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34.あの日の夜
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ゼイン溺愛騒動が落ち着いたあと、ハルの希望で、ゼインと裏庭に行くことになった。部屋から出るときに、もちろんハルはゼインへの贈り物を隠し持った。
「懐かしいな」
風に吹かれてゼインは目を細める。ゼインの言うとおり、いつかの日と同じ、心地よい風だった。
あのときと違うのは、今は新月の夜ではなく、昼下がりの時刻だということだ。
だから隣にいるゼインの表情がよくわかる。
「私の初恋の相手はゼインさまだったんですよ」
ハルがおもむろに話し始めると、意外にもゼインが「その話、詳しく聞きたい」と食いついてきた。
「正確には、オルフェウスさまのふりをしていたゼインさまですね。今ならおふたりを見分けることができますが、あのときはまだそれが難しくて騙されました。でも、今ならわかります。あのときの声も、フェロモンの香りも、ぎこちない笑顔だって、全部ゼインさまでした。私はゼインさまに抱きしめられた瞬間、すごくドキドキしました。あのときはそれをなんと呼ぶのかわかりませんでしたが、後になって気がつきました。あれは初恋だったんです」
ハルがそっとゼインの手に触れると、ゼインはすぐさま握り返してきた。
「あのときのことか。オルフェウスがハルに会おうとして手紙を書いたのだが、急に咳がひどくなりハルを誘うのをやめたんだ。その手紙を俺に捨てろと渡してきたから、捨てたふりをしてロランに持っていかせた」
「普通に会ってくださればよかったのに」
「ハルの本音が聞きたかった。ハルは俺とオルフェウス、どっちが好きなのか、ハルの気持ちが気になって気になって仕方がなかった。ハルが婚約者を決める前なら、間に合うと思ったんだ。それで、俺は見事にハルに振られたってことだ」
「違います! あのときはまだ恋愛などよくわからなくて……」
「俺はハルより年下だが、あのときすでにハルが大好きだったぞ。わからないなんてあるものか!」
「ありますよ、好きな人と結婚できるなんて考えてなかったですし……。貴族のオメガに選択権なんてありません。どんなに嫌でも家の決定に従わなくちゃいけないんです。親が勝手に決めた相手がゼインさまみたいにいい人だなんてことは奇跡なんです! 普通はこんなにかっこよくて優しくて、たくさん愛してくれるアルファとなんか結婚できないんですよっ」
ゼインは貴族の家に生まれたオメガのことをよくわかっていない。結婚相手を選ぶことはできないし、ゼインみたいに素敵なアルファと結婚なんてできない。
「ハルは俺のことをそんなふうに思ってくれていたのか?」
「へっ?」
「ハルは誰にでも優しいから、表面上、俺を邪険にしないだけで、本音では傲慢なアルファだと嫌っているのだろうと思っていた。だが、そうではなかったのだな?」
ゼインはずいとハルに顔を寄せてくる。ゼインに距離を詰められるとハルの心臓がドキドキしてしまう。ハルは顔を真っ赤にしながら「はい、とても好きです……」と本音を白状した。
ゼインはどうしてそんな勘違いをしたのだろう。自分の魅力にまったく気がついていないのだろうか。
「ゼ、ゼインさまこそ、五年前から私のことを大好きでいらっしゃったのですか?」
ハルは反撃に出る。さっきゼインはずっと前からハルを大好きだったと言っていたことは聞き逃さない。
「……そうだ。ずっと好きだった。あのころからハルと結婚したいと願っていたが、ハルは兄の婚約者になり、それは叶わぬ夢だと思っていた。それが王太子になった途端にハルが俺の妃になると言われて、俺は嬉しくて飛び跳ねた」
「ゼインさまが飛び跳ねるくらいに喜ぶことなんてあるんですか?」
はしゃいで喜ぶゼインの姿なんてまったく想像できない。
「ある。さっきだってそうだ。ハルの初恋の相手が俺だと言われたら飛び上がるほど嬉しいに決まっている」
ゼインの言葉に思わず笑ってしまう。そんなに嬉しいなら毎日好き好き言ってゼインに抱きついたっていい。
「俺はずっとハルはオルフェウスと結ばれることを願っていると思っていた」
