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<24・ヒーロー見参>

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 覚悟を決めなければいけない――理性では、そんなこととうにわかっていた。たとえ相手が、物語が転生しただけの普通の人間とわかっていても。自分の攻撃の結果相手に、致命的な怪我を負わせてしまうこともあると知っていても。

――救うためには、戦うしかないんだ……!ここで俺が足踏みしたら、犠牲になるのは家族や……岸田さんみたいなごく身近な人かもしれないんだから!

 そう、強引に奮い立たせて刃を抜いたのが――ひょっとしたら相手にはとうにバレていたのだろうか。
 瑠依の攻撃が、金太郎に届くことはなかった。降り下ろす寸前に全身から力が抜けて、がくりと膝をついてしまったからである。

「な、んで……?」

 まるで自分の体ではないかのように、全身が重くてたまらない。がくがく震える膝をつき、四つん這いになって耐えるだけで精々だ。見れば視界の向こう、リーナも同じように蹲っている。
 まさか、と瑠依は目を見開いた。ほぼ同時に同じ症状――これは、まさに。

「なんだよ、やっと効いてきたのか。はーっ、白雪姫サマの毒は面倒くせぇなぁ。いくら甚振るのが好きだからって、こーんな遅効性の麻痺毒にする必要があったかよ?」

 振り返った金太郎が笑った次の瞬間、がつん!と頭に衝撃が来た。目の前に火花が散る。その丸太のように強靭な足で、思いきり頭を蹴りあげられたのだ。悟ったのは回る視界の隅で、金太郎が足を振り上げているのが目に入ったからではあるが。

「が、ぁ……!」
「お、おおお?想像以上にイイカオしてんじゃね?ちょっと興奮してきたぞ、ん?て言うかお前もなかなかのイケメンじゃねーか。なんで白雪姫はこいつより、ピーターパンみたいなガキんちょがいいのかねえ。あたしは断然こっちの方が好みなんだけどよぉ?」

 仰向けに倒れたところ、次は腹を思いきり踏みつけられた。腹筋にかかる重さ、圧力、激痛。ワラジだからまだいいものの、これがブーツなどであったなら目もたてられないことになっていただろう。痛みに呻き、ただ目の前の男(中身は女のようだが)を睨むしかない。
 そして瑠依が睨み付ければつけるほど、相手の目は喜悦に歪むのだ。

「子供を甚振るのもそりゃいいが。あたしとしてはこう、シュッとしたスポーティーなイケメンを倒すのが一番気持ちいいんだよなあ。それなりに筋肉がある方がいいかな。お前はあともうちょっとムキムキしてたらもっと良かったんだけど」

 言いながら、その足でぐりぐりと瑠依の腹を踏みにじる。異説転装中であり強靭な筋肉に守られているとはいえ、相手が怪力を誇る金太郎だ。吐き気と衝撃に、身動きとれない瑠依はただ耐えるしかない。

「強い、って自覚があるやつほどいい。そんなヤツほど、倒される時はすげぇいいカオをしてくれるってなもんだ。まさか!こんな筈じゃなかった!俺が負けるなんてあり得ない!……そういうカオはなかなかいいもんだよなぁ。うん、女を甚振るのも好きだけど、やっぱり殺すならイケてるメンズのがいいかな。マジで下半身にクるんだわ、そーゆー絶望的な表情がさあ。で、そういう奴等をわざと一度逃がして追いかけるのね。自信満々で立ち向かってきた奴等がシッポ撒いてみっともなく逃げるのをさ!」
「ぐあっ!あぐっ!」
「ほらほら、もっといい声で鳴きなよぉ!クスリのせいで痺れて動けないけど、お前はあっちの母山羊と比べると効果が薄めみたいだし、動こうと思えば多少はなんとかなるんじゃね?技の一つくらいは出せんじゃね?もっと抵抗しろよー。さもなくば、気持ちいい悲鳴を上げちまえって。きっと少しは楽になれるぜ?多分だけど!」

 ガンガンと踏みつけられ、殴られながら。瑠依はようやく、自分の認識の甘さを理解したのである。こいつらは、けして野放しになどしてはいけない存在だ。それこそ殺してでも止めなければならない、そうでなければその暴力で弱者をいくらでも屠ることのできる存在であったのだと。
 いや、頭ではわかっていたが、まるで実感していなかったのだ。いくら説明を受けても、理性ではわかっていても、本物の緊張感は、実際に敵と相対しなければ得られるものではないからである。莉緒と実践訓練は何度も重ねたが、訓練はあくまで訓練でしかない。本当の痛みや恐怖には遠く及ばない――なんせ相手には悪意も殺意もないのだから。
 今、苦痛と後悔とともに痛め付けられ、殺されるであろう恐怖を知って、やっと瑠依は現実を認識しつつある。あまりにも遅すぎるとしか言いようがないけれど。

