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レニーニの神殿。一般に開かれた礼拝の為の広間にはステンドグラスを背に、女神像が信徒へ許しを与えるような微笑みを浮かべている。
敬虔な信徒の一人だったゼノは、他の信徒に混じって女神像へ祈りを捧げた。姿勢だけで心の中は空虚だ。何を祈ればいいのかわからない。
「兄さん」
ゼノに声を掛けたのは金髪の少女だった。何年も共に過ごし、ゼノなりに守ろうとした大切な家族。妹の顔を真正面から見つめるのは、久しぶりな気がした。
聖女に選ばれたベルの背には騎士が控え、ベルが兄と呼んだ男に対しても貫くような視線を向ける。その中に一つだけ柔らかいものが混じっているのは、幼馴染みのものだった。
「久しぶり、ベル。謝りたいこともたくさんあるけど、話があるんだ」
「……こっちへ。用意してもらった部屋があるの」
ベルが先導し、騎士に囲まれながらゼノが後を追う。広間を出て回廊を進み、神殿の上階へ繋がる階段を上るといくつもの扉が設けられた回廊に出た。
一つの扉の前で足を止めたベルは振り返り、護衛の騎士達へ兄と二人になりたいと伝えるが、彼らは難色を示した。聖女が家族だと言っても何があるかわからないのだから監視は置きたいだろう。
「ならユーグを側に置きます」
「……わかりました」
取り纏めている騎士が折れ、部屋の中にはベルとユーグとゼノの三人だけが入った。他の護衛は扉の前に控えているだろうからあまり大声では話せない。
二人に向き合ったゼノに、衝撃があった。ベルが抱き着いてきたのだ。
「おっ」
「ゼノ!!」
勢いが良すぎて倒れそうになるゼノだが、足に力を込めて踏ん張る。ようやく兄に会えたベルはただゼノを呼ぶばかりだ。
「嘘かと思った……あの女、あの女が現れて、ゼノが話したがってるって……」
影であるラウラは人目から隠れて自由に動き回れる。聖女に用意された部屋に忍び込むくらい容易なことで、ゼノが会いたがっていると伝言をしてくれた。
「ごめん。ごめんよベル」
「……良くないけどいいわ。ゼノ。良かった……帰ってきてくれたんだものね」
それに返事はせず、ゼノは話すべきことを促した。部屋に置かれた机を挟むように椅子へ座り、ゼノとベルが向かい合う。ユーグはゼノの隣に座った。
「突然出ていって悪かったよ」
「本当よ! 私もユーグも……どれだけ心配したか……」
「心配掛けてでも知りたいと思ったことが出来たんだ。昨日、ようやく全てがわかった。だからそれをベルにも話したくて、今ここにいるんだ」
そう切り出してゼノは話し始める。過去のゼノ、プレガーレの危機、悪魔を喚び救われて、悪魔と共に死んだ話を。信じがたい内容だろうに、ベルとユーグは黙って聞いていた。
話が終わると、ベルは困惑していた。己の過去として夢に見てきたゼノと違い、言葉にして語られるだけでは信じられないのだろう。
「いきなりこんな話されても困るよな。でもベル……」
「違うの。わかるの……知らない筈なのに、おかしな話だと思うのに……それが本当なんだろうって……頭の中で、何かがそう言ってるの」
ゼノはハウレスの言葉を思い出していた。妹には亡霊が憑いていると。
「ベル。お……私にとってベルが大切な妹なのは何があっても、どれだけ時が過ぎても変わらない」
「……」
「安らかに健やかに……過ごしてほしいんだ」
ゼノと同じ青い瞳を、そらすことなくじっと見つめる。長く、気の遠くなる程長く離れていた『妹』に向けて。彼女の心に届くように、ゼノは言葉を贈った。
「……兄さん。困らせてごめんなさい。私、兄さんとどうしても話がしたかったの」