ゼインは伏し目がちになる。その長いまつ毛の横顔は日に照らされて見惚れるほど美しかった。
「だから、それを叶えてやろうと思ったんだ。一年間ハルと番わずにいれば、離縁したあともハルはオルフェウスのもとに嫁ぐことができる。そう思っていた」
ゼインはハルに視線を向け、「そのせいでヒートのときにひとりきりにしてすまなかった」と謝ってきた。
「いいえ。仕方のないことです。寂しかったけど、でも、ゼインさまにもご事情があったんですから」
ハルはゼインに微笑んでみせる。
本当はとても苦しかった。アルファなしのヒートは地獄のようだ。でもあれは、ゼインなりのハルに対する思いやりだったのだ。だから今さらゼインを責める気持ちはない。
「最初のヒートはゼインさまが助けに来てくださいましたよね。あのときは、なぜオルフェウスさまのふりをしているのかわかりませんでしたが、私のためだったのですね。でも私がお慕いしているのはゼインさまですよ? これからは間違えないでくださいね」
ハルが注意をしたのに、ゼインは「ハルの全部が可愛い」とにっこりしていて反省の色がまるでない。さっきからゼインはハルの顔ばかり眺めている。話をちゃんと聞いているのだろうか。
「もういいです」
今日のゼインはずっとにやけっぱなしだ。無表情で冷酷な王太子などと言われていたゼインはいったいどこへいったのだろう。
「ゼインさま、ちょっとお待ちください」
ハルは懐からゼインへの贈り物を取り出し、手渡した。
「お誕生日おめでとうございます。これはアクアマリンのブレスレットです。ゼインさまは戦いに行かれることが多いですので、魔除けになればと思って」
ゼインからの反応はなかった。ハルが手のひらに置いたブレスレットをじっと眺めているだけだ。
「……お気に召しませんでしたか?」
ゼインは装飾品を身につけない。やはり要らないのかもしれない。
「とんでもない。すごく嬉しい」
「え……っ!」
ゼインの顔を見て驚いた。ゼインは涙目になるほど感動してくれているようだ。
「これ、ハルが俺に着けてくれないか?」
「はい」
ハルはゼインの右手首にブレスレットを装着する。
太めの銀の輪に埋め込まれたアクアマリンが光るブレスレットは、ゼインによく似合っていた。
「これを身につけていると、ハルとずっと一緒にいる気分になる。最高だ」
ゼインは腕を回し、角度を変えて嬉しそうにブレスレットを眺めている。
「剣にもハルからもらった石を使っているのだが、あれで俺は何度も人としての道を間違えずに済んだ。ハルの存在は俺にとっての道標だ」
「ゼインさまの剣についている石も、私が贈ったものを使ってくださっていたのですね」
あの石を贈ったのは五年も前のことだ。ゼインの一途な気持ちが伝わってきて、心があったかくなる。
あれはオルフェウスとゼインのふたりに渡した対になるアクアマリンだ。同じ顔をした双子の王子はハルにとって、どちらも大切な人だ。
「五年前、オルフェウスは俺とハルがここで話をしているのを見ていたらしい」
「あの、新月の夜の、ゼインさまがオルフェウスさまのふりをしていた夜のことですか?」
「ああ。俺がハルを抱きしめたとき、オルフェウスは俺たちが両想いなのではないかと思ったらしい」
ゼインはあのあとオルフェウスと話をしたとハルに話してくれた。
「俺のことは『ハルを好きなのはバレバレだった』と言いやがった。俺は感情が読めない無表情アルファと言われた男だぞ? そんなわけがない」
「オルフェウスさまはさすがですね」
ゼインとハル、ふたりの縁はオルフェウスが結んでくれたようなものだ。オルフェウスがカーディンに婚約者変更を提案してくれたおかげでふたりの今がある。
ハルだってゼインがオルフェウスのふりをしたせいで自分が本当に好きなのは誰なのかわからなくなっていた。この一年間ゼインと暮らしてみて、やっと真実の姿を見つけることができた。
ハルが気づけなかったゼインへの初恋と本当の想い、ゼインがひた隠しにしていたハルへの想い、それを見抜いてくれたのは他でもないオルフェウスだ。
「ハルはすぐにオルフェウスのことを褒めるよな。ハルはもう俺の妃なのだから、オルフェウスに惚れるなよ」