――なあ……桃太郎。お前は俺だけど、俺じゃないだろ。だから俺、やっぱりわからないんだ。

 胸に激痛が走った。思いきり爪先で蹴り上げられ、地面を転がる瑠依。

――お前はさ。……どうして鬼を倒そうとしたんだ?その選択は間違ってたけど、でも。……倒そうって勇気は、どうして持つことができたんだ?相手は体も大きくて力も強い、とても怖い外見をした“鬼”だって聞かされていたのにさ。

 殺されるかもしれないとは思わなかったのか。その覚悟はあったのか。
 同時に、相手を殺してでも成し遂げようという気概が彼にはあったというのか。
 それで何かを、誰かを、本気で守れるとそう信じていたのだろうか。

――俺にはわからないんッスよ……!だって俺……転生しただけの、普通の人間なんだから……!

「何だよ、反応つまんねーの」

 呻くばかり、転がるばかり、心が折れた様子の瑠依に飽きてしまったのか。はぁ、とやがて大袈裟なまでのため息をつく金太郎。

「少しは面白くなるかなぁと思ったのにさあ。……まあ、いいや。あんまりチンタラしてると上にも怒られちまいそうだし……そろそろ死んでくれや」
「も、桃太郎……!」

 掠れた声で悲鳴を上げるリーナ。ああ、このまま殺されるんだ。恐怖と――同じだけの悔しさに目の前が滲んでくる。こんな人を人とも思えぬ奴になぶり殺しにされるだなんて。何一つ成し遂げられず、誰のことも守れずにやられてしまうなんて。
 自分は結局、臆病なだけだった。桃太郎の記憶を言い訳にして、戦いから逃げ続けていただけ。そんなことでは、他人は勿論自分のことさえも救うことなど出来ないとわかりきっていたというのに。

――ごめん……莉緒君。すみません、先輩、俺……!

 そう、まさに終焉を覚悟して目を閉じた、まさにその瞬間である。



「“修羅ノ舞”!」



 ぎゃあ!と濁った悲鳴が聞こえた。え、と思って顔を上げれば。大量に地面から突き出した竹林と、それに吹き飛ばされた金太郎の姿が目に入ることになる。
 誰だ、と思った。大量の竹ということは、安直に考えるなら“かぐや姫”だろうか。スタッ、と地面に舞い降りたのは――長いポニーテールを結わえ、緑の着物を身に纏った女性。その、後ろ姿。

「死なせるか」

 そして、その声は。

「君は私が……絶対に死なせない」

 瞠目する。姿は多少変化していたが、それでもその声は聞き間違えるはずがない。
 なんせ瑠依が尊敬していた、それでいてちょっと手間のかかる先輩の声であったのだから。

「に、岸田……さん?」

 瑠依の声に、おう、とどこか男らしく返事をする女性。それは彼女がまごうことなき、同じ会社の先輩である岸田凛音その人であることを示していた。
 まさか、彼女も物語の転生者であったなんて。どうして莉緒は自分を誘拐するときに気づかなかったのか――そう考えて、瑠依は気付く。
 まさか、自分が拉致された後で、記憶と力に目覚めたとでと言うのだろうか?

「そこでじっとしてな。このアホは、私が片付ける。心配要らない」
「せ、先輩……」
「てめぇ、勝手なこと言ってんじゃねぇぞ……!」

 竹に吹き飛ばされながらも致命的なダメージは避けたらしい金太郎が、目を血走らせながら体を起こす。

「王子様を助けるヒーロー気取りってか?あーあーあー!そういうのが一番寒気がするぜ!ギタギタのメッタメタにしたくならぁ!ぶっ殺してやる!」
「やってみろよ」

 まさに某ガキ大将のようなことを喚く金太郎に、冷たい視線を投げる凛音。

「ケダモノと交わす言葉なんかない。そもそももうお前、詰んでるけどな」
「意味わかんねぇこと言ってんじゃねえ!“不動……”」
「あっ!」

 思わず瑠依は声を上げ、金太郎は凍りつく。彼が再び斧を振り上げようとした瞬間、異変に気付いたのだろう。彼の武器が、柄の部分でバッキリと叩き折られているということに。
 まさか、先程の攻撃で――金太郎の武器を破壊していたというのか。

――まさか、最初の攻撃から……!ここまで無駄がないなんて!未知の物語を相手に!

「だから言っただろ。もう決着は、ついてんだよ」

 そして、武器を失って固まった金太郎に。容赦なく己の刀を構える凛音。
 次の瞬間、煌めくような剣の一撃が。

「“閃光ノ舞”!」

 絶叫と共に。金太郎は吹き飛ばされて、壁に激突していったのだった。
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