チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<38・最後の駆け引き>

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 これが、最後の大勝負。紫苑は通された応接室で、そっと一人息を吐いた。
 アヤナが謁見を許したのは、ファンタジーでもよく見かけるようないわゆる“王様の玉座”というものだった。派手なシャンデリアがかかり、豪奢な甲冑やらインテリアやらが並ぶ、お城の象徴と言っても過言ではないような場所。対し今回、誰かさんが自分を待たせたのも会うと言ったのも屋敷の中でもさほど広くはない応接室だった。まあ、それでも現世の自分の部屋よりはよほど広いのは間違いないけれど。

――玉座のように広い場所ではなく、応接室に僕を通したのは。それがそのまま、リオウの自信の現れとも言える。

 応接室で向かい合って話をするというのは、相手にそれなりに礼を尽くしていることの表れでもあり、同時に至近距離で親密な話をしたいという意図もあるだろう。そう、普段なら紫苑もそう解釈する。何故ならば自分と彼はまさに初対面であり、敵対している関係である。互いに礼を尽くしてゆっくり対談するような間柄ではない。交渉次第では即座にゴングが鳴ると言っても過言ではないのだ。
 それなのにこんな場所で話すことにしたのは。彼が“ここまで至近距離で接近されても問題ない”と判断したからというのが最大の理由だろう。つまり、個人での戦闘に誰より自信があるリオウだからこそ、ということだ。敵に間近で勝負を仕掛けられても、護衛が間に合わなくても、自分ならば簡単に対処できるという自信。であると同時に、より至近距離で自然に護衛を配置できるからというのもあるかもしれない。余計な小細工は許さない、むしろその隙は見せないつもりでいる。紫苑はここまで南の軍の兵士達に監視されながら通されたが、部屋に到達してもその監視が解けたわけではないからだ。
 室内の、ドアの前に一人。反対側の壁にも一人。
 そしてドアの外にも護衛がいる気配がある。当然、屋敷の中には均等に兵士が配備されていることだろう。この布陣は紫苑がリオウに何かをするのを警戒してるからというより、“何があっても紫苑を此処から逃がす気がない”ことの証明であるように思われる。
 そう、此処まで来た時点で紫苑も覚悟しているのだ。
 もう引き返す道などない。ココからタダで帰る道などとうに失われている、ということは。
 それがわかっていて紫苑はこの役目を引き受けた。自分でなければ出来ないことがあると、何よりも誰よりも分かっていたからだ。それは。

――僕が異世界人で、ただの中学生の女子でしかないから。……僕の武器は知略と、度胸と……この弱さ。そして。……あの人からの信頼、それだけなんだ。

 スカートの膝の上、握り締めた手が汗ばむ。震えそうになる。それを必死で押し殺しながら、紫苑は時を待っていた。思い出すのは、最後に会った時のアーリアの顔だ。



『許さないからね』



 彼は、泣きそうな顔で――ただ、それだけを口にした。



『許さないから。……無事で、帰って来なかったら』



 自分は、なんて醜く、そして現金であることか。
 彼にあのような顔をさせたことを申し訳なくも思いながらも。彼に、そこまで想われていることが嬉しくて、自分のために心を痛めて貰えたことに喜びさえも感じている己がいるのである。罪悪感も確かにあるのに。おかげさまで、おかしな方向に腹を括ってしまったのもまた事実なのだ。
 この人のためなら、何でもできてしまう気がした。
 だってアーリアのことを思い出すだけで、全身から力が漲るのを感じるのだから。自分は、負けられないのだ。彼を笑顔にするために。彼にお帰り、と言うために。
 命を捨ててでも戦う覚悟があるというのなら。何が何でも生きて帰ってやるというのも、きっとまた覚悟なのだろう。紫苑が今しているのはつまりそういう覚悟だ。
 生きて帰る。無事で、帰る。他ならぬ、大好きなあの人のために。

「!」

 足音が、聞こえた。ほんの少しこわばった背を誤魔化すようにして振り返る。兵士達が動き、ドアが開いた。開いたドアから入って来たのは、まだ高校生程度の年齢に見える――むしろ華奢な部類の少年だ。

