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仲違い
4.
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「なんでこんなところに弦がいるんだよ。終わったら連絡するって言ったじゃん」
「あの、ヒカルに少しでも早く会いたくて……」
「そうなんだ。別にここまでしてくれなくてもいい。俺が迎えにいくから」
ヒカルの顔を見上げても、ヒカルの表情からは何も感情が読み取れない。
ヒカルは今、何をどう思っている……?
ここに来たことを怒っている?
それとも、喜んでくれている?
なんとなくヒカルと並んで歩き出したが、二人の間に会話がない。
シーンとしたままの雰囲気がなんだか重苦しく感じるが、ヒカルに話しかけにくい。
なんだかヒカルが遠い人に感じる。
付き合う前の、冷酷王子ヒカルと一緒にいるみたいだ。
「なぁヒカル……」
「何?」
「俺は一真と話してもいいの?」
さっきのヒカルの言葉が気になって、ヒカルにそっと確認する。ヒカルはさっき一真に「好きなときに弦と話せ」と言っていたから。
「いいよ。勝手に話せよ」
ヒカルの声には感情がない。怒ってもいないし、優しさもない。
「それを認めないと弦は俺を捨てるんだろ。捨てられるくらいならまだそっちのほうがいい」
ヒカルにそう言われて気がついた。一真と話をさせろと言いだしたのは自分なのに、そのことでヒカルに我慢を押し付けるようなことになるのは不本意だと思った。
「ヒカル……」
ヒカルが遠くに行ってしまいそうで不安になり、弦は隣を歩くヒカルの小指に自分の小指を絡ませる。
その指をヒカルは避けた。
「外での接触は禁止だよな。弦はさっきから俺を試してるのか?」
どうしよう。ヒカルがわからない。しばらく会わないうちにヒカルのことがわからなくなってしまった。
「試してなんかない……」
ヒカルと久しぶりに会ったのに全然楽しくない。むしろヒカルが怖いくらいだ。
「弦はわかってると思うけど、俺は一真が大嫌いだ。ああいう善人ヅラしてる奴が一番ムカつくんだよ」
「えっ……」
ヒカルは一真が嫌いなのか?
……本当に?
「弦。一真には気をつけろよ。あいつ絶対に弦を俺から奪う気だ。仮にも俺は弟だぞ? 弟の恋人を狙うなんて頭おかしい」
違う。ヒカルは一真のことを嫌いになってしまったんだ。その原因はもしかしたら弦にあるではないか。
確かに二人は幼い頃から比べられて争ってきたように見られているかもしれない。
だが、弦の思い出の中の二人は仲がよかった。
十一歳のとき、山で遭難したときも二人は力を合わせて弦を助けてくれた。
高校のイベントに遊びに来た一真とヒカルはごく普通の兄弟として話していた。
間違いなく二人はこんなにいがみ合ったりしていなかった。
——俺のせいで、ヒカルと一真が……。
二人は血の繋がりのある兄弟だ。さらには家柄もよくて、大学を卒業してからもきっと家業を継ぐはずだ。そんな二人が弦ごときの問題で仲違いして手を取り合わないでどうするんだ?!
——どうしよう。どうしたら二人を仲直りさせられる……?
「弦。なんだよ聞いてたか? 俺の話」
「ごめん……なんだっけ……」
「だから一真に気をつけろって話だ」
「わ、わかった……」
気をつけろも何も、一真には既に二回目の告白をされてしまった。弦にはヒカルという恋人がいると知っていての告白だった。
弦が一真に告白されたことを知ったら、ヒカルはさらに一真を嫌いになるのではないか。そう思うとヒカルには話せなかった。
それからヒカルが行きたいと言っていた渋谷の夜カフェに向かった。この店を選んだ理由を訊ねたら、ヒカルは「誕生日くらいケーキを食いたかった」と返してきた。
その返答も、店の選び方も、ヒカルらしくないと思うが、そもそもヒカルらしいってなんだろうとも思う。
二人は二階のソファ席に案内された。奥まった席で、ひと目を気にせず二人で過ごせそうな落ち着ける席だ。
注文を終えたあと、弦は紙袋ごとヒカルに買っておいたパスケースを手渡した。
「ヒカル。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「開けてみてよ」
弦の言葉に従ってヒカルが包装紙を解いた。
ヒカルは小さな箱から黒のパスケースを取り出し眺めている。
「ヒカル、電車で通学してるんだろ? それならパスケース使ってくれるかな……って」
「使う。しかもこれ、弦のと色違いだよな」
「そう。気がついた? よくあるタイプのパスケースだけど、このリールとレザーのストラップが意外に便利なんだ」
弦はヒカルの持っていたパスケースのストラップを指す。
「嬉しい」
ヒカルが笑った。今日初めてヒカルが笑った。ヒカルが喜んでくれたのが伝わって、弦の心まで弾んだ。
「俺、弦と同じやつ、ずっと欲しいと思ってたんだ。なんでわかった?」
「それさぁ、一真が……」
言いかけて、すぐにやめた。だが時既に遅しだった。
「一真?」
「いや、なんでもない、あのっ……」
「あいつから聞いた?」
ヒカルの顔から再び笑顔が消えた。もはやヒカルとの会話に『一真』という言葉は禁句だ。
「……ごめん」
「なんで謝る? 俺、一真と話をしてもいいって言ったけど」
「そうだよな、ごめん……」
しょげ返る弦。ヒカルは「ほんと一真は目障りな奴だな。俺の目の前から消えろよ」と忌々しそうに呟いた。
そのとき、ヒカルのスマホが鳴った。
「父さんだ……」
ヒカルは立ち上がり、店の隅で話をしている。ただならぬ雰囲気のヒカルを見ていると弦まで不安になってきた。
通話を終えたヒカルが、弦を見る。
「未延が事故った。一真を乗せた状態で、交通事故だ」
「えっ……!」
驚きすぎて頭が真っ白になった。事故、事故って……。
「大丈夫。大きな事故じゃなくて、二人とも軽症みたいだから。もう病院から家に帰ってきていて大きな問題はないらしい」
「よかった……」
無事だと聞けて、心が一気に落ち着いた。
「ヒカル。俺も一緒にヒカルの家に行きたい。連れてってくれないか?」
弦としては、大切な人が事故に遭ったらまずはこの目で無事を確認したいと思っていた。だが、ヒカルから思いもよらない答えが返ってきた。
「行かなくても大丈夫だろ。父さんがいるみたいだし、一真も未延も軽症なんだから」
「えっ……」
「俺が行ってなんになる?」
「ヒカルは心配じゃないのか?! 俺はすごく心配だ。一真に会いたい。別に何もしてやれることはなくても会って話がしたい。ひと目一真の無事を見るだけでもいいから」
弦の訴えにヒカルが「わかった」と頷き、すぐさまスマホで連絡を入れた。
「迎えの車を頼んだから、弦はそれに乗ってけよ」
「えっ? ヒカルは?」
「俺はいい。行かない」
「だって一真は兄貴だろ?!」
「一真も俺に会いたくないはずだ。あいつは弦だけいればいいんだから」
「そんなことない!」
ヒカルもおかしいし、一真もおかしい。ふたりとも優秀なはずなのになんで……。
「ヒカルも一緒に行くんだよっ」
こうなったら半ば無理矢理だ。弦はヒカルの腕を引っ張って店の外に出た。
「あの、ヒカルに少しでも早く会いたくて……」
「そうなんだ。別にここまでしてくれなくてもいい。俺が迎えにいくから」
ヒカルの顔を見上げても、ヒカルの表情からは何も感情が読み取れない。
ヒカルは今、何をどう思っている……?
ここに来たことを怒っている?
それとも、喜んでくれている?
なんとなくヒカルと並んで歩き出したが、二人の間に会話がない。
シーンとしたままの雰囲気がなんだか重苦しく感じるが、ヒカルに話しかけにくい。
なんだかヒカルが遠い人に感じる。
付き合う前の、冷酷王子ヒカルと一緒にいるみたいだ。
「なぁヒカル……」
「何?」
「俺は一真と話してもいいの?」
さっきのヒカルの言葉が気になって、ヒカルにそっと確認する。ヒカルはさっき一真に「好きなときに弦と話せ」と言っていたから。
「いいよ。勝手に話せよ」
ヒカルの声には感情がない。怒ってもいないし、優しさもない。
「それを認めないと弦は俺を捨てるんだろ。捨てられるくらいならまだそっちのほうがいい」
ヒカルにそう言われて気がついた。一真と話をさせろと言いだしたのは自分なのに、そのことでヒカルに我慢を押し付けるようなことになるのは不本意だと思った。
「ヒカル……」
ヒカルが遠くに行ってしまいそうで不安になり、弦は隣を歩くヒカルの小指に自分の小指を絡ませる。
その指をヒカルは避けた。
「外での接触は禁止だよな。弦はさっきから俺を試してるのか?」
どうしよう。ヒカルがわからない。しばらく会わないうちにヒカルのことがわからなくなってしまった。
「試してなんかない……」
ヒカルと久しぶりに会ったのに全然楽しくない。むしろヒカルが怖いくらいだ。
「弦はわかってると思うけど、俺は一真が大嫌いだ。ああいう善人ヅラしてる奴が一番ムカつくんだよ」
「えっ……」
ヒカルは一真が嫌いなのか?
……本当に?
