恋とオバケと梟と

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<9・ひとりきりの燕>

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 真っ暗な闇の中、燕はずっと誰かの声を聞いていた。一人ではない。何人もの存在が、心の底から楽しそうに喋っている。燕のすぐ傍で、あるいはずっと遠くの場所で。中には、人の言葉とも思えないような理解不能な奇怪な声で。



『解かれた』
『ああ、解かれたのだ』
『封印が』
『今度こそ』
『有難い』
『あの子のおかげ』
『ルールを知らなかったあの子のおかげ』
『長らく閉じ込められていた自分達もついにここから解き放たれよう』
『あな嬉しや、嬉しや嬉しや』
『今宵は祭ぞ』
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!喜ばしい、なんと喜ばしいことか、あああああああああああああああああああああ!』
『rq4p@mj「ーw59vw54p9usvj[50:p9mー、vw9p3t:scj」ーp439tくvんー4「m」w、c^w@」dx。お5・ー4「おwmc^、。ーおwhfリアふぁwcmぽcrq09アm34ルーq「、9tv 049sジュnmcms059dgtdwk-0wt』
『しかしまだ完全ではないわ』
『そうね、油断は禁物』
『今夜一晩逃げ延びることこそ重要』
『そのためには邪魔者は消さなければ』
『そのためには?』
『ああ、どうしてくれようか』
『t1qfc「m0』
『待ちは似合わぬ』
『祈るだけでは変わらぬ』
『それならば?』
『どうせであれば我らの悲願をここで果たすのも良し』
『悲願?』
『そう、悲願』
『悲願!悲願!悲願!悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願悲願!!』
『何を?』
『言うに及ばず、決まっておるわ』



『復讐だ』



「――――っ!?」

 背筋を凍らせるような一言が、すぐ耳元で聞こえた気がした。男かも女かもわからぬ、されどぞっとするような憎悪を滾らせた声。
 ぎょっとして頭を上げた燕は、そのままはっと目を見開いた。

「あ……あれ?」

 外から、真っ赤な夕日が差し込んで来ている。影になっていせいで、燕が今座っている席も椅子や机も真っ黒な影のような有様となっていた。酷く視界が聞きづらい。まだ目が慣れていないせいだろうか。確かなことは、一つ。
 そう、教室だ。
 自分は何故だか、教室にいる。それも机と椅子がしっかり並べられた、一番見慣れた場所。自分のクラスの教室だ。燕はしっかり、自分の席に座って眠りこけていたらしい。それこそ、机につっぷすような形で。

――あ、あれ?何で俺、まだ教室にいるんだ?みんなとっくにいないし……ていうか、俺、何してたっけ?

 授業中に眠りこけて、そのまま帰りの会もすっとばしてずっと眠ったままだったとか?それで誰にも起こされず、そのまま教室に放置されてしまったとか?
 有り得ない話ではなかった。なんといっても、燕の友人にはそういうお調子者達がそろっている。いじりプレイの一環でそういう真似をしそうなアホな友人は、正直少なくはない。ただ。

――そうじゃない。そうじゃなかった気がする。俺、何か大事なことやってたような……。

 頭をトントン叩きながら、後ろのロッカーから自分のランドセルを引っ張り出して――気づいた。ランドセル。ちゃんと背負って、一度は家に帰ろうとしたような気がする。けれど、少し迷った後自分は三階の空き教室まで行ったのだ。そう、兄に教えてもらったおまじないを試すために。



『恋愛成就のおまじないを教えてやるから、実行しろよ。南校舎の端っこの空き教室でな、“一つ結んで、マリコさん。二つ結んで、マリコさん……”ってかんじでおまじない唱えるんだ。五回、誰にも見つからずに唱えることができたなら、恋愛のお願いを言って手を叩いて終了!それで、どんな恋愛も成就するらしいぞ!』



 首吊りのマリコさん。
 西端の空き教室で、鏡を使っておまじないをすると、片思いの相手との恋を成就させてくれたり、あるいはカップルの恋愛が長続きしてくれるようにするという。自分は、大好きな英玲奈と両思いになれるように、マリコさんにお願いしたのだった。
 問題はその後だ。何故自分は教室に戻ってきているのだろう。しかも記憶にあるより、随分と日が傾いている。外の夕焼けは半分ほどが藍色に染まり、今にも日が完全に落ちてしまいそうな状態だ。
 夏の日没は遅い。夜の七時くらいまでは明るい時もあるほどだ。ということは、今の時刻は既に七時前後ということではないだろうか。時間を確認しようとしてポケットを探った燕は、今日自分が自宅に携帯電話を忘れてきてしまったということを思い出した。
 仕方なく教室の時計を見る。やはり、思った通りの時間だ。もうすぐ七時になってしまう。こんな時間まで学校にいて、よく見回りの先生に見つからなかったものだ。

