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ラブラブビジネス
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アイドル俳優として活躍している俊明は、世間から仲がいいと思われている後輩がいる。仕事中は親しげな様子で俊明に絡む三神光は、プライベートでは俊明と絡もうとせず、踏み台にされているだけだと察していたが。
※後輩美形アイドル×先輩まぁまぁ美形俳優
※個人サイトで公開していた小説に18禁描写を追加しています
※pixiv・アルファポリスにも投稿しています
***
テレビの液晶画面にはきらびやかな男性アイドル達が映し出されている。楽しげな笑顔を浮かべる皆にはそれぞれ華があり、思わず目を奪われてしまう。同性であってもだ。
「あ」
思わず声が出る。何年経っても場違いだと思ってしまう自分の姿を見たからだ。隣にとびきりの美男子がいるから余計にそう思う。
的場俊明(まとば としあき)は芸能事務所に所属している。
芸能界に入っただけあり一般の男性よりは整った顔をしているが、相方に初めて会った時には「面白味のない顔だな」と称された。
デビュー当時はアイドルユニットとして歌をメインに活動していたが十年経った今では俳優としての仕事が主になっている。それでもアイドルとしての仕事は今でもあり、この番組も俊明と相方をMCに同じ事務所の後輩アイドル達を押し出す為のトークバラエティーだ。
『光! あんまり俊明にベタベタしてんなよ!』
画面の中の自分に引っ付く後輩に笑って声を掛けているのが俊明の長年の相方だ。
デビュー当時から崩れぬ美貌、長身に程よい筋肉のついた引き締まった体躯、芸能界でのし上がっていくカリスマ性。他にも話術や機転等、様々な才能に恵まれたスーパーアイドルの今泉奏(いまいずみ かなで)は後輩に絡まれて困っている自分とは違って手際良く進行している。
『えー。いいじゃないっすか。俺達仲良しだもん』
注意された後輩の三神光(みかみ ひかる)は悪びれもせず俊明にくっついたままだ。光はカメラの前ではこうして俊明に引っ付きたがる。そうしていると喜ぶ女性ファンがいるらしい。
共演すれば必ず俊明に絡む光の姿を見て、たいていの人は二人の仲が良いのだと思っているが、実際そんなことはない。光がユニットデビューしてそろそろ二年目になるが、彼とプライベートな付き合いをしたのはデビュー当時に光のユニットメンバーと共に行った奏主催の焼肉食べ放題くらいだ。
後輩達に嫌われてる訳ではない……筈だが、特別好かれてもいない俊明に光が何故絡んでくるのかわからない。
画面の中の俊明は後ろから抱き着いてくる顔一つ分背の高い後輩に困っていた。決して俊明の背が低い訳ではなく、光が高過ぎるだけだ。俊明の背は日本人成年男性
の平均以上はある。
しばらくテーマを軸にトークや大喜利が続き、奏がその日一番面白かった優勝者を選ぶ。十回選ばれると番組内で出来る範囲の願いを叶えて貰えるのだ。
この日は光が選ばれていた。もうそろそろ十回目になるのではと考えていたら、九回目だとテロップが出た。
彼は何を願うのだろうか。
今の俊明の主な仕事は俳優業である。元々演劇に興味があり、事務所のオーディションを受けたのも俳優になりたかったからだ。だが社長は俊明にアイドルの才能を感じたと言った。当時は社長の感性を疑ったものだ。
俊明は気の利いたコメントやファンサービスは得意じゃない。けれど歌の才能はあったし、ファンを楽しませたいと、期待に応えたいと思う気持ちがあった。それが一番大切なことなのだと言ってくれた社長には、今は感謝しても足りない。
アイドルユニットとして二人で頑張ってくれた奏にも、感謝の気持ちでいっぱいだ。初めの頃は小馬鹿にされていた気もするが、今は奏にも認めてもらえている……筈だ。
主な仕事が変わっただけでアイドル活動もしている。新曲を作って貰えれば歌うし、ライブもする。ライブがあればファンとの交流会もある。交流に必要な交流券はCDではなくブロマイド等のグッズに付属しており、使用期限も設けてはいない。
交流会になると奏の人気ぶりがよくわかる。ものの数分で完売したグッズを手に、彼のファンが長蛇の列を作るのだ。ありがたいことに俊明にもファンがいて列を作ってくれるが、奏とは数が違う。
「お前と俺はファンの重みが違うからな」
何かの拍子に交流会の話になった時、奏はそう言った。少しふて腐れた俊明が「そりゃ僕は奏みたいにかっこよくないけどさ……」とぼやくと、奏は眉を顰めた。
「そうじゃない。お前のファンは重いんだ。一人一人がとても重い。量より質なんだよ」
言われて思い返すと、確かに俊明のファンは数こそ少ないが交流会が終わるのは奏とそう変わらない。交流券一枚の使用時間は十五秒までと決まっており、出された枚数分一対一で相手をし、その間会話や握手等が出来る。一枚分のファンを忙しく相手する奏と違い、俊明のファンは時間に余裕を持ちながら相手をしている。
「たまにいるんだよ。特定の人間を強烈に惹き付ける奴。教祖に向いてるかもな」
「……奏こそ宗教始めたら一週間もしないうちに大量の信者が出来てるんじゃない?」
「まぁ俺だからな。アイドルでいてやるのが世の中の為さ。……アイドルで食えなくなったらそっちに進むかなぁ」
そんな馬鹿らしい会話が出来る程に親しみを持ち合えた。
この時は軽い冗談だと思えていた。
その日、事務所に呼び出されていた俊明はマネージャーから新しい仕事が来ていると切り出された。
漫画が原作の学園ドラマで俊明が主演、ストーリーは教師と生徒のラブコメディ。ここまではよくあるのだが、深夜帯に放送されるだけあり内容が攻めていた。
男同士の恋愛、所謂ボーイズラブをテーマにしており、相手役はオーディションで選ばれるという。
原作者が俊明を気に入ってくれているそうで、是非にと依頼が来たらしい。
「テーマがテーマだし、嫌なら断るけど」
「いえ、やりたいです。ボーイズラブは初めてじゃないですし」
「……キスシーンもあるらしいよ?」
「僕は構わないです」
何でも聞き入れる訳ではないが、俊明は基本的に仕事を選ばない。開始数分で殺される役だろうと、今までのイメージを壊すような残酷極まりない殺人者の役だろうと果敢に挑む姿勢を評価してくれる人は多い。
「そう。じゃあ先方にもそう伝えるよ」
乗り気な俊明にどこかほっとした様子のマネージャーは用件はそれだけだと席を立った。早速連絡しているのかもしれない。
「久々だなー、そういうの」
先程話したように、俊明がボーイズラブをテーマにした作品に出演するのは初めてではない。デビューして間もない頃、ドラマの仕事がちらほら入り始めた頃に一度、大きな話題となって出演した映画がそれだった。
『先ずはインパクトで顔と名前を売る。その後は実力だ。出来るよな?』
そう言って不敵に微笑んだ美少年、十代後半という溢れる若さで人気の出始めていた奏こそが、俊明の相手役だった。コンビユニットで恋人を演じ合ったのだ。
役柄こそ主役ではなく、正直言って脇役だった。出演時間は十分あったかどうか。それに全力で挑んだ。
仕草から雰囲気まで、全てをもって『互いに愛し合う恋人同士』を演じる為に撮影までの二月近くを奏と、文字通り寝食共にし、共に暮らした。風呂も一緒に入ったし洗い合いもした。抱き合って寝てみることも何度もあったし、キスもした。しなかったのはセックスくらいだ。
腹を割って話す機会が増え、喧嘩もして、信頼関係を築き上げた二人の演技は十分程の出演で人々の記憶に二人を残した。
一時的にテレビ番組に呼ばれることが増え、それらは蓄積され、二人は知名度を得ていった。いつしか奏はトップアイドルに輝き、俊明は比較されながらも俳優として評価されていった。