向かい合った妹の顔は憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな表情に変わっている気がした。
「それより、ゼノの昔話とやらをする為だけに来たの?」
「いいや。別れを言いに来たんだ」
二人で暮らしていた頃、ベルはゼノからしても兄思いの妹だった。外へ目を向けず、ゼノにべったり張り付いていた彼女は本当にベルナデッタだけの性質だったのだろうか。
「別れ?」
「うん。俺は……ハウレスとプレガーレの外へ旅に出てみたいんだ。昔の俺が出来なかったことだから」
「いやよ」
「ベル」
「いやだけど……行くんでしょう」
「うん」
「……何でかしら。いつもの私なら嫌だって泣き喚いて、ゼノが離れていくのを止めていたのに。今は……何だか穏やかなの」
「兄離れ出来たのかな」
「……そうかもね。ねぇゼノ。いつか言ってたわよね。結婚したい相手が出来たら祝福してって」
「……言ったっけ」
「言ったのよ。そして……今の私は、祝福してあげられそうだわ」
本当に、私どうしちゃったのかしら。ぼやくベルの顔は翳りがない。
「ゼノ」
これまで沈黙を続けていたユーグが唐突にゼノを呼んだ。何かと首を動かして隣を見ると、寂しげな顔をしたユーグと目が合う。
「外に連れ出す役目がまた盗られたのは悲しいけど、俺もお祝いしとくよ。幸せにな」
「……うん?」
言い回しに引っ掛かりを覚えながらも、幼馴染みからも祝福を貰えたことにゼノは満足していた。
「でも、今日は面白い話を聞けて良かった。何とかなりそうだわ」
「何とか?」
「こっちの話よ」
蟠りがとけたからか、ベルとの話は無事に終わり、ゼノはベルの部屋を後にした。神殿を出ると目立つ男が待っている。名前を呼んで駆け寄るゼノを、ハウレスは静かに受け止めた。
「わかってくれたんだ。ベルも、ベルナデッタも」
「そうか」
抱き締める伴侶が抱えていた後悔の一つから解放されたことを、ハウレスは喜んでいた。悪魔らしくない人間じみた感情はそれだけゼノと築き上げた絆があると証明している。
「……今度は妹に、家族にはわかってもらって旅立ちたかったから。良かった」
かつては妹に何も言ってやれないまま、一人で旅立ってしまった。事前に伝えれば止められるとわかっていたからだ。どちらが酷かったかと考えれば、何も言わずに行動した方が酷かったことだろう。
「ハウレス。思い出させてくれてありがとう」
大きな胸に預けた顔を上げて、自分を抱く男を見る。漆黒の髪、赤い瞳。端正な顔立ちに似合う尊大な矜持を、ゼノ相手には折れ曲げてくれる悪魔を。
「……なら、感謝の心を見せてくれるよな?」
何を求めているのかわからない程子供ではなく、ゼノは頷いた。そうされてもいい、そうしたいと、ゼノ自身が思い許したからだ。
巡礼地の一つとはいえ行商の要でもある宿場町には、泊まるだけが目的ではない宿もある。聖職者の膝元であるプレガーレにも体を売る女はいる。人が暮らす以上、そういったことはなくなりはしない。
「連れ込み宿の壁は厚くないが他人の声なんて気にしないだろ」
広々としたベッドに腰掛けるハウレスの膝に乗せられ、項を舐められるゼノの耳には、確かに隣の部屋の声が聞こえてくる。わざとらしい女の声が。
「ゼノも気にせず出すといい」
「……う、」
「ゼノ……」
首筋を強く吸われながら、ハウレスの手に衣服を乱されていく。旅の間に買い替えたシャツ、スラックス、その下も、ゆっくりと全て剥ぎ取られていく。ベッドの上へ転がされ、肌が露になる度にハウレスはそこへ口付け、身体中に痕が散った。
