夜明けのエンジェル

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<第三十七話>

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 シェルの手足に傷はないらしい。それだけで、逃走にあたり幾分楽にはなる。かなり衰弱しているようだし、ホープ・コードは多少手足に傷を負っても動けるような訓練はしているけれど。ミリーからすれば、無茶をさせたくないことに変わりはないのである。

「念のため聞くけどシェル、ここの屋敷の構造は分かる?」
「……連れてこられる時は途中から目隠しをされていたし、玄関から監禁されていた部屋と、その部屋から応接間までのくらいしか道は分からないな。あとはずっと部屋に閉じ込められていた。シャワーは同じ部屋にあったし、私達は食事をしなくても生きていけるからな……」

 やっぱりそうか。わかっていたことだが、改めて本人から聞くと憤りしか感じない。ましてや、シェルの声が淡々としたものだったから余計にだ。
 講義でやったから知っている。自分達は、ケアロボットの代理もできるように知識と技術は最低限学んでいるのだ。特に、メンタルケアについてはきちんと過程を修了していないと、対面日に出してもらえないほど重要視されている。だからわかる。
 シェルの声の抑揚のなさはほぼ――授業でやった、抑圧された子供のそれと同じものと同じ。自分達と一緒にいた頃のシェルは、無口で口を開けば毒舌という厄介な性格でこそあったものの、ミリーからすればむしろ感情豊かな方だったと思うのだ。特に、シェルは不快なことに関しては我慢せずに口に出す方だったし、表情もはっきり出るタイプだったのだから。
 許せない、と思う。今目の前に政紀がいたら、自分は何をするかわからない、とも。だが、冷静な部分が言っている。今は、激情にかられている場合ではない。まずはシェルを安全な場所まで脱出させ、適切な手当を行うのが先決だ、と。
 そうでなければ。雄大にも、つぐみにも、クリスやシオンにも、申し訳が立たない。今日この日のために、多くの人達に助けてもらって、自分はここにいるのだから。それが、彼等の幸せを削り取るような行為とわかっていながらも。

「……屋敷の構造だけど、地図は事前に調べたんだ。ただ」

 ミリーはシェルに、事前調査の結果を記した紙を手渡しながら言う。ホープ・コードはこういう時、身体のあちこちに収納スペースを持っているのが便利だと本当に思う。小さな武器や資料なら、汚すこともなく体内のボックスに入れて持ち運べるのだ。
 もちろん、持ち運べるサイズは限られているし、そこまで大量の武器や弾薬を持っていけるかというとそれは無理なのだけど。ホープ・コードそのものが、金属探知機をくぐり抜けられないというデメリットもある。

「手に入れられたのは、最初にこの屋敷が建てられた時の構造図だから。改築されてたら、資料とは違う部屋や通路が増えてたり、本来あるはずの通路がなくなってるってこともあると思う。参考程度に見ておいてよ」
「もしあるはずの通路がなくなってたら、どうする?」
「最悪、壁に穴空けて進むか、追って蹴散らして来た道を逆走するかのどっちかだね。どっちもメリットデメリットあるけど、見たかんじ壁はそこまで厚くもなさそうだし、壁に穴あけたほうが早いかな!」
「……」
「ちょ、どうしたのさ、シェル」

 シェルが何故か、ぽかんとした顔になって、まじまじと自分を見つめてくるものだから。ミリーは面食らって尋ねる。

「いや、その……お前の口から、そういう作戦が出てくるとは思わなかったというか。お前がそこまで脳筋派だったのが意外だというか。もっと綿密な脱出計画があるのかと思ってたんだが」

 脳筋派。するっと出てきたその言葉に、思わずミリーは吹き出してしまった。確かに、言われてみればその通りだ。自分の脱出計画の、なんて計画性のないというか、むちゃくちゃなことだろうか。
 雄大に協力を得て、屋敷に侵入し、シェルをひっぱりだす。そこまではまあ、考えてなかったというわけでもないのだけれど。つぐみに電線を切断してもらい、屋敷を停電させてシェルを助け出してからは、本当にろくに計画もなにもなかったなと今更になって気づくのである。
 しかも、それをまるで後悔していない自分が恐ろしい。

