チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<13・歪みに剣を突き立てて>

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 マーテルと比べれば、メリッサはまだマシな感性の持ち主であるという印象だった。彼女は自分が何を失敗したのかも、己にどんな責任があるのかもきちんと理解はしていたようだから。紫苑が言うまでもなく、“私は間違ってたわ”と告げてきただけ、よほどマトモであるのは言うまでもあるまい。

『……最大な失敗を一言で言うなら……勇者を甘やかしぎたってこと、なんでしょうね』

 ただ、少しばかりはズレがあって。紫苑はそこにツッコミを入れざるを得なかったが。
 確かに、女神たる彼女はアヤナを甘やかし過ぎたのだろう。彼女の境遇にいくら同情したとはいえ――そして無理矢理異世界転生させた負い目があったとはいえ。あのような能力を与える必要があったかといえば本当のところは疑問だ。それこそ、アヤナには美しい容姿を与えただけでもある意味十分であったはずなのだから。
 それを、世界を救う勇者に任命する名目で――そして他の勇者に対抗させるためだけに。どんな異性でも恋奴隷に出来る力、なんて。行きすぎた力であったのは言うまでもあるまい。そのせいで、他の地域を攻めるどころか東の地域そのものが大混乱に陥り、収拾がつかなくなっている状況なのだから。
 だが。

『それも失敗だったのでしょうけど。本当の失敗は、それ以前にあったのではありませんか』

 彼女もまだ、事の本質に気がついていない。だから紫苑は告げた。真の事件の解決を見るならば、起きた家事に慌てて消火活動をするよりも、火事そのものを防災する方が遥かに重要と知っていたからである。

『この世界の問題をまず、この世界の人間で解決しようとしなかったことです。異世界の、無関係な人間を巻き込むよりも前に出来ることは……本当に無かったのですか?少なくとも僕が此処にいるのは完全に事故なわけで。……女神のような力もなく、チートでもないどこぞの魔王様は。自分の力で勇者と戦おうと孤軍奮闘していましたよ』

 異世界転移、転生なんて言ってしまえば簡単に聞こえるかもしれないが。それはつまり、普通に生きていた人間の人生を、異世界の人間の都合で強引に終らせ、ねじ曲げてしまうことに他ならない。
 北の地で人々の話を聞き回り、そして書物を漁った紫苑は確信を得ていた。やはり本来自分達の世界で言う中世ヨーロッパと同等程度の科学技術しかなかったはずの世界が急激に発展したのは、異世界人が技術を持ち込んだからであったということを。
 勿論、異世界との交流総てが悪だなんて言うつもりはない。そうやってもたらされた技術は間違いなく人々に恩恵をもたらしたことだろう。だが、一足飛びに持ち込まれた技術や進化が、本来この世界で育つはずだった技術の進化を止めさせてしまった可能性はないだろうか。それらを地道に研究していた研究者達が、陽の目を見ることなく闇に葬り去られた事実はなかっただろうか。
 そして誰かの心が、あるべき姿が、歴史が、永遠に失われてしまうことが一つもなかったと本当に言い切れるだろうか。
 一見プラスに見えることでさえ、犠牲がなかったとは言い切れないはずなのである。それが、一人の人間とその周りの人間に確実に“犠牲”を強いる強制的な異世界転生や転移ならばどうか。そして、そんな人間に世界の理さえも壊しかねないチート能力を与えることが、本当に世界のためになっていたのかどうか。
 もはや、紫苑がそこを細かく詰る必要もあるまい。どんな言い訳をしようと、そうやって後先を考えなかった結果がどうであったのかは、言うまでもない事実なのだから。

『宗教の問題に口を出すのが野暮ということは、私にもわかっています。しかし、実際に同格の神が三人いて、お互いがお互いを消すことが実質不可能であるならば……共存するやり方をまず探していくしかなかったはずです。本気で互いにやり合えば、人間達を巻き込んで世界の破滅さえももたらしてしまうことになる。……それができないならせめて。女神同士で直接殴りあいの喧嘩でもして決着をつけた方が遥かに合理的だったのではありませんか』
『……それも、そうだったのかもしれないわね。人間を巻き込んで戦った結果、世界そのものを不毛地帯にしたんじゃ意味がないもの。……実際今、そんな状況に近づきつつある。相手を倒して我を通すことだけを三人揃って考えたせいで、世界のことを省みなかったせいで』
『それがわかっているなら貴女はまだ真っ当ですよ。正直、あのマーテルと同じ女神であるという時点で、個人的には同情を禁じ得ないので』