「本当に一人で来たんだな」

 黒髪黒目の美貌の少年は、存外低く、笑みを含んだ声でそう告げた。

「感心した。さて、今度はどういう“説得”を、この俺に対して仕掛けてくれる気かな?」
「……アヤナ相手に行った作戦は、全てお見通しというわけですか」
「勿論。敵について知るのは、戦争戦略の第一歩だろう?俺は自分こそが最強だと疑わないが、それでも、魔王アーリアと……お前の力に関して過小評価などしない。マサユキを倒したやり方といい、アヤナを屈服させた手段といい、実に見事なものだった。全部、考えたのはお前だろう?魔王軍の“戦い方”が変わったのは、見事にお前がこちらに転移してきてからだものな?」

 真正面の椅子に座って、彼は用意されたティーカップを手に取った。そして同じく紫苑の前に置かれた紅茶を“飲まないのか?”と目で示してくる。
 敵地に来て、出された紅茶をそのまま信じて飲むのは本来あまりにも迂闊なことだ。だが。

――……むしろ、利用できるかもしれない。

 紫苑はティーカップを手に取る。一見すると、現世のそれとも変わらぬ普通の紅茶であるように見える。匂いを嗅ぐと、イチゴにも似た甘い匂いがした。

「ベリーティーだ。俺はさほど好むものではないんだがな、リア・ユートピアでは若者に人気の茶葉らしい。特別に入れてみたんだが、どうだ?」
「……頂きます」

 恐らく、今まで相対した他の勇者二人より、リオウはずっと知的で冷静だ。ならばこちらも多少のギャンブルが必要。こちらが踏み込まなければ、向こうに油断させることなどできまい。
 紫苑はそっとカップに口をつけ、少しだけ紅茶を飲んだ。甘ったるい匂いが鼻腔をつく。それに比べて、紅茶の味そのものはやや渋い部類に入るだろうか。どちらかというと甘党の紫苑だが、あまり好きな味ではないな、と結論を出した。というより、匂いと味が一致しないというのがどうにも苦手である。甘い匂いがするなら、味も甘くあって欲しい。そう思うのは、味覚が少々お子様ということだろうか。

「あまり、好きな味ではありませんね。申し訳ないですけど」

 素直にそう告げると、リオウはははは、とやや横柄に笑ってみせた。既に駆け引きは始まっている。そんなこと、あちらも百も承知だろう。
 そして、出方を伺っている。此処まで来た紫苑の目的が何であり、どう話を切り出してくるのか、ということを。

「さて、俺にアヤナと同じ方法は通用しない。それはお前も分かっているな?」

 彼の笑みは、崩れない。

「今回、屋敷の周辺の警備は徹底した。敷地内には、アリの子一匹通していない。当然、アヤナの時のように俺やお例外の兵士達を南の地の外に空間転移で飛ばすということもできないぞ。そのような装置が仕掛けられいないことも、それを発動させるお前の仲間がいないことも確認済み。そして、お前自身には今回、一切護衛を許していない。仮に俺以外の兵士を排除できても、お前一人では到底俺を倒すことなどできるはずがない」
「そうですね、僕にはそのような戦闘能力も技術もありません。最も、今回武器の携帯は禁止されてませんので、僕が何かを持ち込んでいる可能性もないわけではない……とはお分かりかと思いますが」
「それを禁止しなかった理由などわかりきっているだろう?お前のような素人の女子が、拳銃やら爆弾やらを持ち込んだところで使いこなせるはずがない。そんなもので武装したところで、素手の俺の方が確実に強い、違うか?」

 まあそうだろうな、と紫苑は思う。自分が徹底的に武装してみせても、リオウに勝てるとは思えない。彼は自動的に自分の戦闘能力を上回ってくるし、ついでに言えば経験値でも間違いなく紫苑の上を行くだろう。
 それがわかっているから、彼は禁止をしなかった。むしろ、武器でも何でも持ち込んであがいてみせろ、面白いものを見せてくれ――というのが本心だろうか。