件のドラマスタッフから相手役のオーディションに審査員として参加しないかと言われ、俊明は頷いた。共にドラマを造る相手だ。発言力がないのは理解しているが、少しでもより良い相手を自分で見定めてみたいと思った。
局の一室で行われたそれに、彼は来た。奏に負けず劣らず整った顔立ちの彼は相手役を務める俊明にのまれず、彼らしい演技を見せていってくれた。
その後全員の審査が終わり、誰ともなしに言ったのだ。
「彼でいいんじゃない?」
「すごかったねぇ」
「やっぱり俊明くんと仲いいんですね、三神くん」
原作者として審査員に招かれていた女性に声を掛けられ、俊明は曖昧に笑った。
ドラマの撮影が始まり、俊明と光の接触は増えた。
二人の恋愛を主軸にしている為共演する時間は長く、物語の距離感は尺の都合ですぐに詰まる。
一話目から光に押し倒されたり抱き合ったりと際どいシーンが多い。台本で描かれた青年教師らしい演技をする俊明同様、光も高校生を演じている。
初めは教師に対してつっけんどんだったというのに、彼の人となりに惹かれていく少年は俊明の心を打った。光の演技に引きずられ、教師も少年のいじらしさに目覚めていく。
仕草の一つ。台詞の一端にまで愛嬌を添える光を俊明はよく考えたものだと褒めた。当の本人は居心地の悪そうな顔で「ありがとうございます……」と返すだけだ。
親しくもない俊明に先輩面をされて鬱陶しいだろう彼には申し訳ないけれど、長く俳優を続けた俊明はどうしても褒めるべき演技は褒めたかった。
「ドラマ始まったら奏から代わりに言ってくれない? 演技良かったって。僕が言っても通じてなさそうなんだよね」
奏と俊明は互いに忙しいものの、週に一度は必ず会って話をする。今夜は奏の家で奏特製ステーキをご馳走になっていた。高そうな牛肉をタレと胡椒で焼いただけだ。
「何で俺がそんなことしないといけないんだよ」
「奏に褒められれば喜ぶし自信になるだろう?」
俊明のような同じ事務所に所属しているだけの男ではなく、慕っている先輩に褒められた方が嬉しいだろう。そう言われた奏は微妙な顔をした。
「何だよ?」
「いや別に……ま、あんまりあいつに肩入れしない方がいいんじゃないか」
「それは……まぁわかってるよ」
光が番組中にくっついたり俊明の出るドラマのオーディションを受けたのはきっと、俊明に懐く後輩というキャラクター性で売り出そうとしているのだろう。
これを奏にやると必ずいつか顰蹙を買う。ファンからではなく奏からだ。
奏は後輩達への面倒見はいいけれど、疎ましく思えばとことん嫌う。調子に乗って奏を利用しようとした同期や後輩は山程いたが、生き残った者は少ない。
対して俊明は滅多に怒らない。番組中に馴れ馴れしくくっついてくる光にも特に注意や意図を聞き出すこともせず、ただ困惑し今は慣れて放っている。
ようは舐められているのだろう。踏み台にしても怒られない先輩。そんな男に何を言われた所で光の心に響きはしない。
「仲良くなれたら良かったんだけどな……」
「やめとけ」
奏へ向けていた視線を窓へ移す。高層マンションから見える夜景は星のようなネオンの輝きに彩られるが、寂しげな横顔の慰めにはならなかった。
ドラマの放送が始まると光との時間も増えていく。番宣の為にバラエティに出て、いつもの仲良しアピールもする。
ドラマの内容や番組中の二人の様子から邪推のようなコメントをされることが多いが笑って受け流すしかない。
「お前ほんまに俊明のことすっきゃなぁ」
MCの芸人が光に向けて呆れたように笑う。言われた本人は間髪入れずに「好きです!」と笑顔で返している。
「僕も好きですよ」
可愛い後輩だと付け足す俊明に一瞬、場が静まった。何か間違えたかと思ったものの生放送ではないので問題があれば切り取られるだろう。
「なんや。両想いやん」
MCがははは、と笑って流す。場はどうにか取り繕われ、次の話題へ移っていく。
俊明は知らない。いつも光に絡まれて困惑してばかりだった彼が明確な好意の言葉を返してやったのが初めてだったということも。
番組放送後、検索避けされたファンの交流掲示板が意味不明な叫びに溢れたことも。
深夜ドラマ枠は通常のドラマより制作費が削減され、話数も短めに作られている。
演技力には定評のある俳優ばかりが起用され、作品自体のクオリティは高く濃いものになった。
クランクアップを祝って行われた打ち上げに俊明も参加し、光の姿もある。人目のある場所では俊明にくっつく彼は、当然のように俊明の隣の席に着いた。
スタッフの労いが終わるとあちこちからグラスを合わせる音がする。俊明も周りの人とグラスを合わせ、最後に光へグラスを向けた。
「光もお疲れ様。楽しかったよ」
「…………はい」
短い返事は素っ気ないというよりも出てきたものがそれだけだったように感じられた。まだ飲んでもいないのに僅かに染まった頬は、俊明の言葉に照れてくれたのだろうか。
もしかしたら今回の撮影で俊明の印象が変わったのかもしれない。それならどれだけいいだろう。
光は中学生の頃に事務所のオーディションを受けて合格し、研修生としてトレーニングに励み先輩達のバックダンサーを務めながらデビューを目指していた。
念願叶ってユニットを組めたのは高校生卒業間もない頃で、今は大学に通いながらアイドルとして活躍している。
先月に成人を迎えたばかりの光は飲み慣れておらず、打ち上げで気を良くしてしまったのかすっかり酔い潰れていた。
「としあききゅぅぅぅん」
「……は、はい。ああ、ほら、皆驚いてるから」
すっかり顔を赤くして俊明を呼びながら大きな体で抱き着いてくる。普段の澄ました態度からは考えられない行動に俊明は困惑し、スタッフや俳優達はそういうものなのだろうと微笑ましげに見つめてくる。
同席していた光のマネージャーの男性が引き離そうとしても叶わず、嫌だと駄々をこね始めるので俊明が折れるしかない。
「光、送ってくの手伝います」
「すみません、車持ってきます。的場さんも後で……」
「僕はタクシーで帰れるから、光送ったら帰っていただいて大丈夫です。遅くまでありがとうございます」
マネージャーと俊明の会話も知らず、酔っぱらいは楽しそうに俊明の頭へ頬擦りをしていた。
光が一人で住むマンションは事務所が紹介したらしく小綺麗でセキュリティも整っている。大学生の一人暮らしと考えるとグレードが高い。
マネージャーの車が駐車場に停められ、後部座席に並んで座っていた光に声を掛ける。判断能力が鈍っているだけで俊明の発言は理解しているのか、言われるままに車を降りて俊明に絡みついてきた。
手助けしようとしてくれるマネージャーに礼を言って帰るよう促し、俊明は光を支えながらマンションの中へ入っていく。
マネージャーから教えられた部屋番号へ向かう為にエレベーターへ乗ると、光は「あ」と声を上げた。
「光?」
「あれ? エレベーター……」
「きみのマンションだよ。もうすぐ部屋に着くから」
「お? 俊明くんだぁ」
正気に戻ったわけではなくまだ酔っぱらっているが、俊明を見ても嬉しそうにしている。誰の目もないのに。
小気味良い音が鳴り目的の階への到着を教えられ、光を引っつけたままエレベーターを降りる。
「俊明くぅん。こっち、こっちだよ」
へらへら笑って自分の部屋へ向かおうとする光についていく。部屋の中に入るまでを確認しておかなければならない。
三神と書かれたネームプレートの扉の前まで来ると光は鞄を探り始めた。鍵を出そうとしているのだろう。
「光、大丈夫か? 鍵見つかる?」
「……ん、あった……俊明くんどうぞぉ」
音を立てて解錠し、扉を開けると、部屋の中へ俊明を招き入れる。誘われるまま室内に入り込んだ俊明を待っていたのは俊明だった。
「……サイン会限定ブロマイドだ。それもデビュー半年記念くらいの」
玄関に置かれた靴箱の上には細々した雑貨と共に写真立てが飾られている。その中に収められた写真は言葉通り、今やプレミア物となった俊明の写真だ。
十年前の若々しい少年がカメラに向けてぎこちなく微笑んでいる。セット販売された奏は撮られ慣れた笑顔の写真で、当時の俊明は一緒に並べられるのが恥ずかしくて嫌だった。
