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「エルヴィンさまっ!」
遠くから名前を呼ばれて振り返る。
エルヴィンのもとに、治癒師がふたりやってきた。ひとりは治癒師の中でも抜きん出た能力を持っている狼獣人のラルゴで、もうひとりはラルゴの弟子のような立場の若い狼獣人だ。
ふたりの表情は固く、自分が何かしでかしてしまったのかとエルヴィンは慌てて立ち上がり、背筋と尻尾をピンと立てた。
ふたりに囲まれて、エルヴィンは萎縮してしまう。狼獣人は背も高く体格もいいから、囲まれるとすごい圧迫感だ。
「エルヴィンさま。今すぐ城にお戻りください」
ラルゴは灰色の獣耳を垂れてまで、エルヴィンに畏まる。普段はこのような態度をしてもらったことはない。むしろ邪険にされることが多いのに。
「えっ? どういうことですか?」
「城でみんなエルヴィンさまを探しているのです」
「僕を……? どうして?」
ラルゴの言うことがわからない。エルヴィンが首をかしげると、ふたりは顔を見合わせ覚悟を決めるように頷き合った。
「王弟殿下が、私の治療を拒絶なさいました」
「な、なぜですか……?」
ルークは早く身体を治したいはずだ。それなのになぜ治療を拒否したのだろう。ラルゴはこの城で最高の治癒師で、その治療内容に問題があるはずがない。
「治癒師のエルヴィンさまを呼べと仰せなのです。エルヴィンさまの言うことしか聞かないと頑なになっておられます」
「な、なんでそんなことを……信じられません」
ルークにいったい何があったのだろう。治療をしなければ治る病も治らないかもしれない。それを拒絶するとは。
「エルヴィンさま。殿下に治療を続けるよう、説得してくださいませんか?」
「わかりました。僕でよければまいります」
ルークの一大事だ。ルークのことだからきっと大変な事情があるに違いない。
まずはルークに話を聞いてからだ、とエルヴィンはアイルに別れを告げ、急いで城へと戻っていった。
ルークの部屋に飛び込むように入って、ルークの姿を探す。
ルークは落ち着いた様子で窓際に立ち、外の景色を眺めていた。
「殿下っ、どうなさったのです? 治癒師の治療を拒絶していると聞きました。何か、お気に召さないことがあったのですかっ?」
ここに向かうまでの間、まさかの可能性がいくつも浮かんだ。例えば担当の治癒師の中に陰謀を企む者がいて毒を盛られそうになったとか、治癒師に厳しい者がいて心無い言葉をぶつけられたとか、ルークはどんな嫌な目に遭ったのだろう。
「エルヴィン。そんなに息を切らして飛んできてくれたのか。嬉しいぞ」
ルークはこちらを振り返り、笑顔を向けてくるが、エルヴィンの気持ちははやるばかりだ。
「治療を受けなければ、怪我の治りも悪くなります。なぜそれを拒絶なさったのですか?」
知りたい。いったいなぜ治療を拒絶したのかを。
「エルヴィンがいい。エルヴィンの言うことなら聞く」
「えっ?」
「エルヴィンが俺専属の治癒師になってくれ。今後はエルヴィンの持ってきた薬だけを飲むし、エルヴィンの指示した治療法だけを受け入れる」
「なぜそのような……」
「理由は言わない」
はっきりとした声だった。エルヴィンに向けられた強い視線からルークの意志を感じる。
それを受けて、エルヴィンは理解した。
ルークの周囲には常に従者や護衛がついている。だから、大っぴらに話せないのだと。
きっと裏切りや陰謀など壮大な理由があって、それは誰に知られてもいけないもので、口に出せないのだ。
そのためエルヴィンを頼った。エルヴィンは狼獣人とはまったく繋がりのない、外部の獣人だ。だから安全だとルークは考えたのではないか。
「わ、かりました……」
他でもないルークの頼みだ。断るに断れない。それに、ルークには早く良くなってもらいたい。
「よし。では決まりだ。今後エルヴィンは俺専属の治癒師とする。そしてエルヴィン以外の治癒師の接触は許さない。よいな?」
ルークが周囲に視線を向けると、ルークの従者たちが「かしこまりました」と一斉に頭を下げた。
あれよあれよと、エルヴィンはルーク専属治癒師に任命されてしまった。
なんでこんなことになってしまったんだろうとエルヴィンは小さく溜め息をつく。
深みにはまらないために、ルークとの接触は避けたかった。でもルークが治療を放棄してしまうのはもっと嫌だ。
これは仕方がないことだ。ルークを壮大な陰謀から守るための重大な任務だ。引き受けるしかない。
きっと大丈夫。
ルークならすぐに体力を取り戻すことだろう。それまでの短期間、治癒師として形式的に接すればいい。そうすれば、ルークにこれ以上惹かれてしまうことなく過ごせるはずだ。
「エルヴィン。早速だが頼みがある」
「は、はいっ!」
有無を言わさぬルークの視線に捉えられて、エルヴィンは反射的に返事をする。
「寝室に来てくれ。まずは包帯を交換してほしい。他の者はエルヴィンの指示に従え。エルヴィンの補佐をしろ」
従者に指示を飛ばしたあと、ルークはエルヴィンの腕を引き、寝室へと連行した。
