小悪魔男子に恋してる!

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<10・オバケが怖い少女>

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 恋愛が成就するおまじない。されどこれもまた、この小学校の七不思議のひとつではある。ゆえに、ホラーが苦手な人間はそれとなーく避けてしまうのだ。というか、そもそもその“場所”そのものに結構な問題もあるのだが。

「うちの学校って、体育倉庫みたいなのが二つあるじゃん?で、実質体育の時間で使う道具が入ってるのも、サッカークラブがサッカーボール出し入れするのも片方だけていう」
「ですよね。元々、今は使われてないやつも用具倉庫だったんですっけ?」
「そうそ。木造で老朽化してたから、建て替え工事を行う予定だったんだってさ」

 下駄箱で靴を履き替え、校庭を横切って二人でまっすぐ敷地の東端へ向かう。そこには、生徒達にとってはちょっとした“ホラースポット”が鎮座しているのだ。
 非常にぶっちゃけた言い方をするのであれば、“木造の超ボロっちくて超汚い小屋”である。

「この学校はそんなに古くないんだけど、その体育倉庫っていうのは学校が出来る前からあったんだって。昔ここにはふるーい家がいくつか立ち並んでて、学校が出来る時に殆ど壊されたんだけど……そのうちの倉庫みたいなの?が一個だけ残されたっぽい。無駄を省いて、そのまま用具倉庫として使っちゃおうっていうやつだったのかな」

 なお、このあたりの話はあかるもあまり詳しいわけではない。情報元は麻乃とユイだが、二人ともなんとなく怪談の元ネタを知っているだけだったからだ。要するに彼女らの話も“多分そうなんじゃない?”と“確かそうだったと思う!”ばかりで構成されている。真実がどうであったのかは、残念ながら確かめようがないのだ。
 事実は一つ。
 その、学校が出来る前からあった謎の小屋が、かつては体育倉庫として使われていたということ。
 老朽化してきたので新しい体育倉庫がすぐ横に建築され、古い体育倉庫はそのまま放置されているとことだった。

「何でその古い木造小屋が壊されて建て替えられなかったかというと……その小屋を壊そうとすると、事故が頻発したからっていうんだよね。中に取り残されてる古い道具が崩れてきて下敷きになったり、割れた窓ガラスで怪我したり、はたまた床が突然抜けたり」
「そ、それって……」
「の、呪われてるからじゃ!?って大人達はビビったらしいよ!あははははは、そんなんあるわけないのにね!」

 ぎょっとしたように振り返る夢叶に、あかるは乾いた声で笑ってみせた。やっぱり、夢叶もおばけの類は大の苦手であるようだ。あかるも怖いが、少しだけほっとしてしまう。人間、自分と同じくらいびびっている誰かを見ると不思議と落ち着いてしまったりするものなのだ。
 ちなみにあかるがオバケを苦手とする理由は単純明快、“拳がきかないから”である。何故って、オバケは透けるというではないか!殴っても蹴っても通り抜けてしまう、投げ飛ばすこともできない相手を一体どうやって対処すればいいのか。まだゾンビの方が物理攻撃が効くだけマシというものである!
 と、いうことを以前麻乃たちの語ったら何故かドン引かれたのだが、まあそれはさておき。

「……大の大人が情けないとは思うけど、まあ、そういう噂が立つくらいには……いろいろあったらしいんだよね」

 日の長い時期であるため、空はまだまだ明るい。青空に、ほんのりオレンジが混じり始めたくらいの時間帯である。四時になったら音楽が鳴って、校舎内に残っている生徒はさっさと帰れと急かされるのが常だった。同時に、先生や用務員、警備員のおじさんたちが見回りに来てしかられることになる。それまでにさっさと終わらせてしまおうと考えていた。
 まあ、これから行く場所は、時間帯関係なく“近づいたら叱られる”場所であるのだけれど。

「元々学校ができる時にその小屋を再利用することになったのも、その小屋をうまく壊せなかったからじゃないかーって噂もあるくらい。なんでも、そこで女の人が一人死んでるんだとかなんとか?」

 ランドセルを背負い直すと、中で水筒がカタカタと音を立てた。このまま裏門から帰るつもりなので、二人とも荷物は持ってきているのである。

「昔々……どんくらい昔かわかんないけど、その小屋に住んでた男女がいて。親の都合かなんかで、無理やり引き離されそうになったらしいんだよね。で、男の人は別の村に去っていくことになって……結婚を約束してた女の人は心を病んでしまって。それで、男の人が自分の元を離れていかないように儀式を行ったんだってさ」
「い、いかにもホラーっぽい……」
「だろー?でもその儀式で、なんかうまくオバケ?かアクマ?かそういうものを呼べなかったらしくて。結局女の人は悲観して、小屋の中で男の人と一緒に無理心中を図って、二人とも死んじゃったらしい。小屋の中は一面血の海で、あちこち内臓や肉片まで飛び散る凄まじい有様だったって話いいい!」
「やややややめてください緑さん!死ぬ、死んじゃう!」

 あばばばば、と口を開けてまるでムンクの叫びのような表情の夢叶。髪の長い美少女がやるとどっちかというと本人がサダコっぽい、と思ったのはここだけの話である。
 まあ、面白がって低い声で語ったのは否定しない。おかげであかるの方は、だいぶ恐怖心が軽減されたのは事実だ。

「で……その結果。儀式で中途半端に呼び出されたオバケと、死んだ男女の魂が混ざり合った“カミサマ”ぽいのが小屋に住みつくようになったんだって。普通に体育倉庫に出入りする分には特に問題ないけど、小屋を壊そうとすると呪いが発動し、てえええっ!?」