「これ……どうして」
当時はまだ子供だった光が男性アイドルに興味を持ったとは思えない。サイン会には女性達の中にまぎれるように男性がいた記憶はあるが、子供の姿はなかった。
「それぇ? 奏さんにもらったんだ。かわいいよねぇ」
「奏に?」
「うん。面倒な頼み事きいてあげたお礼。俺、俊明くんのこと知ったの中学入ったばっかの時だったから」
言葉から酔いが覚め始めてきているが光自身を素直に語るのはいつもと違う。
俊明の知る光はカメラの前以外では俊明と目を合わせもしない。強い憧れや好意、熱意のこもった眼差しを向けたりしない。
「デビュー当時の写真は勿論、グッズなんて手に入んなくて……フリマとかも出品されてもすぐ買われちゃってるし……愚痴ったら奏さんが保存用くれるって」
「保存用」
「うん。俊明くんと奏さんの。あの人きちんと取っておいてるから」
まだあるよ、と案内された光の部屋は俊明だらけだった。本棚には写真集やら俊明が読んだと公言している書籍が並ぶ。壁に飾られたフォトフレームの中で色んな年齢の俊明が微笑む。
番組の企画で奏と共に事務所のイメージキャラクターを考えた際に立体化されたゆるキャラのぬいぐるみもある。勿論非売品だ。
「……すごいな。懐かしいというか……」
「えへへ」
呆然と部屋を見回し、見覚えのあるグッズの背景を思い出している俊明の背後から腕が回される。俊明を胸に収めた光は耳元へ唇を寄せた。
「俊明くん。お持ち帰りしちゃった」
酔いの欠片も感じさせない。はっきりとした声で囁かれる。同性ながら心臓が高鳴った気がして、誤魔化すように「何だそれ」と笑う。
「……光は僕のこと嫌いだったんじゃないのか?」
ずっと気になっていたことに触れる。先輩に懐く後輩というキャラクター性の為に仕事中は俊明に絡み、プライベートでは俊明に見向きもしなかった光の心情がよくわからない。
答えを教えられてもやっぱり俊明にはよくわからなかった。
「まさかぁ。大好き、愛してます。結婚したいくらい!」
酔いはまだ残っているようで偽りない答えが考えなしに語られる。
「好きすぎて近寄れないっていうかぁ……恐れ多いというか……何話していいかわかんないし……」
「番組中は話し掛けてくるじゃないか」
「それは…………思い込んでるから」
「思い込む?」
「俊明くんと仲良しで可愛がられてる後輩の役をやってるって。あれは俺じゃないんです。だから俊明くんにベタベタくっついても……良くない!!!!!」
突然叫ばれ、俊明は狼狽えた。
「いつも俊明くんにくっついて! 何なんでしょうねあの男!!」
「きみだろ」
「そうです。俺なんです。腹立つ」
よくわからないものの光の様子に嘘は感じず、俊明としては後輩に嫌われているわけではなくて安堵した。
「光」
名前を呼ぶと目をキラキラと輝かせて俊明を見てくる。玩具を掲げられた犬のようだと思った。
「僕帰るから。水たくさん飲んで、今日は風呂はやめてさっさと寝なさい」
「えーーーーっヤダヤダ俊明くんも一緒に寝ようよぉぉぉぉお!!!」
子供のように駄々をこねられ、折れた俊明は光の家に泊まった。光のベッドを差し出される。
「いや、酔っぱらいはベッドで寝なさい。僕はソファーで構わないから。シャワーだけ借りるよ」
「としあききゅぅうん」
「寝なさいね。タオル借りていい?」
「……洗面所に新しいの置いてあります」
礼を言い、俊明は浴室を探した。廊下にいくつかある扉を開けていけば、小綺麗に整頓された洗面所を見つける。
「下着くらいコンビニで買ってくれば良かったかなぁ……まあいいや。明日さっさと帰ろ」
寝る前に一日の汚れは落としたいけれど、着替えはないので脱いだ服を着直さなければならない。シャワーを浴びないよりはマシだと思うことにした。
広くはない洗面所には洗面台と洗濯機があり、壁に造られた収納棚を開けるとタオルがしまわれていた。使わせてもらおうと一つ手に取り、着ている服を脱いでいく。
浴室に入るとシャワーの温度を調整する。光程ではないが俊明もアルコールを摂取しているので低めに設定し、頭から被ると思考がさっぱりしていく気がした。
浴室にシャワーの音が響く。ぼうっとぬるま湯に打たれていた俊明は全く気付かなかった。
「俊明くぅん。お背中お流ししまぁす」
ガチャッという音と共に浴室の扉が開き、光がにこやかに入り込んでくる。
「寝なさいってば」
「俊明くんと一緒に寝るぅ。シャワーも浴びるぅ」
俊明はシャワーを止め、にじり寄ってくる光と向き合う。細くも逞しく鍛えられた肉体美は、撮影中に何度も目にした。物語の中で、二人は恋人として結ばれたのだから。
「……背中、流して。さっさと出て寝よう」
合わせていた目をそらし、光に背を向ける。言うことを聞いてやり、気が済めばすぐに寝るだろうと思ったのだ。
「俊明くん」
背中を見せる俊明に、光が両手を伸ばす。背後から包み込むように抱き着くと、光より小さな体がびくついた。
「光、ちょっと」
「『俺と俊明はセックス以外全部した』」
「……は?」
耳元で囁かれる声に温度はない。意味もわからず、聞き返す俊明に光は答えた。
「酔っ払った奏さんに言われたよ。セックス以外、ほんとに全部したの?」
温度の欠片も感じさせない、凍てついた声は、俊明を猫撫で声で呼んでいた男と同じものなのかと疑ってしまう程だった。
「……演技の為に。一緒に暮らした時期がある」
「そう」
俊明を抱く力が強まる。俊明と光の間に、咎められる理由はない。
「なら、俺とセックスして」
「……どうして」
「言葉にしなきゃわかんない?」
俊明もいい年の大人になったので、言われなくてもわかる。何よりも、腰に擦り付けられる光の硬く勃起した男性器がうるさく教えてくる。
「言葉にしてほしいものなんだよ。間違いがないように……自惚れがないように」
「俊明くんが好きだから。男として。俊明くんの全部が欲しい」
身をよじると拘束が解け、振り返ればすぐに目が合う。俊明も光も、互いしか見ていない。
「……光」
俊明は目の前の青年を好いている。仕事以外では素っ気なくされ、踏み台にされているだけだと思っていた彼を。俊明を踏み付けて光が上り詰められるなら、いくらでも利用すればいいと思っていた。
顔を寄せながら目を閉じる。唇が重なっても、光は身動きしなかった。体まで凍り付いたかのようにピシリと固まっている。
間違えたのだろうかと唇を離そうとした瞬間。俊明は再び力強く拘束された。驚く俊明の口が、強く吸われる。
「んんっ?!」
じゅっ、ちゅっ、と音を立てて体液を啜られたかと思えば、渇いた口内に舌が入り込む。俊明の歯列をなぞり、怯える舌に絡み付き、喉奥まで吸い付いてくる光に、俊明は寄りかかった。
「んっ、ふっ、ん、あ、あっ」
文字通り口を吸われる。背を撫でられ、尻を揉まれ、何をするのか主張された。
「あっ……ひか、る……」
「俊明くん」
唐突に口を離される。互いの顔が見える程度に距離を取り、見えた目は血走っていた。
「好きだよ」
欲望に浸った理性が、俊明への愛を吐く。健気な男に俊明も愛しさを募らせ、両手を首に回して絡み付く。もう一度唇を重ねて、舌も入れ込んで愛を示し返していた。
光にとって俊明は憧れの人だった。
アイドルに関心はなく、テレビもあまり見ない子供だった光だが、好きな漫画の実写ドラマの制作発表を聞き、期待はしていなかったのだが、見ずにいられる程興味をなくせなかった。
学園で繰り広げられる怪奇現象を解決していくジュブナイルホラーミステリーは、原作の衣装を忠実に再現したおかげでコスプレ感が強かった。登場人物の髪色も現実ではあり得ないものばかりで、丁寧に再現されていた。
奇抜なカラーリングの中に、俊明もいた。装飾の多いブレザーに身を包み、髪を金色に染めた俊明は主人公の友人として怪奇現象を調査していた。