「はい。ゼインさまだけをお慕いいたします」
ゼインとふたり、視線が絡み合う。そのままゼインは目を閉じてハルの唇に優しい口づけをする。
好きだ。好きだ。
ゼインのことを心から愛している。
「懐かしいな」
風に吹かれてゼインは目を細める。ゼインの言うとおり、いつかの日と同じ、心地よい風だった。
あのときと違うのは、今は新月の夜ではなく、昼下がりの時刻だということだ。
だから隣にいるゼインの表情がよくわかる。
「私の初恋の相手はゼインさまだったんですよ」
ハルがおもむろに話し始めると、意外にもゼインが「その話、詳しく聞きたい」と食いついてきた。
「正確には、オルフェウスさまのふりをしていたゼインさまですね。今ならおふたりを見分けることができますが、あのときはまだそれが難しくて騙されました。でも、今ならわかります。あのときの声も、フェロモンの香りも、ぎこちない笑顔だって、全部ゼインさまでした。私はゼインさまに抱きしめられた瞬間、すごくドキドキしました。あのときはそれをなんと呼ぶのかわかりませんでしたが、後になって気がつきました。あれは初恋だったんです」
ハルがそっとゼインの手に触れると、ゼインはすぐさま握り返してきた。
「あのときのことか。オルフェウスがハルに会おうとして手紙を書いたのだが、急に咳がひどくなりハルを誘うのをやめたんだ。その手紙を俺に捨てろと渡してきたから、捨てたふりをしてロランに持っていかせた」
「普通に会ってくださればよかったのに」
「ハルの本音が聞きたかった。ハルは俺とオルフェウス、どっちが好きなのか、ハルの気持ちが気になって気になって仕方がなかった。ハルが婚約者を決める前なら、間に合うと思ったんだ。それで、俺は見事にハルに振られたってことだ」
「違います! あのときはまだ恋愛などよくわからなくて……」
「俺はハルより年下だが、あのときすでにハルが大好きだったぞ。わからないなんてあるものか!」
「ありますよ、好きな人と結婚できるなんて考えてなかったですし……。貴族のオメガに選択権なんてありません。どんなに嫌でも家の決定に従わなくちゃいけないんです。親が勝手に決めた相手がゼインさまみたいにいい人だなんてことは奇跡なんです! 普通はこんなにかっこよくて優しくて、たくさん愛してくれるアルファとなんか結婚できないんですよっ」
ゼインは貴族の家に生まれたオメガのことをよくわかっていない。結婚相手を選ぶことはできないし、ゼインみたいに素敵なアルファと結婚なんてできない。
「ハルは俺のことをそんなふうに思ってくれていたのか?」
「へっ?」
「ハルは誰にでも優しいから、表面上、俺を邪険にしないだけで、本音では傲慢なアルファだと嫌っているのだろうと思っていた。だが、そうではなかったのだな?」
ゼインはずいとハルに顔を寄せてくる。ゼインに距離を詰められるとハルの心臓がドキドキしてしまう。ハルは顔を真っ赤にしながら「はい、とても好きです……」と本音を白状した。
ゼインはどうしてそんな勘違いをしたのだろう。自分の魅力にまったく気がついていないのだろうか。
「ゼ、ゼインさまこそ、五年前から私のことを大好きでいらっしゃったのですか?」
ハルは反撃に出る。さっきゼインはずっと前からハルを大好きだったと言っていたことは聞き逃さない。
「……そうだ。ずっと好きだった。あのころからハルと結婚したいと願っていたが、ハルは兄の婚約者になり、それは叶わぬ夢だと思っていた。それが王太子になった途端にハルが俺の妃になると言われて、俺は嬉しくて飛び跳ねた」
「ゼインさまが飛び跳ねるくらいに喜ぶことなんてあるんですか?」
はしゃいで喜ぶゼインの姿なんてまったく想像できない。
「ある。さっきだってそうだ。ハルの初恋の相手が俺だと言われたら飛び上がるほど嬉しいに決まっている」
ゼインの言葉に思わず笑ってしまう。そんなに嬉しいなら毎日好き好き言ってゼインに抱きついたっていい。
「俺はずっとハルはオルフェウスと結ばれることを願っていると思っていた」
ゼインは伏し目がちになる。その長いまつ毛の横顔は日に照らされて見惚れるほど美しかった。
