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「ユリス。必ずやカイル・リーガンベルグを仕留めてこい」
「はい。仰せのままに」
ユリスは東国ナルカの国王であり、異母兄であるレオンハルトに深々とこうべを垂れる。
「ユリス。頭を上げろ。ここは謁見の間ではない。私とお前の仲ではないか」
「もったいないお言葉です」
レオンハルトに友好的な言葉を与えられ、ユリスは顔を上げる。
ここはレオンハルトの私室だ。ユリスがここに呼ばれる理由は決まっている。暗殺の依頼を受けるときだ。
「お前は優秀だ。だが今度の相手は一筋縄ではいかないだろう。なにせこの国を飛び出して西国ケレンディアまで行ってもらわなければならない」
「はい。承知しております」
ユリスはレオンハルトの命に従い、今まで何人もの〈裏切り者〉を暗殺してきた。だがそれは国内の貴族やレジスタンスのリーダーなどであり、西国ケレンディアでの仕事は初めての経験だ。
「出発は明日になる。呑気なカイルはわざわざこの国までお前のために迎えを寄越すそうだ。今日のうちに準備をしておけ」
「はい」
旅支度は既にできている。カイル暗殺のための道具もひととおり揃えてある。一目ではそれとわからないようにカモフラージュもしてある。
「私はお前のような優秀なオメガの弟を持って幸せだ。お前も国のために働けることを誇りに思えよ」
「はい」
レオンハルトの口から初めてユリスを弟と認めるような言葉を聞いた。それにひどく驚いたがそれを表情に出すことはしない。
現国王レオンハルトは当然のことながら前国王の息子だ。アルファである妃との間に生まれた長男で、バース性はアルファ。生まれながらにして国王になることが決められていた。
一方でユリスは五番目の側室の息子で、バース性はオメガ。オメガであるユリスの母親は、アルファである国王との間に生まれた子供がアルファであることを願っていた。
だがユリスが十歳のとき、オメガだと判明し、途端に母親の側室としての立場は地に落ちた。ユリスがアルファでなければ王族の男として機能しないからだ。
それ以来、母親はショックで精神的な病に伏せてしまった。
そんな身分違いの兄弟だから、レオンハルトはユリスの存在をいないものかのように扱っていたのに、ユリスに暗殺の才能があるとわかり、最近になってユリスを重宝しているようだ。
レオンハルトがユリスを必要としてくれれば、王宮におけるユリスの家族の地位も保たれるだろう。
自分がオメガに生まれてしまったばっかりに母親には辛い思いをさせてしまった。ユリスはその罪を少しでも償いたいと願っていた。
「それにしてもユリスは本当に綺麗な顔をしているな。肌も透き通るみたいに白いし、オメガでもここまでの美人はなかなかいない。この毒牙にやられた男たちの気持ちもわからないでもないな」
レオンハルトは笑う。この言葉はきっとユリスに対する褒め言葉なのだろう。
ユリス自身も暗殺者になってから自分の容姿が他より秀でていることに気がついた。
ユリスはこの類い稀な容姿と、発情期の誘発薬を使ってターゲットを誘い出すことに幾度も成功しているのだから。
「ユリス。お前はケレンディアに行き、カイル王の夜伽の相手になれ。ふたりきりになれる機会はそれしかない。そこでカイルの命を奪うのだ。祖国ナルカのために」
「はい。必ずや」
これは大義だ。愚王と名高いカイルを暗殺することは東国ナルカのためだけではない、西国ケレンディアの者にとってもよいことなのではないか。
「そうだユリス。もしこの任務に成功したあかつきにはお前の望みをひとつ叶えてやる。お前は何が欲しい? 金でも、身分でも好きなものを与えよう」
レオンハルトの言葉はユリスにとって願ってもない幸運だった。今までは報酬など受け取ったことがなかったから、ユリスの胸は期待に高鳴った。
「それでは陛下。ひとつだけ願いがございます」
レオンハルトにずっと話したいと思っていたが、叶わなかったこと。ユリスはこんな機会は二度と訪れないだろうと図々しく口を開いた。
「我が妹のセレナとイーデン卿の結婚を許していただけないでしょうか? ふたりは本当に愛し合っているのです。身分違いだとはわかっているのですが、陛下のお許しさえいただければふたりは結ばれます。どうか、お願いいたします」
ユリスの五歳違いの妹セレナは身分の高いイーデン卿に恋をした。イーデン卿もセレナに好意を寄せてくれているようなのだが、オメガの側室の子のセレナの身分では、とてもじゃないが貴族と結婚できない。そのことでセレナが涙を流して苦しんでいる姿をユリスはいつも歯痒い気持ちで見守っていたのだ。
東国ナルカでは、貴族の結婚は国王の許可が必要だ。その法を都合よく解釈するならば、レオンハルトの許可さえあれば身分違いの恋も許される。
もしふたりが結ばれるなら、こんなにも嬉しいことはない。
「わかった。カイルの命を奪うことに成功したら、お前の妹とイーデン卿の結婚を認めよう」
「本当ですか?!」
思わずパッと顔を綻ばせてしまった。こんなことを言うなんてレオンハルトに失礼にあたるのに。
「本当だ、ユリス。だからなんとしてでも成し遂げてこい」
「はい! この命に換えても果たしてみせます」
その言葉に嘘はなかった。もし願いが叶うなら、価値のない自分の命などいくらでも差し出せるとユリスは本気で思った。
