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<11・魔法。>
ぱらぱらぱらぱら、と紙をめくる音が響く。聖堂の中は静かで、時々外の風の音や葉擦れの音が聞こえるのみだった。
だからだろう。お互いが少し動くたびに響く小さな音が、やけにエミルの耳に残るのだ。まるで世界に、自分達だけしかいないようで。
「これ」
スケッチブックを捲って、オスカーが見せてくれたもの。それは昼間、エミルが見た“怪獣”の姿だった。
ただしこちらはカラーではなく、鉛筆でスケッチした程度の絵だったが。
「これ、下絵なんです。呼び出す精霊の」
「精霊、ですか」
「ああ、召喚獣と言った方がわかりやすいか。……わたくしたちドラゴンの一族は様々な魔法が使えますが……その中で最も難しく、威力が高い魔法が召喚魔法なのです。ドラゴンの血にさほど目覚めていなくても使える一般的な魔法に対して、召喚魔法は血に覚醒していなければ扱うことができません。そして、どのようなタイミングで召喚魔法が使えるようになる=ドラゴンとして覚醒するのかは……誰にもわからないことなのです」
彼は言いながら、鉛筆でスケッチした絵を指でなぞった。
「わたくしが血に目覚めたのは、十歳の時のことでした。……この家の敷地内は結界があるので、そうそうモンスターが入りこむことはないのですが。屋敷から離れれば離れるほど、危険度が増すことになります。幼い頃、わたくしはとてもやんちゃで、弟や妹とともにこっそり屋敷を抜け出して、森の中へ遊びに行くことがありました」
「それは……」
危ないことをしてたなあ、とエミルは呆れる。まあ、自分も人のことは言えない。弟としか遊ぶ相手がいなかったこと、それから町の子供達に見つかると余計なことを言われたりいじめられたりすることから、誰もこない山の中などで遊ぶことが少なくなかったのだ。
とはいえ、エミルの場合は“万が一何かあったら自分が弟を守れる”という自負があったからというのが大きい。エミルは幼児の頃から、成人男性をゆうに超えるだけの腕力があり、高所から落ちてもろくに怪我一つしない頑丈な体があり、それを自覚していたからだ。
「わたくしは長い一族の中でも、特に魔法に秀でていましたから」
エミルが何を思ったのか察したのだろう、オスカーは苦笑いして言った。
「ちょっとした魔法ならば、幼い頃から簡単に扱うことができたので。多少狂暴な動物やモンスターが出ることがあっても、魔法の力で追っ払うことができると思っていたのです」
「ああ、なるほど……」
「ですが、子供は過信するものです。ちょっとした隙に、わたくしはマラウンド・ウータンの群れに囲まれてしまいました。しかも、弟がそのボスに捕まってしまったのです」
マラウンド・ウータン。確か、オーガスト聖国にも時々出没するモンスターだったはずだ。最初はオラウータンそっくりなので、それに似た種類だと思われていた。群れで生活すること、赤茶色の毛など共通項が多かったためである。
しかし調査するうちに、マラウンド・ウータンはどうやら人語を理解するほどの知能があるということがわかってきた。人間の言葉を話すことができるわけではないが、調査隊が「そろそろ食事にするか」と喋ったタイミングで姿を現したり(まだお弁当を広げているわけでもないのに、だ)、調査隊から奪った猟銃を扱ってみせたという事例もあったがゆえに。それゆえ、危険度の高い生き物――つまりモンスターとして、登録されることになったのだ。
この世界におけるモンスターは、“動物より狂暴、あるいは人類になんらかの危害を与える可能性が高い害獣”もしくは“魔法のような特殊な能力を持つ生物”を指している。動物の“クマ”や昆虫の“スズメバチ”の類は、現在モンスターに分類するかどうか意見が分かれているところなのだとか。
ちなみにモンスターに分類されると、基本的に“鳥獣保護法”の対象から外れることになる。特に問題なく狩ることができる反面、ペットとして飼う場合は国の特別な許可がいるという。まあ、一部の大型の動物園など以外では、モンスターの飼育許可はまず下りないことで知られていたが。
「マラウンド・ウータンは、危険度ランクAのモンスターでは?」
エミルは自分の知識を思い出しつつ、眉をひそめた。
「子供が倒すには、かなり難しいような。しかも群れとなると……」