「だから、それを叶えてやろうと思ったんだ。一年間ハルと番わずにいれば、離縁したあともハルはオルフェウスのもとに嫁ぐことができる。そう思っていた」
ゼインはハルに視線を向け、「そのせいでヒートのときにひとりきりにしてすまなかった」と謝ってきた。
「いいえ。仕方のないことです。寂しかったけど、でも、ゼインさまにもご事情があったんですから」
ハルはゼインに微笑んでみせる。
本当はとても苦しかった。アルファなしのヒートは地獄のようだ。でもあれは、ゼインなりのハルに対する思いやりだったのだ。だから今さらゼインを責める気持ちはない。
「最初のヒートはゼインさまが助けに来てくださいましたよね。あのときは、なぜオルフェウスさまのふりをしているのかわかりませんでしたが、私のためだったのですね。でも私がお慕いしているのはゼインさまですよ? これからは間違えないでくださいね」
ハルが注意をしたのに、ゼインは「ハルの全部が可愛い」とにっこりしていて反省の色がまるでない。さっきからゼインはハルの顔ばかり眺めている。話をちゃんと聞いているのだろうか。
「もういいです」
今日のゼインはずっとにやけっぱなしだ。無表情で冷酷な王太子などと言われていたゼインはいったいどこへいったのだろう。
「ゼインさま、ちょっとお待ちください」
ハルは懐からゼインへの贈り物を取り出し、手渡した。
「お誕生日おめでとうございます。これはアクアマリンのブレスレットです。ゼインさまは戦いに行かれることが多いですので、魔除けになればと思って」
ゼインからの反応はなかった。ハルが手のひらに置いたブレスレットをじっと眺めているだけだ。
「……お気に召しませんでしたか?」
ゼインは装飾品を身につけない。やはり要らないのかもしれない。
「とんでもない。すごく嬉しい」
「え……っ!」
ゼインの顔を見て驚いた。ゼインは涙目になるほど感動してくれているようだ。
「これ、ハルが俺に着けてくれないか?」
「はい」
ハルはゼインの右手首にブレスレットを装着する。
太めの銀の輪に埋め込まれたアクアマリンが光るブレスレットは、ゼインによく似合っていた。
「これを身につけていると、ハルとずっと一緒にいる気分になる。最高だ」
ゼインは腕を回し、角度を変えて嬉しそうにブレスレットを眺めている。
「剣にもハルからもらった石を使っているのだが、あれで俺は何度も人としての道を間違えずに済んだ。ハルの存在は俺にとっての道標だ」
「ゼインさまの剣についている石も、私が贈ったものを使ってくださっていたのですね」
あの石を贈ったのは五年も前のことだ。ゼインの一途な気持ちが伝わってきて、心があったかくなる。
あれはオルフェウスとゼインのふたりに渡した対になるアクアマリンだ。同じ顔をした双子の王子はハルにとって、どちらも大切な人だ。
「五年前、オルフェウスは俺とハルがここで話をしているのを見ていたらしい」
「あの、新月の夜の、ゼインさまがオルフェウスさまのふりをしていた夜のことですか?」
「ああ。俺がハルを抱きしめたとき、オルフェウスは俺たちが両想いなのではないかと思ったらしい」
ゼインはあのあとオルフェウスと話をしたとハルに話してくれた。
「俺のことは『ハルを好きなのはバレバレだった』と言いやがった。俺は感情が読めない無表情アルファと言われた男だぞ? そんなわけがない」
「オルフェウスさまはさすがですね」
ゼインとハル、ふたりの縁はオルフェウスが結んでくれたようなものだ。オルフェウスがカーディンに婚約者変更を提案してくれたおかげでふたりの今がある。
ハルだってゼインがオルフェウスのふりをしたせいで自分が本当に好きなのは誰なのかわからなくなっていた。この一年間ゼインと暮らしてみて、やっと真実の姿を見つけることができた。
ハルが気づけなかったゼインへの初恋と本当の想い、ゼインがひた隠しにしていたハルへの想い、それを見抜いてくれたのは他でもないオルフェウスだ。
「ハルはすぐにオルフェウスのことを褒めるよな。ハルはもう俺の妃なのだから、オルフェウスに惚れるなよ」
「はい。ゼインさまだけをお慕いいたします」
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