夜明けのエンジェル

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<第三十四話>

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 屋敷に、この国に。夜がやって来ようとしている。満月の夜だ。月を眺めるなんてこと、ここしばらくした事もないなと政紀は思う。ただ、魔性の月、という響きは少しだけ気に入っている。満月の夜は男も女もお盛んになるらしい、と言っていたのは誰だったか。いつでも楽しめる自分には関係のないことではあるが――よく、“何か起こりそうな神秘的な夜”といえば、満月か新月と相場は決まっているような気がする。狼男が吠えるというのも、確か満月の話だったはずだ。
 政紀は手早くシェルの拘束を解くと、適当に見繕った服を着せてベットから引きずり下ろした。そして再度、絶対に余計な事は口にすんじゃねぇぞ、と脅しをかける。例えシェルが何か言ったところで、自分の権力があればもみ消すことなど容易いのだけれど――それでもこんなくだらない事で面倒かけられるのは御免蒙るのだ。何より、今は父ともギクシャクしている。これ以上恩着せがましい事を言われるのも不愉快極まりないことだった。

「突然訪問してしまって申し訳ありません。メンテナンス担当の高橋でございます。覚えてらっしゃいますでしょうか」
「……ああ、お前か」

 愛想を振りまく必要も感じない。応接室に通されてきた男を見て政紀は言う。
 対面日でも見かけた男だ。高橋雄大。ホープ・コードの開発責任者でもあったはずである。アカデミー賞もののエンジニアにも関わらず、まだずいぶん若いなと感じたのをよく覚えている。ものすごいイケメンでもないし、ものすごいブサイクでもない。至って普通の、若干痩せた男だ。それ以上の印象などない。政紀にとって、敵でもなんでもない同性の印象などその程度のものなのだ。今回覚えていただけ珍しいほどである。

「何で急にメンテナンスなんかすんだよ。定期メンテナンスってのは一年に一度のはずじゃなかったのか?臨時でってことは、なんかトラブルでも起きたのかよ」

 言いながら、雄大の隣にいる女に目を向ける。こうして一緒に来たということは、助手か何かなのだろう。小柄だが艶やかな長い黒髪黒目が印象的な美人だ。元は童顔なのかもしれないが、淡い化粧がよく映えている。胸はそこまで大きくないが、腰は細く手足は細く、スタイルがいいのがうかがえる。つなぎ姿でも美しさが損なわれないというのはなかなか貴重なものではあるまいか。なんとなく、一番最初に政紀が壊したアンドロイドのエレーンに似た雰囲気だ。
 今までの経験から、政紀の好みはクールで長身の気の強い女、ではあったのだが。たまには久しぶりに、大和撫子風の黒髪童顔少女を食ってみるのも悪くはないかもしれない。残念ながら、政紀がよく行くような店にこういうタイプは落ちていないのだけれど。遊び歩いている女は、大抵化粧は濃いし髪は染めているし、おしとやかさの欠片も残していないと相場が決まっている。

「いえ、トラブルというか、その……」

 雄大は少ししどろもどろになりながら口にする。心なしか顔色が悪いように見えるのは気のせいだろうか。

「ホープ・コードに使用している部品は、一部海外の子会社に依頼しているのですが。どうにも、不具合品が紛れ込んで、使用されてしまった可能性があるということで……」
「は?立派なトラブルじゃねえか。つか人為的ミスだろ。責任は誰がとるんだよ、え?」

 政紀は眉を跳ね上げる。自分が責任うんぬん言う立場ではない、なんてことは遠い遠い棚に放り投げて糾弾する。今日はどうしてこう、腹が立つことばかり起こるのだろうか。父親にはお小言を貰うし、シェルでストレス発散も満足にできないし。おまけに不良品が紛れたかもしれないだなんて。

「あ、あくまで紛れ込んだ可能性がある、というだけなので……!今のところはそれらしいものは見つかってないですし、あくまで念のため確認させていただきたいというだけなので……」

 雄大は慌てたように続ける。

「お手数ですが、シェルの体と数値をチェックさせていただきたいと。少しばかりお借りしてもよろしいでしょうか」
「その不良品がコイツに使われてた場合どうなんだよ?何が起きるんだ?」
「その場合、動作に不具合が出たり、ショート・発火の危険性があるということで……」
「発火!?ざけんじゃねえぞ、なんとかしろよ!」

 せっかく面白くなってきたところなのに、冗談ではない。まだまだシェルで遊び足りないのだ。発火して黒焦げになられたら興ざめどころではないし、もちろん火事になるなんてのも御免である。
 それから。政紀がホープをいたく気に入っている最大のところは、このアンドロイドがまるで機械には見えない機械人形というところであって。突然言語がおかしくなったり動きがロボットくさくなったりしても、萎えるのは間違いないのである。そんな事態は御免だ。同時に、今新品と取り替えますと言われるのも御免なのだ。ここまで調教してきた成果がパーになるではないか!