「弦。一真には気をつけろよ。あいつ絶対に弦を俺から奪う気だ。仮にも俺は弟だぞ? 弟の恋人を狙うなんて頭おかしい」
違う。ヒカルは一真のことを嫌いになってしまったんだ。その原因はもしかしたら弦にあるではないか。
確かに二人は幼い頃から比べられて争ってきたように見られているかもしれない。
だが、弦の思い出の中の二人は仲がよかった。
十一歳のとき、山で遭難したときも二人は力を合わせて弦を助けてくれた。
高校のイベントに遊びに来た一真とヒカルはごく普通の兄弟として話していた。
間違いなく二人はこんなにいがみ合ったりしていなかった。
——俺のせいで、ヒカルと一真が……。
二人は血の繋がりのある兄弟だ。さらには家柄もよくて、大学を卒業してからもきっと家業を継ぐはずだ。そんな二人が弦ごときの問題で仲違いして手を取り合わないでどうするんだ?!
——どうしよう。どうしたら二人を仲直りさせられる……?
「弦。なんだよ聞いてたか? 俺の話」
「ごめん……なんだっけ……」
「だから一真に気をつけろって話だ」
「わ、わかった……」
気をつけろも何も、一真には既に二回目の告白をされてしまった。弦にはヒカルという恋人がいると知っていての告白だった。
弦が一真に告白されたことを知ったら、ヒカルはさらに一真を嫌いになるのではないか。そう思うとヒカルには話せなかった。
それからヒカルが行きたいと言っていた渋谷の夜カフェに向かった。この店を選んだ理由を訊ねたら、ヒカルは「誕生日くらいケーキを食いたかった」と返してきた。
その返答も、店の選び方も、ヒカルらしくないと思うが、そもそもヒカルらしいってなんだろうとも思う。
二人は二階のソファ席に案内された。奥まった席で、ひと目を気にせず二人で過ごせそうな落ち着ける席だ。
注文を終えたあと、弦は紙袋ごとヒカルに買っておいたパスケースを手渡した。
「ヒカル。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「開けてみてよ」
弦の言葉に従ってヒカルが包装紙を解いた。
ヒカルは小さな箱から黒のパスケースを取り出し眺めている。
「ヒカル、電車で通学してるんだろ? それならパスケース使ってくれるかな……って」
「使う。しかもこれ、弦のと色違いだよな」
「そう。気がついた? よくあるタイプのパスケースだけど、このリールとレザーのストラップが意外に便利なんだ」
弦はヒカルの持っていたパスケースのストラップを指す。
「嬉しい」
ヒカルが笑った。今日初めてヒカルが笑った。ヒカルが喜んでくれたのが伝わって、弦の心まで弾んだ。
「俺、弦と同じやつ、ずっと欲しいと思ってたんだ。なんでわかった?」
「それさぁ、一真が……」
言いかけて、すぐにやめた。だが時既に遅しだった。
「一真?」
「いや、なんでもない、あのっ……」
「あいつから聞いた?」
ヒカルの顔から再び笑顔が消えた。もはやヒカルとの会話に『一真』という言葉は禁句だ。
「……ごめん」
「なんで謝る? 俺、一真と話をしてもいいって言ったけど」
「そうだよな、ごめん……」
しょげ返る弦。ヒカルは「ほんと一真は目障りな奴だな。俺の目の前から消えろよ」と忌々しそうに呟いた。
そのとき、ヒカルのスマホが鳴った。
「父さんだ……」
ヒカルは立ち上がり、店の隅で話をしている。ただならぬ雰囲気のヒカルを見ていると弦まで不安になってきた。
通話を終えたヒカルが、弦を見る。
「未延が事故った。一真を乗せた状態で、交通事故だ」
「えっ……!」
驚きすぎて頭が真っ白になった。事故、事故って……。
「大丈夫。大きな事故じゃなくて、二人とも軽症みたいだから。もう病院から家に帰ってきていて大きな問題はないらしい」
「よかった……」
無事だと聞けて、心が一気に落ち着いた。
「ヒカル。俺も一緒にヒカルの家に行きたい。連れてってくれないか?」
弦としては、大切な人が事故に遭ったらまずはこの目で無事を確認したいと思っていた。だが、ヒカルから思いもよらない答えが返ってきた。
「行かなくても大丈夫だろ。父さんがいるみたいだし、一真も未延も軽症なんだから」
「えっ……」
「俺が行ってなんになる?」
「ヒカルは心配じゃないのか?! 俺はすごく心配だ。一真に会いたい。別に何もしてやれることはなくても会って話がしたい。ひと目一真の無事を見るだけでもいいから」
弦の訴えにヒカルが「わかった」と頷き、すぐさまスマホで連絡を入れた。
「迎えの車を頼んだから、弦はそれに乗ってけよ」
「えっ? ヒカルは?」
「俺はいい。行かない」
「だって一真は兄貴だろ?!」
「一真も俺に会いたくないはずだ。あいつは弦だけいればいいんだから」
「そんなことない!」
ヒカルもおかしいし、一真もおかしい。ふたりとも優秀なはずなのになんで……。
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