明るく元気で野生のカンを頼りに調査に赴く主人公と違い、俊明は常に冷静に、論理的な思考で主人公に助言する。俊明の言葉は主人公に新しい閃きを与え、物語を進展させていった。
漫画を忠実に再現しており、ドラマの評価は高かった。光も毎週欠かさずドラマを見ていた。展開を知っているのに、目が離せなかった。
ドラマが最終回を迎えてしまうと、心に大きな穴が空いたようだった。同じような学園ものドラマや、出来のいいミステリーを見ても興奮はない。実写系のドラマを見ても心は動かず、何故だろうと落ち込んでいた時にたまたま見ていたバラエティ番組に俊明が出演していた。
「こんにちは。芹沢雅役の的場俊明です」
新しく始まるドラマの番宣に来た俊明はにこやかに微笑んでいた。俊明が何か喋るごとに、光の頭は焼ききれていく。
それが恋なのだと気付くのに、時間は掛からなかった。
光は恋の為に変わった。平凡に生きていた中学生は、アイドルになるのだと決めた。ただのアイドルではなく、俊明と同じ事務所のアイドルになるのだと。
アイドルの必須スキルである歌もダンスも興味はなかったけれど、俊明と同じステージに立つ為に必死に磨き上げた。ある程度自信がついた所でアイドル候補生に応募し、数ある応募者の中から選ばれることが出来た。
候補生になれても全員がアイドルになれるわけではなく、俊明に話し掛ける機会もない。もっと上を目指さなければ俊明に近付けないのだと、光は努力を惜しまず、それは執念の果てに報われた。
「……光」
大学に進学してから暮らし始めたマンションの自室。寝慣れたベッドの上に、裸の俊明がいる。頬を赤らめ目を潤ませて、光だけを見上げる俊明が。
「その……僕も、きみのこと、好きだよ」
ドラマではもっと臭い台詞を言っているのに、ただそれだけを言うのに恥じ入り、声が尻すぼみになっていく。俊明の返事だけで、光の全ては報われたし明日から不幸だけが訪れたとしても構わない。否、俊明を失うこと以外なら何が起きてもどうでも良かった。
「明日グループ解散しても俺は俊明くんさえいればどうでもいいです」
「いや、それはどうでも良くないでしょ」
感極まった戯れ言にマジレスしてくれる真面目さも好きだ。俊明は性格に難のある男を相方にしようと、浮き沈みの激しい芸能界に身を置こうと、優しい先輩のままでいてくれた。
「俊明くんっ」
「んっ……」
ちゅっ、と口付ける。今度は舌を入れるのを堪え、ちゅっちゅっと音を出して、触れるだけのキスを楽しむ。
「んああっ」
空いた手で肌に触れる。両胸の頂きに色付く乳首を擦ると、俊明が艶やかな声を上げた。
「んっ。俊明くん、乳首気持ちいいの?」
「びっくり、しただけ……ぁっ……あ、あぁん……」
小さな肉芽をふにふにと擦る。俊明はか細く鳴くばかりだが、確かに感じ入っている。
「んああっ!」
俊明から顔を離し、感じ入る俊明を眺めていた光は愛らしい乳首の誘惑に負けた。勝てる筈がなかった。
右胸に顔を寄せ、震える乳首にしゃぶりつく。ちゅうちゅう吸い付いてみても乳は出ないが、甘味が走る気がした。
左胸は指で愛撫する。ぷっくり浮き出た乳首を擦ってさらに勃たせ、摘まむ。
「あうぅっ! あっ、むね、あぁ……」
指の腹で思い切り擦り潰し、弾く。光が行動する度に、俊明は声を上げて悦んでくれた。
「あぁ……あ……んっ…………あ。ひかる」
「うん」
快感の滲む眼差しが光を見た。夢に見続けた瞳の中に、光だけがいる。
「ああ……はっ、ぁ……あ……」
愛しさが募るあまり、もう一度キスをした。何度しても飽きない。俊明に夢中になったあの日から、飽きることなんてなかった。
「俊明くん……」
反応してやまない股間を引き締まった腿に擦り付ける。頬の赤みを増した俊明が目を伏せた。
「セックスごっこしてる時、襲いそうで大変だった」
「せっ……ああ、濡れ場……?」
うん、と頷く光が言うように、ドラマの最終回ではベッドシーンがあった。布団で体を隠し、上だけ脱いだ半裸で絡み合う二人は本当に恋人同士のような熱演を見せた。
「勃ってるってバレないように、ち○こガムテでぐるぐる巻きにして抑えてたんだよ」
「ふふっ……勃ってたんだ」
「俊明くんの裸で勃たない方が無理だよ」
「うん……」
自然と目が合い、見つめ合う。
「……いい?」
興奮した男の顔を隠せず、確認してくる光に俊明は「うん」と短く返した。俊明も同じだと熱い頬で伝わるだろう。
「俊明くぅん!」
「お゛っ」
夢見続けた妄想が現実になっていることに感極まった光が、俊明に抱き着く。姿勢的に上からのしかかっている状態なので俊明が潰れた声を上げるが、聞こえていなかった。
「俊明くんしゅき! 好き! 大好き! もう絶対ずっと一生一緒だから責任取ってね!」
「ぐえっ」
叫びたいことを叫ぶと、ようやく体が離れていく。息を荒げた光は、俊明の足へ触れた。
両足を折らせ、小振りな尻を晒させる。桃尻とは正しくこれだろうと、年に似合わないことを思い浮かべながら、光は躊躇なく尻に顔を埋めた。
「ひっ、ひかるっ!」
慎ましく閉じた蕾が滑る舌に舐められる。風呂場でされるがままに洗浄されたものの、排泄器官に触れられて忌避がなくなりはしない。触れるのが舌ならば尚更だ。
「光、や……あぁんっ」
ちろちろと蕾をほぐしていた舌先が、窄まりを割り開いてずっぷりと入り込んでくる。肉襞をなぞるように舐められながら奥へ侵入され、俊明が喘いだ。
「あっ……ああっ……光……ひかるぅ……」
悩ましい声音に耳を犯され、光の性器は熱量を増やしていた。爆発していないのは出すのは必ず俊明の中だけだという欲望が、射精を堪えさせていた。それも限界が近い。
「あっ……」
舌を抜くと名残惜しげな声が聞こえる。
顔を上げると、俊明が蕩けていた。
視線の彷徨う目は蕩け、半開きの口からは舌と涎が垂れているので迷わず啜る。光の唇に反応した俊明は、舌で絡み付いてくる。光の柔らかい唇を懸命に舐めつつく俊明に、欲望が塞き止めていた性欲のダムが決壊した。脳内で警報が鳴っている。
「俊明くぅん!」
「あぁんっ!」
光の唾液塗れの尻孔へ勃起を押し込む。結合の感動もわからないまま、挿入しただけで光は射精した。俊明の痴態により作られた精子がありもしない卵子を探しにいく。
「俊明くん。俊明くんっ。俊明くん!」
「あ。あっ。あ、はっ……」
射精しても光は正気に戻れなかった。萎びた性器はすぐに硬く膨れ上がり、自然と腰が動き出す。肉筒に吐き出した精液を塗り付けながら、雄肉を奥目指して突き入れていく。
「おっ……! おほっ! おおっ……おっ……お……あっ……」
俊明も気持ちいいのだろう。野太く喘ぎながら、孔は光を締め付けて離さない。飲み込んだ雄肉の射精を促すようねっとりと包み込まれ、呻く。
気持ちがいい。恋い焦がれ続けた人とのセックスは、ただただ気持ちが良かった。胸に募る幸福感が麻薬のように感情を麻痺させているのかもしれない。
「あへっ……あぁ……あん……んっ……んぅ、あっ、あっ、あっ、あんっ……」
理性をなくした様子で気持ち良さそうに喘ぎ、自ら尻を降り始めた俊明の姿を見れば、何もかもがどうでも良くなる。
「俊明っ……俊明くんっ……俊明くん気持ちいいっ? きつきつま○こ締めまくって、お尻まで振って媚びちゃうくらい気持ちいいのっ?」
「うんっ……うん。光、光ぅ……だして」
惚けた顔で光を見つめ、ねだる俊明に動きを止める。何を、と問い返す声は渇いていた。
「お尻の中、もう一回、熱いの出して……」
「……俊明くんの淫乱! なにそれ! そんなこと! 今まで誰に言ってきたのっ?! 出す!! 出すから孕んで責任取れ!!」
淫らなおねだりに感情が爆発してこんがらがって捩じ切れた光は罵りを返した。罵りながら射精する。
「くっそ……う、うぅ……きもちぃー……」
「ああっ……! あついの……また……」
射精の倦怠感から俊明へのしかかる。受け止めてくれた俊明は、光の耳元へ唇を寄せた。
「光だけだよ」
その、たった一言で光の理性は蒸発し、感情がひっくり返ったり弾みまくったりと忙しい。
