記憶違いの黒狼王弟殿下は婚約者の代わりに僕を溺愛してくる

雨宮里玖

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番外編『アイル公爵令息の溜め息の休日』5

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 アイルは町の仕立屋に向かった。そこで最悪なものを見つけてしまった。
 店の前に王族の馬車が止まっているのだ。つまり、誰かが今、仕立屋で買い物をしているということだ。
 この店を贔屓にしている王族と言えばルークに他ならない。外出許可が出たばかりで早速出歩くとは。もっと自分の身体を労わればいいのに。
 これはひと言注意をしてやろうと、アイルは馬車を降り、堂々と店の扉を開けた。
 店に入ってアイルは笑顔が消えうせるくらいに驚いた。
 店にいたのはルークだけではない。エルヴィンまで一緒だった。
 アイルの中にさまざまな感情が湧き上がってくる。
 まず、「謀反が終わるまでエルヴィンと接触するな」という忠告をルークが無視したことに対する怒りと呆れ。
 それから、エルヴィンとルークがデートまがいのことをしているのを見てしまった悲しみ、醜い嫉妬心。
 とても平静ではいられなかった。

「馬車があったので殿下がいらっしゃっているのではと推察しましたが、まさかこのような形とは思いませんでした」
「ああ、奇遇だなアイル」

 ルークは涼しい顔をしている。人の忠告を無視したことに対する謝罪の言葉はないのか。

「なぜエルヴィンさまと一緒に?」

 アイルはルークを問い詰める。

「エルヴィンに服を贈りたかった。ずっと助けてもらった礼ができなかったが、今日やっと外出の許可が出たからエルヴィンに無理を言って一緒に来てもらったのだ」
「へぇ……」

 アイルは厳しい視線でふたりを見る。
 そんなものはルークのただの言い訳にすぎない。

「と、友達としてですっ!」

 エルヴィンはなぜか慌てて弁明してきた。
 どういうことだろう。アイルに友達以上の関係だと思われたくない……?
 もしかしたら、ルークが勝手にエルヴィンに付きまとっているだけで、本当はエルヴィンは迷惑に思っている……?

「あの、殿下が服を弁償してくださったんですっ。それだけのことで、他意などなくてですね……」

 しどろもどろになりながらもエルヴィンは弁明を続ける。

「他意がないなら弁償代を支払えばいいだけのこと。それをわざわざふたりきりで出かけるとは……」

 アイルはルークに厳しい視線を向ける。
 ルークは権力を使ってエルヴィンを無理矢理従わせようとしてはいないだろうか。
 そのあたり、慎重に見極める必要がある。
 もし、そうであったら、いくらルークといえども許さない。

「俺が誰と何をしようがお前は別に構わないだろう? 結婚前にふたりで出かけることのどこが悪い?」

 ルークの言葉にエルヴィンは青ざめている。
 エルヴィンの反応がおかしい。本当にルークが好きならば、こんな顔をするだろうか。

「結婚前? 誰と誰が婚約していると? 殿下の口からはっきりとお聞きしたい」

 アイルは容赦なくルークに迫る。
 婚約するには双方の意思確認が必要だ。ルークはもしかしたらまだそれをしていないのでは……。もしくは婚約したいとエルヴィンに迫り、断られた。それでもなお、しつこくエルヴィンにつきまとっているのは……?

「アイルさま、これには深い事情がありまして……ちょっとだけふたりでお話を……」

 エルヴィンが助けを求めるような目でアイルを見ている。
 ルークがいてはできない話。
 これは、もしかしたらエルヴィンが脅されているという可能性が出てきた。

「エルヴィン、アイルを庇うのかっ? まさか俺の知らぬところでアイルと通じていたのか?」

 すかさずルークが邪魔をする。ルークはエルヴィンの手を掴み、自分のもとへと引き寄せた。

「殿下っ、違いますって!」
「何が? アイルとふたりきりになることは許さない。まさかエルヴィンは俺よりもアイルを選ぶというのかっ?」

 ルークは慌てている。これは怪しい。

「殿下、エルヴィンさまは私に用事があるようですよ? エルヴィンさま、お望みどおり私と一緒に……」

 アイルはエルヴィンに手を伸ばす。それをルークが容赦なく振り払った。

「調子に乗るな、アイル。エルヴィンは他の誰にも渡さない」
「何をおっしゃいますか。権力で無理矢理従わせるのはいかがなものかと思いますよ?」
「そんなことはしていない。エルヴィンは自分の意思で俺のそばにいるんだよなっ?」
「自覚がないようですが、そうやって答えを強要してるんです。エルヴィンさまは私に用事があるとおっしゃったじゃないですか、それもふたりきりで」