 心の底からそう言うと、まったくね、とメリッサは苦笑した。自分達がマーテルと接触したことはこれで彼女にも伝わったことだろう。
 同時に、多少の好感度への影響もまた。

『すべての女神は、それぞれが特定の種類の力を司っていると言います。マーテルが平和を、ラフテルが戦を……そして貴女、メリッサが愛を。それぞれがそれぞれの素質を、力を盲信して行きすぎてしまってはいますが。どれも真の平和のためには、本来不可欠なものであるはず。特に……メリッサ、貴女が司るものは人間の根元と言っても過言ではありません。貴女は女神の中でも唯一……人間を愛する力と心を持ち合わせているはず』

 メリッサが何故あそこまでアヤナに同情してしまったか。そして、アヤナにあのような力を与えてしまったか。
 全ては彼女にもまた、愛する者がいたからだ。それを、紫苑は東の地域から逃れてきた、メリッサを信じる信者達から聞いていた。その物語は伝説として今なお語り継がれているものであると。

『貴女はかつて、人間の男性を愛し……しかし己が女神であり人との間に子を成せぬことを知っていたがゆえに手を引いた。以来、その血筋に生まれる男児を、愛した人の生まれ変わりと信じて慈しんできた……そうですよね。だから本来、誰よりも知っている。愛する人と結ばれない苦しみも……愛する人を奪われる悲しみも。貴女が愛した人の生まれ変わりと信じてきた青年の一人は今、アヤナの手で妻と子と引き離されて傀儡にされているのだから』

 メリッサにも罪はある。異世界の人間達を省みなかった罪が――目先の勝利に囚われて自らの土地の人々に降りかかる災いに気付けなかった罪が。そして、愛する人を奪われたにも関わらず、アヤナを叱ることさえできぬ臆病という名の罪が。
 それでも彼女は悔やんで、この状況をなんとかしたいと願っていた。立ち向かう手段を探していた。だからこそ魔王とその使徒たる紫苑の呼び掛けに答えたのである。

『アヤナも……マサユキもリオウも私達が止めます。特別な力など何もない、ただの人間である私達だからこそ出来ることがきっとあるはずですから。……ですから、どうか。私達に力を貸してください。情報と言う名の、力を』

 戦うために、徹底的な準備と努力を。それを生かす知恵を、知略を。
 それだけが今の自分達にとって、唯一にして絶対の武器なのだから。



 ***




「本当にいいんだね?このまま元の世界に帰らなくて」
「しつこいですよ、貴方はもう」

 魔方陣の準備は出来た。望めば、そのまま紫苑は元の世界に帰ることができる。
 それでも紫苑は、やりかけた仕事を放置して現世に戻りたいとはもはや思っていないのだ。人々への聞き取り調査、情報収集、女神からもたらされた勇者達のデータ――それらの裏付けを行うため、紫苑はアーリアの部下を連れて一度現世に戻り、また帰ってくることを決めたのである。
 勇者達は全員、前世と現世を同じ名前で生きている。全員が日本人で、紫苑と同じ世界の住人だった。
 本村昌之もとむらまさゆき
 江尻彩名えじりあやな
 そして、本郷里桜ほんごうりおう
 リオウに関しては、名前しかわかっていないのが辛いが。それでも漢字が判明しただけ、とっかかりにはなるというものだ。あとの二人に関しては元の出身地や前職などのデータも多少女神から得られている。最終的に彼らに現世に帰ってもらうためには、そこから彼らが“帰りたくない”事情を調べて説得していくしかないのだ。

「必ず調査して戻ってきます……魔王様」

 不安げな眼をする、優しい優しい魔王の手を握って紫苑は思う。
 彼にとって自分は、偶然この世界に迷いこんだだけの一般人に過ぎない。こんな中学生の小娘などきっと眼中にもないことだろう。
 だからあくまでこれはきっと、一方通行の思いだ。それでも構いはしない。自分がこの人の側にいればいるほど力になりたいと願い、我が儘を通しているだけなのだから。

「ですからどうか。僕がいない間も……ご無事で」
「もう、それはこっちの台詞なのに」

 心配性の彼は、魔方陣に乗る紫苑と部下達を見て、困ったような笑みを浮かべてみせたのだった。

「ありがとう。……どうか、気を付けてね。待ってるから」
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