様の荷物持ちになった!?」
「さあ?生まれた時に定められた運命というやつだったんじゃないですの!?」
「なげぇわ!!」
会計の列に並ぶ麻里子と瞬が、ぎゃぎゃいとコントのように騒いでいる。瞬って確か、大学で結構すごい研究しているすごい人だったんじゃなかったっけ、と思ったものの、こうしてみると完全に麻里子のパシリである。そこそこカッコイイと言えなくもない顔立ちだし、少し前まではクールで博識なイメージが強かったというのに――誰だろうと等しくパシリに使う麻里子が凄いのか。それとも単に、瞬が律儀すぎるだけなのだろうか。
そういえばクリスもパシリに文句を言いつつ、麻里子の傍若無人ぶりに的確なツッコミを入れていたような気がする。多分根が真面目だから、ボケったおしを放置できないのだろう。あんまりこういうタイプに真面目に付き合うと胃に穴があくだけだろうになあ、なんて他人事のように思う。
ちなみにつぐみの辞書には「常識」とか「ツッコミ芸」という文字はなかったりする。自覚のない行動や行為が多いつぐみだったが、こればっかりは当たっている自信があった。自分はツッコミにはなりえない。まごうことなきボケである。麻里子がボケてるなーと思ってもさらなるボケで畳み掛ければいいというか、それができるのが自分だとわかっている。とても楽な生き方なので、周囲にも是非おすすめしたい。多分無理なのだろうけども。
「つぐみー」
パタパタと走ってくる足音がする。ミリーが、クリスとシオンとともに駆けてくるのが見えた。ホープ・コード同士で積もる話もあるだろうと、買い物をしている間は自由にさせていたのだが。話はもう終わったということあらしい。
そして瞬が死にかけているのを見て、とたんにミリーが酷く申し訳なさそうな顔になる。
「あー……なんていうか、ご愁傷様です?」
「わかってたなら助けろ……」
瞬は地を這うような声でミリーを睨んだ。その隣でシオンが腹筋崩壊している。
「ぷくくく……その姿、研究室の皆さんに見せて差し上げたいです……ふふふふっきっといいネタになりますね!」
「シオンいい性格すぎるだろ!知ってたわ!後で覚えておけよ貴様!」
「そうですね。こんな愉快なこと忘れられそうにありません」
「そういう意味じゃねーよ!」
一瞬にして、シオンと瞬の力関係を理解するつぐみである。本来ホープ・コードにとって人間はご主人様であるはずなのに、瞬は完全にシオンの手の上でころころされているようだった。まあ、それだけ信頼関係を築いているといえばそうなのだろうけど。
そういえば、はっきりと聞いたわけではないのだが。瞬とシオンはもう、ほぼほぼ恋人関係として成立しているらしい、とミリーが言っていた気がする。麻里子とクリスはまだまだ友人同士というか、お嬢様とパシリの関係から抜け出してはいないようだったが。
「レジ混んでるのな。オレらの番来るまでどんだけかかるんだよ……」
シオンにイジられまくっている瞬を綺麗に放置して、クリスが言う。夕時であるからか、スーパーは全体的に混みあっていた。半額セールが重なったせいもあるかもしれない。
「ですわね。主婦の方々が多いのかしら。……つぐみ」
「ん、なに」
「今日はほとんどわたくしの個人的な買い物に付き合っていただいただけですし。あなたとミリーは先に帰ってくださって結構よ」
「え」
ちらり、とミリーを見て。麻里子が言った言葉につぐみは目を見開く。麻里子は、何もかもわかっているといった様子で、小さく笑みを浮かべた。
「話したいことがあるんでしょう、二人で。……タイミングを逃さない方がいいですわ。後回しにしてもろくなことになりませんもの。今はいつだって、今しかないんです。やるべきと思った瞬間こそ、その時なんですわ」
今日はずっと考え事ばかりでしたものね、と彼女が言う。そんなにわかりやすかっただろうか、自分は。同時に――彼女の気遣いに、心の底から感謝した。
「……ありがと。アタシ、いい友達を持ったみたいだ」
「もっと褒めてくださっていいんですのよ?あ、お礼を下さるのでしたら、ぜひ加藤製菓の“細雪”全種類で」
「チョコ好きすぎでしょー!もう!」
加藤製菓の細雪というのは、最近発売して大ヒットしたおしゃれなチョコレートだ。安価で若者にも買いやすく、その割に美味しくて洒落たパッケージなのでプレゼントとしても人気が高いのである。
しかし全種類となると、結構な量になるのだが。いいのか、ダイエットするだのしないだのぼやいてたけども。
「わかった。全種類ね。……絶対買うから。……ミリー」
つぐみは麻里子に礼を言って、ミリーに声をかけた。
自分も、決断しなければならない。何が一番大切なのか、何を得るために何を犠牲にするのか。
誰に嘘を吐くより、自分に嘘を吐くのが最も悲しいこと。それはもう、つぐみ自身が誰よりわかっているのである。
***
多分、話したいことがあったのはお互い様だったのだろうな、とミリーは思う。同時に、麻里子にはきっと気を使われたのだろうということも。
帰り道、二人して終始無言だった。いつもなら話題は尽きないはずで、特につぐみはほっておけばいくらでもマシンガントークができる人種だというのに、である。
見覚えのある光景で、覚えのある感覚だった。話したいことがあるのに、どこからどう話せばいいのかわからなくて。話し始めることで、ずっと守ってきたものが壊れてしまったらと思うのも恐ろしくて。
それでも、いつまでも同じ場所で、沈黙しつづけるわけにはいかないことは、お互いよくわかっているものだから。――逡巡して、足踏みをして、勇気を出すタイミングを図っている。きっとそうやって互いの関係と感情のはざまで揺れ動くのは、人間もホープ・コードもさほど違いはないのだろう。
「!」
空気が変わったのは、黙り込んだまま二人でマンションに戻ってきた時だった。郵便受けに、封筒が入っているのをつぐみが見つけたのである。まだ中身は見ていない。しかし、封筒に書かれている社名には見おぼえたあった。
つぐみの待ち人に関する調査を依頼している、調査会社のものである。何か進展があったのか、それとも何もわからなかったのか。いずれにせよ、何らかの報告だとみて間違いはないだろう。
「つぐみ、とりあえず家に行こう。ここで中見るのはやめておこう、ね?」
「……うん」
それぞれ、誰もが辿り着きたい場所がある。辿り着いても、そこが必ず自分の理想と合致した景色であるとは限らない。一緒にいたいと願う人と、必ずしも並んで同じものを見られるとは限らない。本当は誰もがそれを分かっていて、それでも限りなく理想に近い場所であれと願わずにはいられないのである。
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ミリーの信念は、生まれた時から変わってはいない。――自分に嘘を吐かずに、生き抜く場所を決めるのだ。もう二度と、後悔することのないように。
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