遠くから名前を呼ばれて振り返る。
エルヴィンのもとに、治癒師がふたりやってきた。ひとりは治癒師の中でも抜きん出た能力を持っている狼獣人のラルゴで、もうひとりはラルゴの弟子のような立場の若い狼獣人だ。
ふたりの表情は固く、自分が何かしでかしてしまったのかとエルヴィンは慌てて立ち上がり、背筋と尻尾をピンと立てた。
ふたりに囲まれて、エルヴィンは萎縮してしまう。狼獣人は背も高く体格もいいから、囲まれるとすごい圧迫感だ。
「エルヴィンさま。今すぐ城にお戻りください」
ラルゴは灰色の獣耳を垂れてまで、エルヴィンに畏まる。普段はこのような態度をしてもらったことはない。むしろ邪険にされることが多いのに。
「えっ? どういうことですか?」
「城でみんなエルヴィンさまを探しているのです」
「僕を……? どうして?」
ラルゴの言うことがわからない。エルヴィンが首をかしげると、ふたりは顔を見合わせ覚悟を決めるように頷き合った。
「王弟殿下が、私の治療を拒絶なさいました」
「な、なぜですか……?」
ルークは早く身体を治したいはずだ。それなのになぜ治療を拒否したのだろう。ラルゴはこの城で最高の治癒師で、その治療内容に問題があるはずがない。
「治癒師のエルヴィンさまを呼べと仰せなのです。エルヴィンさまの言うことしか聞かないと頑なになっておられます」
「な、なんでそんなことを……信じられません」
ルークにいったい何があったのだろう。治療をしなければ治る病も治らないかもしれない。それを拒絶するとは。
「エルヴィンさま。殿下に治療を続けるよう、説得してくださいませんか?」
「わかりました。僕でよければまいります」
ルークの一大事だ。ルークのことだからきっと大変な事情があるに違いない。
まずはルークに話を聞いてからだ、とエルヴィンはアイルに別れを告げ、急いで城へと戻っていった。
ルークの部屋に飛び込むように入って、ルークの姿を探す。
ルークは落ち着いた様子で窓際に立ち、外の景色を眺めていた。
「殿下っ、どうなさったのです? 治癒師の治療を拒絶していると聞きました。何か、お気に召さないことがあったのですかっ?」
ここに向かうまでの間、まさかの可能性がいくつも浮かんだ。例えば担当の治癒師の中に陰謀を企む者がいて毒を盛られそうになったとか、治癒師に厳しい者がいて心無い言葉をぶつけられたとか、ルークはどんな嫌な目に遭ったのだろう。
「エルヴィン。そんなに息を切らして飛んできてくれたのか。嬉しいぞ」
ルークはこちらを振り返り、笑顔を向けてくるが、エルヴィンの気持ちははやるばかりだ。
「治療を受けなければ、怪我の治りも悪くなります。なぜそれを拒絶なさったのですか?」
知りたい。いったいなぜ治療を拒絶したのかを。
「エルヴィンがいい。エルヴィンの言うことなら聞く」
「えっ?」
「エルヴィンが俺専属の治癒師になってくれ。今後はエルヴィンの持ってきた薬だけを飲むし、エルヴィンの指示した治療法だけを受け入れる」
「なぜそのような……」
「理由は言わない」
はっきりとした声だった。エルヴィンに向けられた強い視線からルークの意志を感じる。
それを受けて、エルヴィンは理解した。
ルークの周囲には常に従者や護衛がついている。だから、大っぴらに話せないのだと。
きっと裏切りや陰謀など壮大な理由があって、それは誰に知られてもいけないもので、口に出せないのだ。
そのためエルヴィンを頼った。エルヴィンは狼獣人とはまったく繋がりのない、外部の獣人だ。だから安全だとルークは考えたのではないか。
「わ、かりました……」
他でもないルークの頼みだ。断るに断れない。それに、ルークには早く良くなってもらいたい。
「よし。では決まりだ。今後エルヴィンは俺専属の治癒師とする。そしてエルヴィン以外の治癒師の接触は許さない。よいな?」
ルークが周囲に視線を向けると、ルークの従者たちが「かしこまりました」と一斉に頭を下げた。
あれよあれよと、エルヴィンはルーク専属治癒師に任命されてしまった。
なんでこんなことになってしまったんだろうとエルヴィンは小さく溜め息をつく。
深みにはまらないために、ルークとの接触は避けたかった。でもルークが治療を放棄してしまうのはもっと嫌だ。
これは仕方がないことだ。ルークを壮大な陰謀から守るための重大な任務だ。引き受けるしかない。
きっと大丈夫。
ルークならすぐに体力を取り戻すことだろう。それまでの短期間、治癒師として形式的に接すればいい。そうすれば、ルークにこれ以上惹かれてしまうことなく過ごせるはずだ。
「エルヴィン。早速だが頼みがある」
「は、はいっ!」
有無を言わさぬルークの視線に捉えられて、エルヴィンは反射的に返事をする。
「寝室に来てくれ。まずは包帯を交換してほしい。他の者はエルヴィンの指示に従え。エルヴィンの補佐をしろ」
従者に指示を飛ばしたあと、ルークはエルヴィンの腕を引き、寝室へと連行した。
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