世界の誰より君がいい

はじめアキラ

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<11・カフェテリアにて。>

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 窓から入ってきた風で、ふらふらと揺れる赤いキリン。この間、ゲームセンターで光流と二人で取ったものだった。どうやら彼は律儀に、ずっとリュックサックにくっつけて持ち歩いているらしい。正確には、先日トートバックを持っていた時もぶら下がっていたので、いちいち付け替えるクセがついているようだ。――自分と会うたびに、出かけるたびに付け替えているのだとしたら、なんとも律儀な奴だと言わざるをえない。
 同時にちょっと可愛いとこあるじゃねえか、とも。

――そういえば、こいつキリンなのに何で赤いのかって言ったら、いつも怒ってるからなんだっけ。

 その名も、“怒れるキリン”。ネーミングそのまんますぎだろうと思う。どうやら、大手キャラクターグッズ会社の新商品の一つらしく、自分が気づかなかっただけでネットなどでもそこそこCMが流されていたらしい。調べてみたらすぐにヒットした。仲間思いで、仲間をいじめる奴はライオンだろうとトラだろうとゴリラだろうと容赦なく立ち向かっていく勇敢なキリン!という設定らしい。
 だからいつも怒っているし、喧嘩の時に頭のツノ(あれツノなんだろうか?)が片方折れてしまったけれどむしろそれを誇っているらしい。怒りすぎて体が赤くなってしまったため、群れでちょっと浮いてしまうのが悩みなんだとかなんとか。

――一体誰が考えるんだ、そんな設定。つか、ライオンとトラって同じところに住んでたっけ?っていうツッコミはしちゃいけないんだろうな。

 ただ、男性的できりっとした顔立ちのキリンは、可愛いというよりカッコいい部類に入る。赤い色もさながら、祥一郎にとって好みであるのは間違いなかった。カフェの座席に置いてあるリュックと、そのはしっこからふらふら揺れている赤いキリンをなんとなく目で追いかけ続ける。
 光流にもきっとバレているだろう。せっかく二人きりでカフェに入ったのに、完全に祥一郎が心此処にあらずといった様子なのだから。

「祥一郎君?どうしたんですか?」

 流石に光流が見かねて声をかけてきた。

「パフェ、嫌いでしたっけ?メニュー開いたままずっとぼーっとしてますけど」
「あ、いやその……」
「何だか今日は、視線も合わない気がします。僕、何かしてしまいましたか?それならそうと言って欲しいのですけど」
「え?いや、そういうわけじゃねえんだけど……」

 どうしよう。祥一郎は悩んでいた。というのも昨夜見つけた“春華高校に関する奇妙な噂”が頭の中から離れずにいるからである。
 自分の手でも、ある程度情報収集はするべき。颯にばかり任せておくわけにはいかないと、ネットで春華高校についていろいろと調べてみたのだ。
 その結果、検索に引っかかってきたのが受験生用の情報をまとめた大型掲示板である。“【校風】高校についていろいろ語るスレ【イベント】”と題されたそのスレッドには、学校行事や校風に関する情報の他、事実かどうかわからないような噂についてもいろいろと書きこまれていた。
 国内でも有数の名門校である春華高校である。この掲示板のどっかに名前があるのではと検索をかけてみたところ、十四番目のスレッドにその話は書きこまれていたのだった。



428:名無しの素敵な学校ライフ@以下教室よりお送りいたします
そういえば、誰か知らないかな。春華高校ってなんか妙なイベントがあるって話。九月の文化祭で



438:名無しの素敵な学校ライフ@以下教室よりお送りいたします
>>437
ミスコンなんだなこれが
クラスから一人ずつ、一番美形なやつを選出してさ。そいつに女装させてコンテストみたいなのやってるんだと。
で、優勝者には賞品が出る……みたいなのじゃなかったかな。海外旅行のチケットが当たるとかなんとか?



441:名無しの素敵な学校ライフ@以下教室よりお送りいたします
去年見に行った俺が通る!
毎年どうかは知らないけど、去年はすげーレベル高かったんだよな。最終的に、二人の生徒で一騎打ちになった。
二人ともマジで綺麗だったなー。三年生と二年生で、女王様っぽいのと清楚なお姫様っぽいのだった



446:名無しの素敵な学校ライフ@以下教室よりお送りいたします
あー、その春華学園の優勝者二人なんだけどさ。
俺妙な噂聞いたんだけど、これって本当なのかな。その二人、文化祭が終わったあとで揃って不登校になったっていうんだけど



――九月にあったっていう、春華高校の文化祭。……でもって、ミスコンだっけか。もしかして、それで何かトラブルでもあったのか?



452:名無しの素敵な学校ライフ@以下教室よりお送りいたします
その後どうなったんだろなー
勿体ないな。特に優勝した白峰って子、すげえ美人だったのに



――白峰。……すげえっていうほど珍しい苗字じゃないけど、でも鈴木とか佐藤とかと比べたらマイナーな方だろ。ってことは、マジでこれは光流のことなのか?

 ちらり、と光流の顔を見る。眼鏡をかけているが、それでも丸くて大きな瞳と愛らしい顔立ちはまったく隠せていない。体格も華奢な方ではあるし、女装すればきっと映えるのだろうなという想像はつく。まあ、女王様キャラかというと真逆としか言いようがないので、そんなコスプレを皆に推薦されたとはいえ彼がやるというのはまったく想像がつかないのだが。
 もし本当に、光流が春華高校の生徒で。
 それで、そのミスコンとやらに出場して優勝していたと仮定して。――その直後に、不登校になるとはいったいどういう理由なのだろう。
 もしこれが彼一人の話ならいじめを疑うところだが、実際は準優勝者の別の少年と一緒に不登校になっているというのが不思議なのである。もちろん、二人が同じ理由で学校に来なくなったとは明言できないが。

――優勝したのが光流で、準優勝したのがあの灰崎ルイだって可能性もある、のか?

