31 / 110
5.ゆらぐ気持ち
5-6
しおりを挟む
和泉は「割り勘にしろ」と抵抗したのに、「ここの食事を奢るのは俺の決めたルールだから」という意味のわからない理由で、結局、佐原に食事を奢られた。
そして助手席に乗るように促され、乗り込んだあと、佐原はどこかへ向かって車を発進させる。
「和泉、好きな曲を流せ」
運転席でハンドルを握る佐原が、和泉にスマホを手渡してきた。
「パスコードは215537」
これは佐原のプライベートなスマホだ。パスコードを簡単に他人に教えていいものじゃない。迂闊に教えたら和泉が佐原のスマホを操作して内容を全部見ることができるようになってしまう。
「パスコード解除できたか? そしたら音楽アプリが入ってるから、そこから選べ」
「わ、わかった……」
佐原は運転中だから音楽アプリの操作はできないのかもしれないが、簡単にプライベートなスマホを預けられた方こそ反対に緊張する。
佐原は無防備すぎる。
和泉が佐原のスマホで音楽アプリを操作しているとき、佐原のスマホのバナー通知がきた。
ふと目に飛び込んできたのは″貫地谷梨花″の文字。メールの内容は『お疲れ様です』から始まっていて、業務連絡なのかもしれない。
「佐原。貫地谷さんからメール来たぞ」
「えっ?」
一瞬、佐原が動揺したように見えた。だがすぐに佐原は「あとで確認する」と冷静さを取り戻していた。
「……これって、もしかしてうちの会社の貫地谷部長のことか?」
「そうだよ」
和泉が思い切って尋ねたのに、佐原は言い淀むこともなかった。
「俺がこの会社に入って、エネルギー事業部に行くことになったのも梨花さんの誘いにのったからだ」
佐原はさらりと言うが、和泉にとっては佐原が貫地谷部長のことを梨花さんと下の名前で呼んでいることに驚きだ。
「へ、へぇ……そうなんだ。佐原は貫地谷部長と親しいんだな」
「まぁ。親しいっちゃ親しいな」
「どこで、知り合ったんだ?」
「あー。俺が大学卒業して就職した年にあった六月の企業パーティーで」
「ふぅん……」
佐原が就職した年なら、五年前ということになる。
「あのときの俺は落ち込んでたから、梨花さんに励まされたよ」
「佐原でも落ち込むことなんてあるのか?」
「あるよ。Domだって人間だ」
詳しくはわからないが、貫地谷部長は落ち込んでいた佐原のことを助けた恩人ということなのだろう。
「佐原は貫地谷部長のこと信頼してるんだな……」
「まぁ。いい人だよ」
ぽつりと言う佐原の視線は目の前の道路で、特に表情に変化はない。
佐原の真意は測れない。わかるのは下の名前で呼ぶくらい親しくて、ふたりは部長と平社員以上の関係だということだけだ。
佐原の想う相手は、やはり貫地谷部長なのだろうか。
佐原と貫地谷部長がどんな関係なのか気になって仕方がない。でも、どうしても聞けない。佐原が叶わない恋をしていると知っていて、その胸に去来する寂しさや虚しさをわざわざ掘り返すような真似はできなかった。
「和泉、ちょっとだけ遠回りしてドライブしてもいいか?」
「ああ、いいけど……」
佐原は「ありがとう」と言って湾岸へ向けて車を走らせる。
夜の銀座の街を抜け、勝どき橋を抜けたその先、青く光る東京ゲートブリッジが見えてきた。
「和泉はテンポがいい曲が好きなんだな」
「まぁ。バラードも好きだけど、今日の気分はなんとなく」
「行きたい店とかないのか? 今度は和泉の行きたいところに連れて行きたい」
「またお前の奢り?」
冗談で言ったのに、「三つ星レストランでも奢ってやる」と嘘みたいな答えを返された。
「和泉は、いつも何時くらいに寝るんだ?」
「あー、最近はお前のおかげで早く寝てるよ。十二時には寝るようにしてる」
「じゃあ十二時よりも前なら電話してもいいか?」
「えっ? いいけど……」
「わかった。じゃあ電話する」
運転の合間にわざわざこっちを見てきて微笑まれ、ドキリとした。
三ヶ月だけの付き合いだからビジネスライクに接してくれればいい。別に親しくする必要もないのに、佐原はさっきから和泉に質問ばかり繰り返してくる。
まさか和泉に興味などあるまい。佐原は営業のときみたいに、コミュニケーションのため、相手のことを深く知ろうとするタイプなのだろうか。
佐原はゲートブリッジを渡り終えたあと、近くの駐車場に車を停めた。人気のない公園の駐車場だった。
そして助手席に乗るように促され、乗り込んだあと、佐原はどこかへ向かって車を発進させる。
「和泉、好きな曲を流せ」
運転席でハンドルを握る佐原が、和泉にスマホを手渡してきた。