 ルークとアイルに迫られ、エルヴィンは目をぱちくりさせている。
 それでも離れるものかとアイルはエルヴィンに迫る。ルークも反対側からエルヴィンに迫る。どちらも一歩も引かない。

「エルヴィン、行くな」

 ルークが不安げな顔をしてエルヴィンの左腕を掴む。

「エルヴィンさま、無理することはありませんよ」

 アイルはエルヴィンの右腕を掴む。
 エルヴィンは引っ張りだこになり、可哀想に困惑している。
 それもそのはず。エルヴィンは優しい性格だ。ルークのこともアイルのことも邪険にはできないのだろう。

「すみません、アイルさま、さっきの話はまた別の機会に。殿下を蔑ろにするわけにはいきません。殿下は僕にとって大切な御方なのです」

 エルヴィンはルークの立場をおもんばかったようだ。

「……わかりました」

 アイルはエルヴィンから手を離す。

「今日のところは引きますが、あなたの話ならばいつでも聞きますよ」

 アイルはエルヴィンに笑顔を向ける。
 エルヴィンにアイルでなくてルークを選んだという罪の意識をもってもらいたくなかった。身分がより高いのはルークだ。ルークを大事にしないわけにはいかないと考えるのも当然だ。

「殿下、今日のことはエルヴィンさまに免じてこれ以上問わないことといたします」

 アイルは視線でルークに訴える。
 エルヴィンがルークの大切な人と知られたら、メイナードに狙われる。メイナードに捕まったら、エルヴィンが何をされるか考えてほしい。ルークを苦しめるためにエルヴィンを酷い目に遭わせるかもしれない。  

「ああ。俺もわかっている。事が片づくまではと思っている」
「殿下。私の忠告をお忘れなく。それまでは私がエルヴィンさまのそばにおりますから」

 アイルがさらりと嫌味を言うと、ルークはすぐに吠えた。きっと「エルヴィンは俺のものだ」というアイルに対するけん制のつもりだろう。

「エルヴィン。ここを出よう」
「えっ」

 ルークはアイルに「またな」と言い、店主に挨拶をして、エルヴィンの手を引っ張った。

「うわぁっ……! 殿下っ!」

 いきなりエルヴィンはルークに連れ去られてしまった。

(殿下は何を……!)

 急に不安になって、アイルは密かにふたりを追った。
 ルークがエルヴィンを叱りつけたりしないだろうか、気になったのだ。
 一瞬ふたりを見失ったが、アイルは遠くの木の陰でふたりが抱き合っている場面に出くわした。
 ルークが無理に抱きしめているのなら、今すぐにでも割り込んで引き離してやりたかった。
 でも違う。
 エルヴィンも、ルークの腰に腕を回しているのだ。
 嫌がっている様子などまったくない。エルヴィンは自らルークに身を寄せている。
 ああ。
 ルークに敵うはずがない。
 エルヴィンの気持ちも、すでにルークにあるのだ。
 やがて見つめ合うふたり。ふたりはそのまま互いの唇を――。
 それ以上はとてもじゃないが見ていられなかった。
 アイルは静かにその場を去る。
 苦しい。
 胸が苦しくてたまらない。
 冷静になって考えれば、最初から勝負はついていたはずだ。それなのにどこか淡い期待を抱いていたんだと今さら気がついた。
 きっと初恋だった。今まで誰かにこんな気持ちを抱いたことなどないから。
 エルヴィンに好きだと伝えることもできなかった。
 アイルの初めての気持ちは、あっけなく砕け散った。

「エルヴィンさま……」

 アイルの脳裏に浮かんだのは、あどけない笑顔をみせるエルヴィンの姿だった。
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