幸福な夜を過ごし、迎えた翌朝は光の絶叫がモーニングコールになった。
***
閲覧ありがとうございます
ファンボックスにて奏参戦の総受け編を更新したいなぁと思ってますのでご興味ありましたらよろしくお願いいたします
https://magipla.fanbox.cc/
※後輩美形アイドル×先輩まぁまぁ美形俳優
※個人サイトで公開していた小説に18禁描写を追加しています
※pixiv・アルファポリスにも投稿しています
***
テレビの液晶画面にはきらびやかな男性アイドル達が映し出されている。楽しげな笑顔を浮かべる皆にはそれぞれ華があり、思わず目を奪われてしまう。同性であってもだ。
「あ」
思わず声が出る。何年経っても場違いだと思ってしまう自分の姿を見たからだ。隣にとびきりの美男子がいるから余計にそう思う。
的場俊明(まとば としあき)は芸能事務所に所属している。
芸能界に入っただけあり一般の男性よりは整った顔をしているが、相方に初めて会った時には「面白味のない顔だな」と称された。
デビュー当時はアイドルユニットとして歌をメインに活動していたが十年経った今では俳優としての仕事が主になっている。それでもアイドルとしての仕事は今でもあり、この番組も俊明と相方をMCに同じ事務所の後輩アイドル達を押し出す為のトークバラエティーだ。
『光! あんまり俊明にベタベタしてんなよ!』
画面の中の自分に引っ付く後輩に笑って声を掛けているのが俊明の長年の相方だ。
デビュー当時から崩れぬ美貌、長身に程よい筋肉のついた引き締まった体躯、芸能界でのし上がっていくカリスマ性。他にも話術や機転等、様々な才能に恵まれたスーパーアイドルの今泉奏(いまいずみ かなで)は後輩に絡まれて困っている自分とは違って手際良く進行している。
『えー。いいじゃないっすか。俺達仲良しだもん』
注意された後輩の三神光(みかみ ひかる)は悪びれもせず俊明にくっついたままだ。光はカメラの前ではこうして俊明に引っ付きたがる。そうしていると喜ぶ女性ファンがいるらしい。
共演すれば必ず俊明に絡む光の姿を見て、たいていの人は二人の仲が良いのだと思っているが、実際そんなことはない。光がユニットデビューしてそろそろ二年目になるが、彼とプライベートな付き合いをしたのはデビュー当時に光のユニットメンバーと共に行った奏主催の焼肉食べ放題くらいだ。
後輩達に嫌われてる訳ではない……筈だが、特別好かれてもいない俊明に光が何故絡んでくるのかわからない。
画面の中の俊明は後ろから抱き着いてくる顔一つ分背の高い後輩に困っていた。決して俊明の背が低い訳ではなく、光が高過ぎるだけだ。俊明の背は日本人成年男性
の平均以上はある。
しばらくテーマを軸にトークや大喜利が続き、奏がその日一番面白かった優勝者を選ぶ。十回選ばれると番組内で出来る範囲の願いを叶えて貰えるのだ。
この日は光が選ばれていた。もうそろそろ十回目になるのではと考えていたら、九回目だとテロップが出た。
彼は何を願うのだろうか。
今の俊明の主な仕事は俳優業である。元々演劇に興味があり、事務所のオーディションを受けたのも俳優になりたかったからだ。だが社長は俊明にアイドルの才能を感じたと言った。当時は社長の感性を疑ったものだ。
俊明は気の利いたコメントやファンサービスは得意じゃない。けれど歌の才能はあったし、ファンを楽しませたいと、期待に応えたいと思う気持ちがあった。それが一番大切なことなのだと言ってくれた社長には、今は感謝しても足りない。
アイドルユニットとして二人で頑張ってくれた奏にも、感謝の気持ちでいっぱいだ。初めの頃は小馬鹿にされていた気もするが、今は奏にも認めてもらえている……筈だ。
主な仕事が変わっただけでアイドル活動もしている。新曲を作って貰えれば歌うし、ライブもする。ライブがあればファンとの交流会もある。交流に必要な交流券はCDではなくブロマイド等のグッズに付属しており、使用期限も設けてはいない。
交流会になると奏の人気ぶりがよくわかる。ものの数分で完売したグッズを手に、彼のファンが長蛇の列を作るのだ。ありがたいことに俊明にもファンがいて列を作ってくれるが、奏とは数が違う。
「お前と俺はファンの重みが違うからな」
何かの拍子に交流会の話になった時、奏はそう言った。少しふて腐れた俊明が「そりゃ僕は奏みたいにかっこよくないけどさ……」とぼやくと、奏は眉を顰めた。
「そうじゃない。お前のファンは重いんだ。一人一人がとても重い。量より質なんだよ」
言われて思い返すと、確かに俊明のファンは数こそ少ないが交流会が終わるのは奏とそう変わらない。交流券一枚の使用時間は十五秒までと決まっており、出された枚数分一対一で相手をし、その間会話や握手等が出来る。一枚分のファンを忙しく相手する奏と違い、俊明のファンは時間に余裕を持ちながら相手をしている。
「たまにいるんだよ。特定の人間を強烈に惹き付ける奴。教祖に向いてるかもな」
「……奏こそ宗教始めたら一週間もしないうちに大量の信者が出来てるんじゃない?」
「まぁ俺だからな。アイドルでいてやるのが世の中の為さ。……アイドルで食えなくなったらそっちに進むかなぁ」
そんな馬鹿らしい会話が出来る程に親しみを持ち合えた。
この時は軽い冗談だと思えていた。
その日、事務所に呼び出されていた俊明はマネージャーから新しい仕事が来ていると切り出された。
漫画が原作の学園ドラマで俊明が主演、ストーリーは教師と生徒のラブコメディ。ここまではよくあるのだが、深夜帯に放送されるだけあり内容が攻めていた。
男同士の恋愛、所謂ボーイズラブをテーマにしており、相手役はオーディションで選ばれるという。
原作者が俊明を気に入ってくれているそうで、是非にと依頼が来たらしい。
「テーマがテーマだし、嫌なら断るけど」
「いえ、やりたいです。ボーイズラブは初めてじゃないですし」
「……キスシーンもあるらしいよ?」
「僕は構わないです」
何でも聞き入れる訳ではないが、俊明は基本的に仕事を選ばない。開始数分で殺される役だろうと、今までのイメージを壊すような残酷極まりない殺人者の役だろうと果敢に挑む姿勢を評価してくれる人は多い。
「そう。じゃあ先方にもそう伝えるよ」
乗り気な俊明にどこかほっとした様子のマネージャーは用件はそれだけだと席を立った。早速連絡しているのかもしれない。
「久々だなー、そういうの」
先程話したように、俊明がボーイズラブをテーマにした作品に出演するのは初めてではない。デビューして間もない頃、ドラマの仕事がちらほら入り始めた頃に一度、大きな話題となって出演した映画がそれだった。
『先ずはインパクトで顔と名前を売る。その後は実力だ。出来るよな?』
そう言って不敵に微笑んだ美少年、十代後半という溢れる若さで人気の出始めていた奏こそが、俊明の相手役だった。コンビユニットで恋人を演じ合ったのだ。
役柄こそ主役ではなく、正直言って脇役だった。出演時間は十分あったかどうか。それに全力で挑んだ。
仕草から雰囲気まで、全てをもって『互いに愛し合う恋人同士』を演じる為に撮影までの二月近くを奏と、文字通り寝食共にし、共に暮らした。風呂も一緒に入ったし洗い合いもした。抱き合って寝てみることも何度もあったし、キスもした。しなかったのはセックスくらいだ。
腹を割って話す機会が増え、喧嘩もして、信頼関係を築き上げた二人の演技は十分程の出演で人々の記憶に二人を残した。
一時的にテレビ番組に呼ばれることが増え、それらは蓄積され、二人は知名度を得ていった。いつしか奏はトップアイドルに輝き、俊明は比較されながらも俳優として評価されていった。
件のドラマスタッフから相手役のオーディションに審査員として参加しないかと言われ、俊明は頷いた。共にドラマを造る相手だ。発言力がないのは理解しているが、少しでもより良い相手を自分で見定めてみたいと思った。
