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第37話 速さの違いは世界の違い

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「テメェ、やっぱり……だが舐めるなよ! パンパップ!」

 ザルバックが呪文を唱えるとともに全身の筋肉が激しく隆起する。

 まさか、戦士でありながら筋力増強の魔法を使えるとは。
 元A級冒険者ともなると、その程度は使いこなすのか。

「ハイグラップ!」

 私も援護がてらザルバックに体力上昇の魔法をかける。

 バゾンドがどの程度の実力かは不明だが、元A級冒険者ならいい勝負になるはずだ。

 それに戦闘音がすれば分散している野伏レンジャーたちも駆けつけてくるだろう。
 そうすれば数で押し切れる!

「覚悟しやがれ!」

 ザルバックが間合いに踏み込むと同時に上段から大斧を振り下ろした。

「くらえ! 竜烈断ッ!!」

 竜烈断とはその名のとおり、竜すらも両断するとされる大斧のバトルスキルだ。

 その威力は、まさに一撃必殺。
 インパクトと同時に大地が轟音とともに爆ぜ割れた。
 同時にザルバックの大斧はあやまたず仮面バゾンドの姿を真ん中から断ち切る。

 確かに、そう見えた。

「なっ!?」

 ザルバックが驚愕に目を見開く。
 真っ二つになったはずの仮面バゾンドの姿がかき消えたのだ。
 
「残像だ」

「テメェ!?」

 真横に現れた仮面バゾンドにザルバックが振り返りざまに大斧をふるう。
 対する仮面バゾンドは無造作に腕を振るった……ように見えた。

 次の瞬間、ザルバックの大斧がバラバラに寸断される。

「なんだ今のは……!」

 バトルスキル?
 それとも魔法?
 まったくわからない!

「……今の一合いちごうでわかった。ザルバック、アンタには万に一つの勝ち目もない」

 仮面バゾンドは構えもせず、余裕の態度でザルバックを挑発した。

「クッ、ほざけッ!」

 愛用の武器を破壊されても戦意を失わなかったザルバックは、予備の短剣を抜き放とうとして――

「無駄だ」

「ぐぅっ!?」

 その右腕を仮面バゾンド掴まれて、そのまま関節を極められる。

「アンタが弱いんじゃない。アンタと俺とじゃ時間の流れが違いすぎるんだ」

「パナベイグ!」

 講釈を垂れる仮面バゾンドに向けて拷問魔法を放つ。
 しかし、

「なるほど。これが魔法を食らう感覚か」

抵抗レジストされただと!?」

 これっぽっちも通用しなかった。
 まさか魔法抵抗力まで高いとは!

「テメェはどうして赤眼ブラドの味方をする! 奴らの危険さはお前だって知ってんだろ!」

 関節を極められたままのザルバックが仮面バゾンドに向かって叫んだ。

「いいや、知らない」

「なら教えてやる! 赤き月に魅入られた奴らは、どんなに普通に見えたって、いつか必ず暴れ出すんだ! だから殺さなきゃならねぇ……! そいつが子供だっていうなら、罪を犯す前に!」

 ザルバックめ、やはりこちらの隙を突いてルナを殺すつもりでいたか。

 一方、仮面バゾンドは困惑しているように見える。
 それでも迷いを振り切るように首を振った。

「……それはできない。我々は、あの子を守ると誓った」

「お前らにできねぇってんなら、オレが代わりにやってやる! だから……!」

「お前の言葉が本当だとしても、絶対にできない」

 仮面バゾンドがザルバックを解放した。

「ここで退け。二度と森に足を踏み入れるな」

 ザルバックが苦しげにうめきながら、左手で短剣を抜いた。

「退く気はないか。なら仕方ない」

 仮面バゾンドの姿が二度三度とブレると、ザルバックが声もなく倒れ込む。

「なんだと……」

 元とはいえA級冒険者が手も足も出せずに瞬殺されるのか!?

「フラムランム!」

 イチかバチかで放った最大の火炎魔法も、いともあっさり散らされる。

「もう理解しただろう? この男を連れて森から出ていけ」

「いいや、間に合った! お前たち、奴をて!」

 先行していた野伏レンジャーたちが戻ってきた。
 仮面バゾンドに向けて一斉に矢が放たれる。
 
 しかし、矢が降り注いだ地点に仮面バゾンドの姿はなかった。

 次の瞬間、野伏レンジャーたちが一斉にうめき声をあげる。
 そして今度は私の目の前に仮面バゾンドが出現したかと思うと、野伏レンジャーたちは操り人形の糸が切れたみたいにバタバタと倒れた。

「あとはお前だけだ」

「ひっ……!」

 ようやく脳が理解した。
 我々では、バゾンドに勝てない!

「た、頼む。命だけは……」

「いいだろう。だが、教えろ。お前たちはいったい誰の差金で――」

 そこまで言いかけて、仮面バゾンドが明後日の方角を見た。
 まるで何かを警戒するように身構える。

 直後。
 バゴン! と何かが落着したような衝撃と爆音とが響き、土砂が激しく舞い上がった。

 砂塵さじんの中から現れたのは、全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士。
 兜の隙間に赤い光が揺らめいている。

「mpのびゔcyxtzr?」

 騎士は、仮面バゾンドと同様に音と音が重なり合ったような不協和音を発した。

「バゾンドが、ふたり……?」

 深い絶望にとらわれた私は、その場で意識を手放した。
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