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その手袋の下にあるのは
しおりを挟む「あら、ノコノコと来ましたの?」
「やだなぁ。用事を終えて遅らせながら参じたと言ってよ。」
「未来の妻にも護衛にも内緒の用って何かしら。」
「ごめんね。ミストを巻き込みたく無くてね。」
いつもと変わらぬ笑みに、額に浮かぶ珠のような汗。少し火照りを感じるような肌色に、微かな血の匂い。なんとなく事情を察して深いため息だけをついた。本当なら一発ぐらい殴りたかったんだけど。
ふと、目線を落とすと、ミダスがいつも着けている黒い手袋が破れて居るのが目に入った。
たしか、前に交換して部屋に置いていった物を洗っておいて今日も持ち歩いていたんだっけ。
「ミダス様ぁ。」
ごそごそと荷物を探っていたら、ディーオ様はミダスに甘い声を出して近づいて行った。
ミダスは今にも飛び込んで来そうな彼女からいつでも回避できる体勢になり、春風の様な笑みを浮かべる。
「ミダス様ぁ、私心配しましたぁ。」
「何がだい?」
「アルケー様に何かされたのかと…。」
「こんなに可愛い娘に何かされるなら大歓迎だけど?」
「それに私、アルケー様に苛められて…。」
「その理由が分からないけど?」
ミダスは私が彼を愛していないことを知っていて、結婚してから愛を深めれば良いなどと言っている。私としては嫌いでは無いけど、なんとなく弟みたいな感じなので微妙な気分だが。
そんな、私と彼が何故婚約などしたのかというと、ある体質が関係しているのだ。
ミダスが近くのグラスに入った水に手を付ける。破れた箇所が触れたその瞬間にグラスと水が淡く光るのが見えた。そのまま気づかずにその水を飲もうとしている彼を止める。
彼は大丈夫だけど念のためね。
「手袋が破れてますよ。」
「あれ、本当だ。悪いけど、このグラスを破棄してくるかい?」
「勿体ないです。私に…。」
「死にたくないなら止めておきなさい。」
高級なデザイングラスを破棄すると言うので貰おうとしているディーオ様にきっぱりと言う。そんな私に対して怯えた様に振る舞い男達の影に隠れるディーオ様に仮にディーオハーレム軍団とても言いましょうか、彼らがわめきだす。
はあ、貴殿方は彼女を良く見なさい。口元が微かに笑っているのが見えますわよ。
「私が洗ったもので申し訳ございませんが手袋です。」
「ああ、先日忘れていった。」
「馬鹿ね。ミダス様は潔癖症なのよ。」
「…? そうでしたの?」
私の首を傾げながらの質問に、ミダスはそんな訳無いだろと取り出した手袋を手に取り、つけ直した。破れている手袋とグラスはエチケット袋として用意していた袋に回収しておく。そのままだともしかしたら、誰か鞄を漁ったときに触れてしまうかも知れませんしね。
えっ?普通は人の荷物を荒らさない?
いえいえ。先日、大事なものが鞄の内ポケットから無くなりましたので、この世にはそんな人が居るのですよ。ちなみにもう、警備には被害届を出し済みです。
「手袋は特殊な物なんだからホイホイ買い換えるわけ無いだろ。そもそも、わたしは潔癖症じゃない。」
手袋の状態を確認しながら手を振って冗談じゃないという。
その言葉に周りのざわざわが消え、ミダスに注目が集まる。二人して首を傾げていると、ディーオ様のハーレム軍団が声を震わせて話しかけてきた。
「人が触った物を触りたくなくて手袋をしているのでは?」
「まさか。そうだったらこんな立食パーティーに来ないよ。」
「他人と余り関わらないのは。」
「万が一を考えてね。」
「アルケー様が殿下を囲っていると言うのは…。」
「そんなに愛してくれたら嬉しいけどね。誰だい期待する事を言うのは。」
確かに、年中手袋をして他の人とあまり一緒に居ないのだからそんな噂が流れてもおかしくないわね。
私が囲うなんて噂も確かにあったけども、発信したのは一人しかいないわ。
目線でイデスを促せば、やれやれと言ったように肩を竦めるようなポーズをしたあと、口を開いた。
「フラオ嬢だよ。」
「イデス様!」
「フラオ嬢が、ミストが殿下を囲うためにトラウマを利用して潔癖症に仕立てあげて周りとの壁を作っているってさ。」
イデスが三文小説の様な設定を白状すれば、途中まで止めようとしていたディーオ様は開き直ったように認め始めた。
「そうよ。だって貴方は夏でも手袋が手放せないのでしょう?不幸の王子様。」
「別にしなくても良いけど。」
「はぁ?」
「なりませんわ!」
「君は大量虐殺をしたいのか?!」
イデスの『大量虐殺』という言葉に、別の意味で会場がざわりとする。
それに何を勘違いしたのか少女が勝ち誇ったように笑っていた。
「私は本当の理由を知っているわ。その手は不幸を運んで来るのでしょう? かつての侍女を殺した様に。」
ふふと嘲笑うような態度で、問題発言をしてくれたディーオ様に一部の者が警戒を露にしている。
さらに彼女は言葉を綴り、私に向かって指差してきた。
「でも、全てはそこの毒姫が仕込んだのよ。あぁ、可哀想な王子様。でも、私が助けてあげるわ。」
「何で君が侍女の事を知っているかは後で尋問するとして、勘違いを教えてあげよう。」
「勘違い? まだ毒姫に騙されているの?」
「わたしは明日から辺境の地に行く。だから、教えて教えてあげよう。わたしは呪われているんだよ。」
辛いときに見せるいつもの笑みを浮かべて、彼ははめた手袋をするりと脱ぎ、食事の皿を取った。いつもながら彼が触れたものは私には淡く光って反応している。
そして、その皿をディーオ様の目の前に差し出した。
突然の行動に、咄嗟に受け取ってしまった彼女に説明するかの様にさらに話しは続いた。
「わたしが素手で触れたものは毒に成るんだ。人は試したこと無いけど、動物は触れたら毒に侵されていたよ。」
「お、面白い冗談ね。」
「そう思うなら、それを食べてごらん。」
「ひっ!」
食べさせて上げるよとゆっくり近寄るミダスに、悲鳴を上げる。ディーオ様の手からは皿が滑り落ちガシャと音を立てて、美味しそうな食事が地面に散らばった。それはもう普通なら食べられない物になってしまっている。
そんな料理を持っていた彼女は近くの水のはいったピッチャーで手を洗い始めた。
「この手袋はバジリスクさえ食べるドラゴンの革を鞣して作ってある。わたしの呪いの対抗策。でも、先程みたいに完全じゃない。ミストはそんなわたしの救いなのだよ。」
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