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太郎丸と次郎丸(1)

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 追いつくのが大変なほど歩くのが早い奴らだった。

「おい待てよ、待て待て、待てよ・・・・」

 最初呼びかけても無視されたので、何度も呼びかけた。

 ひつこく呼びかけると女がこっちに振り向いた。
「なんだ小僧、私達に用か?」

 俺のことは陰でを虚け者という者も居るが皆に良く知られている。

 そうだ、この辺りでは有名人だったし、面と向かって小僧と呼ぶ者は居ない。
 そんなことを言えば命が無いからだ、それが証拠に蘭丸の手が刀の柄に掛かっている。
 俺は右手で蘭丸に待てと指示すると女に話しかけた。

「小僧とは心外だな、俺はノブナガだこの辺りで知らない者は居ないのだが?」

 女は顔色必使えずアッサリと答えた。
「知らないな」

「お前達俺の家来にしてやる、光栄に思うが良い」

 女は受け答えすることすら鬱陶しいと思っているのか苛立っていた。
「小僧、私達は忙しいのだお前なんかには用は無いトットと消えろ」

「若に不敬な態度を取ると此処で切り捨てる」
 蘭丸が前に出て脅そうとして剣を抜こうとしていた。

 だが女の赤い着物が揺れる。
 たぶん普通の人であれば揺れることすら気づくことは無いだろう。

 その後蘭丸の剣が地面に落ちた。

「私の太刀が・・・」
 蘭丸は言葉が出なかったようだ。

 驚くのは無理も無いだろう、防御などする暇はなかった。
 地面に落ちたのは刀が真っ二つになったからだ。

 これが御供刀ごくうとうの威力なのか?
 蘭丸は刀を拾い上げようとしているがなかなか拾い上げられないようだった。
 それは余りの恐怖が彼を支配しているからだろう、対峙してその強さと恐ろしさを知ったようだった。

「凄いな蘭丸を超える動きか、本当に人の動きでは無いな、ますます欲しいぞ」
 俺は実は震えていた、本当に凄いものを見た、絶対に欲しい。

 女は動揺も無くまた歩き始めた、後ろを振り返ることも無くひとこと言い残して。
「帰るが良い、お前達に用はない、次は首が体から離れるぞ・・・」

「良いだろう、今日は引き上げるが家来にするのは諦めないぞ、家来、いやお前は俺の女にするからな、覚えておけ俺はノブナガだ」

 このやり取りの間も男は振り返ることも無く、二人の歩く速度は速く視界から消えた。

 蘭丸を見るとまだ震えていた。
「若、こんなことはあり得ません、気付く間もなく刀がこのように鞘ごと奇麗に切断されています。御供刀ごくうとうだけで出来ることではありません」

 震える蘭丸を気遣ったが、蘭丸は恐怖が過ぎ去った安心感を確かめるように言葉を発し続けた。
「あの者達は本当に人間なのでしょうか。私には悪魔としか思えません、本当に悪魔ではないのでしょうか・・・・」

「悪魔か、このノブナガの家臣としてはぴったりだな」

 残りの家来を待たせてあるところまで来ると耳猿が不思議な話をした。
「なんとも騒がしい剣でした」

「耳猿か、騒がしいとはどういうことだ?」

「女が動いた一瞬ですが、鞘から刀が抜かれる音がしましたがその後、どう表現いたせば良いやらですが、そうキーン、キーンとでも申しましょうか音が鳴り続けたのです、尤もあの音は動物にしか聞こえない音だと思います」

「ほう動物にしか聞こえない音か、なるほど刀を切った時に聞こえたキーンというのは幻聴では無かったわけだな」

 御供刀ごくうとうは確かに恐ろしい刀なのだろう、だが刀を鞘ごとそれも峰から刃の方向に切るなど出来る筈がない。

 そうか、あの刀、微妙に震え続けているんだ。
 耳にも聞こえぬ回数震え切れ味が増す・・・

 万を超えて震える刃は物との破擦が少なくなるので切れ味が鋭くなると蘭学者から聞いたことがある。
 剣だけでは出来ないことをあの女はやっているのか、本当に恐ろしい女だ。

 ◆    ◆

 俺は屋敷に帰ってからも奴らのことが忘れられなかった。
 何としても奴らに再び会いたいと思った。

 だが会うのは案外簡単なことだと気付いた。
 そうだそれは御供刀ごくうとうだ。

 俺は家来に命令した。
御供刀ごくうとうの情報を集めろ」

 そうだ御供刀ごくうとうがあるところ、奴らはその餌に食いつく魚と同じで集まって来るんだ。

 数日して報告があった。


 蘭丸がやって来てまとめて報告をしてくれる
「こちらの情報は勝呂様のお屋敷にあるという噂ですが、まさかあの志保様がそのような物を集めているとは思えません」

「そうだな志保様がそんなものを集めるはずは無いな」
 そうは言ったものの火の無いところに煙は立たず、あることが気になる俺は確かめたくてしょうがなくなった。

「無いのは分かっているが、太郎丸に会いに行くかな」

「はぁ?勝呂様の屋敷に行かれるのですか?可能性は低いですよ?」

「そうだ、何か文句があるのか?」

「いえ、ございません」

 勝呂の屋敷は主である勝呂彦左衛門が最近亡くなっている。

 今は長男の太郎丸が主となっているが、現在は母である志保様が元服するまでは太郎丸の後見人になっている。

 太郎丸とはよく遊んだものだが最近は会うことも無くなっていた。
 俺は彦左衛門の死に何かあったんだろうを薄々思ってはいた。

 そうか御供刀ごくうとうの噂があるのであれば本格的に調査せねばなるまい。

「早速準備をいたせ勝呂の屋敷まで行くぞ」

 準備ができると俺は勝呂の屋敷に向かった。
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