「はい。仰せのままに」
ユリスは東国ナルカの国王であり、異母兄であるレオンハルトに深々とこうべを垂れる。
「ユリス。頭を上げろ。ここは謁見の間ではない。私とお前の仲ではないか」
「もったいないお言葉です」
レオンハルトに友好的な言葉を与えられ、ユリスは顔を上げる。
ここはレオンハルトの私室だ。ユリスがここに呼ばれる理由は決まっている。暗殺の依頼を受けるときだ。
「お前は優秀だ。だが今度の相手は一筋縄ではいかないだろう。なにせこの国を飛び出して西国ケレンディアまで行ってもらわなければならない」
「はい。承知しております」
ユリスはレオンハルトの命に従い、今まで何人もの〈裏切り者〉を暗殺してきた。だがそれは国内の貴族やレジスタンスのリーダーなどであり、西国ケレンディアでの仕事は初めての経験だ。
「出発は明日になる。呑気なカイルはわざわざこの国までお前のために迎えを寄越すそうだ。今日のうちに準備をしておけ」
「はい」
旅支度は既にできている。カイル暗殺のための道具もひととおり揃えてある。一目ではそれとわからないようにカモフラージュもしてある。
「私はお前のような優秀なオメガの弟を持って幸せだ。お前も国のために働けることを誇りに思えよ」
「はい」
レオンハルトの口から初めてユリスを弟と認めるような言葉を聞いた。それにひどく驚いたがそれを表情に出すことはしない。
現国王レオンハルトは当然のことながら前国王の息子だ。アルファである妃との間に生まれた長男で、バース性はアルファ。生まれながらにして国王になることが決められていた。
一方でユリスは五番目の側室の息子で、バース性はオメガ。オメガであるユリスの母親は、アルファである国王との間に生まれた子供がアルファであることを願っていた。
だがユリスが十歳のとき、オメガだと判明し、途端に母親の側室としての立場は地に落ちた。ユリスがアルファでなければ王族の男として機能しないからだ。
それ以来、母親はショックで精神的な病に伏せてしまった。
そんな身分違いの兄弟だから、レオンハルトはユリスの存在をいないものかのように扱っていたのに、ユリスに暗殺の才能があるとわかり、最近になってユリスを重宝しているようだ。
レオンハルトがユリスを必要としてくれれば、王宮におけるユリスの家族の地位も保たれるだろう。
自分がオメガに生まれてしまったばっかりに母親には辛い思いをさせてしまった。ユリスはその罪を少しでも償いたいと願っていた。
「それにしてもユリスは本当に綺麗な顔をしているな。肌も透き通るみたいに白いし、オメガでもここまでの美人はなかなかいない。この毒牙にやられた男たちの気持ちもわからないでもないな」
レオンハルトは笑う。この言葉はきっとユリスに対する褒め言葉なのだろう。
ユリス自身も暗殺者になってから自分の容姿が他より秀でていることに気がついた。
ユリスはこの類い稀な容姿と、発情期の誘発薬を使ってターゲットを誘い出すことに幾度も成功しているのだから。
「ユリス。お前はケレンディアに行き、カイル王の夜伽の相手になれ。ふたりきりになれる機会はそれしかない。そこでカイルの命を奪うのだ。祖国ナルカのために」
「はい。必ずや」
これは大義だ。愚王と名高いカイルを暗殺することは東国ナルカのためだけではない、西国ケレンディアの者にとってもよいことなのではないか。
「そうだユリス。もしこの任務に成功したあかつきにはお前の望みをひとつ叶えてやる。お前は何が欲しい? 金でも、身分でも好きなものを与えよう」
レオンハルトの言葉はユリスにとって願ってもない幸運だった。今までは報酬など受け取ったことがなかったから、ユリスの胸は期待に高鳴った。
「それでは陛下。ひとつだけ願いがございます」
レオンハルトにずっと話したいと思っていたが、叶わなかったこと。ユリスはこんな機会は二度と訪れないだろうと図々しく口を開いた。
「我が妹のセレナとイーデン卿の結婚を許していただけないでしょうか? ふたりは本当に愛し合っているのです。身分違いだとはわかっているのですが、陛下のお許しさえいただければふたりは結ばれます。どうか、お願いいたします」
ユリスの五歳違いの妹セレナは身分の高いイーデン卿に恋をした。イーデン卿もセレナに好意を寄せてくれているようなのだが、オメガの側室の子のセレナの身分では、とてもじゃないが貴族と結婚できない。そのことでセレナが涙を流して苦しんでいる姿をユリスはいつも歯痒い気持ちで見守っていたのだ。
東国ナルカでは、貴族の結婚は国王の許可が必要だ。その法を都合よく解釈するならば、レオンハルトの許可さえあれば身分違いの恋も許される。
もしふたりが結ばれるなら、こんなにも嬉しいことはない。
「わかった。カイルの命を奪うことに成功したら、お前の妹とイーデン卿の結婚を認めよう」
「本当ですか?!」
思わずパッと顔を綻ばせてしまった。こんなことを言うなんてレオンハルトに失礼にあたるのに。
「本当だ、ユリス。だからなんとしてでも成し遂げてこい」
「はい! この命に換えても果たしてみせます」
その言葉に嘘はなかった。もし願いが叶うなら、価値のない自分の命などいくらでも差し出せるとユリスは本気で思った。
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