「その通り。あのモンスターは魔法こそ使ってはきませんが、非常に賢いですし、群れの連携プレーは脅威としか言いようがありません。そして雑食で、場合によっては人間の子供も攫って食料にしてしまいます。狩の練習道具として獲物を使うこともあり、大変危険なのです。魔法で数体倒しても次から次へと押し寄せてくる……キリがない。困り果てたその時、わたくしに宿るドラゴンの血が目覚めたのです」
「召喚魔法が使えるようになった、と?」
「はい。持っていたスケッチブックの……モンスターが実体化して、わたくしを助けてくださいました。同時に、わたくし自身も竜の姿となっていたのです。ほんの一瞬ですけどね」
竜の姿は負担が大きすぎる。そういえば、執事かバイロンがそんなことを言っていなかったか。
「大丈夫だったんですか?」
「死にかけました。ドラゴンの姿を保つのは、それだけで心身の負担が大きいのです。ましてや、わたくしはまだ幼かったものですから。……しかし、傍にいたマラウンド・ウータンの群れを一掃するには十分だったのですけどね。召喚魔法に加え、竜としての剛力と魔法。それらが合わされば、ランクAごときのモンスターではまったく相手にならないのです」
それほどの力なのか。エミルはまじまじとオスカーの姿を見てしまう。この小さく華奢な少年に、それほどの力があるとは――にわかに信じがたい。
ドラゴンの姿とは、どのようなものだったのだろう。
なんとなくだが、きっと美しかったのだろうな、と想像してしまう。彼の髪のような黒い鱗だったのか。瞳は同じく、宝石のように澄んだブルーであったのか。
「ドラゴンの血に目覚めた瞬間のみ、我々はドラゴンの姿に戻ります。そして同時に、己が最も得意とする方法で召喚魔法が扱えるようになるのです。わたくしの場合、それが絵だったというわけですね。幼いころから風景やモンスター、動物、人、あらゆるものの絵を描くのが得意でしたから。……絵に描き、魔力をこめることでわたくしは描いたモンスターを創造し、実体化させることができるのです。目覚めてからはより一層力を高めるため、絵の勉強に邁進しました」
ただ、と彼は首を横に振った。
「その結果、わたくしの外見年齢は十歳でほぼ止まってしまって……そのため、多くの方との交流が制限されてしまったのことが、なんとも残念でした。あまり老いない大人より、成長しない子供の方が不気味に思われるものです。これでも一応、大学レベルの知識は持っているつもりなのですが」
「それは、大変でしたね」
「まったくです。同時に、わたくしが国を防衛するため、より召喚魔法の研鑽に励む必要があるということでもあるのですが。妹はまだドラゴンの血に目覚めておりませんし、弟もわたくしほど魔法が得意ではないので。わたくしは長男として、召喚魔法の継承者として、ドラゴニスト家の後継者として励み続けなければいけないのです。この国を、侵略者から守るために」
「オスカー様……」
なんて声をかければいいのか、エミルは言葉に詰まった。
彼がとてつもなく重い覚悟を背負って、召喚魔法を極めようとしている。まだ自分には魔法のシステムなどよくわかっていないが、多分ただ絵を描けばいいという話でもないのだろう。
同時に、優秀であったがゆえに幼くして血に目覚めてしまい、大人の姿になれなくなってしまった少年。目覚めてからの十二年――同じ年頃の少年少女が享受できるいくつもの青春や幸福を、諦めざるをえなかったことだろう。言葉を濁したが間違いなく、エミルと同じくらい差別や偏見があったに違いない。いや、エミルの場合は“力を発揮しなければ”ちょっと長身の女ということで済むが、彼の場合は――。
「……私も、同じ気持ちです。祖国を守るため、この政略結婚を受け入れました。そして今は同じだけ、貴方様のことを知りたいと思っております」
エミルは真っすぐオスカーの瞳を見つめて言う。
「この国を守るため、妻であると同時に仕事の補佐をするようにと言いつけられています。ですが、何をすればいいのか皆目見当もつきません。私も鬼の先祖返りではありますが、だからといって魔法が使えるわけではないので。一体、何ができるのでしょうか?」
それに、と心の中で言葉を続ける。エミルには、オスカーにも、ドラゴニスト家にも伝えられていない秘密がある。
恐らくドラゴニスト家が自分を長男の嫁に向かえたのは、跡継ぎを作らせようという問題もあったはずなのだ。自分はいずれ、このオスカーの子供を産むことも期待されている、そのはずである。だが。
――でも、私には……それだけは……。
その秘密を、少しでも早く伝えるべきだとわかっているのに、できない。二十歳を過ぎれば、無視できない問題として目の前に立ちはだかってくるというのに。
ならばせめて、それ以外のことで助けられる人間にならなければ。少なくともこの家の者達は町の人達とは違い、自分を心から必要としてくれているのだから。
「先ほど、わたくしが召喚したモンスターをご覧になったはずです」
オスカーは困った顔で、深く息を吐いた。
「あれも、わたくしが描いた油絵から呼び出したモンスターだったのですが。エミル様もご存知の通り、わたくしの制御を失って……訓練場から出て行ってしまいました。力の弱いモンスターであるならばわたくし一人でもコントロールできるのですが、それこそこの国の防衛を担うほどの強いモンスターとなるとそうもいかないのです。現在、ドラゴニスト家で召喚魔法が扱える者は他にもいますが……北の大国と渡り合えるほどの力を持つモンスターを呼び出せるのはわたくしだけ。少しでも早く、制御できるモンスターを呼び出せるようにならなければいけないのに」
本当に申し訳ありませんでした、と彼は首を垂れる。
「ですので、エミル様には……わたくしの魔法の補佐をしていただきたいのです。具体的には、モンスターを構築するために必要な“物語”を考えていただきたく」
「物語?」
「そうです。エミル様は、小説をたくさん読まれると聞き及んでおります。ならばおわかりになられるはず。どのような登場人物を描くにせよ、綿密な設定が必要不可欠であること。その設定に基づいて、どのような行動をし、感情を持つのか。それが精密であればあるほど、わたくしが作る召喚獣は繊細な動きが可能となってくるのです」
そっと彼は、エミルの手を握って言った。お願いします、と頭を下げてくる。さらり、とやや長い黒髪が流れるように落ちるのが見えて、どきりとした。
ああ、自分より遥かに年下の見目の少年相手に、ドキドキしてしまうなんて趣味はないつもりであったのに。
「エミル様の想像力と創造力をお借りしたい。共に、この国を守っていくために」
だからだろう。お互いが少し動くたびに響く小さな音が、やけにエミルの耳に残るのだ。まるで世界に、自分達だけしかいないようで。
「これ」
スケッチブックを捲って、オスカーが見せてくれたもの。それは昼間、エミルが見た“怪獣”の姿だった。
ただしこちらはカラーではなく、鉛筆でスケッチした程度の絵だったが。
「これ、下絵なんです。呼び出す精霊の」
「精霊、ですか」
「ああ、召喚獣と言った方がわかりやすいか。……わたくしたちドラゴンの一族は様々な魔法が使えますが……その中で最も難しく、威力が高い魔法が召喚魔法なのです。ドラゴンの血にさほど目覚めていなくても使える一般的な魔法に対して、召喚魔法は血に覚醒していなければ扱うことができません。そして、どのようなタイミングで召喚魔法が使えるようになる=ドラゴンとして覚醒するのかは……誰にもわからないことなのです」
彼は言いながら、鉛筆でスケッチした絵を指でなぞった。
「わたくしが血に目覚めたのは、十歳の時のことでした。……この家の敷地内は結界があるので、そうそうモンスターが入りこむことはないのですが。屋敷から離れれば離れるほど、危険度が増すことになります。幼い頃、わたくしはとてもやんちゃで、弟や妹とともにこっそり屋敷を抜け出して、森の中へ遊びに行くことがありました」
「それは……」
危ないことをしてたなあ、とエミルは呆れる。まあ、自分も人のことは言えない。弟としか遊ぶ相手がいなかったこと、それから町の子供達に見つかると余計なことを言われたりいじめられたりすることから、誰もこない山の中などで遊ぶことが少なくなかったのだ。
とはいえ、エミルの場合は“万が一何かあったら自分が弟を守れる”という自負があったからというのが大きい。エミルは幼児の頃から、成人男性をゆうに超えるだけの腕力があり、高所から落ちてもろくに怪我一つしない頑丈な体があり、それを自覚していたからだ。
「わたくしは長い一族の中でも、特に魔法に秀でていましたから」
エミルが何を思ったのか察したのだろう、オスカーは苦笑いして言った。