――何だろう、なんか忘れてるような。そもそもいくら俺だって、おまじないやった後で教室に戻ってきて昼寝するなんて、そこまで呑気じゃないと思うんだけど……。

 そこまで考えたところで、ぎょっとした。そうだ、自分は教室に戻ってきてなどいない。何故ならおまじないを行った三階の空き教室――そこで記憶は途絶えているのだから。
 何故、今の今まで忘れていたのだろう。おまじないをやった自分は、あの時。

――そうだ。

 手鏡の中に、白いワンピースの女の子が映りこんでいた。そこから髪の毛が伸びてきて、自分はその髪の毛に捕まって、鏡の向こう側に吸い込まれてしまったのではなかったか。そんな馬鹿な、あるわけがない、自分で思い出してみても信じられなくなりそうな、事実。

――教室に戻ってきた覚えなんかない!なんで……なんで俺、こんなところにいるんだ!?

 あれは、マリコさんとやらの悪戯に過ぎなかったんだろうか。自分を驚かせて満足したから、お詫びに教室まで自分を戻してくれた、とか?
 そう楽観的に考えたかったが、どうにも全身を包む悪寒がそれを許してくれない。霊感なんてもの、自分は兄と違って全くないはずであったのだが。何故か、本能的に“此処にいるのはまずい”と感じるのだ。この、普段となんら変わらないように見える教室が、普通のそれとはどうしても思えないのである。
 そう、言うなれば自分は実際化物の腹の中にいて、今にも消化される寸前だというのに、表向きだけ教室のホログラムでも見せられていて、普段の日常の延長であると錯覚させられているかのような。

――は、早く帰ろう!兄ちゃんも、父さんと母さんも絶対心配してるし!

 ランドセルを背負い直す。携帯電話がないのでは、どうせ連絡の一つも取ることはできない。
 幸なのは、七時ならまだ職員室に先生が残っている可能性が高いということだ。もし昇降口が施錠されてしまっていたら、職員室に寄って鍵を開けてもらうことくらいはできるだろう。もっと言えば、用務員室に用務員さんも残っているはずである。そこに行くのも一つの手だ。

――そもそも、昇降口とかの鍵って、内側からは手動で開けられた気もするし……いやもう、いろいろ申し訳ないけど急いで帰る!ほんと帰る!もう怖いのはうんざりだ!!

 とりあえず、あんな恐ろしいおまじないを教えてくれた兄には、あとできっちりクレームを入れなければ気がすまない。そう思って教室を飛び出した燕は、足下が“ぎしり”と大きな音を立てたことに気がついた。

「ひっ!」

 想像以上の軋み具合に、思わず小さな悲鳴を上げる。こんな時、傍に兄や友人がいなくてよかったと心底思った。木が軋む音くらいでびびったなんて知られたら、間違いなく笑い飛ばされていたに決まっているのだから。

――へ?木が軋む、音?

 そこまで思って、やっと気づく。自分達の学校は、全て兄が入学する少し前に建て替えられたものであったはずだ。つまり、学校の歴史に対して、校舎そのものはけして古いものではないのである。廊下も薄いつるつるの緑色のタイル張りになっていて、けして木造などではなかったはずなのだ。
 それなのに、今。燕が踏み出した廊下は、あちこち底が抜けそうな茶色の木造建築なのである。床も、壁も、柱も。皆木で出来ている。掃除が行き届いていないのか、天井の隅には蜘蛛の巣まで張っている有様ではないか。とても、建て替えられて数年の校舎とは思えない。そう。
 自分達がいつも通う校舎が、このような有様であったはずがない。

――な、なんだこれ。なんで、校舎がボロくなってんだよ……これじゃあまるで。

 まるで、建て替える前の――旧校舎時代に戻ってしまったみたいではないか。
 思わず心の中で茫然と呟いた。その時だった。



『くすくす……』



「!」

 小さな女の子が、笑うような声。はっとして左手の廊下の奥を見つめた燕は、ぎょっとすることになる。
 廊下の奥へと、小さく弾むような足取りで歩いているものがいる――赤い服を着た、小さな布製らしき人形が。

「な、な……なっ」

 そんな馬鹿な。人形が、動くはずがない。いや、それとも布製に見えて中に電池が入っているとか、誰かが糸で引っ張って動かしているとか、そういうことなのだろうか。
 引っ張って動かしているだけの無機物ならば、あんなリアリティのある笑い声を上げるとは思えないのだが。

『くすくす……』

『くすくす……』

『くすくすくすくすくすくす……!』

 人形は本当に、楽しくてたまらないといった様子で、廊下の突き当たりを左に曲がる。そちらには階段があると知っていた。どうやら、階段を降りるか上るかするつもりであるらしい。

「ま、待って……!」

 興味や好奇心というより――今は、何かに縋りたい気持ちでいっぱいだった。あの人形は、この奇妙な現象について何か知っているのかもしれない。なんとなく、追いかけなければいけないようなそんな気がしたのである。

「待ってよ、ねえ……!」

 恐怖でもつれる足を叱咤して、燕は走り出した。人形を追いかけ、捕まえるために。
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