局の一室で行われたそれに、彼は来た。奏に負けず劣らず整った顔立ちの彼は相手役を務める俊明にのまれず、彼らしい演技を見せていってくれた。
その後全員の審査が終わり、誰ともなしに言ったのだ。
「彼でいいんじゃない?」
「すごかったねぇ」
「やっぱり俊明くんと仲いいんですね、三神くん」
原作者として審査員に招かれていた女性に声を掛けられ、俊明は曖昧に笑った。
ドラマの撮影が始まり、俊明と光の接触は増えた。
二人の恋愛を主軸にしている為共演する時間は長く、物語の距離感は尺の都合ですぐに詰まる。
一話目から光に押し倒されたり抱き合ったりと際どいシーンが多い。台本で描かれた青年教師らしい演技をする俊明同様、光も高校生を演じている。
初めは教師に対してつっけんどんだったというのに、彼の人となりに惹かれていく少年は俊明の心を打った。光の演技に引きずられ、教師も少年のいじらしさに目覚めていく。
仕草の一つ。台詞の一端にまで愛嬌を添える光を俊明はよく考えたものだと褒めた。当の本人は居心地の悪そうな顔で「ありがとうございます……」と返すだけだ。
親しくもない俊明に先輩面をされて鬱陶しいだろう彼には申し訳ないけれど、長く俳優を続けた俊明はどうしても褒めるべき演技は褒めたかった。
「ドラマ始まったら奏から代わりに言ってくれない? 演技良かったって。僕が言っても通じてなさそうなんだよね」
奏と俊明は互いに忙しいものの、週に一度は必ず会って話をする。今夜は奏の家で奏特製ステーキをご馳走になっていた。高そうな牛肉をタレと胡椒で焼いただけだ。
「何で俺がそんなことしないといけないんだよ」
「奏に褒められれば喜ぶし自信になるだろう?」
俊明のような同じ事務所に所属しているだけの男ではなく、慕っている先輩に褒められた方が嬉しいだろう。そう言われた奏は微妙な顔をした。
「何だよ?」
「いや別に……ま、あんまりあいつに肩入れしない方がいいんじゃないか」
「それは……まぁわかってるよ」
光が番組中にくっついたり俊明の出るドラマのオーディションを受けたのはきっと、俊明に懐く後輩というキャラクター性で売り出そうとしているのだろう。
これを奏にやると必ずいつか顰蹙を買う。ファンからではなく奏からだ。
奏は後輩達への面倒見はいいけれど、疎ましく思えばとことん嫌う。調子に乗って奏を利用しようとした同期や後輩は山程いたが、生き残った者は少ない。
対して俊明は滅多に怒らない。番組中に馴れ馴れしくくっついてくる光にも特に注意や意図を聞き出すこともせず、ただ困惑し今は慣れて放っている。
ようは舐められているのだろう。踏み台にしても怒られない先輩。そんな男に何を言われた所で光の心に響きはしない。
「仲良くなれたら良かったんだけどな……」
「やめとけ」
奏へ向けていた視線を窓へ移す。高層マンションから見える夜景は星のようなネオンの輝きに彩られるが、寂しげな横顔の慰めにはならなかった。
ドラマの放送が始まると光との時間も増えていく。番宣の為にバラエティに出て、いつもの仲良しアピールもする。
ドラマの内容や番組中の二人の様子から邪推のようなコメントをされることが多いが笑って受け流すしかない。
「お前ほんまに俊明のことすっきゃなぁ」
MCの芸人が光に向けて呆れたように笑う。言われた本人は間髪入れずに「好きです!」と笑顔で返している。
「僕も好きですよ」
可愛い後輩だと付け足す俊明に一瞬、場が静まった。何か間違えたかと思ったものの生放送ではないので問題があれば切り取られるだろう。
「なんや。両想いやん」
MCがははは、と笑って流す。場はどうにか取り繕われ、次の話題へ移っていく。
俊明は知らない。いつも光に絡まれて困惑してばかりだった彼が明確な好意の言葉を返してやったのが初めてだったということも。
番組放送後、検索避けされたファンの交流掲示板が意味不明な叫びに溢れたことも。
深夜ドラマ枠は通常のドラマより制作費が削減され、話数も短めに作られている。
演技力には定評のある俳優ばかりが起用され、作品自体のクオリティは高く濃いものになった。
クランクアップを祝って行われた打ち上げに俊明も参加し、光の姿もある。人目のある場所では俊明にくっつく彼は、当然のように俊明の隣の席に着いた。
スタッフの労いが終わるとあちこちからグラスを合わせる音がする。俊明も周りの人とグラスを合わせ、最後に光へグラスを向けた。
「光もお疲れ様。楽しかったよ」
「…………はい」
短い返事は素っ気ないというよりも出てきたものがそれだけだったように感じられた。まだ飲んでもいないのに僅かに染まった頬は、俊明の言葉に照れてくれたのだろうか。
もしかしたら今回の撮影で俊明の印象が変わったのかもしれない。それならどれだけいいだろう。
光は中学生の頃に事務所のオーディションを受けて合格し、研修生としてトレーニングに励み先輩達のバックダンサーを務めながらデビューを目指していた。
念願叶ってユニットを組めたのは高校生卒業間もない頃で、今は大学に通いながらアイドルとして活躍している。
先月に成人を迎えたばかりの光は飲み慣れておらず、打ち上げで気を良くしてしまったのかすっかり酔い潰れていた。
「としあききゅぅぅぅん」
「……は、はい。ああ、ほら、皆驚いてるから」
すっかり顔を赤くして俊明を呼びながら大きな体で抱き着いてくる。普段の澄ました態度からは考えられない行動に俊明は困惑し、スタッフや俳優達はそういうものなのだろうと微笑ましげに見つめてくる。
同席していた光のマネージャーの男性が引き離そうとしても叶わず、嫌だと駄々をこね始めるので俊明が折れるしかない。
「光、送ってくの手伝います」
「すみません、車持ってきます。的場さんも後で……」
「僕はタクシーで帰れるから、光送ったら帰っていただいて大丈夫です。遅くまでありがとうございます」
マネージャーと俊明の会話も知らず、酔っぱらいは楽しそうに俊明の頭へ頬擦りをしていた。
光が一人で住むマンションは事務所が紹介したらしく小綺麗でセキュリティも整っている。大学生の一人暮らしと考えるとグレードが高い。
マネージャーの車が駐車場に停められ、後部座席に並んで座っていた光に声を掛ける。判断能力が鈍っているだけで俊明の発言は理解しているのか、言われるままに車を降りて俊明に絡みついてきた。
手助けしようとしてくれるマネージャーに礼を言って帰るよう促し、俊明は光を支えながらマンションの中へ入っていく。
マネージャーから教えられた部屋番号へ向かう為にエレベーターへ乗ると、光は「あ」と声を上げた。
「光?」
「あれ? エレベーター……」
「きみのマンションだよ。もうすぐ部屋に着くから」
「お? 俊明くんだぁ」
正気に戻ったわけではなくまだ酔っぱらっているが、俊明を見ても嬉しそうにしている。誰の目もないのに。
小気味良い音が鳴り目的の階への到着を教えられ、光を引っつけたままエレベーターを降りる。
「俊明くぅん。こっち、こっちだよ」
へらへら笑って自分の部屋へ向かおうとする光についていく。部屋の中に入るまでを確認しておかなければならない。
三神と書かれたネームプレートの扉の前まで来ると光は鞄を探り始めた。鍵を出そうとしているのだろう。
「光、大丈夫か? 鍵見つかる?」
「……ん、あった……俊明くんどうぞぉ」
音を立てて解錠し、扉を開けると、部屋の中へ俊明を招き入れる。誘われるまま室内に入り込んだ俊明を待っていたのは俊明だった。
「……サイン会限定ブロマイドだ。それもデビュー半年記念くらいの」
玄関に置かれた靴箱の上には細々した雑貨と共に写真立てが飾られている。その中に収められた写真は言葉通り、今やプレミア物となった俊明の写真だ。
十年前の若々しい少年がカメラに向けてぎこちなく微笑んでいる。セット販売された奏は撮られ慣れた笑顔の写真で、当時の俊明は一緒に並べられるのが恥ずかしくて嫌だった。
「これ……どうして」
当時はまだ子供だった光が男性アイドルに興味を持ったとは思えない。サイン会には女性達の中にまぎれるように男性がいた記憶はあるが、子供の姿はなかった。