「そしてお前達は、俺の前世についても調べてきたんだろうが。女神ラフテルは俺の手の中にいて、そのパーソナルデータを調べるとっかかりはなかったはずだ。俺の名前だけでは、調べられた情報は僅かだろう。つまり、アヤナ相手のように俺を揺さぶることの出来る情報など殆ど出てこなかったはず。……さて、一体どうやって俺を“説得”するつもりだ?」

 やはり、そこまでお見通しというわけか。紫苑は目を細めて思考する。言葉での斬り合い、現状では――まだリオウの方が優位に立っている。そして彼は、自分が有利であると信じる限りけして揺らぐことのない人間だろう。
 切り崩すためには――現状の分析を、彼にぶつけること。そしてそこから引き出した言葉で、次のとっかかりを見つけること、だ。何故なら今、紫苑がするべきことの最終目標は。

「……貴方の前世に対しては、大した情報が出てきませんでしたが。それでも、全く何もわからなかったわけではないのですよ」

 紅茶のカップを置き、紫苑は告げる。さあ、まずはこちらから――仕掛けようではないか。

「貴方のその自信……それは能力もさることながら、“僕達では己の前世を殆ど調べることができなかっただろう”という確信に基づいている。確かに僕らは貴方に関しては名前くらいしか事前情報がありませんでした。ですが今の世の中、名前がわかっていれば多少なりに調べるとっかかりはあるはずなんです。ましてや“本郷里桜”なんて、なかなか珍しい名前ではありませんか。どこかに記録や、あるいは人の記憶が残っていてもなんらおかしくはないはずです」

 だが、実際その名前で調べても、出てきた情報は僅かだった。都内の某所にて、本郷和美という女性と一人息子の里桜という名前の子供が暮らしていたらしいということまでは突き止められたが。それが果たしてリオウ本人なのか、という確証は得られなかったのである。里桜少年は、たった八歳で病で死んだことになっていたのだから。目の前の彼とは、あまりにも年齢も外見も印象も異なっている。

本郷和美ほんごうかずみ、という母親らしき女性に関しての情報も出てこない……というより、これは依頼した探偵からストップがかかりました。これ以上調べない方がいい、と。つまり僕らが手に入れることができた“貴方らしき人物の前世”はこれだけなんです。……それが、貴方の、全てではなくとも自信の一端であるのは事実でしょうね。貴方は自分のパーソナルデータが簡単に調べられるものではないことを踏んでいた。ゆえに、そこから己が動揺させられることなどないと考えていたというわけです」
「そうだな、実際それだけしか情報がないのはつまり、何もわからなかったことと同じだろう?」
「さて、どうでしょうね」

 母親の名前を出しても、目の前の男は特に驚いた様子を見せない。ここまで知られることは計算の範囲内か、と分析する。
 なら、ここから先の話をするのは――“この後”に投下する爆弾として、残しておいた方がいいか。彼には“これ以上は何も調べられなかった”と思わせておいた方が良さそうだ。少なくとも、今の段階では。

「もう一つ。貴方に関して分かったこと。それは貴方が……極度の人間不信、もしくは人間の無性の愛情や善意などあるはずがないと考えているらしいということです。それは、貴方の宣戦布告映像からもわかること。貴方はどうやら、アーリアが自分の利益のために善行をし、それをアピールして世界征服の足がかりにしようとしているとでも思っているらしいですね」

 彼は、アーリアが東西の地域の人々を見捨てる可能性も充分あると考えていたようだ。アーリアをよく知る人物ならば、“そんなことまずないだろう”とすぐわかることであるにも関わらず。
 ならば、そこから見えてくる彼の性格、そして前世は。

「ようするに、貴方は……」

 そこまで、言いかけた時。ぐらり、と紫苑の視界が揺れた。一瞬、目蓋の裏が明滅するような感覚。思わず頭を抑えたところで、リオウの声が斜め上から降ってくることになる。

「ああ、効いてきたか。……もう少し緊張感を持ってくれるかと思ったが……お前も随分とお人好しらしいな、日高紫苑」
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