「……それ、好きだね」
遠い記憶の中の恋人達も、よく口を重ねていた。ハウレスは特にゼノの肌に痕を付けるのが好きで、彼に体を許してからは痕の消えない日はなかった。
「俺のものだと一目でわかるだろう」
そんなことを恥ずかしげもなく言ってのけるのも変わらない。ありありとした独占欲に縛られることを、ゼノは厭わなかった。
「ゼノ……本当に長かった。お前の力に包まれながら眠り続ける日々がどれだけ虚しかったか」
「ハウレス……ごめん」
人の理から外れている存在だというのに、ハウレスは人間らしい表情を見せる。寂しげな顔はゼノの心を切なくさせ、ゼノを見て嬉しそうに微笑まれればゼノも笑う。全身に与えられた口付けに返すように、ゼノもハウレスの唇を吸うと長い舌が入り込んでくる。
「ん、んんっ……」
舌同士絡ませ合い、ゼノの口内を舐め回される。ゼノの上にのし掛かるハウレスの手が、ゼノの陰茎に伸びた。
「あっ」
長い指が初々しい竿を握る。親指の腹で優しく撫でられる。竿を、カリ首を、頭を。
「んっ……う、ぅ……」
「可愛らしい色になったな。昔のお前は俺と寝るようになってから、ここの色が変わっていった」
過去のゼノもハウレスに出会うまでは真っ白な青年だった。妹を養うことだけを目的に生きていたのもあるが、自分の奥底まで踏み込んでほしいと思える相手が出来なかった。
「あなたが……あっ……ん、あなたがさわるからっ……」
「そう。乳首が肥え太ったのもち○ぽが赤みを増したのも、全部俺のおかげだったな」
これからまたそうしてやる。愉しげに言われ、ゼノの背に甘い痺れが走った。またこの男に構われるのだと思うと嬉しくて仕方ない。ゼノの中に眠っていた過去の記憶が、それがどれだけ悦ばしいことか語り掛けてくるのだ。
「あっ、あっ、あ……は、あっ……」
ゼノの口からはひっきりなしに声が溢れてくる。隣室から聞こえていた女のように、男に抱かれてよがる嬌声が。
肌に散る吸い痕の数を増やしたゼノは、ベッドの上でハウレスを咥え込んでいた。男を知らない体を丹念に舐めほぐされ、ひくつく尻孔に勃起した雄を咥え、胎内を抉られる。肉筒の隣に潜む器官を大きな亀頭に突かれ、太い肉竿に擦られると無垢な体は悲鳴を上げて喜んだ。
「ひぃっ……はっ、あーっ……あ、ああっ……!」
「ゼノっ……ここがいいか? 俺にぎゅうぎゅう吸い付いてくるぞ」
ここ、と言われて小刻みに胎を突かれ、ゼノは壊れた玩具のように勢い良く頷く。気持ちがいいことしかわからなかった。
「あっ、ああっ……あ、あんっ、ん、ん、んぅ……」
漏れ出る声への恥じらいは消え、ゼノはただ与えられる快感に酔い、好きにしていた。ベッドの上にだらりと伸びた腕と違い、両足はハウレスの腰に絡み付き、ハウレスが腰を打ち付ける動きに合わせるように尻を振って快感を増そうとする。
「ゼノ……ゼノ……!」
「んっ……ハウレスぅ……」
ハウレスは頻りにゼノを呼ぶ。それが嬉しくてゼノもハウレスを呼び、爛れた目で互いを見つめながら肉欲に溺れていく。
近付いてくる端正な顔にうっとりと見惚れ、飽き足りないとキスをしながら、腰の動きも止まらない。身体中くっつけ合って愛し合いながら、それでもまだ足りないと触れ合う。
ゼノは忘れていられた長すぎる時間を、ハウレスはどれだけ待ち続けていたのか。考えると悲しくて、申し訳なくなる。
「ハウレス……ぁ、ふっ、あ、ああっ……」
放出が近いのか、ハウレスの腰の勢いが増していく。尻肉を打たれる音の間隔が短く力強くなり、興奮を高められる。
「ひっ」
ベッドについて体を支えていたハウレスの手が片方、ゼノの陰茎へ伸ばされる。尻を犯される悦びから勃ち上がり、涎を散らして揺さぶられていた肉竿を握られた。