「それぇ? 奏さんにもらったんだ。かわいいよねぇ」
「奏に?」
「うん。面倒な頼み事きいてあげたお礼。俺、俊明くんのこと知ったの中学入ったばっかの時だったから」
言葉から酔いが覚め始めてきているが光自身を素直に語るのはいつもと違う。
俊明の知る光はカメラの前以外では俊明と目を合わせもしない。強い憧れや好意、熱意のこもった眼差しを向けたりしない。
「デビュー当時の写真は勿論、グッズなんて手に入んなくて……フリマとかも出品されてもすぐ買われちゃってるし……愚痴ったら奏さんが保存用くれるって」
「保存用」
「うん。俊明くんと奏さんの。あの人きちんと取っておいてるから」
まだあるよ、と案内された光の部屋は俊明だらけだった。本棚には写真集やら俊明が読んだと公言している書籍が並ぶ。壁に飾られたフォトフレームの中で色んな年齢の俊明が微笑む。
番組の企画で奏と共に事務所のイメージキャラクターを考えた際に立体化されたゆるキャラのぬいぐるみもある。勿論非売品だ。
「……すごいな。懐かしいというか……」
「えへへ」
呆然と部屋を見回し、見覚えのあるグッズの背景を思い出している俊明の背後から腕が回される。俊明を胸に収めた光は耳元へ唇を寄せた。
「俊明くん。お持ち帰りしちゃった」
酔いの欠片も感じさせない。はっきりとした声で囁かれる。同性ながら心臓が高鳴った気がして、誤魔化すように「何だそれ」と笑う。
「……光は僕のこと嫌いだったんじゃないのか?」
ずっと気になっていたことに触れる。先輩に懐く後輩というキャラクター性の為に仕事中は俊明に絡み、プライベートでは俊明に見向きもしなかった光の心情がよくわからない。
答えを教えられてもやっぱり俊明にはよくわからなかった。
「まさかぁ。大好き、愛してます。結婚したいくらい!」
酔いはまだ残っているようで偽りない答えが考えなしに語られる。
「好きすぎて近寄れないっていうかぁ……恐れ多いというか……何話していいかわかんないし……」
「番組中は話し掛けてくるじゃないか」
「それは…………思い込んでるから」
「思い込む?」
「俊明くんと仲良しで可愛がられてる後輩の役をやってるって。あれは俺じゃないんです。だから俊明くんにベタベタくっついても……良くない!!!!!」
突然叫ばれ、俊明は狼狽えた。
「いつも俊明くんにくっついて! 何なんでしょうねあの男!!」
「きみだろ」
「そうです。俺なんです。腹立つ」
よくわからないものの光の様子に嘘は感じず、俊明としては後輩に嫌われているわけではなくて安堵した。
「光」
名前を呼ぶと目をキラキラと輝かせて俊明を見てくる。玩具を掲げられた犬のようだと思った。
「僕帰るから。水たくさん飲んで、今日は風呂はやめてさっさと寝なさい」
「えーーーーっヤダヤダ俊明くんも一緒に寝ようよぉぉぉぉお!!!」
子供のように駄々をこねられ、折れた俊明は光の家に泊まった。光のベッドを差し出される。
「いや、酔っぱらいはベッドで寝なさい。僕はソファーで構わないから。シャワーだけ借りるよ」
「としあききゅぅうん」
「寝なさいね。タオル借りていい?」
「……洗面所に新しいの置いてあります」
礼を言い、俊明は浴室を探した。廊下にいくつかある扉を開けていけば、小綺麗に整頓された洗面所を見つける。
「下着くらいコンビニで買ってくれば良かったかなぁ……まあいいや。明日さっさと帰ろ」
寝る前に一日の汚れは落としたいけれど、着替えはないので脱いだ服を着直さなければならない。シャワーを浴びないよりはマシだと思うことにした。
広くはない洗面所には洗面台と洗濯機があり、壁に造られた収納棚を開けるとタオルがしまわれていた。使わせてもらおうと一つ手に取り、着ている服を脱いでいく。
浴室に入るとシャワーの温度を調整する。光程ではないが俊明もアルコールを摂取しているので低めに設定し、頭から被ると思考がさっぱりしていく気がした。
浴室にシャワーの音が響く。ぼうっとぬるま湯に打たれていた俊明は全く気付かなかった。
「俊明くぅん。お背中お流ししまぁす」
ガチャッという音と共に浴室の扉が開き、光がにこやかに入り込んでくる。
「寝なさいってば」
「俊明くんと一緒に寝るぅ。シャワーも浴びるぅ」
俊明はシャワーを止め、にじり寄ってくる光と向き合う。細くも逞しく鍛えられた肉体美は、撮影中に何度も目にした。物語の中で、二人は恋人として結ばれたのだから。
「……背中、流して。さっさと出て寝よう」
合わせていた目をそらし、光に背を向ける。言うことを聞いてやり、気が済めばすぐに寝るだろうと思ったのだ。
「俊明くん」
背中を見せる俊明に、光が両手を伸ばす。背後から包み込むように抱き着くと、光より小さな体がびくついた。
「光、ちょっと」
「『俺と俊明はセックス以外全部した』」
「……は?」
耳元で囁かれる声に温度はない。意味もわからず、聞き返す俊明に光は答えた。
「酔っ払った奏さんに言われたよ。セックス以外、ほんとに全部したの?」
温度の欠片も感じさせない、凍てついた声は、俊明を猫撫で声で呼んでいた男と同じものなのかと疑ってしまう程だった。
「……演技の為に。一緒に暮らした時期がある」
「そう」
俊明を抱く力が強まる。俊明と光の間に、咎められる理由はない。
「なら、俺とセックスして」
「……どうして」
「言葉にしなきゃわかんない?」
俊明もいい年の大人になったので、言われなくてもわかる。何よりも、腰に擦り付けられる光の硬く勃起した男性器がうるさく教えてくる。
「言葉にしてほしいものなんだよ。間違いがないように……自惚れがないように」
「俊明くんが好きだから。男として。俊明くんの全部が欲しい」
身をよじると拘束が解け、振り返ればすぐに目が合う。俊明も光も、互いしか見ていない。
「……光」
俊明は目の前の青年を好いている。仕事以外では素っ気なくされ、踏み台にされているだけだと思っていた彼を。俊明を踏み付けて光が上り詰められるなら、いくらでも利用すればいいと思っていた。
顔を寄せながら目を閉じる。唇が重なっても、光は身動きしなかった。体まで凍り付いたかのようにピシリと固まっている。
間違えたのだろうかと唇を離そうとした瞬間。俊明は再び力強く拘束された。驚く俊明の口が、強く吸われる。
「んんっ?!」
じゅっ、ちゅっ、と音を立てて体液を啜られたかと思えば、渇いた口内に舌が入り込む。俊明の歯列をなぞり、怯える舌に絡み付き、喉奥まで吸い付いてくる光に、俊明は寄りかかった。
「んっ、ふっ、ん、あ、あっ」
文字通り口を吸われる。背を撫でられ、尻を揉まれ、何をするのか主張された。
「あっ……ひか、る……」
「俊明くん」
唐突に口を離される。互いの顔が見える程度に距離を取り、見えた目は血走っていた。
「好きだよ」
欲望に浸った理性が、俊明への愛を吐く。健気な男に俊明も愛しさを募らせ、両手を首に回して絡み付く。もう一度唇を重ねて、舌も入れ込んで愛を示し返していた。
光にとって俊明は憧れの人だった。
アイドルに関心はなく、テレビもあまり見ない子供だった光だが、好きな漫画の実写ドラマの制作発表を聞き、期待はしていなかったのだが、見ずにいられる程興味をなくせなかった。
学園で繰り広げられる怪奇現象を解決していくジュブナイルホラーミステリーは、原作の衣装を忠実に再現したおかげでコスプレ感が強かった。登場人物の髪色も現実ではあり得ないものばかりで、丁寧に再現されていた。
奇抜なカラーリングの中に、俊明もいた。装飾の多いブレザーに身を包み、髪を金色に染めた俊明は主人公の友人として怪奇現象を調査していた。
明るく元気で野生のカンを頼りに調査に赴く主人公と違い、俊明は常に冷静に、論理的な思考で主人公に助言する。俊明の言葉は主人公に新しい閃きを与え、物語を進展させていった。
漫画を忠実に再現しており、ドラマの評価は高かった。光も毎週欠かさずドラマを見ていた。展開を知っているのに、目が離せなかった。
