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7.真相は

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「久しぶりだな、和泉」

 和泉の部屋までやってきた佐原は弱々しい笑みを浮かべる。
 佐原はポケットにスマホをしまおうとして床に落とした。それを和泉が拾って佐原に手渡したとき、不意に触れた佐原の手はひどく冷たかった。

「手が冷たいな。こんなになるまでどうして外にいたんだよ」

 さっき佐原は電話で一時間も和泉のマンション下にいたと打ち明けていた。そのせいで身体が冷えて、手がかじかんでしまったのだろう。


「和泉に会うのが怖くてさ。メールも返事できなくてごめん。決心がつかなかった」
「そんなに俺が怖いのか?」

 そう言って笑い飛ばしてやる。佐原の様子がいつもと少し違って遠くに思えたからだ。早く佐原ともとの相棒関係に戻りたかった。

「ああ。目を合わせるのも怖かった。エレベーターホールで和泉を見かけたときも、怖くてお前を見られなかった。ろくに挨拶もできなくてごめん」
「いいよ、別に」

 あのとき佐原に無視されたと思っていたが、佐原は和泉の存在に気がついていたのだ。それでも何かが怖くて話しかけられなかった、ということなのだろうか。



 佐原を部屋に招き入れ、コートを預かり、マグカップに入れた温かい紅茶を目の前に出す。この部屋にはベッドとテレビ、小さなテーブルがあるだけ。ワンルームだからとくに居場所なんてない。
 必然と佐原と並んでベッドをソファー代わりにして座ることになる。


「驚いたよ、まさか佐原が社長の甥だなんて思いもしなかった。平社員から専務への出世、おめでとう」

 嫌味を込めて言ってやる。佐原のことを相棒みたいに思っていたからだ。

「何も知らない俺をだまして楽しんでたのか? あんなに一緒にいたんだから、俺にだけ打ち明けてくれてもよかったんじゃないのか?」
「和泉にはいつか話そうと思ってたんだ。でも予想外に早く、専務になる話が進んだんだよ」

 佐原に打ち明けてくれる意志があったことを知って少しだけ嬉しくなる。
 佐原としても、三ヶ月の猶予があるつもりだったのだ。たしかに、社長が脳出血で倒れることは予測できなかっただろう。

「社長の甥ってことは、社長の息子の尚紘と従兄弟同士だったってことだよな? 尚紘のこと、知ってるか?」
「知ってる。俺もあいつも兄弟がいなかったから、ふたりでつるんで昔からよく遊んでたんだ」

「仲、よかった?」

「まぁ、かなり」

 仲がよかったと言う割には、佐原は静かな声だった。



「もしかしたらと思うんだけどさ」

 和泉は隣に座る佐原に視線をやる。それに気がついて佐原も和泉のほうに振り向いた。

「佐原は研修に来る前から、俺のこと知ってただろ?」

 そうとしか考えられない。佐原のすべての行動が、あやふやだった線が、そう考えた途端にピタリと当てはまるのだ。

「そうだ。知ってたよ。和泉が尚紘のパートナーだったってことも知ってた」
「やっぱり……」

 佐原が和泉のことを知るきっかけがあるとしたら、尚紘しかないと思っていた。
 佐原は尚紘の従兄弟、和泉は尚紘のパートナー、ふたりを繋ぐものは尚紘の存在しかない。


「尚紘が俺にだけ打ち明けてくれたんだよ。Subのパートナーができたんだって。尚紘は他の奴らには話せないって言ってた。パートナーのSubが、Subだということを隠して生きているから大っぴらに言えないって、それが理由だった」

 尚紘と和泉の秘密の関係は、ふたり以外誰も知らないものだと思っていた。だが尚紘は佐原にだけは打ち明けていたのだ。


「俺が和泉を初めて見たのは七年前だ」
「七年前⁉︎」

 七年前なら和泉も佐原も当時二十歳の大学生だった。以前から知っているだろうと推察したが、そんな前からとは思わなかった。

「正月の親戚の集まりのあとでさ。お前は氷川神社の鳥居の前にいた。そこで尚紘と待ち合わせしてたんだな。尚紘が来た途端に、お前はしっぽ振ってあいつのところへ駆けて行った」

 和泉も忘れていたくらいの古い記憶だ。たしかに尚紘と初詣に行ったことがある。尚紘は実家で親戚の集まりがあるからと、尚紘の地元の神社で会う約束をして、初詣をすませたあと、縁結びのお守りを買ったんだった。

「俺は尚紘からSubのパートナーがいると聞かされていたから、和泉を見て、あれが尚紘のパートナーなんだとわかった。お互いがお互いを見る目が違う。あー仲がいいんだなってよく伝わったよ」

 和泉は尚紘と外では恋人らしい行動は控えていたつもりだった。それでも視線ひとつで佐原には気づかれてしまったのか。

「和泉は今でも尚紘が好きなんだろ? 和泉にここまで想われて、あいつが本当に羨ましいよ」

 イエスともノーとも言えなかった。
 和泉の今の気持ちは佐原にある。本当はパートナーである尚紘を変わらず愛していなければならないのに、心が浮ついているのだ。
 
 壊れかけの天秤にかけられたような和泉の心は、はっきりと佐原のほうに傾いている。
 佐原のことが気になっていて、佐原と一緒にいたくて、別々になると佐原に会いたくて仕方がなくなる。
 
 だがこの状況で「違う。俺が好きなのはお前だよ」といきなり言えるはずもなくて和泉は口をつぐんだ。



「『ポルト』っていう銀座のイタリアンにお前を連れてったときも、和泉は嬉しそうにしてたな。あの店の話も尚紘から聞いたんだ。和泉はあのとき、遠い目をしてすっかり思い出に浸ってたな。どうだ? 思い出と過ごせて楽しかったか?」

 佐原があの店に和泉を連れて行ったのは、偶然じゃなかったのだ。佐原がたまたま選んだ店が尚紘との初デートの店だったなんてことが起こる確率は万にひとつだ。

「お前、なんであんなことをしたんだよ」
「ああ。尚紘の代わりになりたかったから、だな」
「どう言う意味だ?」

 和泉は意味がわからずに怪訝になる。佐原が尚紘の代わりをする必要もないし、理由もまったくわからない。

「思い出したんだよ。尚紘がいつかもう一度あの店に和泉を連れて行きたいって言ってたことを。それを叶えたいと思ったんだ。会社近くの店に和泉と洋食屋に昼飯食べに行ったことがあっただろ? お前、あの店が好きというより、尚紘が好きな店だったから通ってたんだろ? そこで、和泉を尚紘と初デートした店に連れてったら喜ぶかなと思いついたんだよ」
「尚紘は、なんでもお前に打ち明けてたんだな……」

 佐原は何もかもを知っていた。だからこそ和泉に対して何も言わずに、尚紘の思い出に浸っている和泉を静かに見守っていたのだ。


「俺は和泉に言わなきゃいけなかったのに、ずっと黙っていたことがある」

 佐原は決意を込めた面持ちで和泉を見る。
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