「は。あ。あっ……ああ~っ!!」
「いけ。ゼノ。出せ。出せよっ」
胎内を突き犯されながら陰茎を扱き上げられる。雌雄の悦びに浸されたゼノは息を荒げ、両足がハウレスから外れる。
「ひぃっ、やっ、あ、あ、あっ……あ。あーっ……」
「あー……ふっ、そんなにいいか? ゼノ」
与えられる快感により媚肉が痙攣を起こし、咥えたままのハウレスを絞め付ける。雄へ抱き着く肉の蠢きにハウレスは笑い、勢いを付けて胎の奥を突いた。
「おっ、ほっ……ぉ」
「……ぐっ」
一際強く絞め付けられ、男を喰う肉壺と化したゼノの中へ精を吐き出す。良く出来たと褒めるように、ハウレスの手に握った陰茎を扱く速度を上げ、触れる場所を肉竿から亀頭へ移し。
「ゼノ」
亀頭を包むように撫で上げてから、鈴口へ爪を立てた。
「いっ!! あ、やぁっ!!」
「ほら。出せって」
「あ。あーっ!! あ、いやっ、いやっ!!」
親指の腹で鈴口を擦るように撫でる。カリ首をなぞる。再び竿を扱く。ゼノが射精に至るまで、ハウレスは初な体を虐めて促した。
二人が一度吐き出せば、再び腰を動かして二度目の絶頂を求める。二度の次は三度と繰り返し、離れ離れになっていた間を埋めるように、二人は蜜を求め合った。
敬虔な信徒の一人だったゼノは、他の信徒に混じって女神像へ祈りを捧げた。姿勢だけで心の中は空虚だ。何を祈ればいいのかわからない。
「兄さん」
ゼノに声を掛けたのは金髪の少女だった。何年も共に過ごし、ゼノなりに守ろうとした大切な家族。妹の顔を真正面から見つめるのは、久しぶりな気がした。
聖女に選ばれたベルの背には騎士が控え、ベルが兄と呼んだ男に対しても貫くような視線を向ける。その中に一つだけ柔らかいものが混じっているのは、幼馴染みのものだった。
「久しぶり、ベル。謝りたいこともたくさんあるけど、話があるんだ」
「……こっちへ。用意してもらった部屋があるの」
ベルが先導し、騎士に囲まれながらゼノが後を追う。広間を出て回廊を進み、神殿の上階へ繋がる階段を上るといくつもの扉が設けられた回廊に出た。
一つの扉の前で足を止めたベルは振り返り、護衛の騎士達へ兄と二人になりたいと伝えるが、彼らは難色を示した。聖女が家族だと言っても何があるかわからないのだから監視は置きたいだろう。
「ならユーグを側に置きます」
「……わかりました」
取り纏めている騎士が折れ、部屋の中にはベルとユーグとゼノの三人だけが入った。他の護衛は扉の前に控えているだろうからあまり大声では話せない。
二人に向き合ったゼノに、衝撃があった。ベルが抱き着いてきたのだ。
「おっ」
「ゼノ!!」
勢いが良すぎて倒れそうになるゼノだが、足に力を込めて踏ん張る。ようやく兄に会えたベルはただゼノを呼ぶばかりだ。
「嘘かと思った……あの女、あの女が現れて、ゼノが話したがってるって……」
影であるラウラは人目から隠れて自由に動き回れる。聖女に用意された部屋に忍び込むくらい容易なことで、ゼノが会いたがっていると伝言をしてくれた。
「ごめん。ごめんよベル」
「……良くないけどいいわ。ゼノ。良かった……帰ってきてくれたんだものね」
それに返事はせず、ゼノは話すべきことを促した。部屋に置かれた机を挟むように椅子へ座り、ゼノとベルが向かい合う。ユーグはゼノの隣に座った。
「突然出ていって悪かったよ」
「本当よ! 私もユーグも……どれだけ心配したか……」
「心配掛けてでも知りたいと思ったことが出来たんだ。昨日、ようやく全てがわかった。だからそれをベルにも話したくて、今ここにいるんだ」