ドラマが最終回を迎えてしまうと、心に大きな穴が空いたようだった。同じような学園ものドラマや、出来のいいミステリーを見ても興奮はない。実写系のドラマを見ても心は動かず、何故だろうと落ち込んでいた時にたまたま見ていたバラエティ番組に俊明が出演していた。
「こんにちは。芹沢雅役の的場俊明です」
新しく始まるドラマの番宣に来た俊明はにこやかに微笑んでいた。俊明が何か喋るごとに、光の頭は焼ききれていく。
それが恋なのだと気付くのに、時間は掛からなかった。
光は恋の為に変わった。平凡に生きていた中学生は、アイドルになるのだと決めた。ただのアイドルではなく、俊明と同じ事務所のアイドルになるのだと。
アイドルの必須スキルである歌もダンスも興味はなかったけれど、俊明と同じステージに立つ為に必死に磨き上げた。ある程度自信がついた所でアイドル候補生に応募し、数ある応募者の中から選ばれることが出来た。
候補生になれても全員がアイドルになれるわけではなく、俊明に話し掛ける機会もない。もっと上を目指さなければ俊明に近付けないのだと、光は努力を惜しまず、それは執念の果てに報われた。
「……光」
大学に進学してから暮らし始めたマンションの自室。寝慣れたベッドの上に、裸の俊明がいる。頬を赤らめ目を潤ませて、光だけを見上げる俊明が。
「その……僕も、きみのこと、好きだよ」
ドラマではもっと臭い台詞を言っているのに、ただそれだけを言うのに恥じ入り、声が尻すぼみになっていく。俊明の返事だけで、光の全ては報われたし明日から不幸だけが訪れたとしても構わない。否、俊明を失うこと以外なら何が起きてもどうでも良かった。
「明日グループ解散しても俺は俊明くんさえいればどうでもいいです」
「いや、それはどうでも良くないでしょ」
感極まった戯れ言にマジレスしてくれる真面目さも好きだ。俊明は性格に難のある男を相方にしようと、浮き沈みの激しい芸能界に身を置こうと、優しい先輩のままでいてくれた。
「俊明くんっ」
「んっ……」
ちゅっ、と口付ける。今度は舌を入れるのを堪え、ちゅっちゅっと音を出して、触れるだけのキスを楽しむ。
「んああっ」
空いた手で肌に触れる。両胸の頂きに色付く乳首を擦ると、俊明が艶やかな声を上げた。
「んっ。俊明くん、乳首気持ちいいの?」
「びっくり、しただけ……ぁっ……あ、あぁん……」
小さな肉芽をふにふにと擦る。俊明はか細く鳴くばかりだが、確かに感じ入っている。
「んああっ!」
俊明から顔を離し、感じ入る俊明を眺めていた光は愛らしい乳首の誘惑に負けた。勝てる筈がなかった。
右胸に顔を寄せ、震える乳首にしゃぶりつく。ちゅうちゅう吸い付いてみても乳は出ないが、甘味が走る気がした。
左胸は指で愛撫する。ぷっくり浮き出た乳首を擦ってさらに勃たせ、摘まむ。
「あうぅっ! あっ、むね、あぁ……」
指の腹で思い切り擦り潰し、弾く。光が行動する度に、俊明は声を上げて悦んでくれた。
「あぁ……あ……んっ…………あ。ひかる」
「うん」
快感の滲む眼差しが光を見た。夢に見続けた瞳の中に、光だけがいる。
「ああ……はっ、ぁ……あ……」
愛しさが募るあまり、もう一度キスをした。何度しても飽きない。俊明に夢中になったあの日から、飽きることなんてなかった。
「俊明くん……」
反応してやまない股間を引き締まった腿に擦り付ける。頬の赤みを増した俊明が目を伏せた。
「セックスごっこしてる時、襲いそうで大変だった」
「せっ……ああ、濡れ場……?」
うん、と頷く光が言うように、ドラマの最終回ではベッドシーンがあった。布団で体を隠し、上だけ脱いだ半裸で絡み合う二人は本当に恋人同士のような熱演を見せた。
「勃ってるってバレないように、ち○こガムテでぐるぐる巻きにして抑えてたんだよ」
「ふふっ……勃ってたんだ」
「俊明くんの裸で勃たない方が無理だよ」
「うん……」
自然と目が合い、見つめ合う。
「……いい?」
興奮した男の顔を隠せず、確認してくる光に俊明は「うん」と短く返した。俊明も同じだと熱い頬で伝わるだろう。
「俊明くぅん!」
「お゛っ」
夢見続けた妄想が現実になっていることに感極まった光が、俊明に抱き着く。姿勢的に上からのしかかっている状態なので俊明が潰れた声を上げるが、聞こえていなかった。
「俊明くんしゅき! 好き! 大好き! もう絶対ずっと一生一緒だから責任取ってね!」
「ぐえっ」
叫びたいことを叫ぶと、ようやく体が離れていく。息を荒げた光は、俊明の足へ触れた。
両足を折らせ、小振りな尻を晒させる。桃尻とは正しくこれだろうと、年に似合わないことを思い浮かべながら、光は躊躇なく尻に顔を埋めた。
「ひっ、ひかるっ!」
慎ましく閉じた蕾が滑る舌に舐められる。風呂場でされるがままに洗浄されたものの、排泄器官に触れられて忌避がなくなりはしない。触れるのが舌ならば尚更だ。
「光、や……あぁんっ」
ちろちろと蕾をほぐしていた舌先が、窄まりを割り開いてずっぷりと入り込んでくる。肉襞をなぞるように舐められながら奥へ侵入され、俊明が喘いだ。
「あっ……ああっ……光……ひかるぅ……」
悩ましい声音に耳を犯され、光の性器は熱量を増やしていた。爆発していないのは出すのは必ず俊明の中だけだという欲望が、射精を堪えさせていた。それも限界が近い。
「あっ……」
舌を抜くと名残惜しげな声が聞こえる。
顔を上げると、俊明が蕩けていた。
視線の彷徨う目は蕩け、半開きの口からは舌と涎が垂れているので迷わず啜る。光の唇に反応した俊明は、舌で絡み付いてくる。光の柔らかい唇を懸命に舐めつつく俊明に、欲望が塞き止めていた性欲のダムが決壊した。脳内で警報が鳴っている。
「俊明くぅん!」
「あぁんっ!」
光の唾液塗れの尻孔へ勃起を押し込む。結合の感動もわからないまま、挿入しただけで光は射精した。俊明の痴態により作られた精子がありもしない卵子を探しにいく。
「俊明くん。俊明くんっ。俊明くん!」
「あ。あっ。あ、はっ……」
射精しても光は正気に戻れなかった。萎びた性器はすぐに硬く膨れ上がり、自然と腰が動き出す。肉筒に吐き出した精液を塗り付けながら、雄肉を奥目指して突き入れていく。
「おっ……! おほっ! おおっ……おっ……お……あっ……」
俊明も気持ちいいのだろう。野太く喘ぎながら、孔は光を締め付けて離さない。飲み込んだ雄肉の射精を促すようねっとりと包み込まれ、呻く。
気持ちがいい。恋い焦がれ続けた人とのセックスは、ただただ気持ちが良かった。胸に募る幸福感が麻薬のように感情を麻痺させているのかもしれない。
「あへっ……あぁ……あん……んっ……んぅ、あっ、あっ、あっ、あんっ……」
理性をなくした様子で気持ち良さそうに喘ぎ、自ら尻を降り始めた俊明の姿を見れば、何もかもがどうでも良くなる。
「俊明っ……俊明くんっ……俊明くん気持ちいいっ? きつきつま○こ締めまくって、お尻まで振って媚びちゃうくらい気持ちいいのっ?」
「うんっ……うん。光、光ぅ……だして」
惚けた顔で光を見つめ、ねだる俊明に動きを止める。何を、と問い返す声は渇いていた。
「お尻の中、もう一回、熱いの出して……」
「……俊明くんの淫乱! なにそれ! そんなこと! 今まで誰に言ってきたのっ?! 出す!! 出すから孕んで責任取れ!!」
淫らなおねだりに感情が爆発してこんがらがって捩じ切れた光は罵りを返した。罵りながら射精する。
「くっそ……う、うぅ……きもちぃー……」
「ああっ……! あついの……また……」
射精の倦怠感から俊明へのしかかる。受け止めてくれた俊明は、光の耳元へ唇を寄せた。
「光だけだよ」
その、たった一言で光の理性は蒸発し、感情がひっくり返ったり弾みまくったりと忙しい。
幸福な夜を過ごし、迎えた翌朝は光の絶叫がモーニングコールになった。
***
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