「ちょっとした魔法ならば、幼い頃から簡単に扱うことができたので。多少狂暴な動物やモンスターが出ることがあっても、魔法の力で追っ払うことができると思っていたのです」
「ああ、なるほど……」
「ですが、子供は過信するものです。ちょっとした隙に、わたくしはマラウンド・ウータンの群れに囲まれてしまいました。しかも、弟がそのボスに捕まってしまったのです」
マラウンド・ウータン。確か、オーガスト聖国にも時々出没するモンスターだったはずだ。最初はオラウータンそっくりなので、それに似た種類だと思われていた。群れで生活すること、赤茶色の毛など共通項が多かったためである。
しかし調査するうちに、マラウンド・ウータンはどうやら人語を理解するほどの知能があるということがわかってきた。人間の言葉を話すことができるわけではないが、調査隊が「そろそろ食事にするか」と喋ったタイミングで姿を現したり(まだお弁当を広げているわけでもないのに、だ)、調査隊から奪った猟銃を扱ってみせたという事例もあったがゆえに。それゆえ、危険度の高い生き物――つまりモンスターとして、登録されることになったのだ。
この世界におけるモンスターは、“動物より狂暴、あるいは人類になんらかの危害を与える可能性が高い害獣”もしくは“魔法のような特殊な能力を持つ生物”を指している。動物の“クマ”や昆虫の“スズメバチ”の類は、現在モンスターに分類するかどうか意見が分かれているところなのだとか。
ちなみにモンスターに分類されると、基本的に“鳥獣保護法”の対象から外れることになる。特に問題なく狩ることができる反面、ペットとして飼う場合は国の特別な許可がいるという。まあ、一部の大型の動物園など以外では、モンスターの飼育許可はまず下りないことで知られていたが。
「マラウンド・ウータンは、危険度ランクAのモンスターでは?」
エミルは自分の知識を思い出しつつ、眉をひそめた。
「子供が倒すには、かなり難しいような。しかも群れとなると……」
「その通り。あのモンスターは魔法こそ使ってはきませんが、非常に賢いですし、群れの連携プレーは脅威としか言いようがありません。そして雑食で、場合によっては人間の子供も攫って食料にしてしまいます。狩の練習道具として獲物を使うこともあり、大変危険なのです。魔法で数体倒しても次から次へと押し寄せてくる……キリがない。困り果てたその時、わたくしに宿るドラゴンの血が目覚めたのです」
「召喚魔法が使えるようになった、と?」
「はい。持っていたスケッチブックの……モンスターが実体化して、わたくしを助けてくださいました。同時に、わたくし自身も竜の姿となっていたのです。ほんの一瞬ですけどね」
竜の姿は負担が大きすぎる。そういえば、執事かバイロンがそんなことを言っていなかったか。
「大丈夫だったんですか?」
「死にかけました。ドラゴンの姿を保つのは、それだけで心身の負担が大きいのです。ましてや、わたくしはまだ幼かったものですから。……しかし、傍にいたマラウンド・ウータンの群れを一掃するには十分だったのですけどね。召喚魔法に加え、竜としての剛力と魔法。それらが合わされば、ランクAごときのモンスターではまったく相手にならないのです」
それほどの力なのか。エミルはまじまじとオスカーの姿を見てしまう。この小さく華奢な少年に、それほどの力があるとは――にわかに信じがたい。
ドラゴンの姿とは、どのようなものだったのだろう。
なんとなくだが、きっと美しかったのだろうな、と想像してしまう。彼の髪のような黒い鱗だったのか。瞳は同じく、宝石のように澄んだブルーであったのか。
「ドラゴンの血に目覚めた瞬間のみ、我々はドラゴンの姿に戻ります。そして同時に、己が最も得意とする方法で召喚魔法が扱えるようになるのです。わたくしの場合、それが絵だったというわけですね。幼いころから風景やモンスター、動物、人、あらゆるものの絵を描くのが得意でしたから。……絵に描き、魔力をこめることでわたくしは描いたモンスターを創造し、実体化させることができるのです。目覚めてからはより一層力を高めるため、絵の勉強に邁進しました」
ただ、と彼は首を横に振った。
「その結果、わたくしの外見年齢は十歳でほぼ止まってしまって……そのため、多くの方との交流が制限されてしまったのことが、なんとも残念でした。あまり老いない大人より、成長しない子供の方が不気味に思われるものです。これでも一応、大学レベルの知識は持っているつもりなのですが」
「それは、大変でしたね」
「まったくです。同時に、わたくしが国を防衛するため、より召喚魔法の研鑽に励む必要があるということでもあるのですが。妹はまだドラゴンの血に目覚めておりませんし、弟もわたくしほど魔法が得意ではないので。わたくしは長男として、召喚魔法の継承者として、ドラゴニスト家の後継者として励み続けなければいけないのです。この国を、侵略者から守るために」
「オスカー様……」
なんて声をかければいいのか、エミルは言葉に詰まった。
彼がとてつもなく重い覚悟を背負って、召喚魔法を極めようとしている。まだ自分には魔法のシステムなどよくわかっていないが、多分ただ絵を描けばいいという話でもないのだろう。
同時に、優秀であったがゆえに幼くして血に目覚めてしまい、大人の姿になれなくなってしまった少年。目覚めてからの十二年――同じ年頃の少年少女が享受できるいくつもの青春や幸福を、諦めざるをえなかったことだろう。言葉を濁したが間違いなく、エミルと同じくらい差別や偏見があったに違いない。いや、エミルの場合は“力を発揮しなければ”ちょっと長身の女ということで済むが、彼の場合は――。
「……私も、同じ気持ちです。祖国を守るため、この政略結婚を受け入れました。そして今は同じだけ、貴方様のことを知りたいと思っております」
エミルは真っすぐオスカーの瞳を見つめて言う。
「この国を守るため、妻であると同時に仕事の補佐をするようにと言いつけられています。ですが、何をすればいいのか皆目見当もつきません。私も鬼の先祖返りではありますが、だからといって魔法が使えるわけではないので。一体、何ができるのでしょうか?」
それに、と心の中で言葉を続ける。エミルには、オスカーにも、ドラゴニスト家にも伝えられていない秘密がある。
恐らくドラゴニスト家が自分を長男の嫁に向かえたのは、跡継ぎを作らせようという問題もあったはずなのだ。自分はいずれ、このオスカーの子供を産むことも期待されている、そのはずである。だが。
――でも、私には……それだけは……。
その秘密を、少しでも早く伝えるべきだとわかっているのに、できない。二十歳を過ぎれば、無視できない問題として目の前に立ちはだかってくるというのに。
ならばせめて、それ以外のことで助けられる人間にならなければ。少なくともこの家の者達は町の人達とは違い、自分を心から必要としてくれているのだから。
「先ほど、わたくしが召喚したモンスターをご覧になったはずです」
オスカーは困った顔で、深く息を吐いた。
「あれも、わたくしが描いた油絵から呼び出したモンスターだったのですが。エミル様もご存知の通り、わたくしの制御を失って……訓練場から出て行ってしまいました。力の弱いモンスターであるならばわたくし一人でもコントロールできるのですが、それこそこの国の防衛を担うほどの強いモンスターとなるとそうもいかないのです。現在、ドラゴニスト家で召喚魔法が扱える者は他にもいますが……北の大国と渡り合えるほどの力を持つモンスターを呼び出せるのはわたくしだけ。少しでも早く、制御できるモンスターを呼び出せるようにならなければいけないのに」
本当に申し訳ありませんでした、と彼は首を垂れる。
「ですので、エミル様には……わたくしの魔法の補佐をしていただきたいのです。具体的には、モンスターを構築するために必要な“物語”を考えていただきたく」
「物語?」
「そうです。エミル様は、小説をたくさん読まれると聞き及んでおります。ならばおわかりになられるはず。どのような登場人物を描くにせよ、綿密な設定が必要不可欠であること。その設定に基づいて、どのような行動をし、感情を持つのか。それが精密であればあるほど、わたくしが作る召喚獣は繊細な動きが可能となってくるのです」
そっと彼は、エミルの手を握って言った。お願いします、と頭を下げてくる。さらり、とやや長い黒髪が流れるように落ちるのが見えて、どきりとした。
ああ、自分より遥かに年下の見目の少年相手に、ドキドキしてしまうなんて趣味はないつもりであったのに。
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