そう切り出してゼノは話し始める。過去のゼノ、プレガーレの危機、悪魔を喚び救われて、悪魔と共に死んだ話を。信じがたい内容だろうに、ベルとユーグは黙って聞いていた。
話が終わると、ベルは困惑していた。己の過去として夢に見てきたゼノと違い、言葉にして語られるだけでは信じられないのだろう。
「いきなりこんな話されても困るよな。でもベル……」
「違うの。わかるの……知らない筈なのに、おかしな話だと思うのに……それが本当なんだろうって……頭の中で、何かがそう言ってるの」
ゼノはハウレスの言葉を思い出していた。妹には亡霊が憑いていると。
「ベル。お……私にとってベルが大切な妹なのは何があっても、どれだけ時が過ぎても変わらない」
「……」
「安らかに健やかに……過ごしてほしいんだ」
ゼノと同じ青い瞳を、そらすことなくじっと見つめる。長く、気の遠くなる程長く離れていた『妹』に向けて。彼女の心に届くように、ゼノは言葉を贈った。
「……兄さん。困らせてごめんなさい。私、兄さんとどうしても話がしたかったの」
向かい合った妹の顔は憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな表情に変わっている気がした。
「それより、ゼノの昔話とやらをする為だけに来たの?」
「いいや。別れを言いに来たんだ」
二人で暮らしていた頃、ベルはゼノからしても兄思いの妹だった。外へ目を向けず、ゼノにべったり張り付いていた彼女は本当にベルナデッタだけの性質だったのだろうか。
「別れ?」
「うん。俺は……ハウレスとプレガーレの外へ旅に出てみたいんだ。昔の俺が出来なかったことだから」
「いやよ」
「ベル」
「いやだけど……行くんでしょう」
「うん」
「……何でかしら。いつもの私なら嫌だって泣き喚いて、ゼノが離れていくのを止めていたのに。今は……何だか穏やかなの」
「兄離れ出来たのかな」
「……そうかもね。ねぇゼノ。いつか言ってたわよね。結婚したい相手が出来たら祝福してって」
「……言ったっけ」
「言ったのよ。そして……今の私は、祝福してあげられそうだわ」
本当に、私どうしちゃったのかしら。ぼやくベルの顔は翳りがない。
「ゼノ」
これまで沈黙を続けていたユーグが唐突にゼノを呼んだ。何かと首を動かして隣を見ると、寂しげな顔をしたユーグと目が合う。
「外に連れ出す役目がまた盗られたのは悲しいけど、俺もお祝いしとくよ。幸せにな」
「……うん?」
言い回しに引っ掛かりを覚えながらも、幼馴染みからも祝福を貰えたことにゼノは満足していた。
「でも、今日は面白い話を聞けて良かった。何とかなりそうだわ」
「何とか?」
「こっちの話よ」
蟠りがとけたからか、ベルとの話は無事に終わり、ゼノはベルの部屋を後にした。神殿を出ると目立つ男が待っている。名前を呼んで駆け寄るゼノを、ハウレスは静かに受け止めた。
「わかってくれたんだ。ベルも、ベルナデッタも」
「そうか」
抱き締める伴侶が抱えていた後悔の一つから解放されたことを、ハウレスは喜んでいた。悪魔らしくない人間じみた感情はそれだけゼノと築き上げた絆があると証明している。
「……今度は妹に、家族にはわかってもらって旅立ちたかったから。良かった」
かつては妹に何も言ってやれないまま、一人で旅立ってしまった。事前に伝えれば止められるとわかっていたからだ。どちらが酷かったかと考えれば、何も言わずに行動した方が酷かったことだろう。
「ハウレス。思い出させてくれてありがとう」
大きな胸に預けた顔を上げて、自分を抱く男を見る。漆黒の髪、赤い瞳。端正な顔立ちに似合う尊大な矜持を、ゼノ相手には折れ曲げてくれる悪魔を。
