おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

雨宮里玖

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8.離れていても

8-6

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 突如、嵐のように強い風が和泉の頬をかすめた。
 和泉を拘束していた支配者は目の前から消え、数メートルほど先まですっ飛ばされている。

 重苦しいDomの支配から逃れて我に返ってから気がついた。


 これは嵐ではない。嵐のように強烈なグレアだ。

「俺が、どんな思いで……」

 声につられて振り向くとそこに佐原が立っていた。
 ただ様子がおかしい。その場に突っ立ったまま、拳を握り締めてわなわなと震えている。

「守ってきたのに……!」

 佐原は再び強烈なグレアを放つ。三百六十度全方向に放たれた力は周囲を吹き飛ばし、浜谷だけでなく和泉もグレアをくらい、その場にガクンと膝をついた。

「キャーッ!」

 女の悲鳴が聞こえた。きっと通行人が佐原のグレアに巻き込まれたのだ。


 佐原のいる場所は、イルミネーションの並木路の真ん中だ。どうしたって目につくし、周囲にはイルミネーションを見に来た人々の姿が見える。

 和泉は状況を理解した。

 佐原は全身から、身体が爆発したように強力な力を放っている。
 興奮状態にあるのか、肩を上下させて、その場に立ち尽くしたまま動かない。

「Domのディフェンスだ!」

 悲鳴に混ざり、誰かの怒号が飛ぶ。

 佐原はディフェンスに陥ったのだ。
 つまり怒りでDomの力がコントロールできなくなり、トランス状態に陥っている。

 浜谷がよろよろと立ち上がり、その場から逃げ出したのにも関わらず、佐原のディフェンスは収まらない。

「佐原ダメだ!」

 佐原をなんとしてでも止めなければならない。

 ディフェンスで物を破壊したり、人を傷つけたりする行為は犯罪だ。

 万が一近くに無関係のSubがいてサブドロップさせてしまったら、グレアで吹き飛ばした相手が重傷を負ったら、佐原は大変な罪を背負うことになる。
 ディフェンスは力をコントロールできない状態だと言っても、悪いのはディフェンス状態に陥るほど自己管理がなってなかったDomということになる。当然、罪は免れない。

 和泉はよろよろと立ち上がり、佐原のもとへと向かう。だがすでに浜谷と佐原から三度のDomのグレアをくらった身体は重くて、一歩足を前に動かすだけで精一杯だ。


 佐原に近づこうとすると再び強いグレアを当てられた。やっとの思いで立ち上がったのに、和泉は再び地面に身体を叩きつけられる。

 和泉の精神に黒い影が覆い被さってくる。目の前が暗くなり、はっきり見えなくなってきた。

 不本意なDomからの支配のあと、何度もグレアをくらったからだ。

 これは堕ちる、と本能で悟った。この襲ってくる重苦しい闇は間違いなくそうだと身体でわかった。

 もう一度グレアを食らったら間違いなく堕ちる。
 周囲は「逃げろ!」と叫んでいる。だが、和泉に逃げる気などない。
 自分は堕ちてもいいから、佐原を救いたい。
 このまま佐原のグレアにやられてサブドロップして、命を落としても本望だ。

 佐原を見捨てる気などない。
 

「さ、はら……」

 今すぐ、佐原を止めなくては。ディフェンスが続けば、佐原が罪を犯してしまうかもしれない。

 ディフェンスを起こしたDomを止めるのに最もよいとされるのは、パートナーのSubだ。
 自分は無事だと、Domを裏切っていないとトランス状態に陥ったDomにわからせてやるのだ。
 佐原は和泉の行動を見てディフェンスに陥った。佐原を止められるのは、自分しかいない。佐原のパートナーでなくても。


 ——動け! 動け!


 和泉はもう一度立ち上がり、おぼつかない足で佐原のもとへと向かう。
 佐原の暴走を止めたい。佐原を守りたい。取り返しのつかないことになる前に、佐原の目を覚ましてやりたい。


「佐原、俺だよ。俺はお前の敵じゃない……」

 和泉はゆっくりと佐原に近づいていく。佐原に近づいてわかった。やはり佐原の目の様子がおかしい。濁ったような瞳をしていて、いつもの佐原じゃない。
 和泉が目の前にいても、何の反応もない。目の前にいるのか誰なのか、認識できないようだ。完全に我を忘れている。

「俺を助けに来たんじゃねぇの……? だったら大丈夫だ。もう助かってるから……」

 なんとか佐原のもとまで辿り着き、和泉は倒れかかるようにして佐原の身体を抱き締める。

「目を覚ませよ……」

 なだめるように佐原の背中をさすってやる。佐原をさする手も震えているし、さっきから和泉の全身の震えが止まらない。
 すでに佐原に寄りかかっていないと自力では立てない状況だ。
 長い時間は身体がもたない。意識の中に黒い影が忍び寄ってきて、気力だけで立っている状態だ。


 どうしたら佐原は目を覚ましてくれる……?

 パートナーでなくても、佐原をどうしても救いたい。
 こんなことで、佐原の未来を失わせたくない。

「佐原……」

 佐原の目を必死で捉えて、訴える。佐原の目は和泉を映していない。我ここにあらずの状態だ。

「好きだ」

 目の前が暗くなっていく中、和泉は最後の力をふりしぼって佐原の唇にキスをする。
 ほんの少しだけ唇が佐原の唇に触れたあと、和泉は意識を失い、その場に崩れるようにして倒れた。
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