 そして、灰崎ルイが嵐の金星を結成したのは十一月くらいであるとされている。九月のミスコンで何かトラブルがあって、それで光流に恨みを持って復讐を目論見、結果ギャングチームなんてものを結成するに至った?いくらなんでも、話が繋がらな過ぎる。大体、ミスコンで負けたくらいで恨みを抱いたりするものだろうか。
 もっと言えば、そのイベントはクラスで一人ずつ代表を出してきて、というものだったはず。というか、ルイと光流は学年も違う。同じクラスで揉めていたなんてことはあり得ない。ミスコン以外に、接点があったとも考えにくい。実は同じ部活だった――というのは、考えられなくもないが。

――いや、まだ灰崎ルイが準優勝者だったっていう根拠もないんだよな。確かにあいつも女装したら滅茶苦茶似合いそうだけど、どっちかっつーと奴の方が女王様キャラじゃね?逆だろ?

 駄目だ、ぐるぐる考えていてもまったくわからない。とにかく、何か注文しなければ不審がられてしまう、とメニューに目を落とした。
 メロンパフェ、みかんパフェ、チョコレートパフェにミックスパフェ。どれもこれも美味しそうだ。光流が勧めてくれたのだし、どれも味は確かなのだろう。ただ、その美味しそう、な写真と文字が頭にちっとも入ってこないのが問題であるわけで。

――でも、注文しないでいつまでも座っているのも店に失礼だし変に見えるんだろうし……!

 仕方ない、そう思って呼出しボタンを押した。押してから、そういえば光流が注文が決まったかどうか聞いていなかったと気づく。

「わ、わり。つい押しちまった。決まってたか注文?」
「いえ、僕は大丈夫です。とりあえず、頼まないと失礼ですもんね。祥一郎君、いろいろマメですし」
「あ、うん……」

 自分が“とりあえず”で注文したのがすっかりバレている。そんなに分かりやすかったかな、とちょっとだけヘコんだ。そういえば鈴之助にも“祥一郎サンって隠し事が全然できないタイプっすよね。ポーカーとかババ抜きとかやったら全部一人負けしそう”なんて散々なことを言われた記憶がある。まあ、自分でも、嘘がつけないタイプであることは否定しないが。

「……あの、さ」

 祥一郎はやってきたアンドロイドのウェイトレスにチョコレートパフェを二つ注文した後、どうにか口を開いた。

「お前の話って、どこまで訊いていいんだ?」
「どこまで、とは?」
「俺、お前のこと全然知らねーし。どこの高校に行ってたとか、昔はどんな人間だったのかとか、何が趣味だとか特に目標があるわけでもないのにクソ難しい日照大学に進学した理由はなんなんだとか……その、できれば、知りてーじゃん?でも、お前が話したくないことを無理に訊くのは良くないっつーか、俺だったら嫌だしっつーか……」

 一気に早口でまくし立てて、そしてどんどん声が小さくなっていく。どう誤魔化しても不審者ですありがとうございました、と自分で思ってヘコんでしまう。もう少し、空気が読める物言いはできないのか、自分は。

「……気になるのは、普通ですよね。だって、僕が元高校の同級生や後輩に襲われてるの、見たわけですし」

 やがて、彼は困ったように笑った。

「僕ね、実は祥一郎君が思っているような人間じゃないんです。全然、まったく、そんなんじゃないんですよ」
「どういう意味だよ」
「高校の時の僕と今の僕、多分写真を見ただけでは同一人物だなんてわからないくらいだと思います。眼鏡もかけてなくてずっとコンタクトだったし、髪も染めてたし。春華高校って髪染めるなっていう規定もなかったんですよね」

 やっぱり、春華高校。
 祥一郎は、自分の眼が険しくなるのを感じた。

「……望めば、運動神経以外に関しては何でも手に入るとか思ってたんです。我儘で、自分勝手で、きっと本当の友達も全然いなくて、それで。……何かに選ばれるとか、認められるとか、それだけで妙に舞い上がっちゃうような駄目なやつで。だから……」

 光流は俯き、自信なさそうに笑った。なんだろう、全然種類が違うはずなのに、ルイの笑顔に似ているなんて思ってしまったのは。
 笑っているはずなのに、どこか歪で。
 そう、自分をひどく嘲るような。あまり見ていて気分の良い笑顔ではなくて。

「受けるべき罰からも逃げて、人に押しつけた。だから今になって罰を受けてる。……本当は、君に守って貰う価値もない人間です。それなのに、あの日君に一目惚れして……それにかこつけて護衛を強要してるんですから、酷い奴ですよね」
「別に、強要なんかされてねえよ」
「本当にそうですか?だって君、優しいじゃないですか」

 何だか、むっとしてしまった。同情や憐憫だけでこんなことをしていると本気で思われているのだろうか。確かに祥一郎だって、ストレートに好きだと伝えたわけではないけれど。光流のことをどれくらい知っているのかと言われたら、まだ全然何も知らないとしか言いようがないけれど。
 妙に腹が立ったのだ。
 馬鹿にするんじゃねえ、自分の気持ちはそんな甘いもんじゃないのに――と。

「おい」

 ちょっと前まで間違いなく避けていたこと。彼の家にもう一度上り込むことさえそれとなくやめていたはずだったのに、今。

「今日、うちに来いよ。料理作ってやるって約束しただろが」

 その言葉は自然と出たのである。
 このまま彼を一人にしてはいけない気がして。ちょっとでも強く、繋ぎとめて傍にいなければいけないように感じて。
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