「……なら、感謝の心を見せてくれるよな?」
何を求めているのかわからない程子供ではなく、ゼノは頷いた。そうされてもいい、そうしたいと、ゼノ自身が思い許したからだ。
巡礼地の一つとはいえ行商の要でもある宿場町には、泊まるだけが目的ではない宿もある。聖職者の膝元であるプレガーレにも体を売る女はいる。人が暮らす以上、そういったことはなくなりはしない。
「連れ込み宿の壁は厚くないが他人の声なんて気にしないだろ」
広々としたベッドに腰掛けるハウレスの膝に乗せられ、項を舐められるゼノの耳には、確かに隣の部屋の声が聞こえてくる。わざとらしい女の声が。
「ゼノも気にせず出すといい」
「……う、」
「ゼノ……」
首筋を強く吸われながら、ハウレスの手に衣服を乱されていく。旅の間に買い替えたシャツ、スラックス、その下も、ゆっくりと全て剥ぎ取られていく。ベッドの上へ転がされ、肌が露になる度にハウレスはそこへ口付け、身体中に痕が散った。
「……それ、好きだね」
遠い記憶の中の恋人達も、よく口を重ねていた。ハウレスは特にゼノの肌に痕を付けるのが好きで、彼に体を許してからは痕の消えない日はなかった。
「俺のものだと一目でわかるだろう」
そんなことを恥ずかしげもなく言ってのけるのも変わらない。ありありとした独占欲に縛られることを、ゼノは厭わなかった。
「ゼノ……本当に長かった。お前の力に包まれながら眠り続ける日々がどれだけ虚しかったか」
「ハウレス……ごめん」
人の理から外れている存在だというのに、ハウレスは人間らしい表情を見せる。寂しげな顔はゼノの心を切なくさせ、ゼノを見て嬉しそうに微笑まれればゼノも笑う。全身に与えられた口付けに返すように、ゼノもハウレスの唇を吸うと長い舌が入り込んでくる。
「ん、んんっ……」
舌同士絡ませ合い、ゼノの口内を舐め回される。ゼノの上にのし掛かるハウレスの手が、ゼノの陰茎に伸びた。
「あっ」
長い指が初々しい竿を握る。親指の腹で優しく撫でられる。竿を、カリ首を、頭を。
「んっ……う、ぅ……」
「可愛らしい色になったな。昔のお前は俺と寝るようになってから、ここの色が変わっていった」
過去のゼノもハウレスに出会うまでは真っ白な青年だった。妹を養うことだけを目的に生きていたのもあるが、自分の奥底まで踏み込んでほしいと思える相手が出来なかった。
「あなたが……あっ……ん、あなたがさわるからっ……」
「そう。乳首が肥え太ったのもち○ぽが赤みを増したのも、全部俺のおかげだったな」
これからまたそうしてやる。愉しげに言われ、ゼノの背に甘い痺れが走った。またこの男に構われるのだと思うと嬉しくて仕方ない。ゼノの中に眠っていた過去の記憶が、それがどれだけ悦ばしいことか語り掛けてくるのだ。
「あっ、あっ、あ……は、あっ……」
ゼノの口からはひっきりなしに声が溢れてくる。隣室から聞こえていた女のように、男に抱かれてよがる嬌声が。
肌に散る吸い痕の数を増やしたゼノは、ベッドの上でハウレスを咥え込んでいた。男を知らない体を丹念に舐めほぐされ、ひくつく尻孔に勃起した雄を咥え、胎内を抉られる。肉筒の隣に潜む器官を大きな亀頭に突かれ、太い肉竿に擦られると無垢な体は悲鳴を上げて喜んだ。
「ひぃっ……はっ、あーっ……あ、ああっ……!」
「ゼノっ……ここがいいか? 俺にぎゅうぎゅう吸い付いてくるぞ」
ここ、と言われて小刻みに胎を突かれ、ゼノは壊れた玩具のように勢い良く頷く。気持ちがいいことしかわからなかった。
「あっ、ああっ……あ、あんっ、ん、ん、んぅ……」
漏れ出る声への恥じらいは消え、ゼノはただ与えられる快感に酔い、好きにしていた。ベッドの上にだらりと伸びた腕と違い、両足はハウレスの腰に絡み付き、ハウレスが腰を打ち付ける動きに合わせるように尻を振って快感を増そうとする。
「ゼノ……ゼノ……!」
「んっ……ハウレスぅ……」
ハウレスは頻りにゼノを呼ぶ。それが嬉しくてゼノもハウレスを呼び、爛れた目で互いを見つめながら肉欲に溺れていく。
近付いてくる端正な顔にうっとりと見惚れ、飽き足りないとキスをしながら、腰の動きも止まらない。身体中くっつけ合って愛し合いながら、それでもまだ足りないと触れ合う。
ゼノは忘れていられた長すぎる時間を、ハウレスはどれだけ待ち続けていたのか。考えると悲しくて、申し訳なくなる。
「ハウレス……ぁ、ふっ、あ、ああっ……」
放出が近いのか、ハウレスの腰の勢いが増していく。尻肉を打たれる音の間隔が短く力強くなり、興奮を高められる。
「ひっ」
ベッドについて体を支えていたハウレスの手が片方、ゼノの陰茎へ伸ばされる。尻を犯される悦びから勃ち上がり、涎を散らして揺さぶられていた肉竿を握られた。
「は。あ。あっ……ああ~っ!!」
「いけ。ゼノ。出せ。出せよっ」
胎内を突き犯されながら陰茎を扱き上げられる。雌雄の悦びに浸されたゼノは息を荒げ、両足がハウレスから外れる。
「ひぃっ、やっ、あ、あ、あっ……あ。あーっ……」
「あー……ふっ、そんなにいいか? ゼノ」
与えられる快感により媚肉が痙攣を起こし、咥えたままのハウレスを絞め付ける。雄へ抱き着く肉の蠢きにハウレスは笑い、勢いを付けて胎の奥を突いた。
「おっ、ほっ……ぉ」
「……ぐっ」
一際強く絞め付けられ、男を喰う肉壺と化したゼノの中へ精を吐き出す。良く出来たと褒めるように、ハウレスの手に握った陰茎を扱く速度を上げ、触れる場所を肉竿から亀頭へ移し。
「ゼノ」
亀頭を包むように撫で上げてから、鈴口へ爪を立てた。
「いっ!! あ、やぁっ!!」
「ほら。出せって」
「あ。あーっ!! あ、いやっ、いやっ!!」
親指の腹で鈴口を擦るように撫でる。カリ首をなぞる。再び竿を扱く。ゼノが射精に至るまで、ハウレスは初な体を虐めて促した。
二人が一度吐き出せば、再び腰を動かして二度目の絶頂を求める。二度の次は三度と繰り返し、離れ離れになっていた間を埋めるように、二人は蜜を求め合った。
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短期でサクッと読める完結作です♡
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ゆるりとお楽しみください☻*
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🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
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【完結】おじさんの私に最強魔術師が結婚を迫ってくるんですが
cyan
BL
魔力がないため不便ではあるものの、真面目に仕事をして過ごしていた私だったが、こんなおじさんのどこを気に入ったのか宮廷魔術師が私に結婚を迫ってきます。
戸惑いながら流されながら?愛を育みます。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
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