 バコン!と頭の中で大きな音がした。いでえ!と思わず悲鳴を上げるあかるである。なんだなんだと見れば、地面を転がっていくサッカーボールの姿が。

「あ、ごっめん!」

 どこのどいつだ、と思って見てみれば、向こうから走ってくる刹那の姿が。そのさらに遠くでは、数名の男子達が明らかにビビリ顔でこちらを見ているのが見える。声はよく聞こえないがどうせ、“よりにもよってメスゴリラにブチ当てちまったー!”とでも騒いでいるのだろう。

「お前な……怪我したらどうすんだ、よ!」

 今日はサッカークラブに行っているであろう猛の姿はない上、人数も少ない。きっと一部の生徒だけでミニゲームでもしていたのだろう。ボールを拾って苛立ち紛れに投げつけるあかる。刹那は少し驚きながらも“ナイスパス!”とキャッチしてきた。

「凄い、いい肩してるじゃん。あかるちゃんはキーパー向いてるんじゃない?」
「お前、本気で下の名前呼びで定着させる気?しかもちゃん付け」
「え、嫌なの?かわいい名前じゃん」

 ねえ?とまるで同意を求めるように夢叶を見る刹那。またしてもあざとい仕草である。そんなもので誤魔化されてたまるか、と思うあかる。

「可愛いとかそういうんじゃなくて、馴れ馴れしいっつーの!大体、他の子のことはみんな苗字呼びなのに、何で私だけっ」
「えー?言わないとわからない?」

 すすすす、と相変わらず距離感のおかしい男は、上目使いでこちらを見上げてくる。

「俺のことも下の名前で呼んでいいよ?刹那クンでも刹那チャンでも刹那でもー?それでオアイコにしない?」

 人の気もしらないで、こいつめ!あかるは刹那の頭に空手チョップを見舞うと、べーっと舌を出して歩き出した。いてー!と頭を抱えて蹲っている誰かさんのことは完全に無視である。

「人をおちょくるのも大概にしろっつーの!……さっさと行くよ茶木さん!」
「へ?あ、うん……っ」
「コラ、待てってば!」

 こっちは用事があって忙しいのだ。お前なんぞに関わっている暇はない。そんな意図もかねて睨みつけてやると、刹那は頭をさすりながらも立ち上がった。

「あのさ、どこ行く気?正門そっちじゃないでしょ?」

 お前には関係ない。何も言わずに立ち去ろうとしたところで、あかるは続けて聞こえてきた言葉に思わず足を止めていた。

「体育倉庫のおまじないならオススメしないけど」
「!」

 どうやら、自分達の会話の一部が聴かれていたということらしい。もしくは、二人で歩いて行く先から予想されたのか。
 転校してきたばかりの彼が、学校の七不思議のひとつを知っていることに疑問は抱かなかった。怖い話が好きで、すぐ肝試しを実行しては先生に雷を落とされている連中が、彼の仲良くなった男子たちには多いからである。

「何?お前もマジで幽霊が出るからとか思ってんの?つか関係なくない、お前に」

 もし七不思議を知っていて止めているなら、自分、もしくは夢叶が“成就させたい恋愛”があるということもすぐ予想ができるだろう。ならば余計、彼には関係ないではないか。人のことを体よくからかう玩具としか思っていないような奴に、余計な心配なんぞされる謂れはないのである。

「俺もちらっと覗いたことあるんだって、あそこ。普通にロープ張ってあるし、立ち入り禁止じゃん。多分鍵もかかってるから入れないよ」

 困惑した様子で続ける刹那。

「老朽化してるから、今は使われなくなったんだろ?危ないって、崩れてきたらどうすんの。幽霊とかそういう問題じゃないから」

 どうやら、一応は真っ当な類の心配だったらしい。確かに、あそこは立ち入り禁止だと先生達には口がすっぱくなるほど言われている。それどころか、近くを通るのも最低限にするべき、とも。本当はさっさと撤去したくて仕方ないのだろう。一応周囲から鉄骨のようなもので支えてあるように見えるが、それも一体いつまでもつやら、なのだから。
 ただ。

「怪我なんかしないですー。誰かさんみたいにヤワじゃないんで」

 ムカついている男子に、こうも強く止められるとこっちも意地を張りたくなるのだ。自分は連中みたいに馬鹿じゃない。悪戯して、うっかり自業自得な怪我をするほどアホなことになんぞならないのだ。

「大体、私が怪我したからってなんなの?それこそ関係ないじゃん」
「そんなこと……」
「中途半端な対応やめてくれる?どうせ私のことなんか都合の良い玩具みたいなもんだとしか思ってないくせに!」

 思わず言い放ってしまってから、やってしまった、と気づいた。一瞬、刹那が明らかに傷ついた顔をしたからだ。

――な。なにその態度!先に、嫌な思いさせられたのはこっちだっていうのに!

 まるで、自分が苛めたみたいじゃないか。憤りと、少しの罪悪感で言葉が出なくなる。ここまでストレートに伝えなくても良かったかもしれない。でも、こっちだって振り回されていい迷惑をしているのだ。デート、なんて言葉でちょっとだけドキリとさせておいて、ほんのちちょっぴり期待させたくせに――そのあと完全に梨の礫なんて。

「ふ、ふん!そういうわけだから、じゃねっ!」

 自分でも“どういうわけなんだ”という台詞を吐きながら、あかるは思いきり夢叶の手を引いて、速足で歩き始めたのだった。
 自分は何も、間違っていない。間違っていないはずなのに。

――くっそ、くそくそくそくそ!あいつと関わるとほんっと、ロクなことがない!
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