「パスコードは215537」
これは佐原のプライベートなスマホだ。パスコードを簡単に他人に教えていいものじゃない。迂闊に教えたら和泉が佐原のスマホを操作して内容を全部見ることができるようになってしまう。
「パスコード解除できたか? そしたら音楽アプリが入ってるから、そこから選べ」
「わ、わかった……」
佐原は運転中だから音楽アプリの操作はできないのかもしれないが、簡単にプライベートなスマホを預けられた方こそ反対に緊張する。
佐原は無防備すぎる。
和泉が佐原のスマホで音楽アプリを操作しているとき、佐原のスマホのバナー通知がきた。
ふと目に飛び込んできたのは″貫地谷梨花″の文字。メールの内容は『お疲れ様です』から始まっていて、業務連絡なのかもしれない。
「佐原。貫地谷さんからメール来たぞ」
「えっ?」
一瞬、佐原が動揺したように見えた。だがすぐに佐原は「あとで確認する」と冷静さを取り戻していた。
「……これって、もしかしてうちの会社の貫地谷部長のことか?」
「そうだよ」
和泉が思い切って尋ねたのに、佐原は言い淀むこともなかった。
「俺がこの会社に入って、エネルギー事業部に行くことになったのも梨花さんの誘いにのったからだ」
佐原はさらりと言うが、和泉にとっては佐原が貫地谷部長のことを梨花さんと下の名前で呼んでいることに驚きだ。
「へ、へぇ……そうなんだ。佐原は貫地谷部長と親しいんだな」
「まぁ。親しいっちゃ親しいな」
「どこで、知り合ったんだ?」
「あー。俺が大学卒業して就職した年にあった六月の企業パーティーで」
「ふぅん……」
佐原が就職した年なら、五年前ということになる。
「あのときの俺は落ち込んでたから、梨花さんに励まされたよ」
「佐原でも落ち込むことなんてあるのか?」
「あるよ。Domだって人間だ」
詳しくはわからないが、貫地谷部長は落ち込んでいた佐原のことを助けた恩人ということなのだろう。
「佐原は貫地谷部長のこと信頼してるんだな……」
「まぁ。いい人だよ」
ぽつりと言う佐原の視線は目の前の道路で、特に表情に変化はない。
佐原の真意は測れない。わかるのは下の名前で呼ぶくらい親しくて、ふたりは部長と平社員以上の関係だということだけだ。
佐原の想う相手は、やはり貫地谷部長なのだろうか。
佐原と貫地谷部長がどんな関係なのか気になって仕方がない。でも、どうしても聞けない。佐原が叶わない恋をしていると知っていて、その胸に去来する寂しさや虚しさをわざわざ掘り返すような真似はできなかった。
「和泉、ちょっとだけ遠回りしてドライブしてもいいか?」
「ああ、いいけど……」
佐原は「ありがとう」と言って湾岸へ向けて車を走らせる。
夜の銀座の街を抜け、勝どき橋を抜けたその先、青く光る東京ゲートブリッジが見えてきた。
「和泉はテンポがいい曲が好きなんだな」
「まぁ。バラードも好きだけど、今日の気分はなんとなく」
「行きたい店とかないのか? 今度は和泉の行きたいところに連れて行きたい」
「またお前の奢り?」
冗談で言ったのに、「三つ星レストランでも奢ってやる」と嘘みたいな答えを返された。
「和泉は、いつも何時くらいに寝るんだ?」
「あー、最近はお前のおかげで早く寝てるよ。十二時には寝るようにしてる」
「じゃあ十二時よりも前なら電話してもいいか?」
「えっ? いいけど……」
「わかった。じゃあ電話する」
運転の合間にわざわざこっちを見てきて微笑まれ、ドキリとした。
三ヶ月だけの付き合いだからビジネスライクに接してくれればいい。別に親しくする必要もないのに、佐原はさっきから和泉に質問ばかり繰り返してくる。
まさか和泉に興味などあるまい。佐原は営業のときみたいに、コミュニケーションのため、相手のことを深く知ろうとするタイプなのだろうか。
佐原はゲートブリッジを渡り終えたあと、近くの駐車場に車を停めた。人気のない公園の駐車場だった。
268
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
待てって言われたから…
ゆあ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。
//今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて…
がっつり小スカです。
投稿不定期です🙇表紙は自筆です。
華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる