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第3章「正義のシスター」

第52話「静寂の大聖堂」

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 僕は足を進ませることに躊躇を覚えながらも、ライラが並ばせた箱に近付いていく。手に魔力を集め、光の玉を浮かせる。

「アランの光、綺麗」

「そうか?」

「うん。私のはこんなに綺麗に出来ない」

 初めて言われたな。ただの明かりで浮かせている魔法を、綺麗だなんて。

 一歩、一歩、箱に近付いていく。僕が浮かせている光が箱を照らしていく。外側だけでなく中身までも照らす。

 とうとう箱の目の前まで行くと、箱の中に子供が横たわっているのが見えた。どの箱にいるのも幼い子供ばかり。

 ――みんな、死んでいた。

 苦しそうに首に手を当て、悶えてのが分かる死体。見ていて気分がいいものではなかった。吐き気が襲ってくる。だけど、僕は見なければならない。これは僕がナンシーを殺した結果なのかもしれないのだから。

 どうしても怖くてライラに付いてきてもらってしまったけど、やっぱりこれを見せない方がよかった。

「ライラ、ごめん」

「なんで謝るの、アラン」

「だって、こんな……。ライラが見る必要はなかったじゃないか。それを僕が一緒に来てと言ったから」

 子供たちの死体はどれも苦しんでいる。ナンシーが死んでこうなっているんだとしか思えない。おそらく、ナンシーは自分が死ぬのと同時に箱の中の彼らに仕掛けを施したんだろう。この子たちが死ぬように。

 ついさっきまで生きていたのだから間違いない。

「この結果は僕のせいだ。この子たちが死んでしまっているのは」

 気持ち悪かった。吐き気がする。彼らを曲がりなりにすら救えなかった自分に腹が立つ。しょうがないのは分かっている。僕の判断に間違いがあったとは思えない。

 彼らの救出を最優先にしては、ナンシーに気付かれ僕の方が死んでしまう。ナンシーに気付かれず救出し、なおかつ彼女を殺すなんて不可能だった。それは間違いない。全てが終わってしまった今の僕でも方法は思いつかないのだから、他に方法なんてない。

 だから、しょうがない――でも――なんでこんなに苦しいんだ?

「アランは、やっぱり優しいね」

 ライラが僕の両頬を包んで、強引に顔を向かせる。真正面に彼女の顔がくる。吐きそうだった最悪の気分が多少は落ち着く。彼女は優しい顔をしていた。

「でも、優し過ぎる。駄目だよ。そんなに一度も話したこともない人間まで背負ったら。例え勇者でも魔王でも、そんなに背負い込んだら心が持たないよ」

「そう、かな……」

「うん。魔王の私が言うんだよ。そうに決まってるでしょ。確かに子供たちを救えなかったのは悲しいことかもしれない。でも、それをしっかり受け止める相手はちゃんと選ばないといけないよ。だって、全部はどうやったって無理なんだから」

「うん……」

「だから、泣かないで……。私は少し意地悪で優しい顔しているアランの方がいい」

「僕、そんな顔してる?」

〈してるわよ。昔に比べて可愛げがなくなったわよね〉

「リリー、うるさい」

「リリーちゃん、なんて言ってるの?」

 ライラが小首を傾げる。

「あっ、いや、……僕が昔に比べて可愛げがなくなったって……」

「へえー……。今度、リリーちゃんに、昔のアランの様子聞きたいな」

「それは……、ちょっとやめて欲しいような」

「そう? じゃあ、アランがいない所で聞くね?」

「いや、そもそも訊くなよ……」

 僕がげんなりした顔をすると、ライラはふふ、と楽しそうに笑った。

「どう? 少しは元気になった?」

 ハッとする。ライラと話している内に、確かに楽になっていた。吐き気は消えていた。

「ああ、……なんかの魔法か?」

 僕の言葉に彼女は腹を抱えて笑い出す。おまけにリリーまで笑っており、声がうるさい。そんなにおかしいこと言っただろうか?

「はー、はー、もう、アラン面白いなー。魔法じゃないよ」

「……そんなに笑うことないだろ。リリーもうるさいぞ」

〈ごめん、ごめん。でも、魔法って言うとは思わなくて〉

 リリーはまだ笑う。馬鹿にしているとしか思えない。

「苦しい時はね、誰かと一緒にいて、話したり触れたりするのが一番いいの。ただ、それだけだよ?」

「そうなのか……」

 僕が知らない感覚だった。なにしろパーティーハウスではそんなこと誰もしてくれなかった。僕がただいたぶられるだけ。誰かに話すことなんて思いもしなかった。

「アラン?」

「あっ、ごめん。……他の箱も同じだろうし、死体はこのままにしてここを出よう。勇者教会がナンシーのやっていたことを知っていたのかは分からないけど……、せいぜい苦しんでくれた方がいい」

 いきなりこんなに大量の子供の死体が出てきて、勇者教会がどういう風に対応するのか見物だ。死体を埋葬するにも火葬するにも時間と場所がかかる。せいぜいてんてこ舞いになって欲しい。

 その間にアーサーが死ねば、勇者教会もかなり追い詰められる。教会自体が悪いとは思わない。ここは良くも悪くもみんな逃げ場所で、なにかしら縋るものが必要な時はあると思おう。僕がナンシーの一時的に縋ろうしたように。

 考え込んでしまいそうになる僕に、彼女の手が瞼に触れる。

「アラン、もう行けそう?」

「ああ、大丈夫だ。外に出よう」

「……分かった」

 彼女はまた僕の腕に抱き付く。

「ライラ? あの歩きにくいんだけど……」

「アランは危なっかしいからこうしないと駄目。私のお婿さんに死んでもらっちゃ困る」

「いや、それは……。分かった。もういいや」

 なんか色々気にしている僕の方が馬鹿らしくなってきた。早く外に出よう。今日は疲れた。あとはアーサー一人。作戦を練るのも、戦うのも、全ては寝てからだ。



 勇者教会内は、静けさそのものだった。なるべく騒がないように実行したとはいえ、ライラなど魔法で火を爆発させていたし聞こえて騒ぎになっていてもおかしくないのだが……、入る前とまったく同じだった。

 地下に誰もやってこないことから、ナンシー以外に誰も知らないか、まったく音が伝わっていないんだろうなとは思っていたので、予想通りではあった。

 僕とライラは入って来た地下とは別の階段から、教会内に戻っていた。念の為、他の箱がないのか探したのだ。見つけたら助け出すつもりだった。だが、やはり箱は全部、階段近くにあるものだけだった。

 階段は箱を探している途中で見つけたものだった。僕たちが来たのとは真正面にある階段。食堂の方の出口が外に出にくい場所にあるのもあって、僕たちはこっちの階段を選択した。

 階段は食堂の方とまったく同じ造りだった。ただし、出る場所は待った違う。階段の先にある扉は階段に対して水平になっており、どこかの床に出るようだった。

 扉に手を掛けると鍵はなく、すぐに出ることが出来た。すぐに扉を閉める。僕とライラが周りの様子を窺いながら出た場所は――大聖堂だった。天井には月光に照らされ、妖しく姿を見せている大きな鐘。

「静かだね」

「ああ、バレてないみたいだ」

〈あんな怪しい地下だからね。消音の魔法でも掛けてたんじゃないかしら〉

〈そうかも。でも騒ぎになってなくて助かった。逃げやすい〉

〈そうね〉

 大聖堂は月光でよく見ることが出来た。こうして見れば、荘厳さや清廉さを感じなくもない。地下に死体など眠っていなければ余計にそう思えたかも知れなかった。

「ライラ、逃げるよ」

「違うよ、アラン。帰るの」

「はいはい」

 僕が適当に流すと、ライラは不満げな顔をした。そんな顔をされると僕が悪いみたいだ。

「ライラ、帰るよ。……って言えばいいのか?」

「そう!」

 ライラは一転、満面の笑みになった。僕はホッとする。さっさと帰ろう。僕たちの家に。

 ……まあ、他人の家の屋根裏部屋なんだけど。

 僕とライラは手を繋ぎ、静かな勇者教会から出て行った。
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