「だって、シェルを助けたら、その先はなんとかなるような気がしちゃったんだもん」

 ミリーは素直に、自分の気持ちを述べる。

「二人なら、何も怖くないって思っちゃった。……大丈夫だよ。もう、この手を離したりなんてしない。ここから先はずっと、一緒にいる」
「ミリー……」
「そろそろ頃合かな。行こうシェル。……私達の邪魔する奴らはみんな私が蹴散らしちゃうから!安心して!」

 いつもシェルに、頼ってばかりだった自分。
 今度は自分が、シェルの盾にでも槍にでもなって守るのだ。そうなれば少しは、シェルも自分を頼もしくなったと思ってくれるだろうか、なんて――少しだけくだらない打算を抱きながらも。

――この物置部屋に人が来るのも時間の問題かな。廊下から人が捌けるタイミングを見計らいたいところだけど……。

 選択肢はいくつかある。廊下から正面突破するか、壁に穴を空けて進むか、ダストシュートや換気扇を通っていくか。換気扇を外して進むのが一番見つかりにくいだろうが、屋敷の人間が同じ発想に思い至った場合容易く挟み撃ちに合うという欠点がある。身動きをとるのも難しい。特に、衰弱していてそこそこ身長のあるシェルが狙われたら目も当てられないだろう。
 ダストシュートを降りるという手もあるにはある。だが、その場合はどうあがいても一度地下を経由することになり、遠回りになることは間違いない。この屋敷の地下の広いゴミ捨て場には、直接ゴミ収集車が入れるように入口は広くとられているだろうが、他に出口が少ないのも難点だ。こちらも待ち伏せされたら面倒なことになる。
 では、壁に穴をあけるのはどうかというと。どうしても、大きな物音がするのは避けられず、人が集まってきてしまうというデメリットが大きい。もちろん、正面突破しても人が来てしまう可能性は高いが、うまく人が少ないタイミングを見計らえたのなら後者の方がリスクは低いだろう。

――結論。廊下から出て、もしうろついてる奴がいたら騒ぐ前に黙らせる。

 一つだけ――少しだけ迷っていること。それは、人を殺してもいいのかどうか、だ。
 正直なところ、自分の最優先事項はシェルであるため。その為に必要ならば何人でも殺す覚悟はあるにはある。だが、それをした場合、脅されたと証言したところで、雄大やつぐみの実刑がまぬがれられない可能性もあるのだ。
 それに。政紀の悪行を理解して警護している裏社会の人間なら、罪のない人間だとは思わないとはいえ――自分が本当に憎んでいるのは政紀一人である。シェルの監禁を助けた連中を恨まないこともないが、政紀の権力を考えれば弱者と小悪党が従うのも仕方ないことと言えなくはない。できれば、殺したい相手でないことも確かだった。
 だが、そんなことを迷えるのは。相手が、危険な武器を持っていなかった場合だ。銃器などを持っていた場合は、逡巡してなどいられない。殺すのを躊躇っていたなら、弱っているシェルが殺されてしまうだけだ。

――でも、殺してしまうより。重体で放置した方が、敵陣を混乱させられるってのも事実ではあるんだよね……。

 ミリーは少し考えて、すぐに答えを出した。なるべく、相手を死にかけ状態で放置する方向で行こう。銃器が持てない、声が出せない、足が動かない状態にすれば、基本的に問題はないはずである。せいぜい進路妨害になる程度だ。

「!……足音が遠のいた……行くよ、シェル!」
「あ、ああ」
「身体辛かったら言ってね、できる限り配慮するから」

 ミリーは言いながら、先行して――ドアの隙間を小さく開いた。人影は見えない。なんとか行けそうか。そのまま二人してするりと廊下に出る。暗い物置から明るい廊下に出たことで視界がチカチカするが、どうにかカメラの明暗を調整して対処する。