「た、大変申し訳ありません。ですが、あくまで可能性の段階ですし、パーツに気が付けばパーツ交換だけで済みますので……」

 政紀の剣幕に怖気づいてか、雄大や今にも泣き出しそうな顔になっている。それにしても、これが開発責任者だというから驚きだ。いくらなんでも小心者すぎやしないだろうか。男ならもっと堂々と構えていろってなもんである。なんて苛め甲斐のない。弱者に跪かれるのは好きだが、苛めるならもっと強い奴の方が楽しいというのに。

「ちなみに時間はどれくらいかかるんだよ?」
「え、えっと……一時間いただければ……」
「そんなに待てねぇ!三十分で終わらせろ、三十分で!それから俺も立ち会うからな!」
「そ、そんな困ります……」

 困りますもなにもあるか!と政紀はイライラと雄大を睨んだ。こっちは忙しい中、そっちの都合に付き合ってやってるのだ。いわばお客様だ。どうしてこれ以上譲歩してやる理由があるだろうか。
 雄大はまだぐだぐだ言っていたが、隣の女がフォローに入った。

「高橋先輩、本多様のお怒りはご尤もですよ。悪いのは我々の子会社なのです。ここはなるべく御意向に沿うように致しましょう。三十分なら、どうにか終わらせられると思いますが」
「み、美里屋……そうか……?」

 隣の女はなかなかものをわかっているようだった。美里屋、というらしい。下の名前はなんだろうか。後でこっそり聞いてみようか。金をちらつかせれば、自分に落ちない女はいない。これくらいの美人なら、抱いてやるのも悪くはないだろう。
 
――けど、こいつ……どっかで見たことある顔のような気がするな……?どこで会った?こんな美人なら、一度会えば忘れねーと思うんだけどよ……。

「本多様、メンテナンスなのですが……この部屋で行ってもよろしいのでしょうか?少し散らかしてしまうかもしれないのですが……」
「あ?あぁ。早く終わるなら何処でもかまわねえよ。俺の自室以外ならな」
「了解しました」

 首を捻る政紀をよそに、雄大と美里屋という女はテキパキと道具を広げて準備をしていく。ちらり、とシェルを見ると、珍しく何も言わずにおとなしく座っていた。てっきり、自分の現状をメンテナンスにきたこの二人にぶちまけようとするかと思ったのに。確かに自分は“余計なことは言うな”とは言ったものの、正式に命令に組み込んだわけではないのだ。
 それにしても、工具というものは種類が多いものだ。自分はこっち系を学んだことがないからよくわからないが、ネジ回しだけで何種類あるのだろう?あとハサミだかなんだかよくわからないようなものから、ナイフのようなものまで。投げつけたらそれだけで武器になりそうだ。
 そういえば、いつも自分は拷問するのに普通のナイフばかり使ってきたけれど。たまには工具というのも一つ趣向としてありかもしれない。少なくとも、抉り出すのにもっと適切な道具がありそうだな、とは思う。アーミーナイフだと、刺すのには向いていても、抉るとなるとなかなか難しいものがあるのだ。自分も訓練すれば、もっと上手に使えるようになるのかもしれないが、それが面倒くさいというものである。

――暇だな。くそ、この女もうちょいサービスで露出高い服でも着ていてくれりゃーいいのによー。

 政紀が呑気にそんな事を考えた、その時だった。

「!?」

 ばしゅん、と嫌な音が響いて。目の前が真っ暗になった。何かの比喩ではない。本当に真っ暗になったのである。電気の明るさに慣れた目では、突然の暗闇に対応できるはずもない。停電だった。まさか、ブレーカーが落ちたのだろうか?ヒューズが飛ぶような電化製品は使っていないはずである。そもそも、この広い屋敷に今いる人間は、自分とメイドと護衛を合わせてもさほど多くはない。自分に黙って、無駄遣いをするような怖いもの知らずもいないはずである。
 もしかして事故か何かでも起きたのか、と政紀が思った時だ。ぎゃあ、という悲鳴と、大きな音がした。そして何かが倒れる音。今の声――もしかして、雄大だろうか。

「ぐあっ!!」

 続いて、こめかみに大きな衝撃がきた。生まれて始めて感じるような強烈な痛みだ。なんせ、政紀は文字通り父親にだって殴られたことなどないのだから。堅いもので、誰かに頭を殴られたのだと、理解するまで数秒を要した。
 しばらくして、ばたばたと誰かが走り去っていくような足音。何が起きたのか。何が。

「政紀様!」

 やがて、パッと電気がついた。突然の光に、頭の痛みもあいまって視界がチカチカと点滅する。数人のメイドと護衛が血相を変えたように応接間に走りこんできた。何があったんだ、と尋ねたいが、頭の痛みがそれを阻害する。立ち上がろうとして何かに躓き、よろめいた。見れば――足元に、高橋雄大が倒れている。
 そして気づいた。――美里屋とシェルの姿が、ない。

「政紀様!ご無事ですかっ、これは……」
「無事なわけ、あるか……何してやがんだてめぇら……!主人が殴られるまで何もしねぇとか、そんなにぶっ殺されてぇのか、ああ!?」

 痛みに呻きながらも、低い声で罵声を飛ばす。長年務めた老いた執事が、ひっと小さく悲鳴を上げた。まったく使えない。差し出されたタオルとガーゼをひったくるようにして頭に当てる。少しだけ血がついた。腫れてもいるようだ。それを見て怒りで目の前が真っ赤になる。この自分の!神に等しい選ばれた存在である自分の顔に傷をつけるとは!血を流させるとは!万死に値する!

「あのクソアマがぁぁ……!」

 ここまできて、事態を呑み込めないほど馬鹿ではない。あの美里屋とかいう女が、シェルを連れ去ったに違いない。もしくは、シェルが美里屋を人質にとってここから逃げたのか。いずれにせよ――二人とも、このまま逃がしてやるつもりなど毛頭ない。

「てめぇら、探せ!探し出せ!あの二人をとっ捕まえろ!」

 楽に死なせてやるつもりもない。神に逆らった愚か者どもに、必ず自分が正義の鉄槌を下してやる。

「生きてりゃ、多少どっかが欠けてても構わねえ!地獄の苦しみを与えて殺してやる……この俺に逆らったこと、地獄の底で後悔させてやらぁ……!」

 最後の夜が始まろうとしている。
 誰にとって、何にとっての最後であるのか。それはまだ、だれにもわからない事であるとしても。
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