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15 お泊まり1

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雨が勢いよく窓に当たる音で目が覚めた。真っ暗だったのに、暗闇に目が慣れると、ぼんやりとローテーブルの鉄脚が見えた。身体を動かすと筋肉痛を起こしたみたいに、あちこち痛い。だるい身体を叱咤して起き上がると、パサッと私の身体から滑り落ちたのは、明らかに私のではない無地の大きなYシャツだった。何も身につけていないから、Yシャツを掴み、袖を通すと裸の私の肌を隠す。襟元にあるボタンを数個以外全て留めたら、さすがに目が覚めた。見渡すと、私の横に薫が裸で寝ていて、何となく目の毒だと思って腰回りに、脱ぎ散らかした私のワンピースをかけた。
仕事が終わった金曜日――昨日は薫の家へと誘われてやってきて、彼が注文したデリバリーの韓国料理を食べながら、まったりと過ごしていたのに気がついたら、そういう・・・・雰囲気になって燃え上がった。身体はさっぱりしているから、薫が綺麗にしてくれたと思うけど、薫も横で寝てるって事は…彼は寝落ちしちゃったのかもしれない。
最初は、セレブが住むと有名な高層マンションの34階に住んでいると聞いた時はびっくりした。彼曰く、『一生独り身だと思ってたから、仕事場に近くて行き来しやすい場所を探していたら売り出されていたから買った』とすごくあっさりした言葉が返ってきたけど、賃貸じゃないのかと驚いた。
20帖はある広いリビングに、壁に接していない島のようにポツンと設置された黒と白のデザインのアイランドキッチン、いつもここでご飯を食べているのだろうカウンターチェアが一つそばに置かれていた。他には黒い革張りのソファーとガラスのローテーブル、床には円形のグレーの肌触りの良いソファーがあり、私と薫はここで寝ていた。そしてソファーの前方の壁には60インチの特大のテレビがついていて、リビングの隅から隅まで、天井から床までが全面窓ガラスとなっていて、昨日の夜から降る雨のせいで今は霞んで見えるが、晴れていたら朝も夜も絶景が見渡せるはずだ。
一人暮らしだからか、家具も少なくて殺風景の部類に入ると思う。昨日初めて来た時に、彼の寝室とテレワーク用の仕事部屋にしている書斎、トイレは二つもあったし、お風呂は私と薫が入ってもぶつからなくて、とにかく広い。そして料理で使用して出たゴミをシンクの排水溝に流せるディスポーザーと呼ばれるものがあり、毎日指定されているゴミ置き場にも家庭ゴミを持っていけるから、ゴミが溜まらないとも言っていた。
ひと通り昨夜の記憶を思い出して、ふと目の前にあるガラスのローテーブルには昨日食べ終えた韓国料理のプラスチックの容器が目に入った。隣に眠る薫を起こさないように立ち上がり、大きな窓のそばに行って外を眺めていると、雨の水が勢いよく窓に叩き込む。雲によってぼんやりとした輪郭になる幾つもある高層マンションを見ると、電気も付いていなかった。
――今何時だろ
部屋を見渡しても時計もない、必要最低限の物しか置いてないみたいだ。私の携帯電話は薫のそばにあるソファーの足元の床に置かれたバッグの中だから、今そっちに行けば薫を起こしてしまう。だんだん立っているのも疲れて、そろそろ座ろうかなと思っていると、もぞっと薫が動いた。
「…茉白?」
「ごめん、起こした?」
「いや、何してる?」
「外を…見てる」
寝起きの掠れた低い声にドキドキして、彼に謝れば薫は起き上がった。私が薫の腰に掛けたワンピースを退かすと、自分が裸だったと気がついて私に背を向けて近くにあったボクサーパンツを履き始める。何となく彼の着替えてる姿をじっと見るのも変だと居た堪れなくなり、視線を窓の外へ向けていると、履き終わった彼が私のそばまでやってきた。
「…夜は結構綺麗だぞ」
私のすぐ後ろに立って一緒に外を眺めている。窓にカーテンが無いのは、日中はいないからしても意味がないのと、高層階だから外からの侵入なんて不可能だからと言っていたのを思い出した。
「…あっちのマンションから、見えるのかな?」
「さぁ、どうだろう…ここからは見えないから望遠鏡で見ない限りあっちも見えないかもな」
私が、ふと、隣――と言っても結構な距離のある高層マンションを指差せば、薫は私を背後から抱きしめて首筋と肩の間に唇を寄せた。ちゃっかり左手は、薫のYシャツを着ている私の太ももを撫でている。
「…俺の?」
「うん、近くにあったから」
「そっか」
そんな事分かりきっているのに、薫は私の下着も履いてない太ももの付け根まで手のひらで触れた。
「っ、ん…するの?」
「んいや、触ってるだけ」
ただ触っているだけにしろ、彼の触り方はいちいちいやらしい。薫の肩に後頭部をつけたら、今度は耳の下を強く吸われた。最近覚えたこの痛みは、彼が付けた赤いキスマークだ。クビから鎖骨の下までは服では隠れないから絶対に付けないでくれるけど、太ももとお腹周りはものすごい数だし、毎回同じ所を上から吸い付いているからなかなか消えない。それから自分からは見えないけど、きっと背中も腰もすごいことになってそうだ。惜しみない愛の言葉を伝えられ同じように私からも返しても、薫は何だか私が離れていってしまうのではないかと心配しているみたいだ。泊まる予定はないにしろ平日は毎回私を部屋まできっちり送ってくれるし、いくら私も払うと言っても彼との食事代は払ってくれるし、たまに小さな花束やプレゼントもある。そこまでしなくていいというと、彼はしたいからすると言う。同じ会社でもいつも忙しくしている薫とは毎日会うわけじゃないけど、連絡もこまめにしてくれるから不満はない。流石にどこにいるのか逐一聞いてこないけど…などと考えていると、薫が耳の下に付けたキスマークの跡が出来た所に舌を這わした。
「考えごと?」
「ん、もう寝たい」
耳の下を舐められて擽ったいと、振り向けば薫との唇が重なる。啄むキスをしながら、小さく囁く声は2人しかいないのに内緒話をしているみたいだ。
「ならベッドへ行こう」
「う…ん、連れていって」
「はは、分かった」
背後を振り返り、私は薫の首に腕を回すと、薫は楽しそうに返事をしてベッドのある寝室へと向かった。

やっぱり彼の寝室にも時計はなかった。
「あ、このまま寝ていい?」
「おお、大丈夫だ」
ベッドに入った時に薫のワイシャツを着たままだと気がついたけど、着替えるのが面倒になってしまい薫のYシャツの襟をつまみながら薫に言うと、彼は承諾してくれた。
「薫の匂いがする」
「っ、そんな事を言うなよ」
心の中で思った事が口に出てしまったみたいで、布団を口元まであげてくすくす笑うと、薫が困った声を出した。
――抱きしめられいるみたいで、安心する
サラッとした冷感シーツも布団も細長い枕と小さな枕は、汗っかきの彼のためだろう。
――いいや、寒くなったら薫に抱きついちゃおう
そういえば薫は裸だったな、と思いながら私は眠りについた。





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