――出口のある方向はこっち、だけど……。

 まず間違いなく、警護の連中は玄関付近で張っているだろう。ならまだ、ガラス張りの書斎かリビングから脱出した方が人が少ない可能性がある。ミリーはシェルの手を引いてそちらの方向に駆け出した。動きやすいスニーカーとつなぎが有難い。変装する時にスーツ姿にした方が秘書っぽい雰囲気になって相手を欺けるかとも考えたのだが、結局機能性重視でこちらにして良かったと思う。そもそも、メンテナンスに秘書風の人間が同行するかどうかも謎ではあるし。

「そういえば、ミリー。言おうと思ってた事があるんだが」
「なぁに」
「面白い変装をしたものだな。私でも、一瞬誰だかわからなかったぞ。ミリーの特徴と聞いて一番に思いつくのは金髪だからな。……いつもキラキラしていて、太陽みたいだと思っていた」

 なにそれ、と思う。本人に多分そのつもりなどないのだろうけど。

「黒髪大和撫子風も悪くはないが。お前はいつものお前が一番だな」

 それが完全に、相手を口説いている台詞だということに、シェルは気付いているのだろうか。絶対気付いていないのだろう。顔を赤らめるでもなく、真顔であっさりと言ってくるあたり間違いなくそうだ。相変わらず天然なのかなんなのか。
 おかげでこっちだけ、照れくさくてどうしようもない気持ちになる。――大切な人に、太陽みたいだと、いつものお前が一番いいなどと言われて。嬉しくない人間は、そうそういないことだろう。

「!!」

 油断をしていたわけじゃない。だが、角を曲がった瞬間に警備らしき人間と鉢合わせした時、思わずミリーは舌打ちしていた。相手は一人。若くて大柄な男だ。やはり銃を持っている。素早く相手の武器と体格から、ミリーは状況を判断する。膨大なデータベースと叩き込まれた技術により、その時間はコンマ数秒あれば事足りる。
 相手の服の下からちらりと覗いたイレズミ、不自然な傷。あのイレズミは確か、指定暴力団“暴廉組”が通過儀礼として団員全員に刻むことで有名な龍の紋だったはず。体格がいい。恐らく元格闘技の選手か何か。腕の筋肉のつき方からしてプロボクサーである可能性が濃厚か。
 そして持っていた拳銃は、S&W M686。今の時代からすればやや旧式になるものの、携行性と耐久性に優れ、かつ初心者向けのリボルバーでもあることから昔から人気の拳銃だったはずだ。連射されたら、厄介。ならば。

「お、お前……っ!」

 男が驚いて硬直した瞬間、ミリーは地面を蹴っていた。素早くナイフを抜いて、相手の両手足の筋を切断し動きを封じる。そして相手が痛みに悲鳴を上げる前に喉を潰して声を上げられなくするのだ。気の毒だが、こちらも形振り構ってはいられない。

「――っ!」

 血飛沫と、濁った声にもならぬ音を喉から漏らして男が崩れ落ちる。そしてその身体が地面とキスをする前に、素早く飛んで、両足の筋も切断した。ここまでされれば、こいつも動くことなどできないし、自分達の居場所を知らせることもできないだろう。
 だが、一人で行動していたとは考えにくい。近くに仲間がいるはずだ。その前にこの場所を離れなければ。

「シェル、急いで!見つからないうちに!」 
「み、ミリー……お前……」

 シェルは明らかに動揺した様子で何かを言いかけて――しかし、すぐに首を振って、なんでもない、と口を閉ざした。シェルが何を言わんとしたか、なんとなく予想はついている。それでも、ミリーは気づかなかったフリをした。口にするだけ不毛なことだろう。少くとも、今のこんな状況では。
 容易く人を傷つけられるようになった自分を、シェルは悲しんだかもしれない。怖いと思ったかもしれない。――それならそれで、構わなかった。
 身勝手と言われても構わない。今一番肝心なことは、この奈落の底から、愛しい人を連れ出すことなのだから。
 その為なら、鬼にも修羅にもなってやろう。それがどれほど己の生まれた存在意義に反することであったとしても。
 ミリーは、信じてやまない。きっとこれこそが、自分が生まれた本当の意味なのだと。
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